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2022年2月24日

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21世紀後半までの降水量変化予測の不確実性を
低減することに初めて成功しました

(文部科学記者会、科学記者会、大学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2022年2月22日(火)
国立環境研究所
東京大学大気海洋研究所
韓国科学技術院
東京大学生産技術研究所
 

   世界平均気温が将来何度上昇するかの予測には気候モデル間でばらつきがあり、その不確実性を低減するための研究がこれまで数多く行われ、成果を上げてきました。一方、世界平均降水量変化予測の不確実性に関しては、これまで誰もその不確実性を低減することが出来ていませんでした。国立環境研究所、東京大学大気海洋研究所、韓国科学技術院、東京大学生産技術研究所の研究チームは、67の気候モデルによる気温と降水量のシミュレーションデータを観測データと比較することで、降水量変化予測の不確実性を低減することに世界で初めて成功しました。
   これまで降水量変化予測の不確実性低減が難しかった最大の原因は、過去の降水量トレンド(変化傾向)に温室効果ガス濃度増加だけでなくエアロゾル(大気汚染物質)排出量増加の影響が多く含まれていることです。温室効果ガス濃度増加による将来の降水量変化と過去の変化の要因が異なるため、過去の変化から将来予測の不確実性を低減するための情報を得ることが困難でした。
   我々は、世界平均エアロゾル排出量がほとんど変わらず気温や降水量のトレンドに影響しない期間(1980-2014年)に着目して、モデルと観測のトレンドを比較することで、エアロゾル排出量増加の影響を受けずに温室効果ガス濃度増加に対する気候応答の信頼性が評価できると考えました。その結果、中程度の温室効果ガス排出シナリオにおいて、67の気候モデルは19世紀後半から21世紀後半に降水量が1.9-6.2%増加することを予測していましたが、モデルの温室効果ガスに対する気候応答の信頼性を考慮することで、降水量増加の予測幅の上限の6.2%を5.2-5.7%へ引き下げることができました。また予測の分散も8-30%減らすことができることを示しました。本研究によって、気温だけでなく降水量も予測不確実性を低減できるようになったことで、影響評価や気候変動対策の政策決定者に対して、より正確な情報を提供できると期待されます。
   本研究の成果は、2022年2月24日付で学術誌「Nature」に掲載されます。
 

1.研究の背景と目的

 人間活動による温室効果ガス濃度増加は、世界平均気温を上昇させるだけでなく、世界平均降水量も増加させます。気温も降水量もその将来変化予測には、気候モデル間でばらつき(不確実性)があり、その不確実性を低減させることが気候変動対策を考える上でも重要な課題になっています。世界平均気温変化の不確実性を低減させるための研究は、これまで数多く行われ、その成果は「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次報告書」の気温変化予測の評価にも反映されています。一方、世界平均降水量変化予測の不確実性に関しては、これまで誰もその不確実性を低減することが出来ていませんでした。
 降水量変化予測の不確実性低減が難しい最大の原因は、気温と比べて降水量がエアロゾル(大気汚染物質)排出量の増減に敏感に反応する性質があることです。19世紀後半から現在まで温室効果ガスの濃度が増加するだけでなく、エアロゾルの排出量も大幅に増加しており、長期の世界平均降水量トレンドには温室効果ガス濃度増加とエアロゾル排出量増加の両方の影響が含まれています。一方、将来は大気汚染対策によってエアロゾル排出量は急速に減少すると考えられています。そのため21世紀後半は19世紀後半と同様にエアロゾル排出量の少ない期間になると想定され、両期間での降水量の差はエアロゾルではなく温室効果ガス増加によってほとんど決まります。つまり、19世紀後半から現在までの降水量変化と21世紀後半までの降水量変化には、エアロゾル排出量増加の影響の有無という変化要因の違いがあり、過去の変化傾向(温室効果ガス+エアロゾルの効果)の情報から将来予測(温室効果ガスの効果)の信頼性を評価することが難しいという問題がありました。
 そのようななか、1980年-現在のエアロゾルの世界平均排出量がほとんど変わらないことに着目して、気温の予測不確実性を低減する研究が現れました(Tokarska et al. 2020, DOI:10.1126/sciadv.aaz9549)。この期間は、日本や欧米ではエアロゾル排出量が減少しましたが、中国やインドなどでは逆に増加したため、世界平均すると排出量はほとんど変わっていません。そのため、この期間の世界平均気温のトレンドにはエアロゾル排出量増減の影響はほとんど含まれていないことが分かりました。つまり、この期間の各モデルの気温トレンドを観測データと比較すれば、温室効果ガス濃度増加に対する気候応答を過大評価しているのか過小評価しているのかが判断できます。過去の温室効果ガス濃度増加に対する気候応答の大きさは将来の気温上昇量と比例するため、1980年-現在の気温トレンドから将来の気温変化予測の信頼性を評価できます。IPCC第5次報告書に貢献した気候モデル群(CMIP5)と第6次報告書に貢献した気候モデル群(CMIP6)の気温変化予測をこの方法で評価したところ、過去の気温トレンドを過大評価しているモデルが複数見つかり、それらのモデルを外すことで、将来予測の不確実性の幅の上限を下げられることがわかりました。
 上記の研究に触発されて、我々は1980年-現在の気候モデル実験を観測データと比較することで、将来の降水量変化予測の不確実性を低減することを目指しました。

2.研究の手法と結果

2.1 過去の気温トレンドを用いた不確実性低減

 我々は、CMIP5とCMIP6の67の気候モデルによる1851-2100年の気候変動実験データを解析しました。ここでは、中程度の温室効果ガス濃度シナリオ(RCP4.5/SSP2-4.5)を分析した結果を紹介します。全67モデルによる予測が平等に信頼できると仮定した場合は、1851-1900年平均から2051-2100年平均の降水量変化の67モデル平均値は4.0%の降水量増加で、その予測には1.9-6.2%増加の幅があります。この予測幅は正規分布を仮定したときの5%-95%信頼区間です。
 図1の縦軸は、21世紀後半までの世界平均降水量変化予測で、黒い箱ひげ図は気候モデルの予測の平均と幅を示しています。横軸は、1980-2014年の世界平均気温トレンドです。両者の間には、統計的有意な相関(相関係数=0.60)があり、エアロゾル排出量が一定で温室効果ガス濃度増加の影響が顕著な期間(1980-2014年)の気温上昇が大きいモデルほど、将来の降水量増加が大きい傾向にあることが分かります。これは、過去の温室効果ガス増加に伴う気温上昇が大きいモデルほど将来の気温上昇が大きく、また将来の気温上昇が大きいモデルほど将来の降水量増加も大きい傾向にあるためです。横軸のバーは、2つの観測データセット(HadCRUT4とGISTEMP4)の気温トレンドとその不確実性幅を示しています。観測との一致度に基づく各モデルの信頼性評価を考慮した不確実性幅が、色付きの箱ひげ図です。観測データ間のずれを考慮した箱ひげ図(「組み合わせ」)も示しています。多数のモデルが過去の気温トレンドを過大評価しており、その降水量変化の将来予測の信頼性も低いと考えられるため、箱ひげ図の上限が低くなっており、幅も小さくなっています。

過去の気温トレンドを用いた不確実性低減を表した図

図1 縦軸は将来の世界平均降水量変化予測。横軸は世界平均気温の1980-2014年トレンド。回帰直線を破線で示す。横向きのバーは複数の観測データセット(HadCRUT, GISTEMP4)の1980-2014年トレンド。バーの幅は、内部変動による不確実性を考慮した5-95%幅を描いている。×と◇はそれぞれ個々のCMIP5とCMIP6モデルを表し、紫色は1980-2014年の気温トレンドがHadCRUT4より大きく、観測データと整合的でないモデル、黒色は、それ以外のモデル。縦向きの黒い箱ひげ図は、67モデルの平均値(50%値)および正規分布を仮定した17-83%幅と5-95%幅を示している。色付きの箱ひげ図は、観測との一致度に基づく各モデルの信頼性評価を考慮した不確実性幅を示す。観測データ間のずれを考慮した箱ひげ図(組み合わせ)も示す。

2.2 過去の降水量トレンドを用いた不確実性低減

 1980-2014年の世界平均降水量トレンドも将来の降水量変化予測と良い相関(相関係数=0.63)があります(図省略)。しかし、3種類の観測データセット(GPCP, MSWEP2, GSWP3)間で過去のトレンドに大きな差(図2a)があり、そのままでは予測の不確実性低減には使えないことが分かりました。観測データ間でトレンドの差(図2c-d)が大きい場所を調べると、熱帯(南緯30°-北緯30°)の陸上で雨量計観測データの数が極端に少ない地域であることが分かります(図2e)。これらの場所では、衛星観測データや客観解析データなどを組み合わせることで降水量が推計されていますが、上記の3つの観測データセット間で推計手法に違いがあるため、トレンドに差が生じていることが分かりました。そのような信頼性の低い地点(熱帯陸上で経度1°×緯度1°の領域に含まれる雨量計観測データの数が2未満の地点)のデータを除いてから世界で平均した降水量(P)のトレンドは、3つの観測データ間で良く一致します(図2b)。
 モデルの過去のPトレンドは、将来の世界平均降水量変化予測と統計的有意な正相関(相関係数=0.49)を持ちます(図3)。観測データと比べてPの過去トレンドを過大評価しているモデルが複数ありますが、それらのモデルは将来の降水量変化予測も過大評価する傾向があり信頼性が低いと考えられます。このように、各モデルの予測の信頼性を評価することで、箱ひげ図の上限を下げ、不確実性幅を減らすことができました。
 我々は、さまざまな感度解析(図省略)を行い、観測データ間の違いも考慮することで、降水量変化予測幅の上限(6.2%)を5.2-5.7%へ引き下げることができ、また分散(予測のばらつき)を8-30%減らすことができると示しました。一方、下限値は感度解析ごとのばらつきが大きく、元々の予測値(1.9%増加)と比べて明瞭な変化は得られませんでした(図省略)。

過去の降水量トレンドを用いた不確実性低減を表した図

図2 観測された(a)世界平均降水量の時間変化(%)と(b)Pの時間変化(%)。破線は、回帰直線。(c) MSWEP2とGPCPの降水量トレンドの差(%/35年)。(d) GSWP3とGPCPの降水量トレンドの差(%/35年)。(e) 経度1°×緯度1°の領域に含まれる雨量計観測データの数(GPCCの1980-2014年平均値)。

モデルの過去の降水量トレンドと将来の世界平均降水量変化予測の図

図3 縦軸は将来の世界平均降水量変化予測。横軸はP(十分な観測データがある地域で平均した世界平均降水量、本文参照)の1980-2014年トレンド。回帰直線を破線で示す。横向きのバーは複数の観測データセット(GPCP, MSWEP2, GSWP3)に基づくPの1980-2014年トレンド。バーの幅は、内部変動による不確実性を考慮した5-95%幅を描いている。×と◇はそれぞれ個々のCMIP5とCMIP6モデルを表し、紫色は図1で1980-2014年の気温トレンドがHadCRUT4より大きく、観測データと整合的でないモデル、黒色は、それ以外のモデル。縦向きの黒い箱ひげ図は、67モデルの平均値(50%値)および正規分布を仮定した17-83%幅と5-95%幅を示している。色付きの箱ひげ図は、観測との一致度に基づく各モデルの信頼性評価を考慮した不確実性幅を示す。観測データ間のずれを考慮した箱ひげ図(GP+MS+GS)も示す。

2.3 気温と降水量の将来変化予測の差

 図4a-bは、過去の世界平均気温トレンドが観測データセットHadCRUT4より大きいモデル(図1で紫色のマークで示したモデル)とHadCRUT4の不確実性幅内に収まるモデルの間で、将来の気温変化予測(図4a)と降水量変化予測(図4b)のマップにどのような差があるかを調べたものです。HadCRUT4と整合的なモデルに比べて、過去の世界平均気温トレンドを過大評価しているモデルは、世界のほとんどで大きな気温上昇を予測し、特に北半球高緯度でその差が顕著であることが分かります。一方、降水量変化予測の差をみると、正の差がみられる場所が多いものの、有意な負の差がみられる場所もあります。この原因を探るため、気温変化予測と降水量変化予測のモデル間相関(図4c)を調べました。降水量予測に大きな正の差がある場所では、モデル間相関係数が有意な正の値を示しています。これは、熱力学的変化というものを表しており、気温上昇を過大評価するモデルほど大気中の水蒸気が増加し、それによって降水量変化も過大評価しているということを示唆しています。一方、例えば降水量変化の差が大きな負になるアマゾン川流域では、モデル間相関係数が有意な負になっています。アマゾン川流域では、降水量の将来変化が風の変化の影響を強く受けることが知られており、気温上昇によって水蒸気が増えても、風の変化によって降水量を減らしていること(力学的変化)が示唆されます。

気温と降水量の将来変化予測の差を表した図

図4 過去の世界平均気温トレンドがHadCRUT4より大きいモデルとHadCRUT4の不確実性幅内に収まるモデルの(a)気温変化予測(℃)と(b)降水量変化予測(%)の差。差が±10%レベルで統計的に有意な地点を黒点で示す。(c)気温変化予測と降水量変化予測のモデル間相関係数。±10%レベルで統計的に有意な値のみ色を付けている。

3.まとめと今後の展望

 本研究では、世界平均エアロゾル排出量が増減しない1980-2014年のモデルの気温変化と降水量変化を観測データと比較し、将来予測の信頼性を評価することで、初めて世界平均降水量変化予測の不確実性を低減することに成功しました。これは、気候変動の影響評価で考慮すべき予測の幅を狭められる可能性を示唆するもので、気候変動対策にとっても有益な情報になります。また、IPCC第6次報告書では、世界平均気温に関しては気候モデルの予測幅そのものではなく、様々な研究成果に基づいて不確実性を低減した幅が使われましたが、降水量を含む多くの変数に関しては十分な研究成果がないために不確実性幅を低減することはできませんでした。本研究は、これまで不確実性が低減できなかった重要な気候変数(降水量)に関してブレークスルーをもたらすものです。今後さらに証拠を積み上げていくことで、次期IPCC報告書において、気温だけでなく、ほかの変数に関しても不確実性幅を低減することが期待されます。

4.研究助成

 本研究は、文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」(JPMXD0717935457)、科研費(JP21H01161)、環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20202002)およびNational Research Foundation of Korea grant (MSIT) (2021H1D3A2A03097768)の支援を受けて実施されました。

5.発表論文

【タイトル】Emergent constraints on future precipitation changes
【著者】Hideo Shiogama1, Masahiro Watanabe2, Hyungjun Kim3,4,5 & Nagio Hirota1

1.国立環境研究所
2.東京大学大気海洋研究所
3.Moon Soul Graduate School of Future Strategy, Korea Advanced Institute of Science and Technology
4.Department of Civil and Environmental Engineering, Korea Advanced Institute of Science and Technology
5.東京大学生産技術研究所

【雑誌】Nature
【DOI】 10.1038/s41586-021-04310-8
【URL】https://www.nature.com/articles/s41586-021-04310-8【外部サイトに接続します】

6.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】

国立研究開発法人 国立環境研究所 地球システム領域
地球システムリスク解析研究室 室長 塩竈秀夫

国立大学法人 東京大学 大気海洋研究所 気候システム研究系
教授 渡部雅浩

Moon Soul Graduate School of Future Strategy, Korea Advanced Institute of Science and Technology

Department of Civil and Environmental Engineering, Korea Advanced Institute of Science and Technology

国立大学法人 東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門
准教授(KAIST)/特任准教授(東大生研) Hyungjun Kim

国立環境研究所 地球システム領域
地球システムリスク解析研究室 主任研究員 廣田渚郎

【報道に関する問い合わせ】

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください) / 029-850-2308

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