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2021年6月24日

共同発表機関のロゴマーク
都市内湾域の生物活動による二酸化炭素吸収メカニズムを解明-都市内湾の生物活動による気候変動対策の可能性-

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、神奈川県政記者クラブ、横須賀市政記者クラブ、港湾空港技術研究所関連専門誌複数、静岡県社会部記者室、大阪科学・大学記者クラブ同時配布)

2021年6月24日(木)
国立研究開発法人 国立環境研究所
             特別研究員 所 立樹
             主任研究員 中岡 慎一郎
             研究員   髙尾 信太郎
             客員研究員 野尻 幸宏
国立研究開発法人 港湾空港技術研究所
             グループ長 桑江 朝比呂
国立大学法人 静岡大学
             講師    久保 篤史
公立大学法人大阪 大阪市立大学
             准教授   遠藤 徹
 

   都市化された内湾域が大気中の二酸化炭素(CO2)の吸収源であることは先行研究から示唆されていましたが、その規定要因に関する正確な評価はなされていませんでした。国立環境研究所・地球環境研究センターの所立樹特別研究員らと、港湾空港技術研究所、静岡大学、大阪市立大学の共同研究チームは、篤志貨物船(商船)や調査船の観測データを基に、2005年から2016年(大阪湾は2011年から)の東京湾・伊勢湾・大阪湾の湾内とその周辺海域の海洋生物活動による大気中CO2の吸収量を初めて明らかにしました。研究の結果、これらの内湾では沿岸域としては世界でも有数のCO2吸収域であることが明らかとなりました。また海洋生物活動による大気中CO2の吸収量は内湾域の吸収量の最大で約3割を占めており、湾内に流入する適度の栄養塩を含んだ下水処理水が活発な海洋生物活動を促進していることが主要な要因となっていました。沿岸域では今後も世界的に人口増加や産業の拡大を伴う都市化が進むことが予測されていますが、本研究で得られた知見は、都市化に対応した下水処理により、有機物を効果的に除去する一方、適度の栄養塩濃度を保つことが炭素循環を通じた将来の気候変動対策の一つになりうることを示唆しています。
   本研究成果は、海洋学分野の学術誌「Journal of Geophysical Research-Oceans」に2021年5月13日付でオンライン先行公開されました。
 

1. 背景

 海洋は、地球表層で最も多くの炭素を貯蔵している場所とされています(IPCC第5次報告書によると海洋で約39兆トン、大気中に約8千億トン、陸域に2~4兆トン)。そのため、海洋と大気の間での二酸化炭素(CO2)交換は、将来の気候変動を予測する上で最も重要な要因の一つです。太平洋などの主要な海域における過去数十年間にわたるCO2交換量の解析から、海洋の外洋域で人為起源CO2の25%程度が吸収されていることやその時空間的変動について明らかになってきています。一方、沿岸域(ここでは陸水の影響が及ぶ範囲の水域と定義)ではCO2交換過程が外洋と比べて非常に複雑であるため、正確な交換量についてはいまだ議論が続いているのが現状です。例えば、河口付近の沿岸域では河川水を通して陸域から有機物が流入し分解されることで大気中へCO2が放出されます。一方、海草場のような植生が見られる沿岸域では、年間を通したCO2吸収が何例か報告されています。沿岸域は海洋全体の0.5%の面積に過ぎない狭い領域ですが、地形や植生、周辺からの有機物流入、土地利用変化の影響を強く受けてCO2交換(吸収もしくは放出)が盛んなことから、その交換過程や交換量の正確な評価が重要な課題となっています。
 内湾域は、沿岸域の中でも特に人為的な有機物や栄養塩の流入負荷や土地利用の影響により、将来的な都市化(人口の増加や産業の拡大)に伴うCO2交換量への影響も大きいことが予想されます。いくつかの研究例では、日本の都市化された内湾域は年間を通して大気中のCO2吸収源であると報告されています(Endo et al., 2018; Kubo et al., 2017)。特に東京湾では、下水処理により窒素やリンなどの栄養塩と比べて分解されやすい有機物が多く除去されるため、処理水に含まれる有機物の分解に伴うCO2放出よりも、処理水中の栄養塩が植物プランクトンの光合成を促進することによるCO2吸収が卓越することが示唆されています。しかしながら、先行研究は湾内の観測データのみを扱っていたため、湾内に流入する河川水や湾外から流入する外洋水によるCO2交換量への影響を正確に評価できていませんでした。例えば、東京湾に湾外から流入する外洋水は湾外でもCO2を吸収する性質を有しますが*1、湾内で観測されたCO2吸収量のうち湾内の光合成・呼吸や、有機物分解といった生物活動の影響がどの程度寄与していたのか正確に評価することがこれまでできていませんでした。
 本研究では、上記の問題を解決するために、国立環境研究所がトヨフジ海運株式会社の協力を得て長年実施している篤志貨物船による東京湾・伊勢湾・大阪湾の都市内湾域および外洋域の観測データ*2と先行研究の観測データを組み合わせ、CO2分圧等の無機炭酸系パラメータと*3大気—海水間CO2交換量の変動を算出し、河川水・外洋水によるCO2交換量を定量化することで湾内の生物活動によるCO2交換量を初めて評価しました。また、それらの結果から、都市内湾域におけるCO2交換過程と将来の気候変動対策について考察しました。

2.内容と結果

 本研究では、東京湾・伊勢湾・大阪湾とその周辺の海域において、トヨフジ海運株式会社が管理する篤志貨物船(Pyxis, New Century 2, Trans Future 5)による2005年から2016年までの観測データ(大阪湾のみ2011年から2016年まで)を使用しました(図1)。また、東京湾・大阪湾においては、それぞれ東京海洋大学*4の調査船(青鷹丸)と神戸大学の実習調査船(おのころ)*5による観測データを併用しました。河川水・外洋水によるCO2交換量はそれらの単純混合を仮定した無機炭酸系パラメータモデルから時空間変動を算出し、それらと測定値との差分を湾内の生物活動の影響として評価しました(図2)。
 解析の結果、上記3つの湾は全て大気中CO2の吸収源で、単位面積当たりの吸収量は世界でも有数の大きさであることが分かりました。また、生物活動によるCO2の吸収は明瞭な季節変動を示しており、夏に吸収量が最大になっていました (図2)。CO2吸収における海洋生物活動の寄与は6-27%で、どの水域でも湾奥から20 kmほどの水域で最大となっていました。一方、河川水によるCO2放出は湾奥から5 km以内の水域に限定されていました(図2)。3つの湾の中で最大の周辺人口を持つ東京湾では、栄養塩濃度・CO2吸収における生物活動による寄与分ともに最も大きな値を示していました。このことから、生物活動による寄与分は、周辺人口と関連した下水処理水の流入量に比例した湾内の栄養塩濃度に左右されていることが示唆されています。ただし、大阪湾のCO2吸収量は栄養塩濃度や下水処理水の流入量から期待される吸収量と比べて少なく、瀬戸内海との海水の交換で生物活動による水中CO2の減少分が希釈されていたことが想定されます。
 上記の解析結果は、都市化(周辺人口の増加)に対応した下水処理により、有機物を効果的に除去する一方、適度の栄養塩濃度を保つことが大気中CO2吸収を促進させることを示唆しています。沿岸域の都市化は今後数十年で世界的に拡大することが予想されているため、上記の下水処理によるCO2吸収が今後の大気中CO2濃度増加の抑制策の一つになることが期待されます。

3. 今後の展望

 本研究により、都市域内湾が大気中CO2の吸収源であり、湾内に流入する適度の栄養塩を含んだ下水処理水が活発な海洋生物活動を促進していることが主要因であることが示されました。また、有機物除去を重視した下水処理が伴う沿岸域の開発が将来の気候変動対策の一つとなりうることが示唆されています。沿岸域のCO2収支について詳細に把握するためには、他の水域も含めたより広範な条件下での解析が必要です。例えば、海外の下水処理率の低い水域では観測時期によるCO2吸収と放出の振れ幅が本研究の結果よりも大きく、CO2吸収源としては比較的に不安定であることが示唆されています(Cotovicz et al., 2015; Koné et al., 2009)。このような研究例も含めて解析を進めることで、沿岸域の都市化とCO2吸収のより詳細な理解につながることが期待されます。

4.参考図

計測データの分布を表した図
図1.計測データの分布.黒のプロットが篤志貨物船の計測データ採取点.青のプロットが東京海洋大(東京湾)と大阪市立大(大阪湾)の計測データ採取点.赤の星印は湾奥基準点.緑の菱印はそれぞれの湾の最大の処理能力を持つ下水処理プラントの場所を示す.
図2.生物活動の影響によるCO2交換量の平均値.湾内の生物活動によるCO2交換量 (下段:Fb)は観測された値(上段:F)と河川水と外洋水による交換量(Fab)の差分(Fb = F - Fab)に該当する。エラーバーは炭酸系パラメータモデルの誤差を示す.
図2.生物活動の影響によるCO2交換量の平均値.湾内の生物活動によるCO2交換量 (下段:Fb)は観測された値(上段:F)と河川水と外洋水による交換量(Fab)の差分(Fb = F - Fab)に該当する。エラーバーは炭酸系パラメータモデルの誤差を示す.

5. 注釈

*1: 日本の太平洋岸の海水は、世界の海洋でも有数の大気中CO2の吸収源とされている (Takahashi et al., 2002, 2009)。これは温かい黒潮が北上する過程で冷たい親潮と混合したり、冬季に大気によって冷やされたりすることで大気中のCO2が溶けやすくなる効果のため。
*2:測定データはオープンデータベースであるSurface Ocean CO2 Atlas (SOCAT; https://www.socat.info【外部サイトに接続します】)上でアクセスできる。
*3: 無機炭酸系パラメータとは、水中に溶存したCO2と無機炭酸イオン(HCO3-, CO32-)に該当する。またこれらの濃度から、大気—海水間CO2交換量や水中のpHなどを計算することができる。
*4: 共同研究者の静岡大学の久保篤史講師が東京海洋大所属時に測定・解析を担当。
*5:共同研究者の大阪市立大学の遠藤徹准教授が神戸大学の実習調査船に乗船し測定を担当。

6. 参考文献

Cotovicz et al. (2015), Biogeosciences, 12, 6125-6146.
Endo et al. (2018), Journal of JSCE B2, 69(2), I_1315-1320.
Koné et al. (2009), Estuaries and Coasts, 32, 246-260.
Kubo et al. (2017), Scientific Reports, 10:20413.
Takahashi et al. (2002), Deep-Sea Res. II, 49, 1601–1622.
Takahashi et al. (2009), Deep-Sea Res. II, 56, 554–577.

7. 研究助成

 本研究は地球環境保全試験研究費 (環1751) の支援により行われました。

8. 発表論文

【タイトル】Contribution of biological effects to carbonate-system variations and the air-water CO2 flux in urbanized bays in Japan
【著者】Tokoro T., Nakaoka S., Takao S., Kuwae T., Kubo A., Endo T., Nojiri Y.
【雑誌】Journal of Geophysical Research-Oceans
【DOI】10.1029/2020JC016974
【URL】https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2020JC016974【外部サイトに接続します】
※下線で示した著者が国立環境研究所所属です。

9.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域 
地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 特別研究員 所 立樹

国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 港湾空港技術研究所 
沿岸環境研究領域 沿岸環境研究グループ グループ長 桑江 朝比呂

国立大学法人静岡大学 理学部 講師 久保 篤史

公立大学法人大阪 大阪市立大学大学院 工学研究科 准教授 遠藤 徹

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください) / 029-850-2308

国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 港湾空港技術研究所
管理調整・防災部 企画調整・防災課
kikaku (末尾に@p.mpat.go.jpをつけてください) / 046-844-5040

国立大学法人静岡大学 総務部広報室
koho_all (末尾に@adb.shizuoka.ac.jpをつけてください) / 054-238-5179

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