日本でも、標高と緯度の高い山岳域には、非常に限られた地点で永久凍土が存在することが確認されています。山岳域で調査をすることが難しいため、日本のどこに永久凍土が存在するか、その全体像はわかっていません。私たちはこれまでの研究で、日本の永久凍土分布を推定し、現在の気候変動によって、永久凍土が急激に減少している可能性があることを明らかにしました。そして、私たちの研究の推定に基づき、これまでに確認されていない地点で永久凍土を発見し、モニタリングを行うプロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトでの最初の観測地点が、2024年に国立公園に指定された、日高山脈です。日高山脈で永久凍土を探し、その変化をモニタリングする挑戦を紹介します。
「永久凍土」は、地球上の非常に寒冷な地域に存在します。永久凍土は、「地面の下で年間を通して(正確には2年以上)0 ℃を下回る領域がある場所」として定義されます。地球の気候は、非常に寒冷な「氷期」と比較的温暖な「間氷期」を、10万年程度の周期で繰り返しています [1]。現在は間氷期にあり、最後の氷期は2万年くらい前でした。現在の地球上にある永久凍土は、少なくとも2万年前くらいから、場合によっては12万年くらい前から凍結し続けていると考えられています。永久凍土地帯で土が凍結すると、土の中に含まれる有機物(植物や動物の死骸など)が分解されないまま残ります。このため、永久凍土には大量の有機物が閉じ込められており、地球温暖化によって永久凍土が融解すると、この有機物が分解され、温室効果ガスが放出されることにより、温暖化をさらに加速させることが懸念されています [2]。
「永久凍土」と聞くと、シベリアやアラスカなどの極寒の地にのみ存在する、と思われる方が多いかもしれないですが、実は日本にも存在することが確認されています [3]。これまでに富士山、大雪山系、北アルプス立山、そして最近では知床サシルイ岳 [4] に永久凍土が観測されています。日本は北半球の永久凍土分布の南限近くに位置するため、標高と緯度の高い山岳域において永久凍土が存在しうると考えられています。しかし、実際に日本のどこに永久凍土が分布しているのかについて、その全体像は、これまでに十分調べられていませんでした。そこで私たちは、国環研が作成した日本域の高解像度気温データを活用し、日本において永久凍土が存在しうる領域を推定する研究を行いました [5]。その結果、上記の場所以外にも、日本の山岳域には永久凍土が存在できる環境があることがわかりました。さらに、日本域の高解像度将来気温予測を利用して同様の推定を行ったところ、近年の気候データ環境下では永久凍土が存在しうる場所でも、最近になり永久凍土が急速に消失している結果となりました。
私たちの研究結果は、日本の山岳域のこれまで確認されていない場所にも永久凍土が存在し、それが現在大きく変化している可能性を示しています。この話を聞くと、「日本にも永久凍土があるのか」と驚く方も多いかと思います。また、年間を通して凍結しているという特殊な環境が失われることに、少し切ない気持ちを感じる方もいるかもしれません [6]。実際、永久凍土が融解することで、地表面が乾燥化し、夏に咲く高山植物が育ちにくくなることも考えられます(注1)。また、土壌の凍結融解過程が変化することで、自然生態系に様々な影響を及ぼすことや、凍土の融解が進むことによって地盤の支持力が弱まり、斜面崩壊や地盤沈下などの地形変化が起こりやすくなる可能性もあります。しかし、前述のように、日本の山岳域のどこに、どのような広がりを持って永久凍土が存在しているかについては、ほとんど調査がなされていないのが現状です。
そこで私たちは、永久凍土分布に関する推定結果 [5] を活用し、これまでに調査されていない日本山岳域の永久凍土を新たに確認し、地面の下で起こっている凍土の変化を監視する「日本山岳域における永久凍土モニタリングプロジェクト: PRISM-J, Permafrost Research and Integrated Sustainability Monitoring in Japan」を立ち上げました。このプロジェクトの最初のターゲットとして選定したのが、2024年に国立公園に指定された日高山脈です [7]。
より標高と緯度の高い山岳域においては気温が下がりやすいため、永久凍土が存在しやすくなります(注2)。我々の永久凍土分布推定によると、すでに永久凍土が観測されている大雪山に次いで、日高山脈がもっとも広く永久凍土が分布しうるエリアであったため、今回の観測候補地としました。北海道において広大な面積を占める日高山脈ですが、その最高峰は幌尻岳(標高2052m)です。日高山脈には氷河地形が存在し、かつて氷河が発達したことを示しています。
写真1:日高山脈・幌尻岳山頂付近の風景。たくさんの山に囲まれているため、山頂へのアクセスも容易ではない。上)写真中央の手前に見えるスプーンでえぐったような斜面はカール(圏谷:幌尻岳山頂北カール)。中)山頂から見える幌尻湖。下)幌尻岳山頂東カール。
写真2:幌尻岳山頂付近の植生。ハイマツの間に、コケ類が見られる。冬期に強い風が吹き、ハイマツが生育できない場所にコケ類が生えていた。
日高山脈は、大雪山系や知床山脈のように火山活動によるものではなく、造山運動によって形成された山地です。溶岩だけでなく、火山灰が降り積もって出来上がった大雪山などの山頂部では、水分を保持する空隙がたくさん存在し、永久凍土中に氷を保持しやすくなっています。一方、地殻プレート同士の衝突によってできた日高山脈の山頂部は、岩石でできており、水や氷が存在できる空隙がほとんどありません(写真3)。地中に氷が存在すると融けるのに時間がかかりますが、岩石でできた日高山脈の永久凍土は気温の変化により敏感に反応すると考えています。
前述のように、永久凍土は2年以上凍結している地面、と定義されます。このため、永久凍土の存在を確認するためには、2年以上にわたり地下の温度を測定する必要があります。一般に、夏は気温が高いため、地表付近の地温は0℃以上にまで上がります。したがって、永久凍土を確認するには、夏でも温度の上がらない(夏の高い気温の影響を受けない)、地下深くまでの温度を、2年以上にわたって測定する必要があります。私たちは関連省庁や自治体の許可を得て、2024年の夏から幌尻山頂においてドリルで直径10 cm程度、深さ10 m 程度の孔を掘り、地温の測定を開始しました。
私たちのプロジェクトの当面の目標は、日高山脈において新たな永久凍土を確認することですが、より重要なことは永久凍土の有無だけではなく、地面の凍結状況と関連した山岳環境の変化を長期的にモニタリングし続けることです。前述のように、標高と緯度の高い山岳域では、地面の凍結・融解過程が、斜面の安定性や生態系に様々な影響を及ぼします。日本の山岳域においては、地上の気象や植生をモニタリングされている例は多いのですが、地中の温度や水分環境まで視野にいれた観測はほとんどありません。私たちの研究が示すように、特に近年の大きな気候変動によって、山岳域での気温上昇が地下の温度を上昇させることで、凍土の状態が非常に大きく変化している可能性があります。私たちは地中の変化を含めた山岳環境モニタリングを進めていきます。
永久凍土を確認する地温測定のために、私たちは数日間、山頂付近に滞在しました。山の天気は変わりやすいと言われますが、同じ一日の中で、全く違う景色を見ることができます(写真4)。このような山の景色の変化を見ていると、過ぎゆくどの瞬間も、ものごとが変化していることを思い知らされます。数時間のスケールで山の風景が変化するだけでなく、現在進行している気候変動によって、山岳環境が数年、数十年単位で大きく変化していくことが想像できます。いま、山の上に永久凍土があったとしても、数年、数十年先にはそれが消失しているかもしれません。これから起こり得る山岳環境の変化を総合的にとらえ、モニタリングすることが、私たちの目標です。
写真4:幌尻岳山頂からみた夕方の景色。写真1のように晴れている日でも、時間が経つ間に、目の前が雲海で覆われてしまうこともある。