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2023年4月18日

「いぶき」(GOSAT)の温室効果ガス濃度推定手法の更新—衛星観測による温室効果ガス濃度の新たなデータセット—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2023年4月18日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
 

国立環境研究所衛星観測センターでは、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)の観測データから得られた全球の晴天域の温室効果ガス濃度データ(二酸化炭素、メタン)の一般提供を行ってきました。今回、国立環境研究所地球システム領域の染谷有主任研究員、吉田幸生主任研究員らの研究チームは、GOSATの観測データから温室効果ガスの濃度を求める解析手法を見直し、従来は大きな誤差要因となることから解析対象外としてきた、視野内に薄い雲を含むケースについて解析対象とするとともに、解析に必要となる温室効果ガスによる光の吸収の強さのデータベース更新などを行いました。この修正により、打ち上げから2021年までのデータについて、陸上の観測では推定精度をほぼ落とすことなく、温室効果ガス濃度データ数が約13%増加しました。この新しい解析手法によって作成された温室効果ガス濃度データは、関連文書などの準備が整い次第、一般提供を開始します。
本研究の成果は、2023年3月22日付でEuropean Geophysical Unionから刊行されている大気科学分野の学術誌『Atmospheric Measurement Techniques』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

環境省、国立研究開発法人国立環境研究所(NIES)、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構の3機関による共同プロジェクトである温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)は2009年1月の打ち上げ以降、2009年4月の定常運用開始からほぼ継続してデータを取得し続けており、2023年3月現在も運用中です。NIESでは「衛星観測に関する事業」の一環として推進されているNIES GOSATプロジェクトにおいて、GOSATデータの定常処理やそのためのシステム開発などを実施しています。
GOSATに搭載された温室効果ガス観測センサ(TANSO-FTS)によって観測された短波長赤外スペクトル(注1)を解析することで、二酸化炭素(CO2)とメタン(CH4)の気柱平均濃度(注2)を推定することができます。NIESではこの解析によって推定されたCO2とCH4濃度データをレベル2プロダクトとして公開しています。温室効果ガス濃度の解析では、TANSO-FTS視野内の雲やエアロゾルなどの大気中粒子が大きな誤差要因となるため、これまでは雲の影響を受けていると思われるデータについては処理対象外としてきました。このため、温室効果ガス濃度の解析が行えるのは日中の全観測データのうち数%程度となります。今回、解析における雲の取り扱いを変更し、薄い雲のあるシーンを処理対象とするとともに、解析に必要となる補助情報も更新し、利用可能なデータ数の増加と推定結果の精度向上を図りました。

2. 研究手法

NIESの温室効果ガス濃度推定に用いられている手法は、濃度導出の際の誤差要因となるエアロゾルなどの影響を考慮し、温室効果ガス濃度に加えてエアロゾルに関する変数などを同時に推定することで推定精度を高めています(注3)。今回、この導出の際の雲による影響を考慮する手続きを追加し、雲に関する変数を同時に推定する修正を行ったことで、これまで処理対象外とされていた薄い雲のあるシーンを処理対象とすることができるようになりました。加えて、TANSO-FTSの検出感度の劣化を考慮するモデル(注4)、太陽光の理論スペクトル、温室効果ガスなどによる光の吸収の強さをまとめたデータベースを更新し、温室効果ガス濃度推定手法を更新しました。
約13年分(2009年4月から2021年12月)の観測スペクトルに対して更新後の推定手法を適用し、温室効果ガス濃度を求めました。この結果を更新前の推定手法により得られた推定結果、地上設置型フーリエ変換分光計による観測ネットワーク(TCCON)(注5)のデータ、航空機や船舶等で得られた現場観測の結果と比較することで、データ数の変化や推定精度を評価しました。

3. 研究結果と考察

更新前の推定手法による結果やTCCONデータとの比較から、更新後の推定手法では陸上で更新前の推定精度とほぼ同等の精度でCO2濃度を推定でき、データ数が約13%増加したことがわかりました。ただし、海上ではデータ数が約20%減少し、更新前のデータよりもさらに低い濃度となったことがわかりました。CH4についてもデータ数の変化傾向はCO2と同様です。更新後の推定手法によるCH4濃度の推定値は更新前の濃度よりも全体的に低くなり、精度については同等かやや良い結果となりました。

図 陸上における全解析期間のCO2濃度の平均値(上段)、CH4濃度の平均値(中段)、総データ数(下段)。更新前の推定手法による結果(左列)、更新後の推定手法による結果(中列)、それらの差分(右列)。

また、更新前の推定手法で得られた海上のデータの解析から、10年程度の長期間のCO2濃度の増加率は現場観測に基づく増加率と比べて小さいということがわかっています。更新後の推定手法による海上のデータに対し、同様にCO2濃度増加率を評価したところ、更新前の推定手法による結果では現場観測によって求められた値と比べて10年あたり1.68 ppm小さい値でしたが、更新後の推定手法による結果では0.01 ppm小さいだけとなり、大幅に改善しました。

4. 今後の展望

更新後の推定手法によって処理された結果はTANSO-FTS SWIR レベル2プロダクトV03.00として公開される予定です。陸上におけるデータ数の増加は、さらに高次のプロダクトであるCO2、 CH4の吸収・排出量の精度向上にも寄与すると考えられます。一方、V03.00プロダクトには海上で全体的にCO2濃度が低いという課題があり、濃度補正を施したプロダクトをV03.05として同時に公開する予定です。海上におけるCO2低濃度はスペクトルのフィッティング精度(注6)に起因すると考えられ、今後、これを解消するために校正データなどを用いた解析などを行い、推定手法のさらなる改善を図ります。

5. 注釈

注1:Thermal And Near-infrared Sensor for carbon Observation-Fourier Transform Spectrometer (TANSO-FTS)は0.7, 1.6, 2.0 µm付近の波長をバンド1~3によって観測しており、これらの波長帯を短波長赤外域と呼んでいます。

注2:短波長赤外域を用いた温室効果ガスの衛星観測では、地球の大気に入射した太陽光が地表面で反射され、衛星で観測されるまでに通過する大気(気柱)内の水蒸気を除いた全分子数のうちの対象物質の分子数を気柱平均濃度として推定しています。

注3:短波長赤外スペクトルを用いた衛星による温室効果ガス観測では、地球の大気に入射した太陽光が地表面で反射され、衛星によって観測されるまでに温室効果ガスによって吸収されることを利用して濃度の推定を行います。雲やエアロゾルなどの大気中粒子が存在する場合、太陽光がそれらによって散乱/吸収され、衛星で観測されるスペクトルにおける温室効果ガスによる吸収の強さが変化します。そのため、精度の高い温室効果ガス濃度の推定ではこれらの影響を考慮する必要があります。

注4:TANSO-FTSは打ち上げ以降、短波長赤外域の検出感度が時間に伴って低下しています。つまり、運用開始時と開始から時間が経った後では、光学系に入射した光が同じ強度でも観測される強度が異なります。温室効果ガス濃度解析の際はこれを考慮する必要があるため、NIESの推定手法ではこの検出感度の低下をモデル化し、解析の際に考慮しています。

注5:GOSATや他の衛星による温室効果ガス濃度はTCCONにより検証が行われています。TCCONは世界の約25か所に設置された大型のフーリエ変換分光計を用いて太陽直達光を観測するネットワーク(http://www.tccon.caltech.edu/)であり、衛星データから推定される温室効果ガス濃度に比べて高い精度で濃度を推定することができます。

注6:温室効果ガスの濃度推定は大気や地表面などの状態を仮定して計算した理論スペクトルを観測スペクトルにフィッティングすることで行われます。この際、温室効果ガス濃度などの推定対象の物理量を変化させて理論スペクトルを観測スペクトルと整合させていくことでフィッティングを行います。

6. 研究助成

本研究において推定結果の検証に使用したTCCONデータの一部の観測地点の運用と航空機や船舶等で得られた現場観測を用いた解析は、環境省からの受託事業による支援によって行われました。

7. 発表論文

【タイトル】
Update on the GOSAT TANSO-FTS SWIR Level 2 retrieval algorithm
【著者】
Someya, Y., Y. Yoshida, H. Ohyama, S. Nomura, A. Kamei, I. Morino, H. Mukai, T. Matsunaga, J. L. Laughner, V. A. Velazco, B. Herkommer, Y. Té, M. K. Sha, R. Kivi, M. Zhou, Y. S. Oh, N. M. Deutscher, and D. W. T. Griffith
【掲載誌】Atmospheric Measurement Techniques
【URL】https://amt.copernicus.org/articles/16/1477/2023/(外部サイトに接続します)
【DOI】10.5194/amt-16-1477-2023(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地球システム領域衛星観測研究室
 主任研究員 染谷有
 主任研究員 吉田幸生
 主任研究員 大山博史
 室長 森野勇
地球システム領域衛星観測センター
 高度技能専門員 亀井秋秀
 センター長 松永恒雄
地球システム領域
 高度技能専門員 向井人史

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
衛星観測研究室 主任研究員 染谷有

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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