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2019年5月28日

間伐が富士北麓カラマツ人工林林床の二酸化炭素収支におよぼす影響を網羅的に評価
-撹乱に対する森林の炭素収支の回復力-

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会 同時配付)

令和元年5月28日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター
  高度技能専門員 寺本 宗正
  室長  梁 乃申
  主任研究員 高橋 善幸
  高度技能専門員 曾 継業
  センター長 三枝 信子
  高度技能専門員 井手 玲子
  JSPS外国人特別研究員 趙 昕
 

   日本の森林の40%程度を占める人工林の炭素吸収機能の維持と増進は、気候変動に対する緩和策や適応策を策定する上で不可欠です。人工林の持続的な維持管理には間伐や択伐といった森林施業が必須となります。適度な施業は森林の炭素吸収能力を増進するとされていますが、施業によって森林の炭素循環における、どの要素がどのように変化するのか、その詳細は未解明な部分が多く残されています。特に、森林の炭素循環において重要な、林床部の炭素収支に対する施業の影響を要素ごとに、長期連続観測データに基づいて評価した研究はありません。
   国立環境研究所は、富士北麓の樹齢約60年のカラマツ人工林における、間伐前後の12年間におよぶ長期連続観測データから、30%強の間伐(本数)が林床部の炭素収支におよぼす影響を、各要素に分けて網羅的に評価しました。その結果、間伐によって林床部における地温が0.37℃、光強度が63.1%上昇したことがわかりました。これらの環境の変化を受けて、林床部の呼吸量(CO2排出量)は26.9%増加した一方で、林床植生による光合成量(CO2吸収量)は59.5%増加しました。また、間伐後に林床部で増加した光合成量は、林冠部で減少した光合成量を補填しており、それが結果的に森林全体での炭素収支の回復を早めていたことが示唆されました。
   本研究の結果は、2019年5月8日に国際科学雑誌「Agricultural and Forest Meteorology」に掲載されました。

本研究は、(独)環境再生保全機構・環境省の環境研究総合推進費「2-1705(アジアの森林土壌有機炭素放出の温暖化影響とフィードバック効果に関する包括的研究)」と環境省環境研究総合推進費「B-073(土壌呼吸に及ぼす温暖化影響の実験的評価)」、環境省地球環境保全試験研究費(地球一括計上)「環1051(日本における森林土壌有機炭素放出に及ぼす温暖化影響のポテンシャルに関する研究)」および国立環境研究所適応研究プログラム「PJ1-6」により実施されました。

1. 背景

   2015年に合意されたパリ協定では、地球温暖化による世界平均気温の上昇を、産業革命前と比して1.5℃に抑えるという目標を立てています。この目標の達成のために、森林による炭素の吸収能力を維持・増進させることが必要です。一方、日本における林業は衰退傾向にあり、放置された人工林が多く存在しています。特に寒冷な気候に適応したカラマツは、日本の代表的な植林樹種であり、主に本州の標高が高い地域及び北海道などの冷涼な地域で盛んに植樹されました。しかし、戦後に植えられたカラマツ林の多くが、現在伐期を迎えており、その取扱いが課題とされています。こういった人工林を適切に管理していくことが、炭素吸収源の維持・増進、ひいては気候変動に対する緩和と適応につながっていくものと考えられます。
   森林の林床部は、多量の二酸化炭素(CO2)を排出(呼吸)しています(多くの温帯林で、森林全体の呼吸量の半分以上が林床から出ています:参考文献1)。一方で、これまでの研究から、光環境が改善した場合、林床植生による二酸化炭素の吸収量(光合成量)が増進することが示唆されています(参考文献2)。つまり、林床部の間伐に対する反応は、森林全体の炭素循環に強く影響します。そのため、間伐が林床部に与える影響の正確な評価は、森林全体への間伐影響を把握する上でも必須となります。
   国立環境研究所は、独自に土壌や林床植物による呼吸量や光合成量を測定するための観測システム(大型自動開閉チャンバーシステム)を開発し、森林林床部に着目した炭素循環に関する観測研究を、広域的に展開してきました。富士北麓にはカラマツの人工林が広がっており、国立環境研究所における重要な観測拠点の一つとなっています。本研究では、12年間(2006年から2017年まで)の富士北麓カラマツ人工林における長期連続観測データを用いて、間伐が林床部の炭素収支におよぼす影響を、関係する要素ごとに、網羅的に評価しました。

2. 実験の方法

   2006年、富士北麓カラマツ人工林(場所:山梨県富士吉田市上吉田字河原)に、大型自動開閉チャンバーシステムを設置しました(図1)。自動開閉チャンバーシステムは、内部に林床植生を含まない土壌チャンバー(土壌からのCO2排出量を測定、縦50 cm×横50 cm×高さ50 cm)と、内部に林床植生を含む植物チャンバー(林床植生を含む林床部全体の呼吸量や林床植生の光合成量、それらを差し引いたCO2の交換量を測定、縦50 cm×横50 cm×高さ100 cm)に分けられます。また、本カラマツ人工林では、高さ32 mの観測タワーを使い、渦相関法で森林全体の正味のCO2吸収量も観測しています。そのデータに基づき、森林全体の光合成量を推定したうえで、チャンバーを用いて求めた林床部の光合成量と比較しました。2014年5月および2015年3月に間伐が段階的に行われ、最終的に30%強のカラマツが間採されました。本研究では、2006年から2013年の8年間を間伐前、2015年から2017年の3年間を間伐後とし、間伐前後の林床部における、炭素循環に関わる各要素の変化を評価しました。

大気中の熱量や物質の輸送量を評価する手法で、森林全体の炭素収支を観測するために、標準的に利用されている。

富士北麓カラマツ林に設置したチャンバーシステム全体の様子の写真
図1. 富士北麓カラマツ林に設置したチャンバーシステム全体の様子(左)と植物チャンバーの様子(右)。
富士北麓カラマツ林に設置した植物チャンバーの様子の写真

3. 結果

   間伐後は間伐前に比べて、林床部における5月から10月(成長期間)の地温は平均0.37℃、光の強さ(PPFDu)は平均63.1%増加しました。これらの環境の変化は、林床植生の光合成量を平均59.5%、林床部の呼吸量を平均26.9%増加させました。林床植生の光合成量の増加には、間伐による光環境の改善が大きく寄与していました。また、呼吸量の増加に関しては、地温の上昇による土壌呼吸の増加に加え、光環境の改善によって林床植生のバイオマス量が増加し、林床植物の呼吸量も増加した(平均99.7%)ことが大きく影響していました。一方で、それら呼吸量と光合成量を差し引いたCO2の交換量は14.4%の排出量増加の傾向を示し、呼吸量や光合成量の増加率と比して、相対的に変化が小さいものでした。
   また、林床植生の光合成量が、森林全体における光合成量に占める割合は、間伐前(14.2%)と比して、間伐後(19.2-24.5%)に有意に増加しました(図2)。これは、間伐後に増加した(林床部における光が強くなったことによる)林床植生の光合成量が、間伐によって減少した林冠部の光合成量を補うことで、森林全体の光合成量の変動を小さくしたものととらえることができます。また、その様な林床部の働きが、間伐という撹乱作用に対する、森林全体の炭素収支の回復を早めたものと考えられます。

撹乱とは、生態系の構造を乱し、環境を変化させるイベントを示す。台風や山火事などは自然撹乱、間伐や皆伐(森林施業)、土地利用変化などは人為的撹乱とされる。

森林全体の光合成量に占める、林床部の光合成量の割合を表した図
図2. 森林全体の光合成量に占める、林床部の光合成量の割合(***はp < 0.01、**はp < 0.05、*はp < 0.10)。

pはp値(有意確率)を示す。有意確率とは、統計的にグループ間の差(本研究では、間伐前と間伐後の数値の差)が偶然によって生じた確率を示す。

4. まとめ

   本研究結果は、間伐によって林冠部で減少した光合成量を、林床部で増加した光合成量が補填することで、森林全体における光合成量の変化が小さくなり、間伐後の炭素収支の回復を早めたことを示唆するものです。つまり、間伐による林冠部への撹乱影響を、林床部(林床植生)が緩衝することで、森林全体の炭素収支の回復と安定性に寄与したと考えることができます。間伐が行われた人工林は、長期的には炭素の吸収能力が向上すると考えられています。本研究は、その炭素吸収能力の回復・増進過程で、林床部における炭素循環に関わる要素がどのように反応、機能するのかを網羅的に示した、貴重な報告例です。気候変動を緩和し、かつ適応していくために、人工林を適切に管理し、炭素吸収能力を増進していくことが今後必要になります。本研究結果は、気候変動を想定した、持続可能な森林の管理手法確立に向けて、科学的な根拠として貢献できるものと考えられます。

5. 発表論文

Teramoto M., Liang N., Takahashi Y., Zeng J., Saigusa N. Ide R., Zhao X. Enhanced understory carbon flux components and robustness of net CO2 exchange after thinning in a larch forest in central Japan. Agricultural and Forest Meteorology 274, 106–117, doi: 10.1016/j.agrformet.2019.04.008 (2019).

6. 参考文献

(1) Liang N., Hirano T., Zheng Z.M., Tang J. and Fujinuma Y. Soil CO2 efflux of a larch forest in northern Japan. Biogeosciences 7, 3447–3457, doi:10.5194/bg-7-3447-2010 (2010).
(2) Teramoto M., Liang N., Zeng J., Saigusa N., Takahashi Y. Long-term chamber measurements reveal strong impacts of soil temperature on seasonal and inter-annual variation in understory CO2 fluxes in a Japanese larch (Larix kaempferi sarg.) forest. Agricultural and Forest Meteorology 247, 194–206, doi: 10.1016/j.agrformet.2017.07.024 (2017).

7. お問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター 炭素循環研究室
      室長 梁 乃申
      電話:029-850-2774
      E-mail:liang(末尾に@nies.go.jpをつけて下さい)

      高度技能専門員 寺本 宗正
      電話:029-850-2774
      E-mail:teramoto.munemasa(末尾に@nies.go.jpをつけて下さい)

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