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2022年4月7日

夏季五輪マラソンへの気候変動による暑熱の影響と複数の適応策がもたらす効果を明らかにしました

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2022年4月7日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所
 気候変動適応センター
 研究生 大山剛弘
 副センター長 肱岡靖明
社会システム領域
 主任研究員 高倉潤也
 

   東京大学大学院連携講座※1を運営する国立環境研究所の研究チームは、夏季オリンピックのマラソン選手が気候変動下で曝される暑熱環境、およびこれまで提案されてきた適応策の効果について定量的に検討しました。その結果、現状のホスト都市候補のうち、最大で27%の都市が危険な暑熱環境となること、適応策として、10月の開催や国内複数都市での開催による効果が大きいことが明らかになりました。
 スポーツに着目した気候変動影響の研究はまだ国内外で事例が少なく、この成果を皮切りに、今後より多様なスポーツを対象とした研究が進展することが期待されます。

1.研究の背景、目的

 2011~2020年における世界の陸域平均気温は、工業化以前(1850~1900年)と比べて1.59℃上昇したとされています。地球温暖化の進行状況による程度の差はあるものの、今後数十年はこのまま上昇傾向が継続すると予測されます。気温上昇による影響は様々ですが、暑熱による健康影響は人間にとって最も直接的な影響の一つです。近年の暑熱に起因する死亡例のうち、約4割が人為起源の気候変動によるものという研究成果もあります。
 暑熱に影響を受けやすい主体として高齢者や子どもを思い浮かべる方は多いと思いますが、屋外スポーツの競技者も危険に曝されています。国内では、毎年数千人の中高生が部活動中に熱中症にかかっています。世界トップクラスのアスリートでも暑熱の影響は免れず、例えば、2019年の世界陸上競技選手権大会(カタール・ドーハ)では気温33℃・湿度73%という過酷な環境で行われた女子マラソンで68人中40人が途中棄権し、2014年のテニスの全豪オープンでは気温が43°Cに達して試合が延期されました。最近では、2021年の東京オリンピックのマラソンが暑熱への懸念から早朝の札幌で開催されたものの、男子・女子ともにWBGT※2(暑さ指数)25~28℃という比較的暑熱リスクが高い天候に見舞われ、男子マラソンでは3割近い棄権者が出たのも記憶に新しいところです。
 しかし、地球温暖化が進行した場合に、屋外スポーツに対してどのような暑熱影響が発生するのか、またどのような対策が有効であるかについて、定量的な評価を行った例はまだほとんどありません。そこで本研究では、夏季の代表的なスポーツイベントであるオリンピックのマラソン競技に着目して、(1)将来地球温暖化が進行した状況において、選手がどのような暑熱環境下に置かれるのか (2)選手を危険な暑熱環境に曝さないために、どのような対策が有効であるか について明らかにすることを目的に推計を行いました。

2.研究手法

① 評価対象とする都市の選定

 夏季オリンピックのホスト都市の選定条件は公にされていませんが、大規模イベントを運営する都市の能力やインフラ、国家的な支援体制、経済成長率等が重要である可能性が指摘されています。また、標高が高すぎると、マラソンなどの長時間におよぶ競技のパフォーマンスに悪影響が現れます。本研究では、既往研究や過去のホスト都市の実績などを踏まえて、(1)250万人以上の都市人口 (2)3,000億ドル以上の国家GDP (3)0%以上の国家GDP成長率 (4)1,600m以下の都市標高 (4)都市の特徴に基づいた暑熱環境を予測するために十分な気象データがあること を条件に、現時点でのホスト都市候補として25カ国の70都市を評価の対象としました※3

②都市の特徴に基づいた時間単位の暑熱環境の評価

 ある都市で数時間にわたって開催されるマラソンの暑熱環境を評価するには、都市の気候的な特徴に基づいて、暑熱環境が1日の中でどのように変動するのかを推定する必要があります。本研究では、国立環境研究所の高倉主任研究員らが開発した手法などを活用して、気候モデルの計算結果から得られる気温や湿度などの結果をもとに1時間毎のWBGTの値を算出し、都市の既往観測データに基づいて補正を行いました。将来の地球温暖化の進行度合いとして、4種類のRCPシナリオ※4(RCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、RCP8.5)を参照しました。RCPの後についている数字が大きいほど温暖化が進行していることを表し、RCP8.5は温室効果ガス排出削減の努力が全く行われない場合に相当し、RCP2.6は厳しい緩和策を実施することによりパリ協定※5で合意された2℃目標が達成される場合に相当します。

 暑熱環境の評価基準としては、国際マラソン医学協会(IIRM)のマニュアルを参考に、以下4つのWBGTレベルを定めました。多くのオリンピックマラソンが開催されてきた8月の7時から21時の間に、競技開催時間として想定される3時間にわたって、一定のWBGTを下回る確率が高いかどうかを評価するための基準です。

暑熱環境の評価基準として設定した4つのWBGTレベル

3.研究結果と考察

 過去(1994~2013年)から21世紀末(2080~2099年)にかけて、世界の都市のWBGTレベルがどのように変化するかを推計した結果が図1です。

 RCP2.6~8.5と温暖化が進行するに伴って、過去の気候条件下では存在しなかったWBGTレベル4(中止)、つまりマラソンの開催をするべきでない暑熱環境の都市が増え、RCP2.6下では3%に、RCP8.5では27%に達します。またWBGTレベル1~2と判定される比較的安全な都市は、温暖化が進行するに伴って減少します。

 21世紀後半(2080~2099年)8月時点の70都市におけるWBGTレベル
図1. 21世紀後半(2080~2099年)8月時点の70都市におけるWBGTレベル。将来予測の結果は7つの全球気候モデルに基づき、棒グラフは平均値を、エラーバーは最大値と最小値の幅を示す。過去の結果は観測値に基づくため、エラーバーで示す差はない。

 図2は地域別の結果を示しています。アジアには温暖な都市が多く、過去気候条件下でもWBGTレベル3(警告)の都市がほとんどでしたが、温暖化の進行に伴って最大で半数以上の都市がWBGTレベル4(中止)となります。オセアニアを除くほかの地域でも暑熱環境の悪化が見られ、例えば北米では、RCP2.6下であっても約7割の都市がWBGTレベル3(警告)に達し、RCP8.5下ではほとんどの都市がWBGTレベル3(警告)に、一部の都市ではWBGTレベル4(中止)となります。

21世紀後半(2080~2099年)8月時点の70都市における地域別のWBGTレベル
図2. 21世紀後半(2080~2099年)8月時点の70都市における地域別のWBGTレベル。将来予測の結果は7つの全球気候モデルに基づき、棒グラフは平均値を、エラーバーは最大値と最小値の幅を示している。過去の結果は観測値に基づくため、エラーバーで示す差はない。

 暑熱環境の変化には、どのような対策が有効でしょうか。本研究では、表2に示す近年のオリンピックで検討・実施された3つの対策、またそれら全てを組み合わせた対策の計4つのオプションを想定しました。それらの効果を評価した結果が図3です。いずれのRCPシナリオでも、適応策4>適応策2>適応策3>適応策1の順に効果が大きいことが分かります。単独の適応策としては、適応策2(10月開催)の効果が最も大きく、21世紀末であってもほとんどの都市で開催可能となります。一方で、現在多くのイベントで一般的に行われている適応策1(深夜・早朝開催)の効果は限定的であることも明らかになりました。

21世紀後半(2080~2099年)8月時点の70都市におけるWBGTレベルに対する4種類の適応策の効果
図3. 21世紀後半(2080~2099年)8月時点の70都市におけるWBGTレベルに対する4種類の適応策の効果(本図はプレスリリース用に新たに作成)。

 本研究で想定した適応策によって、暑熱による選手の健康リスクを低減できる可能性がありますが、その実施には課題があることに留意する必要があります。例えば、適応策2(10月開催)であれば、国際オリンピック委員会(IOC)にとって多くの放映権料の出所である北米におけるスポーツの年間スケジュール(8月がオフシーズン)との折り合いをどうつけるのか、適応策3(国内複数都市で開催)であれば、複数都市での競技施設・宿泊施設の整備やセキュリティ確保に要するコストをどのように捻出するのかといった課題が、大会運営側の視点からは考えられます。

4.今後の展望

 本研究の結果は、スポーツ競技者の暑熱環境という側面からも気候変動の影響を明らかにした上で有効な適応策を講じていく必要性を示唆しています。スポーツ競技中の暑熱による健康リスクは、外部環境はもちろん、競技の特性(運動強度、服装、持続時間など)、競技者の特性(熟練度、体調など)によっても大きく異なるため、多様な観点から研究を継続していくことが必要と考えられます。将来の夏季オリンピックの開催条件は、気候と社会経済条件の両方に留意して検討していく必要があります。

5.注釈

※1:国立環境研究所は、東京大学大学院・新領域創成科学研究科・環境システム学専攻で連携講座を運営しています。
   URL:https://www.nies.go.jp/renkei/kyotei.html#tab2

※2:湿球黒球温度(Wet Bulb Globe Temperature)のこと。人体の熱収支に影響する湿度・輻射熱・気温から計算される指標で、暑熱環境下での健康リスクの評価によく用いられます。

※3:5つの社会経済シナリオ(共通社会経済経路(SSP; Shared Socioeconomic Pathways))に基づく将来予測値を参照して66カ国の165都市についても選定していますが、本プレスリリースでは説明を割愛します。

※4:代表濃度経路シナリオ(Representative Concentration Pathways)のこと。人間活動に伴う温室効果ガス等の大気中の濃度が、将来どの程度になるかを想定したシナリオのうち国際的に共通して用いられているもので、IPCC第5次評価報告書ではこのシナリオに基づいて評価が行われました。

※5:2015年12月にフランス・パリで開催された第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で採択された、2020年以降の温室効果ガス排出削減等のための国際枠組みのこと。工業化以前からの気温上昇を2℃に抑える目標(2℃目標)、合わせて努力目標としての1.5℃目標などを定めています。

6.発表論文

【タイトル】
Feasibility of the Olympic marathon under climatic and socioeconomic change (2022)
【著者】
Takahiro Oyama, Jun’ya Takakura, Minoru Fujii, Kenichi Nakajima, Yasuaki Hijioka
【雑誌】
Scientific Reports
【DOI】
10.1038/s41598-022-07934-6
【URL】
https://doi.org/10.1038/s41598-022-07934-6 (オープンアクセス)

7.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 社会システム領域
地球持続性統合評価研究室 主任研究員 高倉潤也

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308