
21世紀の暑さの中で運動部活動はできるのか?
—国内842都市・時間別の予測データに基づく分析結果—
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学省記者会、科学記者会同時配付)
本研究の成果は、2025年3月10日付で英国物理学会出版局(IOP Publishing)から刊行された国際学術誌『Environmental Research: Health』に掲載されました。
1. 研究の背景と目的
日本の学校における運動部活動は、数百万人もの児童・生徒が定常的に参加する、世界でも稀な規模の活動です。青少年期に一定の強度・時間以上の運動をすることは、筋骨格や心肺の健康、肥満の予防、ストレスの軽減、また学業成績の向上など様々な良い効果をもたらし、その後の人生の健康にも寄与すると言われています。一方、運動中は、骨折や捻挫などの外傷に加えて熱中症のリスクが高まり、国内の運動部活動では毎年数千件の熱中症が報告されています。夏季のスポーツ大会を見ながら、選手をはじめとする関係者の健康状態に関心を持つ方も多いのではないでしょうか。
運動部活動は、多くの人々の健康を支える日本独特の「仕組み」とも言えます。しかし、気候変動によって将来は高温の頻度・強度が一層増加すると予測される一方で、運動部活動への暑熱影響に着目した研究はほとんど行われていませんでした。そこで、本研究では、将来の気候変動下における暑さ指数(WBGT)注釈1の予測に基づき、主に屋外における運動部活動への暑熱影響と対策の効果を分析し、将来の運動部活動のあり方を考えるための知見を得ることを目的としました。
2. 研究手法
時間別WBGTの予測
気候予測データは、多くは日別以上の時間解像度である場合が多く、運動部活動のように特定の時間帯の活動を対象とした将来影響の評価には課題がありました。そこで、国内842都市における過去12年間分の時間別WBGTデータと、対応する日別気象データ(気温、湿度、風速、日射量)の関係を、機械学習手法の一つであるeXtreme Gradient Boosting(以下「XGBoost」という。)で学習し、日別の気象データから、時間別のWBGTを予測するモデルを構築しました。約5,000万件の全データからランダムに選定した約4,000万件のデータを学習したモデルは、決定係数0.96~0.99、平均絶対誤差0.55~0.95℃と時間を問わず高い精度が確認されました。そこで、約5,000万件の全データを学習したモデルを構築し、日本域の気候予測データ(NIES2020)に適用して、国内842都市における将来の時間別WBGTを予測しました。
運動部活動への暑熱影響と対策の効果の評価
次に、予測した842都市の時間別WBGTと、活動実施に関わる暑熱基準(28℃≦WBGT<31℃:激しい運動を中止、31℃≦WBGT:すべての運動を中止)注釈2をもとに、「週5日・1日あたり2時間の屋外活動が、放課後の15~18時に実施可能か」注釈3について、表1に示す3つのレベルで運動部活動への暑熱影響を評価しました。また、表2に示す3つの対策による効果を分析しました。暑熱影響と対策の評価のイメージを図1に示します。
レベル | 評価基準 |
---|---|
2 | WBGTが31℃未満の時間が2時間未満 (活動時間内に「すべての運動を中止」の閾値に達する) |
1 | WBGTが28℃未満の時間が2時間未満、かつレベル2に該当しない (活動時間内に「激しい運動を中止」の閾値に達する) |
0 | 上記以外 |
対策 | 実施内容 |
---|---|
A | 早朝(7~9時)を屋外活動の時間枠に追加 |
B | 週のうち暑い2日分の屋外活動を、空調が利く屋内での活動に変更 |
C | AとBの両方を実施 |

3. 研究結果と考察
全国的な傾向を簡潔に表現するため、過去のWBGTによる8つの地域区分(図2)に基づいて結果を示します。

暑熱影響
2060~2080年代の暑熱影響は、次の通り予測されました(図3)。 ・温室効果ガス排出を大幅に抑制するシナリオ(SSP1-1.9)下では、暑熱レベル1(激しい運動を中止)/暑熱レベル2(全ての運動を中止)に達するのは、8地域中それぞれ5地域/1地域、活動制限期間は8地域合計で延べ年間12ヶ月(最も長い地域で4ヶ月)と予測されました。 ・化石燃料に依存して排出を抑制しないシナリオ(SSP5-8.5)では、暑熱レベル1/暑熱レベル2に達するのは、8地域中それぞれ6地域/4地域、活動制限期間は8地域合計で延べ年間19ヶ月(最も長い地域で6ヶ月)と予測されました。 ・2030~2050年代の全シナリオの結果は、2060~2080年代のSSP1-1.9~SSP1-2.6に相当するものでした。 上記より、気候変動の進行によって、運動部活動が将来受けると考えられる暑熱影響は大きく変化し、地域による影響の差も大きいことが分かりました。特に温暖な地域では、活動制限期間が1年のうち数ヶ月にわたり、年間スケジュールの大幅な変更が必要となる可能性があります。

対策の効果
2060~2080年代における対策の効果は、次の通り予測されました(図4)。ここでは、最も暑熱影響が大きく、対策の効果が見えやすいSSP5-8.5の結果を取り上げます。
・対策Aによって、暑熱レベル1/暑熱レベル2に達するのは、8地域中それぞれ5地域(1地域減)/0地域(4地域減)、活動制限期間は8地域合計で延べ年間14ヶ月(5ヶ月減、地域別では最大2ヶ月減)となりました。 ・対策Bによって、暑熱レベル1/暑熱レベル2に達するのは、8地域中それぞれ5地域(1地域減)/1地域(3地域減)、活動制限期間は8地域合計で延べ年間12ヶ月(7ヶ月減、地域別では最大2ヶ月減)となりました。 ・対策Cによって、暑熱レベル1/暑熱レベル2に達するのは、8地域中それぞれ4地域(2地域減)/0地域(4地域減)、活動制限期間は8地域合計で延べ年間10ヶ月(9ヶ月減、地域別では最大2ヶ月減)となりました。
対策間で効果の違いはあるものの、いずれの対策でも、最も気候変動が進行するシナリオ下でも、暑熱レベル1の地域が減少し、暑熱レベル2の地域がほとんどなくなる顕著な効果があると予測されました。一方で、温暖な地域を中心に、暑熱影響が残存して激しい運動が制限されるため、気候変動が進行した状況では、本研究で想定した対策だけではこれまで通りの運動部活動を継続することは難しくなると考えられます。

4. 今後の展望
本研究では、国内で数百万人が参加する学校の運動部活動に着目して気候変動の暑熱影響と対策の効果を評価した結果、気候変動が進行すればこれまで通りの活動実施は困難となり、早朝練習の導入や屋外練習の削減といった対策だけでは不十分であると予測されました。既に多くの熱中症が発生している現状を鑑みれば、気候変動の進行に注視しつつ、今回想定した対策はもとより、より抜本的な対策(例:大会や練習の年間スケジュールの変更、屋内運動場の整備、夏季のより涼しい地域での活動)を実行に移していくことが重要と考えられます。
今後、本研究で開発した時間別WBGT(「8.データ」に記載のレポジトリで公開済)と評価手法に基づいた研究対象の拡張、時間別WBGT予測手法の改良、全国の面的な暑熱環境の予測、気候変動下での学校スケジュールのあり方に関する発展的な研究を実施する予定です。
5. 注釈
注釈1:人体の熱収支に影響の大きい湿度、輻射熱、気温の3つを考慮した指標。国内外の熱中症対策で幅広く参照されている。単位は気温と同じ「℃」である。 注釈2:公益財団法人日本スポーツ協会(2019)「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」内の「熱中症予防運動指針」に基づいて設定した。 注釈3:スポーツ庁(2018)「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」内の中学校・高校における活動時間に関する記載に基づいて設定した。
6. 研究助成
本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構「環境研究総合推進費」課題SII-11-2都市のレジリエンスに係る気候変動影響統合評価(JPMEERF23S21120)及び1-2307 極端高温等が暑熱健康に及ぼす影響と適応策に関する研究(JPMEERF20231007)の支援を受けて実施されました。
7. 発表論文
【タイトル】
Heat impacts on school sports club activities in Japan under climate change and the effectiveness of countermeasures
【著者】
Takahiro Oyama, Jun’ya Takakura, Yuri Hosokawa, Yasushi Honda, Minoru Fujii, Kenichi Nakajima, and Yasuaki Hijioka
【掲載誌】
Environmental Research: Health
【URL】
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2752-5309/adbb11(外部サイトに接続します)
【DOI】
10.1088/2752-5309/adbb11(外部サイトに接続します)
8. データ
【タイトル】
Future hourly wet-bulb globe temperature dataset for 842 cities in Japan
【作成者】
Takahiro Oyama, Jun’ya Takakura
【掲載レポジトリ】
Environmental Data Initiative
【URL】
https://www.nies.go.jp/doi/10.6073/pasta/a34e743f786d30a04aac4ae2e333eb3a.html(外部サイトに接続します)
【DOI】
10.6073/pasta/a34e743f786d30a04aac4ae2e333eb3a(外部サイトに接続します)
9. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
気候変動適応センター気候変動適応戦略研究室
研究員 大山剛弘
社会システム領域地球持続性統合評価研究室
主任研究員 高倉潤也
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
客員研究員 本田靖
社会システム領域システムイノベーション研究室
室長 藤井実
資源循環領域国際資源持続性研究室
室長 中島謙一
気候変動適応センター
センター長 肱岡靖明
早稲田大学
スポーツ科学学術院
准教授 細川由梨
10. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
気候変動適応戦略研究室 研究員 大山剛弘
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)