長期的な温暖化が土壌有機炭素分解による二酸化炭素排出量を増加させることを実験的に検証-6年間におよぶ温暖化操作実験による研究成果-
【お知らせ】
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
平成28年10月24日(月) 国立研究開発法人 国立環境研究所 地球環境研究センター 特別研究員 寺本 宗正 主任研究員 梁 乃申 高度技能専門員 曾 継業 宮崎大学農学部 教授 高木 正博 エディンバラ大学地球科学部 名誉教授 グレース ジョン |
地球規模の土壌呼吸は、2008年の時点で年間約3,593億トン(二酸化炭素換算)と推定されており、そのうち微生物呼吸は約7割を占めるとも言われています。この微生物呼吸量は人為起源の二酸化炭素排出量の約10倍にも相当し、地球温暖化によって微生物呼吸量が増加し、さらに温暖化に拍車をかけるという悪循環(正のフィードバック)が想定されています。 国立環境研究所と宮崎大学は、共同で行っていた6年間の長期的な温暖化操作実験(赤外線ヒーターを用いた人工的な土壌昇温実験)の結果から、土壌有機炭素の分解により発生する二酸化炭素の排出速度が、1℃当たりの昇温で7.1~17.8%(平均9.4%)増加することを明らかにしました。また、この温暖化による増加率の年々変動と、夏季の降水量の間には正の相関が見られました。 本研究から、今後アジアモンスーン地域における降水量が増えれば、土壌有機炭素の分解に伴う二酸化炭素の排出速度は、温暖化によってさらに促進されることが示唆されました。 本研究の結果*は、2016年10月17日にNature Publishing Group発行の、Scientific Reportsに掲載されました。 |
*本研究は、環境省の環境研究総合推進費(B-073、土壌呼吸に及ぼす温暖化影響の実験的評価)及び地球環境保全試験研究費(日本における森林土壌有機炭素放出に及ぼす温暖化影響のポテンシャルに関する研究)により実施されました。
1. 背景
土壌呼吸は、土壌中の微生物が土壌の有機炭素を分解することで発生する二酸化炭素(微生物呼吸)と、植物の根の新陳代謝によって発生する二酸化炭素(根呼吸)から成ります。陸域生態系の炭素収支において、土壌呼吸は光合成の次に大きい構成要素です。そして、植物地上部の呼吸を含めた生態系呼吸においても最も大きい割合を占め、森林生態系における炭素収支を解析する上で、最も重要な要素の一つです。地球規模の土壌呼吸は、2008年の時点で年間約3,593億トン(二酸化炭素換算)と推定されており、そのうち微生物呼吸は約7割を占めるとも言われています。この微生物呼吸量は人為起源の二酸化炭素排出量の約10倍にも相当し、地球温暖化によって微生物呼吸量が増加し、さらに温暖化に拍車をかけるという悪循環(正のフィードバック)が想定されています。しかしながら、微生物呼吸に対する温暖化の長期的な影響を示す実測データは非常に限られており、特に湿潤なアジアモンスーン域における長期的な温暖化操作実験の研究例はありませんでした。
国立環境研究所地球環境研究センターでは、独自に開発した観測システム(大型マルチチャンネル自動開閉チャンバーシステム)を世界各地の森林に設置し、長期にわたって土壌から排出される二酸化炭素の観測を行ってきました。今回、宮崎大学と共同で行ってきた、6年間(2008年末から2014年)の温暖化操作実験の観測結果から、温暖湿潤な環境において、長期的な温暖化が微生物呼吸に与える影響を評価しました。
2. 実験の方法
2008年12月中旬、九州地方の代表的な常緑広葉樹二次林(コジイ林)である宮崎大学田野フィールド内(宮崎県宮崎市田野町乙11300)に、国立環境研究所が独自に開発した自動開閉チャンバーシステムを設置しました。そして地表面から約1.6 mの高さに赤外線ヒーターを取り付けた測定区(温暖化区)を用意し、地温を約2.5℃上昇させた上で、微生物呼吸に対する温暖化の影響を連続的に観測し、対照区と比較しました(図1)。
3. 結果
6年間の観測期間を通して、温暖化の微生物呼吸に対する促進的な効果(温暖化効果)が確認されました(図2)。この様に長期的な温暖化効果が見られた背景には、宮崎サイトを含む、日本の森林における土壌中には有機炭素の量が多いことが関係していると考えられます。
また、1℃当たりの昇温で見ると、温暖化効果は毎年7.1~17.8%の変動を見せたものの、6年間の平均では9.4%となりました(図3a)。この数値は、これまで欧米で行われてきた研究例に比べて高いものであり(1℃当たりの昇温で+0.1%以下(参考論文1、Nature誌掲載);+5.6%以下(参考論文2、Science誌掲載))、温度上昇に対して指数関数的な増加を示すという、従来の簡易な微生物呼吸の温度反応式から導かれた予測値(1℃当たりの昇温で10.1~10.9%微生物呼吸速度が増加)と近いものでした。そして、温暖化効果の年々変動と、夏季の降水量の間には正の相関が見られました(図3b)。温暖化区におけるQ10(土壌呼吸速度の温度依存性を表す指数であり、温度が10℃上昇したときの土壌呼吸速度の増加率を意味する)に関しては、6年間で平均2.92(変動範囲は2.74から3.23)でした。本研究のQ10値は、世界気候研究計画(WCRP)に設けられた結合モデル*開発作業部会(WGCM)が策定した、第5期結合モデル相互比較計画(CMIP5)で採用された各モデルにおけるQ10(変動範囲は1.45から2.61)より著しく大きいものです(参考論文3)。
* 大気、海洋、陸域における、複数の気候モデルを結合し、地球全体の気候変動予測を行うためのモデル。
4. まとめ
温暖化による正のフィードバックが懸念される一方で、土壌有機炭素分解に対する温暖化の促進的な影響が認められなかったという報告(参考論文1)や、温暖化操作初期に認められた促進効果が数年以内に消失したという報告(参考論文2)があります。しかし、本研究の結果から、土壌に有機炭素を豊富に含み、湿潤な環境にあるアジアモンスーン域の森林土壌においては、これまで予測されていたよりも多くの二酸化炭素が地球温暖化によって排出される可能性が示されました。これらの新しい結果は、今後の地球規模の観測研究や、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の活動への貢献が期待できます。
一方、温暖化条件下では植物の光合成も促進される可能性がありますが、その効果は今回の実験では検証されていません。従って、地球温暖化によって、アジアモンスーン域の森林における炭素収支のバランスがどう変わるのか、さらに慎重に検討していく必要があるでしょう。
5. 発表論文
Teramoto, M., Liang, N., Takagi, M., Zeng, J., Grace, J. Sustained acceleration of soil carbon decomposition observed in a 6-year warming experiment in a warm-temperate forest in southern Japan. たSci. Rep. 6, 35563; doi: 10.1038/srep35563 (2016).
6. 参考論文
7. お問い合わせ先
国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター
主任研究員 梁 乃申
電話:029-850-2774
E-mail:liang(末尾に@nies.go.jpをつけてください)