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2006年12月28日

大陸規模広域大気汚染に関する国際共同研究(特別研究)
平成13〜17年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-65-2006

1 研究の背景と目的

表紙
SR-65-2006 [9.3MB]

 東アジア地域は大気環境の面で、今や世界で最も注目を浴びている地域である。NOxやSO2の放出量は、ヨーロッパや北米では20世紀後半以降横ばい又は減少傾向であるのに対し、アジア地域では大幅な伸びを示している。中でも中国は巨大な人口を抱え、急速な工業化を進めているため、主要な大気汚染物質発生源として注目されてきた。本研究では、現在の中国で問題となっている硫黄酸化物系の大気汚染と、今後益々重要となる窒素酸化物・光化学大気汚染が混在する広域の大気汚染について観測及びモデルの分野から研究するとともに、中国をフィールドとした共同研究から、今後インドや東南アジアで予想される大陸規模の広域大気汚染の現象を解明し、その管理・制御に資することを目的とした。

2 報告書の要旨

課題1 四川盆地-杭州湾地域間の大気汚染物質の輸送に関する野外観測

中国における大気汚染物質・エアロゾルの航空機観測
 中国ではこれまで国外の研究者と共同で大気汚染物質の航空機観測を行うことはなかったが、本研究では、アジア大陸と日本との間の海洋上空における大気汚染物質の分布・輸送・変質などに関する航空機観測を行っており、その実績を踏まえて中国環境科学研究院(CRAES)と国立環境研究所の共同研究が合意された。また日中韓3カ国の長距離越境大気汚染(Long-range Transboundary air Pollutants ; LTP)に関するワーキンググループが設置され、東アジア地域における長距離大気汚染観測並びにモデリングに関する取組が進められ、中国における航空機観測は機が熟してきた。そしてついに、中国国内における大気汚染物質の航空機観測を国際共同研究として初めて実施することができた

 航空機観測は平成14年春(渤海湾周辺、図1(A))、平成14年~15年冬(上海・杭州湾周辺東シナ海沿岸部、図1(B))、平成15年夏および平成16年初夏(上海~武漢~重慶・成都の内陸大都市周辺、(C))の4回行われた。

航路
図1:2002年3月観測の飛行径路(A)、2002年12月~2003年1月観測の飛行経路(B)、2003年および2004年の観測領域(C)

 これらの観測により以下のことが明らかになった。

1) 中国の沿岸域の大規模発生源近傍ではNOxの発生量が多く、NOによる対流圏オゾンの破壊が起こることにより、オゾンとNOxの濃度の間に負の相関が見られ、NOx濃度が高くなるとオゾン濃度が低下する。

2) NOxとSO2の濃度間には高い正の相関が見られ、1)の現象とも合わせ、航空機観測で測定されるNOxとSO2の比は発生源の比をよく反映していると考えられる。報告されている発生源インベントリーデータとの比較から、1995年~2000年の間にNOx放出量の増加、SO2放出量の減少、またはその両方が起こっていることがわかった。

3) 中国上空ではエアロゾル中の酸性成分はアンモニアなどによって中和されている。ただし、沿岸部ではほぼ1:1に中和されているのに対し、内陸部ではやや酸性成分が過剰である。

四川盆地(峨眉山)、武漢(武当山)、杭州湾(舟山)における大気観測
 
 上記3地点においてオゾン、NOx、SO2およびエアロゾルの化学成分を測定した。期間は2002年6月、2003年8月から9月上旬、2004年5月中旬から6月中旬の主に夏季である。

 ガス成分のオゾン、NOx、SO2の平均濃度を見ると、オゾン濃度が高く、SO2、NOxは低かった。オゾンに関しては、2004年5月23日に武当山で98ppbvを、舟山では2004年6月8日と2003年8月27日にそれぞれ92ppbv、99ppbvを観測した。明確な日内変化を示していることから、光化学反応の影響を受けていることがわかった。NOx、SO2の最高値はそれぞれ29ppbv(2003年8月6日)、21ppbv(2003年8月21日)であり、いずれも舟山で観測された。

 エアロゾルの化学成分については、冬季の青島のデータと比較すると、いずれの場所でもNO3-が相対的に低い。夏季は気温が高くNH4NO3が気相に放出されるからだと考えられる。nss-SO42-(非海塩性硫酸イオン)、NH4+については、多少の変動が認められるが全般的には100~200neqm-3であり、nss-SO42-とNH4+の当量比はほぼ1対1となっていた。

 NH4+に対してnss-SO42-をプロットするとすべての場合で、高い相関が見られ、その傾きはほぼ1であった。(図2)つまり、nss-SO42-はNH4+で中和されていることがわかる。またNO3-について同様の解析をした場合、舟山では傾き0.26、武当山では傾き0.12、峨眉山では傾き0.21であった。(図2)相関係数が比較的高いことを考えると、粒子中ではNH4NO3という形態で存在しており、そのことから、観測地点の比較的近郊において発生したエアロゾルが観測されていると考えられる。

 舟山では、時々日本や韓国から東シナ海を越えて気塊が移流してくる場合も見られるが、全般的には近隣地区(ただし数百kmの範囲)の大都市(上海、武漢、鄭州、重慶、成都)から気塊が移流してきていることが多い。このことから舟山、武当山、峨眉山においては近くにある大都市からの排出が大気汚染の大きな要因と考えられる。

相関図
図2:アンモニウムイオンに対する硫酸イオン、硝酸イオンの相関関係

課題2 大陸規模のモデルによる広域大気汚染の解明

 四川盆地、北京、九州、台湾北部を含む、東西約2,900km、南北約2,000kmの範囲を、水平間隔が東西・南北ともに30kmの計算格子で覆い、気象と大気汚染の数値モデルにより、2004年5月19日から28日にかけて広域大気汚染の数値シミュレーションを行った。計算結果を課題1による航空機観測データ等と比較し検討を行った。本課題では、計算結果に大きな影響を与える要因の中から、物質発生量の分布データと、計算に与える側面境界としての物質濃度注1の二つに注目して、感度解析を行なった。

 全部で3ケースのシミュレーションを行なった。ラン1は、既存の物質発生量データを用い、側面境界濃度も標準的な値を与えたもの、ラン2は、物質発生量データとして課題3で得られた2000年推計値データを用いたもの、ラン3は、ラン2で西方の境界条件濃度を二酸化窒素、オゾン、二酸化硫黄の三者について標準よりもかなり高濃度にすることにより、特に西からの長距離輸送の影響を調べるためのものである。

 まず、ラン1とラン2を比較することにより、発生量データの違いによる影響を調べた。計算期間平均で見たオゾンの地上分布を比較すると、黄海上でピークを示す基本的水平分布は一致しているが、そのピーク値に違いがあり、ラン2では10ppb程度を上限に低くなった。(図3の(a)と(b))これは課題3で得られた発生量データのNOxが既存のデータに比して少ないためと考えられた。

 次にラン2とラン3を比較することにより、西方の境界条件の影響を調べたが、両者の差は地上付近では計算領域西方に限定的であり、黄海や揚子江下流域での両者の差はかなり小さかった(図3の(b)と(c))。

 課題1で得られた飛行機観測データと比較するために、飛行機の位置データから計算結果を内挿することにより、フライトパスに沿った濃度同士を比較した。全般的に、フライトパスに沿った細かな濃度変動の再現性は芳しくなかった。これは、数値モデルの精度、発生量データの誤差、計算の空間解像度不足等の結果と考えられた。図4に5月27日の比較結果を示すが、このケースでは西方境界条件濃度を上げることにより、飛行機観測データとの一致性が、多少ではあるが向上した。

注1:計算は東西南北の四方の壁で囲まれた領域で行なわれるために、それぞれの壁でそれぞれの物質濃度にどのような値を与えるかが、ポイントとなる。

オゾンの地上濃度変化
図3:5月19日から28日までの10日平均したオゾンの計算地上濃度。(a)ラン1、(b)ラン2,(c)ラン3。単位はppm。
オゾン濃度の時間変化グラフ
図4:5月27日の飛行機観測による観測オゾン濃度の時間変化(黒線)を、ラン1(赤線)、ラン2(緑線)、ラン3(青線)と比較したもの。横軸は5月27日0 CSTからの分数である。

課題3 社会経済モデルを基にした発生源インベントリーとその将来予測

 アジア地域は、近年の急激な経済成長に伴い、酸性物質など大気汚染物質の排出が増加しており、長距離越境汚染による日本への影響も含めて、その被害が懸念されている。特に、中国では、一次エネルギー供給の中心が石炭ということもあり、工業地帯周辺の大気汚染は深刻である。さらに、近年の自動車交通の増大が、都市の大気汚染をさらに悪化させている。一方、農村部では、伝統的なバイオマス燃料や、豆炭等の燃料を使用していることから、室内大気環境の汚染が深刻である。本研究では、現状の中国のエネルギー消費量及び大気汚染物質排出量を推計し、発生源の解析と発生量の将来予測を行うことにより、大気汚染物質の削減方策を検討することを目的とする。

 東方ロシアを含むアジア地域を対象として、SO2とNOxの排出強度分布図を作成した。中国、インド、韓国については、比較的詳細な排出源データをもとに、その他の国については、国別SO2、NOx排出データをもとに、排出強度の算定を行った。

 将来の大気汚染物質の排出予測に関しては、中国を対象として、将来の社会・経済状況の推計値をもとに、エネルギー消費量を推計し、化石燃料の燃焼に伴う大気汚染物質の排出量を推計した。分析にあたっては、基準シナリオ、エネルギー高需要シナリオ、政策シナリオの3つのシナリオを想定し、大気汚染排出量への影響を推計した。

 アジア地域を対象としたSO2排出強度マップを作成し、大気モデルへの入力とすることができた。図5は、2000年におけるアジア域の緯度経度0.5°×0.5°のSO2排出強度図である。排出量推計は、大きくは点源排出(大規模排出源からの排出)と面源排出(家庭・中小排出源からの排出)に分けて行っている。

SO2排出量空間メッシュデータ
図5:アジア域の緯度経度0.5°×0.5°のSO2排出量空間メッシュデータ(2000年)

 また、中国の将来シナリオに基づいて、SO2、NOx排出量を2030年まで予測した。SO2排出量(図6(a))は石炭消費量の増加に伴って2010年ごろまで増加する。基準シナリオでは2010年の排出量は2000年に比べると9.45百万トン多い。2010年以降は脱硫装置などの導入によりSO2排出量は減少する。これに対して、NOx排出量に関しては、SO2ほど有効な手段がないので、今後30年にわたって増加する(図6(b))。

将来予測のグラフ
図6:中国における (a)SO2排出量 および (b)NOx排出量の将来予測

 世界市場が有効に機能するシナリオでは、中国においては、エネルギー集約型産業の立地が促進すると予想され、大気環境の悪化が懸念される。持続的発展のためには環境悪化の外部性を内部化した施策が必要とされる。

課題4 高山域における自由対流圏オゾンの観測

 中国におけるNOxの放出による光化学オゾンの増加がどのような影響を及ぼしているかは興味ある問題である。本研究では自由対流圏を通って、日本上空に到達するアジアのバックグラウンド・オゾンを把握するため、高山域における自由対流圏オゾンの観測を行った。観測は奥日光前白根山頂上直下の鞍部において、7~10月にオゾン濃度の測定を行った。その結果、9月中旬頃までの夏季には東京周辺の首都圏から輸送されるローカルな光化学オゾンが卓越するが、10月になると、自由対流圏の中をアジア大陸から輸送されてくるオゾンが中心的になることが分かった。このとき観測されるオゾンの濃度は隠岐島や八方尾根で秋季に観測されるオゾン濃度と非常に近く、この季節にアジア大陸から輸送されるバックグラウンド・オゾン濃度を反映していることが示された。

 観測は2002年7月21日~2002年10月17日の88日間および2004年7月21日~2004年10月10日の82日間、栃木県奥日光前白根山山頂付近の稜線上標高2320mで行われた。この前白根山頂上直下の鞍部平坦地に環境省および林野庁の許可を受けて、8m×6mの観測用サイトを設定し、その中にオゾン計、気象測器(風向・風速・気温・湿度・気圧・日射量)、電源ボックス、ソーラーパネル(990x455x38mm、20枚)をヘリコプターで山頂に荷揚げし、設置した。データは約3週間~1ヶ月に一回、小型データロガーに収録し、回収を行った。

 2002年の観測期間の前半は、日最低値の平均は18.86ppbであり、これをバックグラウンドとすると、その値は低く日較差が大きい。さらに、時折60ppb程度の高濃度を観測した。後方流跡線解析を行うと、このような高濃度のオゾンは関東平野から輸送されてきていた。この期間のオゾン濃度の平均値は27.30ppbであった。日射量が強く、光化学反応が起こりやすい夏季にもかかわらず平均値が低いのは、日本が太平洋高気圧に覆われ、太平洋上の汚染の少ない空気がバックグラウンドとして輸送されてくるためと考えられる。

 それに対して観測期間後半の秋季には、図7に示すように、山頂付近ではオゾンの日内変動がほとんど見られず、小山市などの平野部とは大きく異なっている。この期間のオゾン濃度の平均は40.52ppbで、日射量が弱まっているにもかかわらず、オゾンの平均値は前半よりも大きかった。これは、季節の移り変わりに伴い、太平洋高気圧の影響が小さくなり、大陸からのバックグラウンド・オゾン量が増加したからだと考えられる。

オゾン濃度の変化グラフ
図7:2002年観測後半における平野部(小山市)と山頂部のオゾン濃度日変化。

 後方流跡線解析の結果(図8)を見ると、夏季とは大きく異なり、秋季に山頂に到達する気塊は主に日本海から上空を通って到達しており、東アジアのバックグラウンド大気の影響を受けている可能性を強く示唆する結果である。オゾンの前駆体となるNOxの大陸における発生量の増加と、それに伴う対流圏オゾンの変化を今後もモニタリングする必要がある。

気塊の後方流跡線
図8:2002年10月2~4日に山頂に到達した気塊の後方流跡線。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
アジア自然共生研究グループ 畠山史郎
Tel.029-850-2502

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