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2025年4月25日

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「いぶき2号」(GOSAT-2)による温室効果ガスと大気汚染物質の同時観測を利用した大都市におけるメタンと一酸化炭素の排出量推定
—衛星観測により大都市毎の排出量推定が可能に—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2025年4月25日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所

 国立環境研究所地球システム領域衛星観測センターは、温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT-2、2018年10月打上げ)の観測データから得られた全球の温室効果ガス(二酸化炭素、メタン等)及び大気汚染物質(一酸化炭素)の濃度データの一般提供を行ってきました。今回、国立環境研究所地球システム領域の大山博史主任研究員、吉田幸生主任研究員、松永恒雄センター長からなる研究チームは、二酸化炭素、メタン、一酸化炭素の濃度を同時に観測している唯一の衛星であるGOSAT-2のデータから、大都市におけるそれらの濃度増大比を算出する手法を開発しました。さらに、算出した4年間の平均的な濃度増大比を用いて、排出量データベースの精度を評価するとともに、世界の約40都市毎のメタン及び一酸化炭素の排出量を推定しました。本研究により、大気の輸送に関する複雑な計算を行うことなく、大都市における排出量データベースの値を衛星観測データに基づいて独立に評価することが可能になりました。
 今後も観測を継続することで、幾つかの都市では年毎の排出量の変化を衛星から捉えることができるようになる見込みです。また、2025年度打上げ予定のGOSAT-GWはGOSAT-2よりも多くの地点で二酸化炭素やメタンを観測することができます。加えて、大気中に存在する大部分が排出源由来である二酸化窒素も同時に観測できるため、排出量推定の精度向上が期待されます。
 本研究の成果は、2024年11月5日付で環境分野の学術誌『Environmental Research Letters』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

環境省、国立研究開発法人国立環境研究所、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構の3機関による共同プロジェクトである温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT-2)は2018年10月に打上げられ、今日まで継続してデータを取得しています。GOSAT-2に搭載された温室効果ガス観測センサ(TANSO-FTS-2)によって観測された短波長赤外スペクトル注釈1を解析することで、GOSAT(「いぶき」、2009年1月に打上げ)と同様に、二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)などの温室効果ガスの気柱平均濃度注釈2を推定することができます。GOSAT-2ではそれらに加えて、大気汚染物質である一酸化炭素(CO)の気柱平均濃度も同一のセンサで同時に観測可能となりました。温室効果ガスと大気汚染物質は、都市部からの排出量が地球全体における排出量の大きな割合を占めているため、排出量削減に向けた対策とその評価を行うためには都市部の排出量を正確に把握する必要があります。排出量に関するデータベースは適宜見直しが行われていますが、情報の更新に伴い同じ年でも排出量が変動することがあるため、排出量データベース自体の精度を他の独立したデータを用いて評価することが求められています。
都市部全体で見た場合、例えば、大気中に放出されるCOとCO2の割合(CO/CO2比)は、排出源の燃料や燃焼効率によって異なるため、CO/CO2比を調査することによって都市部の排出源に関する情報を得ることができます。特に、植物による光合成の影響が小さい都市部の場合、化石燃料等の燃焼に伴って大気中に排出されたCO2、CH4、及びCOにより、それぞれの気柱平均濃度がバックグラウンド濃度注釈3に対して∆CO2、∆CH4、及び∆COだけ増大したとすると(つまり∆は都市の濃度とバックグラウンド濃度の差を表す。)、それらの濃度増大比(∆CO/∆CO2、∆CO/∆CH4、及び∆CH4/∆CO2)は各々の排出量のモル比注釈4(以下単純に「排出量比」と呼ぶ。)と等しくなります。本研究では、GOSAT-2データから算出した濃度増大比と排出量データベースから算出した排出量比を都市毎に比較し、排出量データベースの精度評価を試みました。さらに、算出した濃度増大比から都市毎のCH4及びCOの排出量を推定しました。

2. 研究手法

本研究では、2019年3月から2023年2月までの「GOSAT-2 TANSO-FTS-2 SWIR L2 カラム平均気体濃度プロダクト」のバージョン02.00プロダクトを使用しました。世界の人口トップ40の大都市を解析の対象とし、各都市の空間的な範囲については、約1kmx1kmごとの人口のグリッドデータと都市全体の人口に関する国連の報告値に基づいて決定しました。都市内に含まれるGOSAT-2のCO2、CH4、及びCOデータと、各都市周辺のそれらのバックグラウンド濃度注釈3との差をそれぞれ∆CO2、∆CH4、及び∆COと表して、各データの関係を表す直線の傾きを回帰分析注釈5により求めることで濃度増大比を算出しました。なお、本研究では、光合成の影響が小さい時期のデータのみを解析に使用しました注釈6。次に、CO2、CH4、COのうち排出量データベースの不確かさが最も小さいCO2の排出量を基準として、GOSAT-2データから算出した都市別の濃度増大比∆CH4/∆CO2と∆CO/∆CO2にそれぞれCO2の排出量をかけることで、CH4とCOの排出量を求めました注釈7。基準となるCO2の排出量には、人為起源排出量データベースODIAC(Open-Data Inventory for Anthropogenic Carbon dioxide)またはEDGAR(Emissions Database for Global Atmospheric Research)注釈8のCO2排出量データを使用しました。

3. 研究結果と考察

東京と北京における各気体成分の2次元ヒストグラム注釈9及び回帰分析により算出した濃度増大比を図1に示します。例えば、∆CO/∆CO2の場合は、北京の方が約4.3倍(=20.21/4.75)大きい濃度増大比を示すことから、東京と北京で同じ量のCO2を排出した時、同時に排出されるCOは北京の方が約4.3倍多くなり、大気汚染を引き起こしやすいことを示しています。中国では化石燃料として石炭の利用率が高いことや燃焼効率の悪い設備が使われていることが、北京で高い∆CO/∆CO2が算出された原因として考えられます。次に、GOSAT-2から得られた濃度増大比と排出量データベースから得られる排出量比の比較に際し、排出量データベースのバージョン間の変動性を確認しました。排出量データベースEDGARのv5.0と解析時点の最新バージョン(CO2とCH4はv7.0、COはv6.1)注釈8の差を都市ごとに調査したところ、CO2とCH4の平均的な差は5%以内であったのに対して、COは約32%減少していることから、EDGARのCOの排出量はCO2やCH4と比べてバージョン間の変動性が大きいことがわかりました。CO排出量のバージョン間の差が30%より小さい都市(主に先進国の都市でデータベースの精度が高いと推測される都市)に対してGOSAT-2の∆CO/∆CO2とEDGARの排出量比を比較すると、両者は良い一致を示しました(平均的な差とそのばらつきはそれぞれ–2.4%と42.3%)。一方、CO排出量の差が30%以上の都市(主に途上国の都市)では、両者の違いが大きくなることから(平均的な差とそのばらつきはそれぞれ33.5%と142.1%)、EDGARのCO排出量の精度は、先進国よりも途上国の都市において相対的に低いことがわかりました。また、EDGARのバージョン6.1への更新に伴い、多くの都市でCO排出量は改善されましたが、ブエノスアイレス、ムンバイ、テヘランではCO排出量が過度に低下していることから、さらに改善の余地があることが示唆されました。

北京と東京の∆COと∆CO2、∆COと∆CH4、∆CH4と∆CO2の2次元ヒストグラム及び回帰分析に基づいて求めた直線図
図1 北京と東京の(a, d)∆COと∆CO2、(b, e)∆COと∆CH4、(c, f)∆CH4と∆CO2の2次元ヒストグラム及び回帰分析に基づいて求めた直線。αは直線の傾きとその不確かさ、rは相関係数を表す。傾きが大きいほど、横軸の大気成分の排出量が同じ場合に、縦軸の大気成分の排出量が相対的に多いことを示している。

次に、GOSAT-2の∆CH4/∆CO2及び∆CO/∆CO2とCO2排出量データ(ODIAC v2022)から推定した都市毎のCH4及びCO排出量とEDGARとの比を図2に示します。EDGAR V7.0の2019年のCH4排出量は、解析を行った都市の74%でGOSAT-2の結果より小さい値を示しました(図2の上段で縦軸の値が1を超えている都市)。一方、EDGAR V6.1の2018年のCO排出量は、76%の都市でGOSAT-2の結果より過小評価されていることがわかりました(図2の下段で縦軸の値が1を超えている都市)。最近の研究によると注釈10、EDGARのCH4排出量の過小評価の原因は、天然ガスの供給網からの漏洩や家庭等の最終使用時における排出がデータベースの作成時に十分に考慮されていないためと考えられています。COについては、上述のようにデータベースのバージョン間の差が大きく不確かさが大きいためと推測されます。一方、GOSAT-2観測データの不確かさや都市によって解析に利用できるデータ数が異なることなどがEDGAR排出量との違いに影響している可能性も考えられますが、その場観測のデータ(直接観測したデータ)等を使ってこれまでに排出量が推定された都市においては、EDGARに対する過大評価/過小評価の結果は、本研究と先行研究で一致する傾向が得られています。

GOSAT-2の濃度増大比と2019年のODIACのCO2排出量から求めた各都市におけるCH4とCOの排出量とEDGARの排出量との比を表した図。
図2 GOSAT-2の濃度増大比と2019年のODIACのCO2排出量から求めた各都市における(a)CH4と(b)COの排出量とEDGARの排出量との比。比較に使用したCH4とCOのEDGARの値は、それぞれ2019年のv7.0と2018年のv6.1であり、エラーバー(各棒グラフ上端の縦線)はGOSAT-2の排出量の不確かさから計算した。縦軸が1より大きい(小さい)場合、GOSAT-2から求めた排出量に比べてEDGARが過小評価(過大評価)していることを表している。

このように都市部から同時に排出・輸送される大気成分の濃度比を利用することで、大気輸送のシミュレーションのような複雑で時間を要する計算を行うことなく、比較的シンプルな計算で排出量を推定することが可能となり、GOSAT-2の濃度増大比に基づく排出量推計が排出量データベースの評価に利用できることが示唆されました。

4. 今後の展望

本研究では、解析期間全体となる4年間における平均的な濃度増大比を算出しましたが、GOSAT-2のデータ数が少なくとも年間10点以上取得された都市においては、年毎に濃度増大比を算出することが可能です。今後、観測データが蓄積されることで、これらの都市の排出量の相対的な時間変動が衛星からモニタリングできるようになる見込みです。
2025年度前半には、GOSAT-2と比べて空間的により密なCO2とCH4の観測が行われるGOSAT-GWが打上げられる予定です。GOSAT-GWでは、COやCO2と同じく化石燃料燃焼によって発生する二酸化窒素 (NO2) が新たに観測されます(COは観測対象から除外)。NO2は大気中の寿命がCOやCO2よりも短いため、火力発電所や大都市等の大規模排出源に起因する濃度の増大をより明瞭に捉えることができるようになります。NO2/CO2比は、CO/CO2比と同様に排出源の燃料の種類や燃焼効率の調査に有効であり、NO2排出量データベースの評価やNO2排出量の定量化にも活用していく予定です。

5. 注釈

注釈1:TANSO-FTS-2は0.76、1.6、2.0 µm付近の波長帯(バンド)をそれぞれバンド1、バンド2、バンド3として観測しており、これらの波長帯を短波長赤外域と呼んでいます。また、光の強度の波長分布のことをスペクトルと呼んでいます。
注釈2:短波長赤外域を用いた温室効果ガスの衛星観測では、地球の大気に入射した太陽光が地表面で反射され、衛星で観測されるまでに通過する大気(気柱)内において、水蒸気を除いた全分子数のうちの対象物質の分子数の割合を気柱平均濃度として推定しています。
注釈3:都市部からの排出の影響を直接受けていない、周辺地域を代表する大気中の濃度。本研究では、各都市周辺の緯度10度 x 経度20度以内で、かつ米国の人工衛星のデータを使った土地被覆マップにおいてnon-urban(非都市部)と分類された領域にあるデータの月別中央値をバックグラウンド値と定義しました。
注釈4:注釈2で述べたように気柱平均濃度は対象物質の分子数を乾燥空気の分子数で割ったモル分率(mole fraction)として表されるため、濃度増大比(モル分率の比)と排出量の比(質量の比)を比較できるように、対象物質の排出量(質量)を分子量で割ってモル単位に変換してから排出量同士の比を計算しました。
注釈5:2つのデータセット(x,y)の関係を表す最適な直線を求める解析手法。本研究では、(x, y)がそれぞれ不確かさ(σx,σy)をもつ場合に、各データの不確かさを考慮して最適な直線を求めるYork fitと呼ばれる手法を用いました。
注釈6:∆CO2と∆COの季節毎の相関と∆CO2の季節平均値を調べることで、光合成の影響が小さい時期のデータのみを解析に使用しました。
注釈7:CO2の排出量ECO2を基準として、GOSAT-2データから算出した濃度増大比∆CH4/∆CO2と∆CO/∆CO2から、次式によりそれぞれCH4の排出量ECH4とCOの排出量ECOを都市別に求めました。
ECH4 = ΔCH4 ΔCO2 · ECO2 · mCH4 mCO2
ECO = ΔCO ΔCO2 · ECO2 · mCO mCO2
mCO2、mCH4、mCOは各気体成分の分子量を表します。
注釈8:欧州委員会共同研究センターが作成している温室効果ガス及び大気汚染物質の排出量データベース。本研究では全球の緯度0.1度 x 経度0.1度の格子間隔で提供されているデータを使用しました。解析時点におけるCO2とCH4の最新バージョンはv7.0、COはv6.1であり、各成分に共通の旧バージョンがv5.0です。
注釈9:2つの変数が分布する頻度を色で表現したグラフ。
注釈10:例えば、
Plant, G., Kort, E. A., Floerchinger, C., Gvakharia, A., Vimont, I., and Sweeney, C.: Large fugitive methane emissions from urban centers along the U.S. East Coast, Geophysical Research Letters, 46, https://doi.org/10.1029/2019GL082635(外部サイトに接続します), 2019.
Ueyama, M., Umezawa, T., Terao, Y., Lunt, M., and France, J. L.: Evaluating urban methane emissions and their attributes in a megacity, Osaka, Japan, via mobile and eddy covariance measurements, EGUsphere [preprint], https://doi.org/10.5194/egusphere-2024-3926(外部サイトに接続します), 2025.

6. 研究助成

本研究の一部は環境省からの受託事業による支援によって行われました。

7. 発表論文

【タイトル】
CH4 and CO emission estimates for megacities: deriving enhancement ratios of CO2, CH4, and CO from GOSAT-2 observations
【著者】
Hirofumi Ohyama, Yukio Yoshida, and Tsuneo Matsunaga
【掲載誌】Environmental Research Letters
【URL】https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/ad89e0(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1088/1748-9326/ad89e0(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地球システム領域衛星観測研究室
 主任研究員 大山博史
 主任研究員 吉田幸生
地球システム領域衛星観測センター
 センター長 松永恒雄

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
衛星観測研究室 主任研究員 大山博史

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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