ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2024年1月25日

国環研のロゴ
建築材料のカーボンニュートラル達成に必要な対策を解明 -木造化・国産材供給・再造林の同時推進が鍵に-

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2024年1月25日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所
 

 国立環境研究所の渡卓磨研究員、名古屋大学の山下奈穂助教、ケンブリッジ大学のAndré Serrenho助教による国際共同研究チームは、日本の温室効果ガス排出削減目標である2030年46%(2013年度比)削減、2050年カーボンニュートラルを踏まえ、日本全国の建築物を対象に建築材料のカーボンニュートラル達成方法を検討しました。その結果、低炭素鋼材や低炭素コンクリートの利用を徹底した場合、2030年46%排出削減は達成可能である一方、2050年カーボンニュートラル達成については、必要な排出削減量の約60%しか削減できない可能性があることがわかりました。カーボンニュートラル達成には、木造建築の拡大や設計の最適化、建築物の長寿命化も併せ、全ての対策を実施する必要があります。
 さらに本研究では、高齢化した樹木を建築材料として都市で利用し、伐採後に植林を行う再造林によって森林を若返らせることで、森林と都市の炭素循環が形成され、建築材料の脱炭素化と森林の炭素吸収増加を同時に達成できる可能性を示しました。そのためには国産材の供給拡大が必須であり、木造化、国産材供給、再造林を同時に推進する取り組みの重要性を示しています。
 本研究の成果は、2024年1月16日付でアメリカ化学会から刊行される国際学術誌『Environmental Science & Technology』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

建築物の建設とその後の運用に伴うCO2排出量は世界の総排出量の4割近くを占めており、早急な脱炭素化が求められています。このうち建築物の運用、すなわち照明や暖房等の利用に伴うCO2排出は、機器の電化・省エネルギー化や断熱性能の改善、再生可能エネルギーの導入等によって大幅に削減できることが多くの研究で指摘されています。一方、建築物の建設に必要な鋼材やコンクリート等の建築材料の生産に伴うCO2排出を大幅に削減する方法は十分に検討されていません。そこで、国立環境研究所資源循環領域の渡卓磨研究員と名古屋大学環境システム工学研究室の山下奈穂助教、ケンブリッジ大学工学部のAndré Serrenho助教による国際共同研究チーム(以下「当研究チーム」という。)は、日本全国の建築物を対象に、どのような対策の組み合わせによって建築材料の脱炭素化を達成できるのかを検討しました。

2. 建築材料の生産に伴う炭素排出の現状

まず、当研究チームは、種々の統計や、過去の研究注釈1、注釈2を通して蓄積してきた物質フローに関する情報を用いて、建築材料の生産に伴うCO2排出の現状を解析しました。
その結果、日本では現在、建築材料の生産によって年間約28MtのCO2が排出されており、その大半は鋼材とコンクリートの生産に起因することがわかりました(図1参照)。建築物には図1に示したように主に5つの構造形式がありますが、なかでも木造、鉄骨造、鉄筋コンクリート造の3つの構造形式が総排出量の約97%を占めます。ただし、形式によって排出量は大きく異なり、延べ床面積あたりの排出量は木造が約120kg-CO2/m2と最も低く、鉄骨造(約260kg-CO2/m2)の半分以下、鉄筋コンクリート造(約380kg-CO2/m2)の3分の1以下であることがわかりました。
これらのデータは、建築材料に関するCO2排出の相対的な大きさや重要な介入ポイントを明らかにし、脱炭素化への道筋を検討するための基礎情報となります。

図1の画像
図1 日本における建築材料の生産に伴う炭素排出量の流れ(2019年)

3. 脱炭素化への道筋

次に、当研究チームは、業界ロードマップや学術論文等を参考に複数の対策の可能性を考慮し、どのような対策の組み合わせによって建築材料の脱炭素化を達成できるのかを検討しました。考慮した対策は、「脱炭素電力の利用」、「低炭素鋼材の利用注釈3」、「低炭素コンクリートの利用注釈4」、「木造建築の拡大」、「設計の最適化」、「建築物の長寿命化」という6つのカテゴリーに分けられます。
解析の結果、仮に何の対策も講じない場合、日本が目標とする2030年46%削減、2050年カーボンニュートラルのどちらも達成できないことが確認されました(図2参照)。一方、低炭素鋼材と低炭素コンクリートの利用を徹底した場合、2030年46%削減は達成可能ですが、2050年カーボンニュートラル達成に必要な排出削減量の約60%しか削減できません。本解析では、木造建築の拡大や設計の最適化、建築物の長寿命化も併せて6つの対策を全て実施することで初めて2050年カーボンニュートラル達成が見込まれることが示されました。
ただしここで注意すべきは、木造建築の拡大には国産材の利用、すなわち供給の拡大を伴う必要があるという点です。現在の日本の公式な温室効果ガス排出勘定(温室効果ガス排出国家インベントリ)では輸入木材の炭素貯蔵は計上されません。そのため、国産材供給率が現状から変化しない場合は、検討した全ての対策を最大限実施した場合でも、2050年カーボンニュートラルは達成されないという推計結果が得られました。

図2の画像
図2 建築材料の2050年カーボンニュートラルへの道筋

4. 森林炭素吸収への影響

前項の結果を解釈する際に重要な点は、建築材料としての木材利用はそれ自体が必ずしも炭素貯蔵・吸収量を増やし、CO₂排出削減につながる対策ではないということです。木材利用はあくまで森林から都市への炭素の移動であり、脱炭素対策として評価する際にはそれが森林の炭素吸収にどれほど影響しているのかを同時に把握する必要があります。そこで当研究チームは、樹木別・樹齢階級別の詳細な森林統計を基に、木造建築の拡大が森林の炭素吸収に与える影響を推定しました。
推定の結果、再造林の実施を伴う木造建築の拡大は、森林の炭素吸収を「増加」させることがわかりました(図3参照)。具体的には、木造建築の拡大を実施せず、再造林率が現状(伐採面積の3割未満)で推移した場合(図3左側)と比較して、国産の木材を使用した木造建築を拡大し、再造林率を100%まで高めた場合(図3右側)は2050年までに最大で60%程度の炭素吸収増加が見込まれます。
木造建築の拡大によって森林の炭素吸収が増加する理由は、森林の若返りにあります。成長期の若い樹木は成熟した樹木よりもCO₂を多く吸収しますが、現在の日本では、既に十分に成熟し、炭素吸収能力が低下した樹木が多く存在します。高齢化した樹木を建築材料として都市で利用し、伐採後の再造林によって森林を若返らせることで、森林と都市の炭素循環が形成され、建築材料の脱炭素化と森林の炭素吸収増加を同時に達成できる可能性があるのです。ただし、そのためには国産材の供給拡大と再造林が必須であり、木造化・国産材供給・再造林を同時に推進する取り組みが重要であると言えます。

図3の画像
図3 対策有無による建築材料の炭素排出および森林の炭素吸収への影響

5. まとめ

本研究における分析は、2050年カーボンニュートラル達成に向けて国産木材の利用、供給の拡大と人工林の再生という、既に広く検討されている対策を徹底することの重要性を示すものであり、建築物における木材の使用促進などの施策をさらに強化していく上で、科学的根拠として役立てられることが期待されます。

6. 注釈

注釈1:国立環境研究所「セメント・コンクリート部門のカーボンニュートラル達成方法を解明~供給側と需要側の一体的対策が必要~」 https://www.nies.go.jp/whatsnew/20220802-3/20220802-3.html 注釈2:国立環境研究所「カーボンニュートラル社会への移行は日本の鉄鋼生産・利用をどのように変えるのか」 https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20230120/20230120.html 注釈3:再生可能エネルギー由来の電力で鉄スクラップをリサイクルするなどの方法でCO₂排出量を削減した鋼材。 注釈4:製造時の燃料や材料の一部を産業廃棄物で代替するなどの方法でCO₂排出量を削減したコンクリート。

7. 研究助成

本研究は、科研費基盤研究(C)(21K12344)、科研費挑戦的研究(開拓)(22K18433)、科研費若手研究(23K17078)、科研費基盤研究(A)(23H00531)、環境研究総合推進費(JPMEERF20223001、JPMEERF20S11816、JPMEERF20223C02)、および英国工学・物理科学研究会議(EP/S019111/1)の支援を受けて実施されました。

8. 発表論文

【タイトル】Net-Zero Embodied Carbon in Buildings with Today’s Available Technologies
【著者】Takuma Watari, Naho Yamashita, and André Cabrera Serrenho
【掲載誌】Environmental Science & Technology
【URL】https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.est.3c04618(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1021/acs.est.3c04618(外部サイトに接続します)

9. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
資源循環領域 国際資源持続性研究室
 研究員 渡 卓磨

10. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域
国際資源持続性研究室 研究員 渡 卓磨

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

関連新着情報

関連研究者