北限の生息地陸奥湾に暮らす希少な巻貝
ウミニナの生態を解明
~青森県むつ市立川内小学校との研究が国際誌に掲載~
(環境省記者クラブ、環境問題研究会、筑波研究学園都市記者会、むつ市役所本庁舎記者クラブ同時配付)
本研究成果は、Wiley社から刊行される国際科学雑誌『Ecological Research』電子版に2022年8月2日付で掲載されました。(https://doi.org/10.1111/1440-1703.12347)。
1.研究の背景
ウミニナBatillaria multiformis注1は巻貝のウミニナ科に属し、東日本各地の干潟で減少が報告されている希少な干潟生物です(環境省レッドリスト:準絶滅危惧種文献1)。本種の分布北限は青森県の陸奥湾ですが、太平洋岸では宮城県の長面浦、日本海岸では石川県の能登半島が北限であり文献2、陸奥湾の個体群は他の生息地から大きく離れています。陸奥湾内には、北部の芦崎干潟(むつ市)や南部の浅所海岸(平内町)などにウミニナが生息していましたが文献3、2007年になってむつ市川内町の人工海浜「かわうち・まりん・びーち(2001年整備)」で新たな個体群が見つかりました。かわうち・まりん・びーちでは年々個体群の密度が増加し、夏になると干潟上に足の踏み場もないほどのウミニナが見られるようになりました。ウミニナの生態については、和歌山県や鹿児島湾のような南の海域からの報告が多く、関東より北の海域での研究はほとんどありませんでした。
2.研究の目的
将来的な気候変動は、海の生きものたちの地理的分布や生態に影響をおよぼすと予想されています文献4。一般に貝やカニ、ゴカイのような海産動物の成長速度や繁殖時期は水温の影響を強く受けるため、将来的な気候変動に伴う温度環境の変化は、生きものたちの個体群動態を大きく変化させる可能性があります。そこで私たちは、陸奥湾以南の各地の干潟に広域分布するウミニナをモデル生物とし、小学校との共同研究による市民科学的アプローチ注2を用いて、気候変動による海の生きものへの影響評価・予測研究を試みました。
3.研究手法
本研究は、青森県むつ市川内町にある川内小学校の5年生、そして先生方と協力し、学校の授業の一環として2014年から2019年の6年間行われました。干潟に多くの測点を設定し、ウミニナが夏と冬に干潟のどこにどれだけいるかを調べました。また、このうちの2年間(2014年7月から2016年9月)は累計129個体のウミニナの殻にマーキングを行い(標識再捕獲法)、現場における成長の季節変化を記録しました。繁殖時期を明らかにするため、月ごとに17から40個体のウミニナを採取し、殻を割って生殖腺の発達段階を目視で評価しました。現場には、地温を記録することの出来る温度ロガーを設置し、調査年毎の温度環境を評価しました。一連の作業は、研究者と先生方によるサポートの下、小学生により行われました。
4.研究結果と考察
ウミニナは、夏には潮間帯(潮が引いたときに水の上に現れる場所)全域に広く分布していましたが、秋から冬にかけては水のある沖の方(潮間帯下部から潮下帯)に集まる傾向を示しました(図3)。先行研究を調べると、和歌山県のウミニナは、潮間帯上部に主に分布していることがわかりました文献5。今回得られた結果は、陸奥湾の芦崎干潟で得られた調査結果とも一致しており文献3、陸奥湾のウミニナは秋から春にかけて潮間帯下部で過ごす特徴を有すると考えられました。これは、陸上の厳しい寒さを避けるためと推測されました。
生殖腺観察(図4)の結果から、かわうち・まりん・びーちのウミニナは8月から9月に産卵することがわかりました。また、マーキング調査の結果から、浮遊幼生期を終えて着底した稚貝が10月頃に干潟に出現し、翌春に殻長4 mmから6 mmとなり、同年秋に殻長5 mmから10 mm(1歳)、その後3年で同20 mmから25 mm(4歳)に達すると考えられました。この結果を日本各地で行われた先行研究と比べてみたところ、陸奥湾のウミニナは南方の個体群と比較して、とてもゆっくりと成長することがわかりました。これらを手がかりにして、現場での個体群動態データ(図5;年齢構成や成長速度、浮遊幼生から成長した稚貝の出現などを推定できます。)を読み解くと、いずれの調査時にも殻長10 mm以下の個体が出現しており、少なくとも2010年から2018年までの毎年、その年に生まれた稚貝が新たに出現していたと考えられます。大きな個体は殻長50 mm近くに達しており、南の生息地(最大殻長:32 mmから38 mm)と比べると、陸奥湾のウミニナは非常に大きく成長することがわかりました。
2014年から2016年の比較をしたことで、初めて見えてきたものがあります。図6は、マーキングしたウミニナの季節毎の成長速度(30日あたりの殻長成長量mm)をプロットしたものです。本調査地のウミニナは、4月から9月に殻が成長し、低温となる9月から4月には成長が完全に停止します。ウミニナの殻は、8月前後に最もよく成長しますが、2016年の成長速度が前の2年と比べてとても大きくなっていました。この原因を知るために、干潟の地温や気象データを調べてみたところ、著しい成長が見られた2016年夏は日照時間が長く、干潟の月平均地温も26.4℃と、前の2年よりも1.9℃以上高くなっていました。この結果から、夏場の温度環境が北限のウミニナの成長に影響していることがわかりました。
5.まとめと今後の展望
小学校との共同研究により、陸奥湾のウミニナは南の個体群と比べてゆっくり大きく成長すること、また、冬場になると水のある低潮線付近に集まることがわかりました。これらは、緯度間での温度環境の違いを反映していると考えられました。また、陸奥湾では夏場の温度がウミニナの成長に影響する重要な要因であることも示されました。このことは、(1)気候変動にともなう温度の変化が干潟に暮らす海産動物の生活史特性を変化させること、(2)その影響は陸奥湾のような分布の北限付近でより大きくなる可能性があることを示唆しており、(3)市民科学的アプローチによる現場調査が、科学的に重要な発見につながることを実証しました。
6.注釈
本州から沖縄までの干潟にしばしば非常に高密度で生息するウミニナ科の巻貝文献2。高度経済成長期以降、東京湾などの海域で著しく減少しており文献6、環境省の準絶滅危惧種に指定されている文献1。国内での分布北限は青森県の陸奥湾。浮游幼生期を持ち、海流に乗って広域に分散することができる文献6。
職業研究者だけでなく、一般の市民もデータの取得や解析に参加した科学研究。近年、インターネットの発達やソフトウェアの開発、ガイドブックの整備などにより、気候変動、移入種、保全生物学、自然再生、水質モニタリング、個体群調査といった生態学や環境科学関連の分野で大きく発展しつつある文献7。
7.研究助成
本研究は、以下の研究プロジェクトの一環として実施されました。
・国立環境研究所 気候変動適応研究プログラム
・JSPS科学研究費助成事業(17K07580, 20K06819)
・笹川平和財団 海洋教育パイオニアスクールプログラム
8.発表論文
【タイトル】
Life-history traits of the endangered mud snail Batillaria multiformis in their northern limit population in Mutsu Bay, Japan
【著者】Kanaya G, Yamada K, Itoh H, Igarashi T
【雑誌】Ecological Research 電子版
【DOI】https://doi.org/10.1111/1440-1703.12347
9.問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地域環境保全領域海域環境研究室
主幹研究員 金谷 弦(かなや げん)
E-mail:gen (末尾に@nies.go.jpをつけてください)
TEL:029-850-2590
【小学校での研究活動に関する問い合わせ】
一般財団法人 山形県理化学分析センター
五十嵐 健志(川内小学校からの依頼により学校への取材も代行)
山形県山形市松栄1-6-68
E-mail:mbaydolphin50 (末尾に@gmail.comをつけてください)
TEL:090-5356-5895
【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0 (末尾に@nies.go.jpをつけてください)
TEL:029-850-2308
10.関連する文献
- 環境省(2020)環境省レッドリスト2020.環境省自然環境局生物多様性センター.https://www.env.go.jp/press/107905.html
- 環境省(2007)浅海域生態系調査(干潟調査)業務報告書.環境省生物多様性センター,236 pp.
- 金谷弦,上村了美,鈴木孝男,五十嵐健志(2020)同所的に生息するウミニナBatillaria multiformisとホソウミニナB. attramentariaの個体群構造と潮位分布における経年変化-陸奥湾芦崎干潟での事例.日本ベントス学会誌 75: 43–53
- Hoegh-Guldberg O, Bruno JFF (2010) The impact of climate change on the world’s marine ecosystems. Science 328: 1523–1528
- Adachi N, Wada K (1998) Distribution of two intertidal gastropods, Batillaria multiformis and B. cumingi (Batillariidae) at a co-occurring area. Venus 57: 115–120
- Furota T, Sunobe T, Arita S (2002) Contrasting population status between the planktonic and direct developing batillariid snails Batillaria multiformis (Lischke) and B. cumingi (Crosse) on an isolated tidal flat in Tokyo Bay. Venus 61: 15–23
- Silvertown J (2009) A new dawn for citizen science. Trends in Ecology & Evolution 24: 467–471