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2022年3月31日

環境儀

国立環境研究所が実施している研究の中から、重要で興味ある成果の得られた研究を選び、国民の皆様に分かりやすくリライトした研究情報誌です。
ISSN(print)1346-776x ISSN(online)2187-9389

最新号vol.84

ユスリカからのメッセージ

顕微鏡下で識別する
環境情報


清流から富栄養湖まで変化に富む水の底には多種多様なユスリカが暮らしています。この小さな虫のどの種類が見つかるかによって、その場所の環境の特徴を知ることができます。

ユスリカは霞ヶ浦のような富栄養化した湖や都市河川の底に普遍的に見られる昆虫です。また、貧栄養湖や清流にも富栄養化した水域とは別の種類のユスリカが生息していて、むしろこちらの環境の方が多種多様です。成虫は小鳥やコウモリなどの、幼虫は魚や大型の水生昆虫の重要な餌になっていることなども知られています。そこで、ユスリカの研究を深めれば、採集したユスリカの種類による水質の判定や、ユスリカの増減の食物連鎖への影響を調べることができそうです。そのためには、ユスリカの種を正しく同定できることが必要です。

当研究所では1970年代からユスリカの分類学的研究や環境指標性の研究が行われており、様々な水域で生息場所の特性や発生の消長などの生態学的な知見が報告されているほか、新種記載などもされています。

本号では、困難といわれることが多いユスリカの同定方法や、いくつかの水域に見られるユスリカの種構成の違いなどについて紹介します。

interview
研究者に聞く

筆者の上野研究員の写真
生物多様性領域(生物多様性資源保全研究推進室)
主任研究員
上野 隆平(うえの りゅうへい)


ユスリカの仲間を見分ける

池や川の近く、あるいは家の軒先などで大量のユスリカが集まって飛んでいるのを見かけたことはないでしょうか。ユスリカは不快な害虫として扱われることが多いのですが、水質の改善など環境浄化に役立つことが知られています。また、ユスリカの種類は多く、様々な環境条件に適応して生息しているので、環境指標生物になると考えられています。生物多様性領域主任研究員の上野隆平さんは、そんな性質に注目し、ユスリカの分類や同定について研究しています。

ユスリカとはどんな生物?

Q:研究を始めたきっかけは何ですか。
上野: 根っからの昆虫好きです。子供のころは、カミキリムシが好きで、大学ではシデムシという動物の死骸などを食べる虫の生態を研究していました。ユスリカの研究を始めたのは国立環境研究所に入所してからです。ユスリカは、富栄養化した池などの浄化作用が注目されていました。その詳細を調べるためには、まず種を同定することが必要です。けれども、ユスリカは非常に種類が多く、種を同定するのがむずかしかったので、取り組むことになりました。調べてみると、日本では記録されていない種も次々に出てきました。最初は大変でしたが、ユスリカの頭部や交尾器の形態は変化に富んでいて、カミキリムシやシデムシには見られないような精緻な彫刻のようなものも多く、観察していて飽きませんでした。それ以来、ずっとユスリカ一筋、40年も研究しています。

Q:ユスリカとはどんな昆虫ですか。
上野: ハエの仲間で、外見は蚊に似ていますが、ヒトを刺すことはありません。卵、幼虫、さなぎ、成虫の生活環で、大型のものは1年に1世代ですが、小型のものは1年に数世代繁殖を繰り返すものもいます。まだ生活環がよくわかっていない種類もたくさんいます。卵は水面や水草などに産み付けられます。孵化すると、幼虫は湖沼や川の底で暮らし、水底の有機物や動物の死骸などを食べています。このような生物をベントス(底生動物)といいます。このとき泥などで巣を作ります(写真1)。幼虫は数回脱皮を繰り返したのち、水面へと向かいさなぎになります。水面で羽化すると、一斉に飛び立ち、蚊柱をつくります。
写真1 ユスリカの巣


Q:蚊柱とは何ですか。
上野: ユスリカのオスが群れとなって飛び立ち、柱状のように見えることを言います。大きいものでは数十メートルもの高さになるものもあります。

Q:オスだけですか。
上野: そうです。メスが蚊柱を目印に飛んできて交尾します。飛び立つことで他のオスもおびき寄せるので、蚊柱はどんどん大きくなります。交尾後、オスはそのまま死んでしまいます。メスも卵を産むとすぐに死んでしまいます。成虫は食べる口や消化管が退化していて長生きできないのです。この蚊柱のように大量に発生することが害虫といわれる原因でもあります。

Q:たしかにユスリカがたくさん飛んでくるのはあまり気持ちがよくないですね。
上野: アレルギーの原因になるともいわれています。ただ、それも種類によります。これまでにわかっているのはジョギング中に虫を吸い込んでアレルギーの症状が出た例などわずかです。ユスリカは非常に数が多く、幼虫は魚の、成虫は鳥やコウモリのエサになるなど、生態系にとって重要な役割を担っています。害虫だといってむやみに退治する必要はないと思います。

様々な水域に生息

Q:ユスリカはどんな特徴があるのですか。
上野: まだ生態がよくわかっていないものが多いのです。北から南まで広く分布していて、その環境に適応する能力が高いのも特徴です。釣り餌に使われる赤虫は、アカムシユスリカという種の幼虫ですが、赤いユスリカ幼虫の総称も赤虫です。幼虫が赤虫と呼ばれるのは、ヘモグロビンをたくさん持っていて血のように赤く見えるからです。ヘモグロビンは効率よく酸素と結合する性質があります。そのため、酸素の少ない水底で生きていけるのです。様々な環境に適応したいろいろなユスリカがいて、きれいな水では赤いユスリカの幼虫よりも灰色や薄緑色のユスリカの幼虫が目立ちます。

Q:富栄養化した環境の浄化に役立つとはどういうことでしょうか。
上野: 富栄養化とは、沼や湖などでチッ素やリンなどの栄養塩が増えることです。この栄養塩をもとに植物プランクトンが大量発生すると、水の華と呼ばれる着色現象や赤潮が発生して、水中の環境を悪化させるとともに、プランクトンの死骸の大部分は沈殿して湖底の環境も悪化させます。ユスリカの幼虫は、この水底に堆積した有機物を食べます。ユスリカはものすごく数が多いので、羽化して水から陸に移動するまでに、非常に多くの量の底生の有機物を水域から取り除くことになり、水質の浄化に役立ちます。そして、飛び立った成虫は鳥などのエサになります。種類によって生態が異なるので、どの種がどんなところでその役割を果たしているのかを知るには、ユスリカの分類が重要になります。

Q:ユスリカは汚れた水の指標にもなりますね。どんな生物が水質を反映しているのでしょうか。
上野: 例えば、トビケラやカワゲラ、カゲロウなどの水生昆虫は川の上流などきれいな水にしか生息しないので、きれいな水の指標となります。このように見つかった水生昆虫から水の汚れ具合がわかるので、環境の指標になる「環境指標生物」になります。特定の成分を機器で分析すれば、環境指標生物よりも高い精度で水質を調べられますが、環境指標生物を使うと、その生物がある程度成長するまでの期間の平均的な水質を知ることができます。未知の有害成分の存在を反映する可能性もあります。また、高価な分析機器も必要ありません。赤いユスリカの幼虫は酸素の少ないところでも生息できるのでひどく汚れた川の指標にもなり、市民参加の水質調査などで使われています。

Q:ユスリカが環境指標生物として適しているのはどんな点でしょうか。
上野: ユスリカは環境適応性が高く、さまざまな環境に適応して生息しています。たとえば、汚れた水質でも生きていける種があれば、きれいな水で生きている種もいます。また重金属に強いものもいます。そのため、ユスリカは富栄養化の度合いだけでなく、重金属のような汚染物質の水質評価の指標にもなると考えられています。赤いユスリカの幼虫は川の中?下流域の栄養分の少し多いところに生息するので少し汚れた水の指標になります。指標生物にするには、その環境に特有の種を同定することが必要です。研究所内の調査池では15種のユスリカを同定することができ、池の岸辺にいる種や、池の真ん中にいる種と生態の関わりが明らかになりました。ただ、水の調査で採集できる幼虫は、成虫のように形態で種レベルの同定をするのはむずかしいので、各々の種がどんな環境を好むかを詳しく調べることは困難でした。今後は、形態同定にDNAバーコーディングを組み合わせることで、よりきめ細かい環境指標として利用できるのではないかと思います。

職人技が必要なユスリカの同定

Q:ユスリカはどれくらいの種類がいるのですか。
上野: 2007年のデータでは、国内に1206種、世界では1万5千から3万種いると推定されています。研究者によって数が違うのですが、私は3万種はいるのではないかと思っています。まだ同定されていないものがたくさんいます。

Q:どうやって分類するのですか。
上野: 形態で分類します。成虫のオスの交尾器が分類の基準になっています。幼虫はいろいろなところにいますが、大半は池や川などの淡水域にいます。そこで、池や川などの底を特別な網ですくって幼虫を集めます(写真2-1)。幼虫のままでは異なる種なのか、同一種なのかを見分けることはできません。そこで、同定するために研究室に幼虫を持ち帰り成虫になるまで育てます。成虫になったら、解剖して、形態を調べて種を同定します。ユスリカの成虫を採集するときは、小さくてうまくつかめないので、ホースのようなもので吸って集めます(写真3)。ユスリカは光に寄ってくる性質があるので、寄ってきたときにうまく吸うと採集することができます。ユスリカの研究者が集まる勉強会のときに、自動販売機にユスリカが寄ってきたことがありました。みんながいっせいに吸いとってサンプリングした光景は異様で、思わず笑ってしまいました。

(左)写真2-1 霞ヶ浦モニタリング、船上でベントス採集
(右)写真2-2 マルチプレートで羽化した登別の強酸性湖産のChironomus属ユスリカ
(左)写真2-3 “赤虫”でない小笠原のツヤユスリカ属の幼虫。これを成虫になるまで飼育する。
(右)写真2-4 顕微鏡による観察

写真3 採集している様子


Q:小さな虫を解剖するのは難しいのではありませんか。
上野: そうですね。一通りの方法はマニュアルがあるのですが、その通りではうまくいきません。研究者はみんな、工夫を重ねて独自の方法を編み出しています。私も解剖を始めてから、「これでうまくいく」と思う方法が身に付くまでには1年くらいかかりました。解剖道具も工夫し、ピンセットの先端を細く尖らせたものや、割りばしの先にタングステンの針をつけて研磨したものなどをつくりました。ピンセットの先端を細くするのは、ユスリカの脚をつかむためです。誤って指に刺さってもすぐに気が付かないほどの細さです。解剖するとそれを標本にして、顕微鏡で観察し、スケッチします。これまでに共同研究では100種類以上の新種を見つけました。私自身も4種類新しい種を見つけました。見つけたときはやはり興奮しました。また新種の基準産地として、研究所の敷地内の池が登録されたときはうれしかったです。

Q:基準産地とは何ですか。
上野: 新種記載に用いられた、その種を代表する標本を基準標本といい、その標本を採集した場所を基準産地といいます。基準標本が失われるなどして、新しい基準標本を決める場合、普通は基準産地で採集された標本の中から選ばれます。

Q:ユスリカを分類するにはどんな苦労があるのですか。
上野: 幼虫を成虫にまで育てるのがいちばんの苦労ですね。採集した幼虫が研究室に持ち帰るまでに死んでしまうことや、せっかく育ててもうまく成虫にならないこともよくあります。育てるのが大変なので、研究者もあまりやりたがりません。最近、DNAで調べる方法ができました。これなら幼虫でも解析できるのでかなり楽になります。今後、飛躍的に研究が進むだろうと期待しています。

DNAを使った新しい方法へ

Q:DNAで調べるとはどんな方法ですか。
上野: DNAバーコーディングという、生物特有のDNAの塩基配列を手掛かりにして調べる方法です。10年ぐらい前にこの方法が発表され普及したとき、最初は半信半疑でした。当時の研究リーダーの高村健二さんが「すぐにやってみよう」と指示し、取り組むことになりました。実際にこの方法で種を調べた結果と、形態で分類した結果がおおむね一致して、この方法を使って分類できるという結果になりました。その後、同じ研究ユニットの今藤夏子さんが精力的に研究を進めてくれて、ユスリカを同定する方法を開発することができました。

Q:どんな遺伝子を調べるのですか。
上野: 少し難しくなりますが、対象とした遺伝子はミトコンドリアDNAのチトクロームCオキシダーゼの領域(COI)です。動物のDNAバーコーディングに一般的に用いられている遺伝子領域です。この中から種を判別するのに適したDNAの塩基配列のデータを集めてカタログを作ります。このカタログを参照して、塩基配列から種を同定することができます。

Q:カタログ作りが必要なのですね。
上野: はい。そこで、既存の標本や新たに採集した個体の標本をこれまでの形態に基づいて種を同定するとともに、DNAを抽出してその種に特異的なDNAの塩基配列を調べました。  そして、ユスリカの種名と特異的なDNA配列を組み合わせたカタログの情報を、データベースとして公開することができました。これまでたくさんの種類を同定してきましたが、これらの配列をすべてデータベースにするにはまだ時間がかかります。これまでの標本からDNAが抽出できればいいのですが、ホルマリンで保存している標本は使えないので、新しく採集しなければならないのです。大変ですが、これからもデータの種数を増やして、多くの人に活用してもらいたいです。また、しっかりと同定して、ユスリカを環境指標生物として確立させたいです。

Q:今後どのように研究を進めたいですか。
上野: まずは小笠原諸島のサンプルの同定を完了させたいですね。研究所では、1990年代から小笠原諸島の調査を継続的に続けています。2019年に小笠原諸島に調査に行ったとき、サンプルがたくさん取れすぎてまだ同定が終わっていません。小笠原諸島には固有種が多く、絶滅危惧種になりそうな種もあります。ただ、まだ東京都のレッドデータブックでは情報不足(DD)の状態なので、しっかり調査したいです。最近、環境DNAといって、環境中にあるDNAを調べて生物の種類を調べる方法が使われています。ユスリカは環境中に多いので、ユスリカのDNAをしっかり調べておくことが環境DNAの分析にも役立ちます。  ユスリカは不快な害虫としてとらえられがちですが、数が多く、生態系を支えてくれる重要な存在であることを多くの人に知ってもらいたいですね。

コラム1 | ユスリカはどんな生き物か?

ユスリカは、ハエ目ユスリカ科の昆虫の総称で、最も古いものは三畳紀(2億年前以前)の地層から化石が見つかっています。ユスリカ科の分布は広く、水平分布では赤道から北緯80°前後まで、垂直分布では、海の中から標高5000m超まで分布しています。多様なことで知られ、日本国内に限っても1200種あまりが記録されています。世界では2010年以降だけで100種を超える新種が記載されており、今後さらに増えることは確実です。湖・川・湿地などを比較すると種構成や優占種は違いますし、一つの川でも上流と下流では種構成や優占種が異なります。

蚊に姿が似ているため嫌われることもありますが、吸血するユスリカは今のところ知られていませんのでご安心下さい。大量に羽化すると屋外の洗濯物や家の白壁を汚損したり、工場の製造過程で混入したりするため迷惑がられますが、羽化することによって同時に栄養を水中から運びだしていますから、大量に羽化するほど水質浄化に寄与しているという一面もあります。
図1 児島湖岸(岡山県)の白壁に集まるアカムシユスリカ

コラム2 | ベントス(底生動物)について

水中に漂っているプランクトン、水中を活発に泳ぎ回るネクトンに対して、川底や湖底または水草や護岸などの表面で暮らしている生物をベントスと呼び、ユスリカの幼虫もベントスです。卵からふ化したばかりの幼虫がプランクトンのように振る舞うユスリカも知られています。

ベントスの種構成はその場所の一定期間の平均的な水質を反映していると考えられ、河川や湖沼の水質指標として利用されます。また、プランクトンやネクトンは水底の堆積物を餌として利用しませんが、ベントスは堆積物を餌にして成長し魚などの餌になるので、水底に堆積した栄養を再び食物連鎖(腐食連鎖とか残渣食物連鎖と呼ばれます)に戻す働きをしています。また、堆積物に巣穴を掘ることで固さや溶存酸素濃度など物理化学的性質を変化させます。

柄付きネットなどが届かない深い湖底からベントスを採集するには、エクマン・バージ採泥器などの特別な採集器具を用います(図2)。
プランクトン・ネクトン・ベントスの図
図2 エクマン・バージ採泥器

コラム3 | DNAバーコーディング

種内変異が小さく種間変異の大きい特定の遺伝子領域の塩基配列(DNAバーコード)を比較して、進化速度の推定や生物種の同定などに用いる研究法です。動物で最もよく利用される遺伝子領域はミトコンドリアDNAのCOI(チトクロームオキシダーゼサブユニット1)で、国立環境研究所のユスリカ標本DNAデータベースでもCOIを使っています。

生物から湖水中などに排出されたDNA(環境DNA)を調べて、どんな生物が生息しているかを調べる研究などに応用されます。

基準となるDNAバーコードを得るには、あらかじめ形態により正確に同定した個体からDNAを抽出し、塩基配列と生物種を正しく関連付ける必要がありますが、誤同定と思われるDNAバーコードが国際的なデータベースに登録されている例も時々見かけます。DNAバーコーディングの実用性を高めるために、配列の登録数を増やしデータベースを充実させると同時に、誤同定の配列を減らす努力も必要です。
図3 DNAバーコーディングは形態同定を補完する方法

summary
季節や湖沼の環境が変化すれば、
ユスリカの種も変化する?

生物の種と環境の関連を探る

ユスリカは、多様な種が多様な環境で棲み分けていることから環境指標としての利用が期待されます。ここでは、霞ヶ浦と小笠原のユスリカについて紹介します。さらに、形態同定が困難な幼虫の同定手段となりうるDNAバーコーディングの研究も行っています。

霞ヶ浦のモニタリングデータから見たユスリカ相の変化

霞ヶ浦モニタリングのベントス調査は1982年に始まり、途中、採集法や調査地点数に変更がありましたが、現在まで継続しています。現在は4地点で採集しています。霞ヶ浦(西浦)のベントスの優占グループはイトミミズとユスリカで、それはモニタリング調査が始まった当初から現在まで変わっていません。当初はユスリカ科の複数種を一括して「ユスリカ」としてデータを公開していましたが、現在は、過去に遡りながら優占種を同定する作業を行い、2000年以降については種ごとの密度や現存量が分かるようにしています。それ以前の標本についても、順次同定していきます。

ユスリカの優占種はオオユスリカChironomus plumosusとアカムシユスリカPropsilocerus akamusiです。この2種は、諏訪湖や琵琶湖南湖といった他の富栄養湖でも優占することが知られています。春から秋はオオユスリカが多く、秋から冬はアカムシユスリカが多いです。この他に、オオカスリモンユスリカTanypus nakazatoiといった何種かが優占種に加わる時期がありました。グラフ(図4)でお分かりのように、ユスリカの現存量は減少傾向にあり、特に近年減少しているのは2種の優占種のうちアカムシユスリカです。霞ヶ浦では生活雑排水対策が進んでいるため、アカムシユスリカのような富栄養湖の指標になる生物が減少している可能性が考えられます。
図4 霞ヶ浦モニタリングデータから見たユスリカ現存量の変化
霞ヶ浦沖帯のユスリカは減少傾向にあります。1990年代はじめにいったん減少し、2000年代はじめにさらにもう一段減少しています。減少の要因はまだはっきりしていませんが、この間、植物プランクトン相の変化や、外来魚の増加(ペヘレイ→アメリカナマズ)などの変化がありました。


また、顕著な減少が起こった時期には堆積物の元となる植物プランクトンの種構成が変化し、ペヘレイやアメリカナマズなどのユスリカを捕食する外来魚も増えているので、そのような環境変化をユスリカの増減が反映している可能性があります。アカムシユスリカは、ここ数年で少しずつ増加する傾向にありますが、まだ、減少が顕著になった1990年代と比べるとずっと少ないです。

1983~86年には湖の沖合で行っている通常のモニタリングとは別に、霞ヶ浦の湖岸を一周する23地点で沿岸部の水草帯のユスリカ相を調査しました。当時、沖合では10種ほどのユスリカが確認されていましたが、水草帯では31種が記録されました。沖帯では生息場所は砂や泥の湖底のみであるのに対し、水草帯では湖底に加えて水草の表面など生息場所が多様なので、ユスリカの多様性も高いことは予想されていました。しかし、沖合の優占種のオオユスリカとアカムシユスリカが水草帯では全く採集されなかったのは意外な結果でした。
図5 オオユスリカ成虫(オス)
オオユスリカはアカムシユスリカとともに、富栄養湖を代表するユスリカです。成虫(オス)の体長は1cmを超え、ユスリカの中では最大級の種類です。


小笠原諸島の特異なユスリカ相について

1998~2019年の間に、不定期で小笠原諸島(主に父島)のユスリカを調査しました。父島や母島では先行してユスリカだけが調べられていましたが、主な目的が成虫の形態を記載することだったため、幼虫の生態は明らかになっていませんでした。そこで、この調査では小笠原の河川で重要だと思われるユスリカの幼虫の生息場所を明らかにすることを目的にしました。固有種など希少な種を保全するためには生息場所などの生態を明らかにする必要があるからです。

調査の結果、17種のユスリカが採集されました。幼虫から成虫になるまで飼育することができた9種の生息場所が明らかになり、その他に2種は海産であろうと推測されました。小笠原の河川の優占種と見なされるのは、水溜まりや川の中のほとんど流れていない場所を好むシマセスジユスリカChironomus claggi、川の中の流れが緩い場所を好むオガサワラヌマユスリカMacropelopia ogasasextdecima、流れが速い場所を好むオガサワラツヤユスリカCricotopus quadrizonatusやオガサワラフタオツヤユスリカCricotopus ogasaseptimusなどであることが分かりました。シマセスジユスリカは小笠原の他ではグアムやパラオで記録されており、その他の3種は今のところ小笠原の固有種とされています。

また、先行調査では記録されていないユスリカも何種か採集されました。そのうちの一つは形態からハイイロユスリカGlyptotendipes tokunagaiと同定されました。残念ながら、この時はDNA分析に適する方法で保存していなかったので、本土のハイイロユスリカと同一種かどうかをDNAバーコーディングで決定することはできませんでしたが、ハイイロユスリカは本土ではごく普通に見られる種なので、近年、本土から持ち込まれた可能性も否定できません。
図6 小笠原諸島父島の河川(瀬の部分)で優占するツヤユスリカ属2種 
父島の河川の瀬(特に滑滝のような部分)の優占種です。まだ幼虫の区別がつかないので、どちらの種がより多いかは分かりませんが、羽化トラップで成虫を採集してみると(上の写真がその成果です)、どちらも同じようによく採れますので2種とも優占種であると思われます。見分け方は、オガサワラツヤユスリカの方が胴体の黄色い部分が多く、特に中脚の脛節(中ほどの長い節)が白いことです。


ユスリカのDNAバーコーディング

近年、いろいろな分類群の生物でDNAバーコーディングによる研究が行われるようになりました。私たちも2010年頃からユスリカを対象にして、DNAバーコーディングの研究を本格的に始めました。

形態で同一種に含めた個体はDNAの塩基配列でも1グループになる分析結果が期待されます。そこで、1形態種あたり複数個体について塩基配列も分析できたものが61形態種になった時点で、形態同定と塩基配列の分析結果を突き合わせてみました。すると、57形態種では形態同定と塩基配列が一致しましたが、4種では一致しませんでした。また、ウスイロユスリカChironomus kiiensis、ヤマトユスリカChironomus nipponensis、カスリモンユスリカTanypus kraatziでは塩基配列は明らかに2グループに分かれ、ミツオビツヤユスリカCricotopus trifasciatusの塩基配列はヨドミツヤユスリカCricotopus sylvestrisという形態では別種としたものの、変異の中に含まれてしまいました。

この場合、形態での区別が困難な別種(姉妹種・同胞種などといわれます)の可能性や、反対に同一種の変異を別種としている可能性などを検討することになります。このように、塩基配列の分析によって形態同定の不備を再検討する機会があるのです。

研究をめぐって
分類学から古環境まで・・
世界で盛んなユスリカを用いた研究とは?

ユスリカについて世界で調べられていること

ユスリカは、日本では主に富栄養化水域の指標として認識されていますが、ヨーロッパなどでは、幼虫の半化石を使って、温暖化の研究にも用いられています。実は、貧栄養の水域にも多くの種類が生息していますが、形態同定が難しい種が多いため利用されていないのです。DNAバーコーディングの世界的普及で同定の問題が緩和されることが期待されます。

●世界では
ユスリカの分類学的研究は世界中で行われています。形態による分類学に関しては研究者が代替わりし、若い研究者が活躍しています。以前はヨーロッパ・北米・ロシア・日本・韓国で分類学的研究が進んでいましたが、近年は、トルコ・中国・南米などからの新種記載が活発です。最近の新種記載の論文では、形態の記載と同時に塩基配列も公開する論文が増えてきています。また、以前のように雄成虫の形態だけを記載するのではなく、成虫(メス)・幼虫・蛹の形態も同時に記載する論文が増えています。

ユスリカのDNAバーコードの整備も世界的に進んでいます。CBOLやGBIFなどといった、世界中から様々な生物の塩基配列情報を収集している機関のデータベースには、ユスリカのデータも多数登録されています。

幼虫や蛹は記載例が少なく、また、成虫に比べて形態的特徴に乏しいことから、一般的には属のレベルまでしか同定できないものの、これらを用いた研究も増えています。幼虫の頭部の殻は風化しにくく、湖底堆積物中に半化石となって長期間存続します。富栄養化した水域を好む属や冷涼な環境を好む属の幼虫頭部の半化石がどのくらい古い地層に分布するかを調べると、富栄養化や温暖化が、どんな時間経過で進行したかを知る手がかりになります。いわば古環境を再構築する研究で、欧米と中国の研究者が精力的に行っています。

水面で羽化するユスリカの蛹の抜け殻は、風で吹き寄せられたりして湖岸や川岸の水面に集まっていることが多く、その採集の容易さから水質の指標に利用するための研究が、ヨーロッパを中心に進められています(Chironomid Pupal Exuviae Technique, 略してCPETと呼ばれています)。

長期モニタリングは、例えば北米の五大湖では1997年からベントスのデータが取られています。ユスリカの密度は、1998年から2014年のデータでは、エリー湖とヒューロン湖では減少傾向、オンタリオ湖では増加傾向が見られます。

●日本では
いくつかの大学でDNAバーコーディングの研究が行われており、データベースは国立環境研究所が中心になって公開しています。

ユスリカに限らず、動物の形態分類を専門にしている研究者は日本では減っているため、DNAバーコーディングを進めるには標本を同定できる研究者の確保が課題です。

ユスリカの幼虫の半化石による古環境の研究や、蛹の抜け殻の環境指標化に興味を持っている研究者はいるものの、2~3人と少ないのでこれから開拓すべき分野です。

長期モニタリングに関しては、霞ヶ浦以外に琵琶湖(琵琶湖環境研究センター等)、諏訪湖(信州大)、北浦(茨城大)などでユスリカを含む底生動物の調査が続けられています。ベントスを1990年以前から長期に渡ってモニタリングしている例は世界的に見ても少なく、貴重なデータです。
表1 国内のいろいろな水域の優占種
水域ごとに環境を反映した優占種が出現しています。湯ノ湖は富栄養湖ですが冷涼な環境にあるため、十和田湖と同じ種が生息可能なのだと考えられます。オオユスリカ、アカムシユスリカは富栄養化した湖沼に、セスジユスリカは富栄養化した河川にそれぞれ頻出する種です。ツツイヤマユスリカを含むヤマユスリカの仲間はほとんどが河川の上流~源流に見られます。このように富栄養湖と貧栄養湖とでは優占種が異なり、湖と川とでも優占種は異なります。富栄養湖の優占種が源流域の河川に出現することはありません。父島吹上谷の優占種は小笠原固有種です。


●国立環境研究所では
国立環境研究所におけるユスリカの分類学的研究は前身の国立公害研究所が発足して間もない1976年から続いています。特に、当時、研究所の所長を務められた佐々 学博士の分類学上の功績はたいへん大きく、大学に異動し、さらに退官された後も研究を続けられ、生涯で1000種を超える新種を記載されました。以下の3種のユスリカの基準産地(type locality)は、国立環境研究所内の実験池です(写真4)。

●ヒガシビワヒゲユスリカ Biwatendipes tsukubaensis Sasa et Ueno, 1993
●マルオフユユスリカ Hydrobaenus tsukubalatus Sasa et Ueno, 1994
Fittkauimyia nipponica Ueno, Takamura et  Nakagawa, 2005

この池は魚類を入れないようにしており、プランクトン、ベントス、水生植物などからなる生態系が形成されています。

写真4 国立環境研究所 実験池


1979年に湿地を掘って作った小さな人工の池ですが、環境省の準絶滅危惧種の昆虫などがいる恵まれた環境です。

異なる生息場所でのユスリカの種組成の調査は日本の各地で行われ、霞ヶ浦のほか、奥日光の湖沼と河川、十和田湖、福島県の高層湿原、小笠原諸島の河川等について、ユスリカの出現種と生息場所のリストが報告されています。

改正化審法の関連では、OECDのガイドラインで毒性試験の材料として推奨されているChironomus ripariusが日本国内では調達困難であることから、国内で多産するセスジユスリカChironomus yoshimatsuiの有効性を検証して代用できるように提案し、由緒正しいセスジユスリカの系統を国立環境研究所で継代飼育して分譲するなど貢献しています。

近年、新しくユスリカのDNAバーコーディングが始まり、研究所内外の分類学・生態学・分子生物学を専門とする研究者が協同する体制ができました。現在公開中の「ユスリカ標本DNAデータベース(https://www.nies.go.jp/yusurika/)」には、研究所のホームページからアクセスできます。

霞ヶ浦におけるベントスの長期モニタリングは1978年から継続的に行われ、霞ヶ浦の水質を代表する4地点で毎月サンプルを採集しています。水温・透明度などの物理化学的パラメーターや、動植物プランクトンの種組成や現存量のデータも同時に収集しているので、貴重なデータセットになっています。ベントスのデータを含む「霞ヶ浦データベース(https://db.cger.nies.go.jp/gem/inter/GEMS/database/kasumi/)」にも、研究所のホームページからアクセスできます。
図7 フトオダンダラヒメユスリカ Ablabesmyia prorashaの頭部(左)と翅(右)のスケッチ
新種記載など形態に関する論文ではこのようなスケッチを描きます。翅、頭、脚、交尾器、腹部などに分けて描く必要があり、口ひげや足先など、より細かい部分に固有の特徴があるとそれも描きます。楽しい作業でもありますが、結構な負担です。最近では、写真で間に合う場合も多くなり、負担も減っています。

問い合わせ先

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