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2021年11月9日

共同発表機関のロゴマーク
大気観測が捉えた新型ウィルスによる
中国の二酸化炭素放出量の変動
~ロックダウン解除後は前年レベルに~

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配付)

2021年11月9日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
地球システム領域   室長    遠嶋康徳
           室長    町田敏暢
           室長    伊藤昭彦
           主任研究員 丹羽洋介
           主任研究員 笹川基樹
気候変動適応センター センター長 向井人史
海洋研究開発機構   上席研究員 Prabir K. Patra
 

   昨年、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって2020年2~3月の中国の化石燃料消費による二酸化炭素(CO2)の放出量が減少したことを、波照間島における大気観測が捉えたと報告しましたが、2021年の放出量は以前のレベルに回復していることが同様の解析で明らかになりました。
   放出量変化の検出は、日本最南端の有人島である波照間島で観測される大気中CO2とメタン(CH4)の変動を解析することで行いました。冬の間、波照間島はアジアモンスーンの影響により中国の汚染空気の影響をしばしば受けるため、波照間島で観測された大気中CO2とCH4の変動比(ΔCO2/ΔCH4)の変化は上流の中国の放出量の変化を反映していることが、これまでの研究から明らかになっています。中国のほぼ全土でロックダウンが実施された2020年2月にその変動比が急激な減少を見せていましたが、2021年1~3月の変動比はほぼ2019年以前のレベルに回復していることが明らかになりました。このことは、中国の経済活動が既に回復していることと整合する結果です。
   前回の報告と共に、今回の結果は、本研究で提案された手法が国別・地域別温室効果ガス排出量の客観的な検証に役立つことを立証したものであり、今後パリ協定に基づく排出削減検証への応用が期待されます。
 

1.研究の背景

 実効的な温室効果ガスの放出量削減を推進するためには、国や地域といった規模で削減対策の実施状況を科学的手法等を用いることによって客観的に検証することが求められています。現在、大気中の温室効果ガスを高精度に観測するためのネットワークの構築が進められていますが、これは、単に大気中の濃度分布や時間変化を調べるためだけでなく、大気観測から国や地域といったレベルでの温室効果ガス放出量を推定することを目的としています。近年では森林や海洋といった自然起源の放出量推定ばかりでなく、人為起源の放出量を大気観測から推定することに期待が高まっています。2020年には、世界中に拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で世界各地で化石燃料消費量が減少したと推測されましたが、これを大気観測から捉えることが、我々研究者にとって最初の大きな挑戦となりました。
 そのような中、波照間島※1で観測されたCO2とCH4の変動比(ΔCO2/ΔCH4※2を解析し、2020年2月に観測されたΔCO2/ΔCH4比が顕著な減少を示したことを発見し、この減少が中国からのCO2排出量が約30%減少した場合に相当することを明らかにしました※3。こうしたことから、発生源の風下での変動比の観測は、発生源の放出強度の変化を推定する上で有効な手法である可能性を指摘しました。

2.研究の目的

 COVID-19の影響によって中国の経済活動は2020年の1月後半~3月に著しく低下しましたが、中国はその後COVID-19の抑え込みに成功し、2020年の10~12月頃には各種経済指標も以前のレベルに回復したとされています。そこで、波照間島で観測される2021年のΔCO2/ΔCH4比はどうなったかを調べ、中国の化石燃料起源CO2の排出量が経済指標と同様にその後回復したかを確認することとしました。

3.研究手法

 波照間島で観測されたCO2およびCH4の大気中濃度の1時間平均値を利用し、以前の研究と同様に解析を行いました※4。まず、24時間の時間窓内のCO2およびCH4の濃度について相関係数が0.7以上の時に変動比(ΔCO2/ΔCH4比)を計算します。この計算操作を24時間の時間窓を1時間ずつずらしながら、観測期間全体にわたって続けます。このようにして、計算されるΔCO2/ΔCH4比について1ヶ月平均や30日間移動平均を求め、それらの変化を調べました。
 また、中国における放出量の変化が波照間島での観測に及ぼす影響を調べるため、大気輸送モデル※5とCO2およびCH4の地表面からの放出・吸収量を用いて波照間島における濃度変動をシミュレーションによって再現しました。再現されたCO2およびCH4についても観測結果と同じ計算手順に従ってΔCO2/ΔCH4比を求めました。また、シミュレーションでは中国からのフラックスを変化させた場合に波照間島で観測されるΔCO2/ΔCH4比がどのように影響を受けるかも調べ、観測結果との比較を行いました。COVID-19の影響が顕著に見えたのが2020年2~3月だったので2021年の同じ時期を示しますが、波照間島では冬季以外は太平洋側からの大気の影響をよく受け、中国の影響は明瞭ではありません。

4.研究結果と考察

1998年から2021年までに波照間島で観測されたΔCO2/ΔCH4比の1~3月の月平均値の経年変化の図
図1.1998年から2021年までに波照間島で観測されたΔCO2/ΔCH4比の1~3月の月平均値の経年変化。各プロットの縦棒は変動幅(標準偏差)を表し、灰色太線は平滑化されたトレンド成分を、灰色陰影領域はトレンド成分からのばらつきの95%領域を表す。黒線はグローバルカーボンプロジェクト(GCP)による中国からの化石燃料起源CO2放出量の推定値を表す(右軸)。

 波照間島での大気観測に基づくΔCO2/ΔCH4比の1~3月の月平均値が1998~2021年の24年間でどのように変化していたかを図1に示しました。昨年報告したように、ΔCO2/ΔCH4比は中国が著しく経済成長を遂げた2000年代に増加傾向を見せ、2011年以降はほぼ一定の値を示していましたが、2020年2月に過去9年間(2011~2019)の変動から予想される変動範囲を超えて減少していることが分かりました。3月は減少量は少なくなっていますが、それでも低い値を示しました。そして、2021年のΔCO2/ΔCH4比はCOVID-19以前の過去9年間と同等のレベルに戻ったことが分かります。
 COVID-19前後の様子をもう少し詳しく見るために、波照間島の観測が大陸からの影響を比較的強く受ける11~4月のΔCO2/ΔCH4比について、過去3年間(2018年11月~2021年4月)の月平均値を図2に示しました。なお、図中の月平均値は2011~2019年の9年間の各月平均値(図中の灰色)からの偏差としてプロットされています。図から分かるように2020年2月は過去9年間に観測されたΔCO2/ΔCH4比の変動範囲を超えて低下していることが分かります。一方、2020年11月以降のΔCO2/ΔCH4比は、ほぼ過去9年間の平均値の変動範囲に収まっているか、若干高めの値を示していることが分かります。

11~4月のΔCO2/ΔCH4比月平均値の過去3年間(2018年11月~2021年4月)の変化の図
図2.11~4月のΔCO2/ΔCH4比月平均値の過去3年間(2018年11月~2021年4月)の変化。各月平均値は対応する月の過去9年間(2011~2019年)の平均値(図中の灰色四角)からの偏差としてプロットされている。各プロットの縦棒は月平均値に付随する誤差を表している。
モデルと観測値の比較から推定された中国の化石燃料起源CO2排出量の変化の図
図3.モデルと観測値の比較から推定された中国の化石燃料起源CO2排出量の変化。過去9年間(2011~2019)の平均を100%とする。白丸は30日間移動平均値による推定結果を、縦棒は誤差範囲を表す。

 そこで昨年の解析と同様に、大気輸送モデルを用いて波照間島におけるCO2およびCH4を計算し、観測結果と同様にΔCO2/ΔCH4比を求め、観測結果と比較することによって中国の化石燃料起源CO2フラックスの変化を推定しました(図3)。その結果、2021年のCO2フラックスは過去9年間の平均より0~20%程度の増加となり、COVID-19の感染拡大以前のレベルに戻っている(もしくは若干上回っている)ことが示されました。これは、中国経済がCOVID-19以前のレベルに戻っていることと整合的な結果です。

5.今後の展望

 波照間島で観測された大気中のCO2およびCH4濃度の変動比を解析することで、COVID-19の影響で2020年に急減した化石燃料排出量の変化を捉えたことに続いて、2021年にはCOVID-19以前の排出量に戻っていると推定することができました。本研究で提案された手法は観測地点に影響を与える風上の領域からの放出量比をほぼリアルタイムで推定する手法であり、パリ協定で約束された各国の放出削減量の検証のための有効な方法の一つであることが確認されたと言えるでしょう。

6.注釈

※1 波照間島(北緯24度3分、東経123度48分)は沖縄県八重山諸島に属する日本最南端の有人島である。国立環境研究所・地球環境研究センターは1992年に温室効果ガスの観測拠点としてモニタリングステーションを建設し、その後順次大気観測を開始してきた。詳しくは、国立環境研究所のホームページ(http://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/ground/)を参照。

※2 主に冬季の波照間島では大陸からエアマス(空気塊)が輸送される際にしばしば高濃度のCO2やCH4が観測される。こうした高濃度イベントではCO2やCH4の濃度が非常に似通った変動を示し、高い正の相関関係が認められる。X軸をCO2, Y軸をCH4として散布図を描いたとき、散布図の傾きが変動比(ΔCO2/ΔCH4比)に相当する。

※3 波照間島におけるCO2とCH4の変動比の解析に基づいてCOVID-19の影響による中国からの化石燃料起源CO2の排出量減少を捉えることに成功した。詳しくは、報道発表(https://www.nies.go.jp/whatsnew/20201105/20201105.html)、または原著論文(Tohjima et al., 2020)を参照。

※4 解析に用いた波照間島でのCO2とCH4の観測結果は、国立環境研究所・地球環境研究センターが管理する地球環境データベース(https://db.cger.nies.go.jp/portal/)において公開されている。

※5 大気輸送モデル:大気の移流・混合過程の物理方程式に従い、大気成分濃度の分布や時間変化を、大型計算機を用いて計算する数値モデル。本研究では、正20面体格子大気モデル(NICAM)をベースとした大気輸送モデルNICAM-TMを用いた。

7.参考文献

Tohjima, Y. et al. Detection of fossil-fuel CO2 plummet in China due to COVID-19 by observation at Hateruma. Sci. Rep., 10, 18688 (2020), doi:10.1038/s41598-020-75763-6.

8.研究助成

 本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF21S20802)および環境省の地球環境保全試験研究費(地球一括計上)環1951「地球表層環境への温暖化影響の監視を目指した酸素・二酸化炭素同位体の長期広域観測」の支援を受けて実施されました。また、本研究で行った大気シミュレーションは国立環境研究所のスーパーコンピュータシステム(NEC SX-ACE)を用いて行いました。

9.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
動態化学研究室 室長 遠嶋康徳

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308

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