世界CO2ゼロ排出を達成する新たなシナリオ
—直接空気回収・水素を用いた合成燃料(e-fuel)の活用—
(京都大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、環境記者会、環境問題研究会、名古屋教育記者会同時配付)
1. 背景
2015年のパリ協定では、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑える努力を追求するという目標が合意されました。この気候目標を達成するシナリオでは、2050年頃までに世界全体でのCO2排出を正味ゼロとすることが必要とされています。2022年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第6次評価報告書(第三作業部会)では、CO2ゼロ排出を達成する複数の代表的なシナリオが提示されました。その主要なものとして、①バイオマスとCO2回収・貯留(CCS)の組み合わせによる負の排出、②エネルギー需要の大幅な削減、③再生可能エネルギーの拡大と需要側の電化、が挙げられます。ただし、いずれのシナリオにおいても、バイオ燃料の生産による食料安全保障との競合、CCS実施に必要なCO2貯留地の確保の問題、民生や運輸部門等のエネルギー需要部門における急激な転換の実現可能性など、多くの課題が指摘されてきました。このため、これらの対策に依存しない多様なCO2ゼロ排出シナリオの可能性の模索が、今後のシナリオ研究や脱炭素化に向けた政策検討における課題の一つであるといえます。
2. 研究手法・成果
本研究は、統合評価モデルと呼ばれるシミュレーションモデル「AIM/Technology(Asia-Pacific Integrated Model/Technology)」を用いて分析を実施しました。本モデルは、将来の人口、経済成長、技術の進展(効率・コスト等)を入力条件として、CO2排出量、エネルギー需給、エネルギー技術の導入量および費用を推計するモデルです。本研究では、直接空気回収や合成燃料製造を新たな技術オプションとして追加しました。
本研究では、新たなCO2ゼロ排出シナリオとして、バイオマスやCCSへの依存の低減、エネルギー需要部門の技術転換速度の制約をモデルの入力条件とし、CCU活用、具体的には合成燃料(いわゆるe-fuel)の利用を拡大するシナリオのシミュレーションを実施しました。その結果、以下のことが明らかになりました。
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炭素回収利用(CCU)が活用されるシナリオでは、再生可能エネルギー起源の水素とCO2の直接空気回収による合成燃料が用いられ、2050年までに世界のエネルギー需要の30%を満たし得ることが分かりました。その結果、他のCO2ゼロ排出シナリオでは必須とされてきた自動車や家庭などのエネルギー需要部門における急速な電化を伴わずとも、CO2ゼロ排出を達成し得ることが示されました。
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CCU活用シナリオでは、化石燃料・バイオマスやCCSへの依存は抑制されますが、合成燃料を製造するため、2050年までに必要となる再生可能エネルギー発電量は他のCO2ゼロ排出シナリオの1.5倍程度、直接空気回収量は年間10Gt-CO2以上となることが分かりました。
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CCU活用シナリオでは、CO2ゼロ排出達成に必要な追加費用は、他のCO2ゼロ排出シナリオの約2倍に増加する結果となりました。
これまで提示されたCO2ゼロ排出シナリオでは、バイオマスやCCS、エネルギー需要の急速な転換が必要とされていました。本研究では、これらの対策がうまく進まなかった場合や遅れた場合において、合成燃料等のCCU活用がCO2ゼロ排出の達成に寄与し得ることを明らかにしました。他方で、CCUシナリオは費用面での課題が非常に大きいという課題も明らかとなりました。これは、今後の技術進展や社会受容性の観点も踏まえつつ、電化等の対策も包括的に考慮した、脱炭素化に向けた戦略検討が必要であることを示唆しています。
3. 波及効果、今後の予定
本研究の成果は、新たなCO2ゼロ排出の可能性として、IPCCの次期報告書に向けた国際的な議論、各国や地域、企業等の脱炭素化計画、また、脱炭素化に向けた技術開発・普及方策に活用され得ると考えられます。ただし、このCCUシナリオは、現行のエネルギー需要システムや技術の急速な変更を社会がどの程度受け入れられるのかに大きく依存するため、今後は社会受容性の観点からの評価が重要になると考えられます。
4. 研究プロジェクトについて
本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構 環境研究総合推進費(JPMEERF20211001)、日本学術振興会科研費基盤研究(C)(JP23K04087)の支援を受けて実施されました。
<用語解説>
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DAC (Direct Air Capture):空気中のCO2を分離・回収する技術。
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CCU (Carbon Capture and Utilization):回収したCO2をエネルギー・化学品原料等に活用すること。ただし、乗用車での合成ガソリン消費など、エネルギーとして利用された場合、CO2は再度大気中に放出されることとなる。
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CCS (Carbon Capture and Sequestration):回収したCO2を地中等に隔離し長期間固定すること。
<研究者のコメント>
CO2ゼロ排出といえば、特に近年国内では低エネルギー需要シナリオ(いわゆるLEDシナリオ)が注目される機会が多いと感じています。しかし、コストをかけても遠距離旅行に行きたい・直火で調理がしたい、という人もそれなりにいるのではないでしょうか。このCCUシナリオも課題は多いですが、ライフスタイルを維持しつつ化石燃料からのCO2を出さない、という点でユニークな選択肢の一つになればと思います。(大城賢)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Alternative, but expensive, energy transition scenario featuring carbon capture and utilization can preserve existing energy demand technologies(炭素回収利用を用いた新たなエネルギー移行シナリオ:既存のエネルギー利用技術を維持できるが高コスト) 著 者:Ken Oshiro, Shinichiro Fujimori, Tomoko Hasegawa, Shinichiro Asayama, Hiroto Shiraki, Kiyoshi Takahashi 掲 載 誌:One Earth DOI:10.1016/j.oneear.2023.06.005
<研究に関するお問い合わせ先>
大城 賢(おおしろ けん)
京都大学大学院工学研究科都市環境工学専攻・助教
白木 裕斗(しらき ひろと)
名古屋大学大学院環境学研究科 都市環境学専攻・准教授
<報道に関するお問い合わせ先>
京都大学 渉外部広報課国際広報室
comms(末尾に@mail2.adm.kyoto-u.ac.jpをつけてください)
東海国立大学機構 名古屋大学広報課
nu_research(末尾に@t.mail.nagoya-u.ac.jpをつけてください)
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
<参考図表>
図:本研究で定量化したシナリオとIPCC第6次評価報告書に向けて提出されたシナリオ(黒/グレー)の比較。