気候変動下での数十年にわたる長期的な暑熱適応を考慮した熱中症搬送数の予測手法の開発
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
本研究の成果は、2023年6月16日付けでエルゼビア社から刊行される国際学術誌『Environmental Research』に掲載されました。
1. 研究の背景と目的
気候変動による気温上昇に伴い、既に様々な影響が自然や社会に生じています。その中でも、熱中症を深刻な課題の一つとして挙げることができます。今後、さらに気候変動が進行すれば、熱中症がますます深刻になることが懸念されます。その一方で、気候変動が進行する中、生理学的及び非生理学的な要因(行動変容、技術対策の導入、規制の導入など)により、数十年という長期にわたって人々の暑熱耐性が高まることも予想されます。その結果、同じ気温でも、現在に比べて将来では、熱中症リスクが低減されることが期待されます。このような効果を「長期的な暑熱適応」と呼びます。
将来の熱中症の搬送数や患者数を予測するための研究が、世界の様々な地域を対象に実施されてきました。しかし、従来の将来予測では、長期的な暑熱適応を考慮しない、あるいは恣意的な暑熱適応が考慮されるのみに留まっていました。そこで、当研究チームは、このような課題の解決を目指し、同じ暑さでも熱中症搬送率が地域的に異なることに着目して、長期的な暑熱適応を評価することが可能な熱中症搬送数の予測手法の開発に取り組みました。
2. 研究手法
暑さを示す気候指標(日最高気温や日最高WBGT注釈1)と熱中症搬送数あるいは搬送率の関係を指数関数で示すことができます(図1-①)。当研究チームの先行研究(Oka et al. 2023, Environ. res. commun.)において、暑さを示す気候指標として日最高WBGTを採用し、47都道府県ごとにこの指数関数を作成の上、熱中症搬送率が増加し始める日最高WBGT値(WBGT閾(しきい)値(ち))を算定しました。さらに、47都道府県ごとの暑さ(5月から9月の日最高WBGTの平均値)とWBGT閾値との関係を調べると、正の相関があることが明らかになりました(図1-②)。具体的には、暑い地域ほど、WBGT閾値が高くなる傾向があり、この相関は暑熱適応レベルの地域差を示すと考えられます。気候変動により地域の暑さが増す際に、この相関を用いて、WBGT閾値及びリスク関数を日最高WBGT側にシフトさせることで、長期的な暑熱適応を考慮しました(図1-③)。
この手法に基づき、7歳から17歳、18歳から64歳、65歳以上の3つの年齢層別に、47都道府県の将来の熱中症リスクを予測しました。予測期間は、基準期間(1981年から2000年)、21世紀半ば(2031年から2050年)、21世紀末(2081年から2100年)としました。また、将来の気候変動による地域の暑さの変化は、5つの気候モデル注釈2と3つの代表的濃度経路シナリオ注釈3を基に、設定しました。
3. 研究結果
熱中症搬送率
長期的な暑熱適応を考慮しない場合、熱中症搬送率(以下「搬送率」という。)は、基準期間と比べて、21世紀半ばに7歳から17歳で1.78倍、18歳から64歳で1.99倍、65歳以上で1.88倍に増加すると予測されました(図2)。一方、考慮した場合、それぞれ1.30倍、1.39倍、1.35倍に増加すると予測されました。
また、考慮しない場合、21世紀末には7歳から17歳で2.92倍、18歳から64歳で3.66倍、65歳以上で3.26倍に、考慮した場合、それぞれ1.57倍、1.77倍、1.69倍に増加すると予測されました(図2)。長期的な暑熱適応を考慮しても、気候変動の進行により、現在より搬送率が増加すると予測され、更なる熱中症対策の必要性が示唆されました。
熱中症搬送数
長期的な暑熱適応を考慮しない場合、熱中症搬送数(以下「搬送数」という。)は、基準期間と比べて21世紀半ばに7歳から17歳で0.96倍、18歳から64歳で1.41倍、65歳以上で4.36倍に変化すると予測されました(図3)。一方、考慮した場合、それぞれ0.70倍、0.97倍、3.09倍に変化すると予測されました。
21世紀末には、考慮しない場合、7歳から17歳で1.02倍、18歳から64歳で1.76倍、65歳以上で5.50倍に、考慮した場合、それぞれ0.55倍、0.82倍、2.74倍に変化すると予測されました。搬送率の場合と同様に、長期的な暑熱適応により搬送数の低減が予測されました。なお、7歳から17歳、18歳から64歳の搬送数は、長期的な暑熱適応を考慮した場合、気候変動下であっても、当該年齢層の人口減少により、基準期間より減少すると予想されました。一方、超高齢社会に伴う人口増加も相まって、65歳以上の搬送数は増加すると予測され、高齢者の熱中症対策の更なる必要性が示唆されました。
本研究では図1に記載の方法に基づき、長期的な暑熱適応を考慮しましたが、WBGT閾値及びリスク関数の日最高WBGT側へのシフトにはタイムラグがある、あるいは適応策の導入状況によってはさらに日最高WBGT側へシフトが進む可能性もあります。本研究での将来予測には、このような不確実性があることに留意が必要です。
4. 今後の展望
長期的な暑熱適応は、生理学的及び非生理学的な要因 によってもたらされますが、本研究ではそれぞれの要因がどの程度熱中症リスクの低減に貢献するかまでは、それらが科学的に明らかになっていないこともあり、考慮することができませんでした。今後は、個別の要因がもたらす効果、例えば、熱中症警戒アラートが熱中症リスクの低減にもたらす効果を明らかにし、その効果を考慮して熱中症リスクの将来予測等を実施する予定です。
5. 注釈
注釈1 WBGT:湿球黒球温度のこと。黒球温度、湿球温度、乾球温度の3つの指標から計算される。熱中症リスクを判断する数値として用いられる。
注釈2 気候モデル:将来の気候をシミュレーションするモデル。本研究ではACCESS-CM2, IPSL-CM6A-LR, MIROC6, MPI-ESM1-2-HR, MRI-ESM2-0の5つの気候モデルを採用した。
注釈3 代表的濃度経路シナリオ(RCP):人間活動に伴う温室効果ガス等の大気中の濃度が将来どう変化するかを想定したシナリオ。温室効果ガスの濃度変化には不確実性があるため、幾つかの濃度変化パターンが想定されている。代表的なものにRCP2.6、RCP4.5、RCP8.5があり、数字が大きいシナリオほど高い温室効果ガス濃度を想定している。
注釈4 共有社会経済経路シナリオ(SSP):将来の社会経済の発展の傾向を仮定したシナリオ。社会経済の多様な発展の可能性を気候変動に対する緩和と適応の困難度に基づきSSP1からSSP5の5つに区分される。本研究では、SSPが提供する将来人口を熱中症搬送数の計算に用いている。また、RCPと親和性のあるSSPの組み合わせを採用している(SSP1-RCP2.6、SSP2-RCP4.5、SSP5-RCP8.5)。
6. 研究助成
本研究は(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費課題1-2307(極端高温等が暑熱健康に及ぼす影響と適応策に関する研究)の支援を受けて実施されました。
7. 発表論文
【タイトル】
Prediction of climate change impacts on heatstroke cases in Japan's 47 prefectures with the effect of long-term heat adaptation (2023)
【著者】
Kazutaka Oka, Yasushi Honda, Vera Ling Hui Phung, Yasuaki Hijioka
【掲載誌】Environmental Research
【URL】https://doi.org/10.1016/j.envres.2023.116390(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1016/j.envres.2023.116390(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
気候変動適応センター気候変動適応戦略研究室
主幹研究員 岡 和孝
客員研究員 本田 靖
特別研究員 Phung Vera Ling Hui
気候変動適応センター
センター長 肱岡 靖明
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
気候変動適応戦略研究室 主幹研究員 岡 和孝
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)