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2018年12月21日

中国大気汚染悪化にも関わらず、日本の大気質が改善していた 〜気候的要因による2008年以降の越境汚染減少が原因〜

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

平成30年12月21日(金)
国立研究開発法人 国立環境研究所
 地球環境研究センター
  地球大気化学研究室
   室長   :谷本浩志
   研究員  :池田恒平
   特別研究員:岡本祥子
   客員研究員:秋元 肇
  気候モデリング・解析研究室
   特別研究員:廣田渚郎
 

   国立研究開発法人国立環境研究所の岡本祥子特別研究員、廣田渚郎特別研究員、谷本浩志室長らは、1990年代から急激な増加傾向が続いていた日本周辺の春季対流圏オゾン濃度が、2010年前後に続いたラニーニャ的気候パターンによって減少していたことを明らかにしました。気候パターンの変化が、中国からのオゾン前駆体排出量増加の効果を打ち消すほどの大きな影響力を持っていることが初めて示されたことで、大気汚染が問題となっている東アジアにおいても、今後の予測や対策を立てる上で、排出量変動だけでなく気候変動も考慮することが重要であることが明らかになりました。
   本研究の成果は、アメリカ地球物理学連合(AGU)の学術誌「Journal of Geophysical Research: Atmospheres」に2018年11月4日付で掲載されました。

ポイント
・近年の中国における急速な経済成長により、これまで悪化の一途をたどっていた日本の大気質が2008年以降改善していた
・その原因は、ラニーニャ的な気候が続いたことにより、アジア大陸から日本への越境汚染が減少したためである
・この越境汚染の減少効果がなければ、日本のオゾン濃度はもっと高かった可能性が高い
・今後、気候変動がアジアの越境汚染を増加させるのか、減少させるのか、注目する必要がある

1.背景

   対流圏オゾンは、二酸化炭素、メタンに次ぐ温室効果ガスであり、人間や植物への悪影響を持つ大気汚染物質であるため、地球環境にとって「悪いオゾン」と言われています(図1)。対流圏オゾンの供給源としては、成層圏からの流入と対流圏での光化学反応による生成がありますが、中国の風下に位置する日本では、中国での人間活動によるオゾン前駆体(オゾン生成の元となる物質)、特に窒素酸化物の排出量の変動がオゾン濃度を決める主な要因であると考えられてきました。
   急激な経済発展に伴い、1990年代から中国の窒素酸化物排出量は増加し続け、同時に中国国内のみならず日本国内でもオゾン濃度の急激な増加が観測されていました。しかしながら、2000年代後半には、中国の大気汚染悪化が進んでいるにもかかわらず、長野県白馬村八方尾根をはじめとする日本国内各地では、春季対流圏オゾン濃度の減少、すなわち大気質の改善が見られ、その原因はこれまでわかっていませんでした。本研究では、排出量の変動だけでなく、気候の変動に着目した解析を行うことで、この春季オゾン濃度減少の原因を解明しました。

成層圏オゾンと対流圏オゾンの違いを表した図
図1. 成層圏オゾンと対流圏オゾンの違い。

2.手法

   本研究では、主に長野県白馬村にある国設八方尾根酸性雨測定所(図3b星印)で観測されたオゾン濃度データを使用しました。この測定所は日本海に近く、日本でも数少ない高山域に設置された測定所であることから、大陸からの越境大気汚染観測に最適であるとして、これまで多くの研究に利用されてきました。また、米国海洋大気庁(NOAA)が提供しているモデルを使用して、空気塊がどのように輸送されてきたのかを時間を遡って計算しました。そして、空気塊の輸送の変化を引き起こすような日本周辺の気候の変化を検証するため、全球気候データセット、気象庁55年長期再解析(JRA-55)データの解析を行いました。

3.研究成果

   八方尾根の春季オゾン濃度(図2a黒線)は、1990年代から急激に増加し続けていましたが、中国の窒素酸化物排出量が増加し続けているにもかかわらず(図2b)、2008年以降大きく減少し、最近ではほぼ横ばいの状態が続いています。また、北緯37度以南にある一般環境大気測定局のオゾン濃度平均値(図3a)も、1980年代から増加し続けていましたが、2000年代後半をピークに増加が止まっており、八方尾根で観測されたようなオゾン濃度減少が日本の広い範囲で発生していたことがわかります。そこで、排出量の変化以外の別のオゾン濃度減少要因を探るため、八方尾根に到達した空気塊が世界で最も汚染が激しい地域のひとつである中国中東部内に滞留した時間を計算しました(図2c)。本研究では、この滞留時間を中国中東部からの輸送量の指標として用い、滞留時間が長いほど中国中東部の影響が大きいことを表しています。滞留時間は2008年前後に大きく変動していました。2004年から2007年にかけては滞留時間が長く、これは中国中東部から八方尾根への空気塊の輸送量が多かったことを示します。逆に、2008年以降は滞留時間が短く、何らかの原因で中国中東部からの輸送量が減少したことを示します。さらに、中国中東部だけでなく、日本周辺を1度グリッド毎に区切って滞留時間を計算し、2008年前後の空気塊輸送変化の空間的分布を調べました。図4aは、オゾン濃度が低かった期間(2008年から2013年)に比べて、オゾン濃度が高かった期間(2004年から2007年)の空気塊輸送経路がどのようなものだったかを表しています。オゾン濃度が高かった期間(2004年から2007年)には、中国中東部や韓国のようなオゾン前駆体排出量が多い地域の上空を通過した空気塊がより多く、極東や太平洋のような清浄な地域の上空を通過した空気塊がより少なく八方尾根に到達していたことがわかります。
   最後に、JRA-55データを使用して、このような空気塊の輸送変化がなぜ起こったのか解析を行いました。図4bは、2008年から2013年の春季の地表面気圧と風の偏差(平年からのずれ)を求めたものです。オゾン濃度が減少したこの期間には、日本の南側の太平洋上に負の気圧偏差(平年よりも気圧が低い状態)、日本の東側のアリューシャン列島付近に正の気圧偏差(平年よりも気圧が高い状態)があり、日本周辺の西風(大陸から日本へ向かう風)は弱められます。この結果は、中国からのオゾンやオゾン前駆体を多く含む汚染空気塊の輸送が減少し、清浄な太平洋側からの輸送が増加していたことを意味します。また、このような気圧配置は、東太平洋赤道域の海水面温が平年より高くなる現象で、周辺海域だけでなく世界各地の気候に様々な影響を与えることが知られているラニーニャ時の気圧配置とよく似ています。これらの結果は、2008年から2013年にかけてラニーニャ的気候が続いたことで、中国からのオゾンやオゾン前駆体を多く含む汚染空気塊の輸送が減少した結果、日本周辺のオゾン濃度が減少したことを示します。

(a)八方尾根の春季オゾン濃度の変動。(b)排出インベントリREASによる中国の窒素酸化物排出量と衛星観測による中国上空の対流圏窒素酸化物カラム濃度の変動。(c)八方尾根に輸送されてきた空気塊が中国中東部(北緯30-40度、東経110-123度)内に滞留していた時間の変動の図
図2. (a)八方尾根の春季オゾン濃度の変動。(b)排出インベントリ1REASによる中国の窒素酸化物排出量と衛星観測による中国上空の対流圏窒素酸化物カラム濃度2の変動。(c)八方尾根に輸送されてきた空気塊が中国中東部(北緯30-40度、東経110-123度)内に滞留していた時間の変動。


(a)北緯37度以南の一般大気環境測定局の平均春季オゾン濃度の変動と(b)本研究でデータを使用した一般大気環境測定局(赤丸)と八方尾根(星印)の場所を表した図
図3. (a)北緯37度以南の一般大気環境測定局の平均春季オゾン濃度の変動。(b)本研究でデータを使用した一般大気環境測定局(赤丸)と八方尾根(星印)の場所。


 2004年から2007年と2008年から2013年の日本周辺の1度グリッド毎の滞留時間の差と2008年から2013年のJRA-55データの地表面気圧と850hPaでの風の偏差の分布を表した図
図4. (a)2004年から2007年と2008年から2013年の日本周辺の1度グリッド毎の滞留時間の差。赤色は、2008年から2013年に比べ、2004年から2007年に滞留時間が長かったことを表し、青色は逆に2004年から2007年に滞留時間が短かったことを表す。星印は八方尾根の場所を表す。(b)2008年から2013年のJRA-55データの地表面気圧と850hPaでの風の偏差の分布。

4.まとめ

   本研究では、2000年代後半から2010年代前半にかけて続いたラニーニャ的な気候パターンによって、中国からのオゾンやオゾン前駆体の輸送が減少したことで、中国の窒素酸化物排出量が増加し続けているにもかかわらず、日本周辺の対流圏オゾン濃度が減少したことを明らかにしました。もしこのような気候パターンが発生していなければ、日本のオゾン濃度は、中国の窒素酸化物排出量増加とともに増加し続けていたと考えられます。本研究成果は、大気汚染が問題となっている東アジアにおいても、今後の予測や対策を立てる上で、排出量変動だけでなく気候変動も考慮することが重要であることを示唆しています。

5.研究助成

   本研究は、低炭素研究プログラムPJ1「マルチスケールGHG変動評価システム構築と緩和策評価に関する研究」、環境省及び(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費「アジア起源の短寿命気候汚染物質が北極域の環境・気候に及ぼす影響に関する研究」(2-1505、代表:谷本浩志)及び「ブラックカーボンおよびメタンの人為起源排出量推計の精緻化と削減感度に関する研究」(2-1803、代表:谷本浩志)の一環として実施されました。

6.発表論文

Okamoto, S., Tanimoto, H., Hirota, N., Ikeda, K., & Akimoto, H. (2018). Decadal shifts in wind patterns reduced continental outflow and suppressed ozone trend in the 2010s in the lower troposphere over Japan. Journal of Geophysical Research: Atmospheres, 123.
https://doi.org/10.1029/2018JD029266【外部サイトへリンクします】

7.問い合わせ先

国立研究開発法人国立環境研究所 地球環境研究センター
地球大気化学研究室
室長 谷本浩志
電話:029-850-2930
E-mail: tanimoto(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
特別研究員 岡本祥子
電話:029-850-2762
E-mail: okamoto.sachiko(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

8.用語解説

1排出インベントリ:どこからどれだけの大気汚染物質が排出されているかを示す目録のことである。
2対流圏窒素酸化物カラム濃度:地表から対流圏上端までの大気中の窒素酸化物の累積濃度を表す。推計には発生源ごとの活動量(エネルギー消費量や自動車走行距離など)が必要であり、公開までには時間がかかる排出インベントリとは異なり、新しいデータを入手することができる。