サーキュラーエコノミーを
脱炭素化につなげるための必須条件を解明
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、大学記者会同時配付)
2021年12月15日(水) 国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域 国際資源持続性研究室 研究員 小出 瑠 室長(PG総括) 南齋 規介 東京大学 大学院工学系研究科 准教授 村上 進亮 |
国立環境研究所(物質フロー革新研究プログラム)、東京大学大学院工学系研究科の研究者チームは、耐久消費財のレンタル、シェアリング等の10種類のサーキュラーエコノミー施策を通した温室効果ガス(GHG)の削減効果を100文献・1500シナリオの横断的な分析により定量化しました。この研究は、既存の学術研究を科学的な方法に沿って定量・定性分析する系統的文献レビューと呼ばれる手法により実施されました。分析の結果、シェアリング、リユース、サービス化は、適切に導入された場合には高いGHG削減効果が見込まれました。しかし、これらの3つの施策とレンタルは意図しない要因によりGHG排出量を増やしてしまう「バックファイア効果」のリスクが相対的に高いことが明らかとなりました。一方、プーリング(同時利用)、リファービッシュ(再整備)、アップグレード、修理は、そのリスクが小さく、中から高程度のGHG削減効果が見込まれることがわかりました。GHG排出量が増加する要因として、輸送の増大、使用頻度や製品寿命の変化、維持管理、エネルギー源と効率が挙げられ、サーキュラーエコノミー施策を気候変動対策に活用するには、これらの要因の制御が必須となることが結論づけられました。 本研究の成果は、2021年12月15日付でElsevierから刊行される環境分野の学術誌「Renewable & Sustainable Energy Reviews」に掲載されました。 |
1.サーキュラーエコノミーの主流化と脱炭素化への貢献可能性
近年、シェアリング、レンタル、サブスク等「モノの所有から利用へ」の移行が進んでいます。また、使用済み製品を整備して再利用するリファービッシュ、リマニュファクチャリング等、従来の3R(リデュース・リユース・リサイクル)の枠組みを超え、製品価値を社会で利用し続ける循環のあり方が模索されています。このように、「サーキュラーエコノミー」(循環経済)1という潮流において、新たなビジネスモデルが登場し、政策的な推進が図られようとしています。脱炭素化に向けた気候変動の緩和対策が急務である中、サーキュラーエコノミーには気候変動対策との相乗効果が期待されています。しかし、具体的にどのようなサーキュラーエコノミーの施策を導入することがどの程度の温室効果ガスの削減につながるのかに関しては、評価手法上の課題も含め、これまで個別事例の分析を除いては十分な検討が行われてきませんでした。
2.系統的文献レビューの手法
本研究は、既存研究を科学的な方法に沿って横断的に分析する系統的文献レビューと呼ばれる手法により実施されました。分析対象は、大型家電、小型家電、ICT機器、工具類、衣類、書籍、容器包装、自転車、自動車等の主要な耐久・半耐久消費財を網羅し、サービス化2、プーリング(同時利用)3、シェアリング4、レンタル、リース、リユース、リファービッシュ(再整備)・リマニュファクチャリング(再製造)5、アップグレード・モジュール化6、修理、耐久性の10種類のサーキュラーエコノミー施策を対象としました。これまでに査読付き論文等として世界中で出版された研究から、あらかじめ定めた文献抽出基準と検索語に基づき約100文献を抽出し7、そこからサーキュラーエコノミー施策による温室効果ガス削減効果を評価した約1500シナリオ8を収集しました。本研究では、これらのシナリオを定量的に分析(メタ分析)し、さらに個々の文献を定性的に分析することで、サーキュラーエコノミー施策がもたらす気候変動対策の効果に関する現時点までの学術的な知見を横断的に明らかにしました。
3.サーキュラーエコノミー施策を通じた温室効果ガス削減効果
分析の結果、サーキュラーエコノミーを通じた温室効果ガス削減効果には、施策ごとに大きな違いがみられることが明らかになりました。すべての製品を統合した分析結果(図1)によれば、リユース、プーリング、サービス化、アップグレード、シェアリングには中から高程度のGHG排出削減効果(本研究で算出した排出改善スコア9:0.8–1.0)が見込まれますが、リースや耐久性向上による効果は限定的(同0.1以下)といえます。さらに、いくつかの施策において、輸送の増加や使用パターンの変化等によりGHG排出削減効果の一部が打ち消される「リバウンド効果」や、排出削減分よりも増加分が大きいために結果的にGHG排出量が増大する「バックファイア効果」のリスクが大きいことが示唆されました。特に、レンタル、シェアリング、サービス化は、対象製品や状況次第ではバックファイア効果が生じるリスクが相対的に高い(排出増加シナリオの割合10:20–30%)ことが明らかになりました。
本研究により、サーキュラーエコノミー施策を脱炭素化につなげるためには、施策ごとの特性を踏まえた優先順位付けが重要であることが示唆されます。プーリング、アップグレード、リファービッシュ、リマニュファクチャリング、修理はバックファイア効果のリスクが小さく(同6%以下)、比較的確実なGHG削減効果(排出改善スコア:0.4–1.0)が期待されるため、実施可能な場合にはこれらの施策を優先して検討すべきです。一方、シェアリング、リユース、サービス化施策は、結果的にGHG排出が増加する「バックファイア効果」のリスクが相対的に高いため(排出増加シナリオの割合:10–20%)、これを制御することが導入の前提条件となります。しかし、これらの施策は適切に導入された場合には中から高程度のGHG削減効果が見込まれるため(排出改善スコア:0.7–1.0)、脱炭素化目標の達成には、これらの高リスク施策を適切な管理の上で導入していくことが望まれます。
こうした施策によるGHG削減効果やリスクはすべての製品種類や状況に当てはまるわけではなく、あくまで現時点までの学術研究の知見を横断的に分析した結果となります。本研究では、主な製品種類ごとの定量分析も行い、次のような示唆が得られました(図2)。今後、個別の製品に関するさらなるデータ収集および評価とともに、エビデンスに基づく政策形成が望まれます。
4.施策により温室効果ガス削減が結果的に増大する「バックファイア効果」
本研究では、施策により温室効果ガスが結果的に増大する「バックファイア効果」の要因を特定しました(図3)。もっとも多く報告されたのが輸送回数や距離の増加、使用回数の変化であり、これらはシェアリング、レンタル、サービス化、プーリング等の所有形態の変化を伴う施策において顕著な要因です。一方、製品代替(新たなサービスが従来型の新品買い切りの何割を代替するか)と製品寿命の変化(低寿命化)は多くの施策に共通する要因といえます。さらに、維持管理による環境負荷、エネルギー源とエネルギー効率、使用行動の変化もGHG排出量を増加する要因となることがわかりました。
サーキュラーエコノミー施策を脱炭素化につなげるためには、バックファイア効果を生じさせないため、これらの要因を適切に制御していく必要があります。例えば、脱炭素型の輸送手段を用いたレンタルサービス、地域でのシェアリング等の取り組みが有効である可能性が示唆されました。また、本研究では、複数のサーキュラーエコノミー施策の組み合わせ(例えば、リマニュファクチャリング品のリース利用、耐久性と修理可能性を向上した製品のレンタルやシェアリングサービス)を通じて、いくつかのバックファイア効果の要因を制御できる可能性も示唆され、脱炭素化と資源効率を高める製品利用へ向けた新たなビジネスモデルと政策の展開が望まれます。
5.今後の展望
気候変動対策(脱炭素化)とサーキュラーエコノミーは持続可能性に関する今後の2大潮流といえます。本研究ではプーリング、リファービッシュ、修理等のリスクの低いサーキュラーエコノミー施策を可能な限り導入し、GHG排出量が増加してしまう「バックファイア効果」を抑えるための適切な制御を行なった上で、シェアリング、リユース、サービス化等の高リスクの施策に優先順位をつけ、政策的に促進することの重要性が示唆されました。本研究では、サーキュラーエコミー施策による環境影響を評価する手法上の課題についてもレビューを行いましたが、実社会におけるサーキュラーエコノミー施策導入の社会実験や実証データの収集、これらに基づいたより精緻な評価の必要性が明らかになりました。今後、産学官連携等を通じ、エビデンスに基づく脱炭素型のサーキュラーエコノミーのあり方を特定・促進していくことが望まれます。
6.注釈
1 サーキュラーエコノミー(循環経済): 製造から廃棄までが一方通行となる「線形経済」に対し、製品価値の損失や廃棄物を最小化する経済のあり方。素材のリサイクルや再生エネルギーの活用に加え、製品の維持管理・再流通・再製造等を通し、より内側の製品循環を重視する考え方。詳細はエレン・マッカーサー財団の報告書を参照(https://ellenmacarthurfoundation.org/towards-the-circular-economy-vol-1-an-economic-and-business-rationale-for-an【外部サイトに接続します】)。
2 サービス化: 物理的な製品の販売に代わって消費者のニーズを満たすサービスを販売する。例えば、洗濯機に対するクリーニングサービス、書籍に対する電子書籍の配信サービス。
3 プーリング(同時利用): ある製品サービスを複数の利用者が同時に使用する。例えば、同じ目的地に向かう複数の利用者が1台の自動車に相乗りするライドシェアリングサービス。
4 シェアリング: 事業者ではなく消費者が所有する製品を他の消費者に一定期間貸し出す消費者間のシェアリング(C2Cシェアリング)。例えば、近所の消費者がスマートフォンアプリのプラットフォームを通して使っていない製品を貸し借りする。
5 リファービッシュ(再整備)・リマニュファクチャリング(再製造): 使用済み製品に含まれる素材を回収してリサイクルするのではなく、まだ使える部品や外装を再利用し、劣化がみられる部品等を交換し、点検・製造や品質管理を行なった上で製品を再販売する。特に、リマニュファクチャリングでは新品同様の品質が保証される。
6 アップグレード・モジュール化: 製品の外装や多くの部品をそのまま利用し、技術革新が早い一部の部品を交換することで機能を向上させる。特に、モジュール化では部品交換をしやすい設計を行う。
7 科学的な方法に基づく文献抽出: 系統的文献レビューのガイドラインに従い、あらかじめ定めた対象施策、評価手法、製品種類からなる検索語の組み合わせを用いて学術文献のデータベース(Web of ScienceおよびScopus)から重複を除く1100以上の文献を特定した。次に、あらかじめ定めた基準(対象製品、施策、指標、評価手法等)に沿って文献のタイトル、キーワード、要約に基づき約200文献を抽出し、さらに本文の内容に基づいて本研究の分析対象となる約100文献を抽出した。
8 サーキュラーエコノミー施策導入のシナリオ: 分析対象とした既存研究では、サーキュラーエコノミー施策が導入されていないベースケース(例えば、新品を買い切りで使用してそのまま廃棄)と比べて、施策が導入された場合(例えば、リファービッシュ品やレンタル品の利用)にどれだけGHG排出量が変化するかを評価している。本研究におけるシナリオとは、ベースケースに対する特定のサーキュラーエコノミー施策導入の組み合わせを指し、1つの文献において提示されている複数のシナリオを分析対象とした。
9 排出改善スコア: 本研究におけるすべての対象製品の横断的な分析で用いたGHG排出量の改善に関する相対的な指標。製品種ごとのGHG排出改善率の違いを考慮するため、製品種類ごとにGHG排出改善率の四分位範囲(約半分のシナリオが集まる散らばりの程度)を1としてリスケーリングを行なった。0はGHG排出量が施策導入前と変わらないことを示し、値が大きくなるほど施策による排出改善の度合いが相対的に大きいことを示す。
10 排出増加シナリオの割合: 本研究で分析した該当する製品や施策のシナリオ数のうち、施策の導入により結果的にGHGが増加するシナリオ(バックファイア効果が生じたシナリオ)の割合。
7.研究助成
本研究は、科研費JP21K12374,JP19H04325の支援を受けて実施されました。
8.発表論文
【タイトル】Prioritising low-risk and high-potential circular economy strategies for decarbonisation: A meta-analysis on consumer-oriented product-service systems
【著者】Ryu Koide, Shinsuke Murakami, Keisuke Nansai
【雑誌】Renewable and Sustainable Energy Reviews
【DOI】10.1016/j.rser.2021.111858
【URL】https://doi.org/10.1016/j.rser.2021.111858【外部サイトに接続します】
9.問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所
資源循環領域 国際資源持続性研究室
研究員 小出 瑠
【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
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029-850-2308
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
kouhou(末尾に@pr.t.u-tokyo.ac.jpをつけてください)
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