「いぶき」(GOSAT)と「いぶき2号」(GOSAT-2)の温室効果ガス濃度の整合性調査
— GOSATシリーズによる温室効果ガス濃度の長期間データ整備の取り組み —
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
この結果により、GOSATシリーズにより得られた温室効果ガス濃度データの併用など、さらなる利活用が期待されます。
本研究の成果は、2023年8月22日付で日本気象学会のオンライン学術誌『SOLA』に掲載されました。
1. 研究の背景と目的
環境省、国立研究開発法人国立環境研究所(以下「NIES」という。)、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構の3機関は共同でGOSATシリーズプロジェクトを推進しています。GOSATシリーズは、宇宙からの温室効果ガス観測を主目的とした一連の地球観測衛星で、2009年1月打ち上げの1号機(温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」、GOSAT)と2018年10月打ち上げの2号機(温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」、GOSAT-2)が現在運用中であり、3号機(温室効果ガス・水循環観測技術衛星、GOSAT-GW)が2024年度に打ち上げられる予定です。NIESは「衛星観測に関する事業」の一環として、GOSATシリーズで得られたデータの解析手法の開発・改良や解析結果の検証・品質評価などを実施しています。
GOSAT、GOSAT-2には、温室効果ガス観測センサとしてそれぞれTANSO-FTS、TANSO-FTS-2というセンサが搭載されています。これらのセンサで観測された短波長赤外スペクトル注釈1を解析することで、二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)などの気柱平均濃度注釈2を推定することができ、推定された濃度データはNIESから「レベル2プロダクト」として公開されています。推定された濃度データの検証・品質評価は、地上設置型フーリエ変換分光計による観測ネットワーク(TCCON)注釈3のデータを用いて衛星ごとに実施していますが、衛星間の濃度データの比較はこれまで実施していませんでした。GOSATシリーズとして長期間の濃度データを整備するにあたり、衛星間の濃度データの整合性を確認することは重要です。そこで本研究では、両衛星から得られたCO2, CH4濃度データを比較することで、衛星間のCO2, CH4濃度データに存在しうる系統的な差異が、時間・空間的にどの程度変動するかを調べることを目的としました。
2. 研究手法
NIESが開発した温室効果ガス濃度推定手法では、濃度推定の際の誤差要因となるエアロゾルなどの影響や装置特性の時間変化などを考慮することで推定精度の向上を図っています注釈4。しかしながら、解析に用いる情報と現実との間には少なからず差異があり、濃度データに誤差を与えます。これまでの検証活動の中で、重回帰分析(あるデータを他の2つ以上のデータによって説明するための関係式を作る分析法)を用いた経験的なバイアス補正手法の開発・検討が行われ、GOSATについてはバイアス補正済みのレベル2プロダクトも公開されています。GOSAT-2についてはバイアス補正済みのレベル2プロダクトは公開されていないため、本研究において重回帰分析を用いたバイアス補正を適用しました。
バイアス補正済みのCO2, CH4濃度データに対し、以下の比較を行いました。
(1)TCCONデータと各衛星データの比較
(2)GOSAT、GOSAT-2の観測地点・観測時刻がほぼ同一である同期観測データの比較
(3)GOSAT、GOSAT-2の緯度10度毎、経度10度毎にブロック分けした領域内のそれぞれの平均濃度の月別比較
各気体濃度の時間・空間不均質性が評価結果に与える影響を低減するため、(1)と(2)では以下のマッチアップ条件を満たすデータを比較対象として抜き出しました。
(1)に対するマッチアップ条件
・衛星データの視野中心位置がTCCONサイトを中心に緯度・経度0.2度以内に存在すること
・衛星データの視野内平均高度とTCCONサイトとの高度差が200m未満であること
・衛星観測時刻±30分間に有効なTCCONデータが存在すること
(2)に対するマッチアップ条件
・GOSATデータとGOSAT-2データの観測日が同一日であること
・互いに自身のデータの視野中心位置±0.2度の範囲に存在する最近隣の相手のデータであること
・互いのデータの視野内平均高度の高度差が200m未満であること
なお、解析に使用したデータの期間はGOSATが2009年4月から2022年11月、GOSAT-2が2019年3月から2022年11月、TCCONが2009年4月から2020年12月で、比較は使用するデータが存在する期間に対して行いました。
3. 研究結果と考察
まず、(1)TCCONデータと各衛星データの比較について示します。マッチアップ条件を満たす衛星データは全て陸域のデータでした。衛星の運用期間やセンサの運用パターンの違いから、20個以上のマッチアップデータが得られたTCCONサイトはGOSATで14サイト、GOSAT-2で13サイトでした。これらのTCCONサイトに対して計算したTCCONデータに対する衛星データの差の平均(以下、「バイアス」という。)・標準偏差(以下、「ばらつき」という。)によると、GOSAT、GOSAT-2共にばらつきの平均値はCO2で1.9ppm以下、CH4で10ppb以下でした。バイアスの地域依存性を確認するために各TCCONサイトで得られたバイアスの標準偏差を計算したところ、CO2で0.9ppm以下、CH4で5ppb以下であることがわかりました。
次に、(2)GOSAT、GOSAT-2の同期観測データの比較について示します(図1)。衛星の回帰日数注釈5の違い(GOSATは3日、GOSAT-2は6日)から同期観測が可能な地域は限定されましたが、マッチアップ条件を満たす衛星データは陸域のみならず海域にも存在しました。両衛星データは概ねよく一致し、GOSATデータに対するGOSAT-2データの差の標準偏差は陸域のデータに対しCO2で2.24ppm、CH4で11.7ppb、海域のデータに対しCO2で1.68ppm、CH4で9.6ppbであり、両衛星のTCCONデータに対するばらつきの平均値の二乗和平方根(複数の値をそれぞれ二乗してから合計し、平方根をとった値)よりは若干小さい値でした。ただし、海域のCH4はGOSAT-2の方が約10ppb低く、これはGOSATでは濃度データを求める際に地表面反射の扱いを陸海で変えていたり、バイアス補正における重回帰分析を陸海別に実施したりしているのに対して、GOSAT-2ではそのような陸海の区別をしていないという、陸海データの取り扱いの違いに起因していると考えられます。
最後に(3) GOSAT、GOSAT-2の緯度10度毎、経度10度毎にブロック分けした領域内のそれぞれの月別平均濃度を比較した結果を示します(図2)。領域内月別平均濃度は衛星ごとに計算しているため、同月同一領域内とはいえ、異なる観測位置や観測日時のデータから求めた平均濃度を比較している点に注意が必要です。各衛星の平均濃度の差は場所や季節に応じて変化し、その原因についてはまだ調査中ですが、一部はエアロゾルの影響を十分に考慮できていないためと考えられます。例えば、北アフリカではGOSAT-2の平均濃度がGOSATよりも高くなっていますが、気体濃度と同時に推定しているエアロゾルの量がGOSATに比べてGOSAT-2では少なかったことが原因として挙げられます。GOSAT、GOSAT-2それぞれで10個以上の衛星データから計算された領域内平均濃度の差の標準偏差はCO2で1.77ppm、CH4で11.7ppbであり、TCCONデータから評価されたバイアスの地域依存性よりも大きくなりました。衛星による観測は地球全体に渡るため、エアロゾルや地表面反射特性など濃度推定に影響を及ぼす物理量の分布も多種多様ですが、既存のTCCONサイトでは限られた範囲しかカバーできていません。つまり、衛星データの全球多様性の網羅やバイアスの地域依存性の適切な評価という点で、本研究で用いたTCCONサイトは不十分であることがわかります。地表面反射率が高い陸域や海域など、衛星の観測条件や地域的な網羅性を拡張できるような検証データを新たに取得することが重要です。
4. 今後の展望
本研究で得られたGOSATデータとGOSAT-2データの整合度に関する知見は、これらの衛星データを利用する際の留意点として重要です。今後もさらなる利便性向上のため、各衛星データの精度向上、及び、衛星データ間の整合性向上に向けた研究を進めます。また、本研究の結果はTCCONのネットワーク拡大に際し、参考の一助となることが期待されます。
5. 注釈
6. 研究助成
本研究において推定結果の検証に使用したTCCONデータの一部の観測地点の運用は環境省からの受託事業による支援によって行われました。パリのTCCONサイトは、ソルボンヌ大学、フランス国立科学研究センターCNRS、フランス国立宇宙研究センターCNES、イル=ド=フランス地球圏からの支援を受けて運用されています。
7. 発表論文
【タイトル】Quality Evaluation of the Column-Averaged Dry Air Mole Fractions of Carbon Dioxide and Methane Observed by GOSAT and GOSAT-2 【著者】Yukio Yoshida, Yu Someya, Hirofumi Ohyama, Isamu Morino, Tsuneo Matsunaga, Nicholas M. Deutscher, David W.T. Griffith, Frank Hase, Laura T. Iraci, Rigel Kivi, Justus Notholt, David F. Pollard, Yao Té, Voltaire A. Velazco, and Debra Wunch 【掲載誌】Scientific Online Letters on the Atmosphere 【URL】https://www.jstage.jst.go.jp/article/sola/19/0/19_2023-023/_article/-char/en(外部サイトに接続します) 【DOI】10.2151/sola.2023-023(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地球システム領域衛星観測研究室
主任研究員 吉田幸生
主任研究員 染谷有
主任研究員 大山博史
室長 森野勇
地球システム領域衛星観測センター
センター長 松永恒雄
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
衛星観測研究室 主任研究員 吉田幸生
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)