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2020年11月17日

温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)のプロキシ法によるメタン濃度推定の誤差補正
~10年間の観測データの解析~

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)

令和2年11月17日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
地球環境研究センター
衛星観測研究室
 特別研究員 押尾晴樹
 主任研究員 吉田幸生
 室長 松永恒雄
 

   国立環境研究所地球環境研究センターの研究チームは、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)の約10年分の観測データについて、プロキシ法を用いてメタン濃度の推定を行いました。本研究では10年分の推定結果の詳細な評価を世界で初めて実施しました。そして、新たな説明変数を用いた補正によって、プロキシ法のメタン濃度の主要な誤差要因となるメタン・二酸化炭素比の推定誤差とその時空間的な偏りを大きく低減できることを明らかにしました。この結果により、「いぶき」と後継機の「いぶき2号」による長期的かつ高精度なメタンのモニタリングが期待されます。
   本研究の成果は、令和2年9月25日付でMultidisciplinary Digital Publishing Instituteから刊行された地球惑星科学分野の学術誌「Remote Sensing」に掲載されました。
 

1.研究の背景

   メタンは二酸化炭素に次ぐ重要な温室効果ガスであり、その吸収・排出量を正確に把握することが求められています。温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)は、環境省、国立環境研究所及び宇宙航空研究開発機構が共同で開発した世界初の温室効果ガス観測専用の衛星で、2009年1月23日の打ち上げ以降現在もメタンや二酸化炭素の観測を続けています。衛星観測は、地上観測点が少ない地域も含めて全球にわたってデータを得ることができるため、吸収・排出量を推定するために非常に重要となっています。吸収・排出量の推定は、メタン濃度データの系統誤差の時空間的な偏りに大きく影響を受けます(※1)。そのため衛星観測には精度的に均質なデータを提供することが求められます。「いぶき」では、搭載された温室効果ガス観測センサの観測データからフルフィジクス法と呼ばれる方法でメタン濃度を推定して、プロダクトとして提供してきました(※2)。フルフィジクス法は推定対象気体に制限がないものの、晴天域の観測データのみを対象とします。一方今回用いたプロキシ法と呼ばれる方法は、メタンなど一部の気体のみを対象としますが、視野の一部に雲が混入したデータにも適用できます(※3)。ただし雲がメタン濃度の推定に及ぼす影響に注意して解析する必要があります。「いぶき」のプロキシ法の系統誤差を解析したこれまでの研究では、短期間の解析に限られたり、フルフィジクス法と同様に晴天域のデータに絞って解析が行われたりするなど、系統誤差の特徴は十分明らかになっていませんでした。
   そこで「いぶき」の約10年分の観測データについて、プロキシ法によるメタン濃度の系統誤差の主要因であるメタン・二酸化炭素比(※4)の推定値の系統誤差(以下、推定誤差という)の特徴を明らかにすること、そしてそれをもとにメタン・二酸化炭素比の推定誤差とその時空間的な偏りを補正することを目的として研究を行いました。

2.研究手法

   「いぶき」の約10年分(2009年4月~2018年12月)の観測データからプロキシ法を用いてメタン濃度を推定しました(※5)。本研究ではメタン・二酸化炭素比を地上観測の結果と比較することで検証を行いました(※6)。これまでの研究では、プロキシ法におけるメタン・二酸化炭素比に対する仮定(※3)がどのような条件で成り立つかは十分調べられてきませんでした。そこでその条件を明らかにするとともに、「いぶき」のメタン・二酸化炭素比の推定誤差の補正に有効な変数を見出すために、推定誤差と様々な説明変数(雲に関連する変数や地表面の状態に関連する変数など)の関係を分析しました。

3.研究結果と考察

   はじめに、推定誤差と巻雲シグナル(高い高度にできる雲からのシグナル。温室効果ガス観測センサのデータから得られます。)の関係、及び、推定誤差と雲被覆率(温室効果ガス観測センサの観測視野範囲を雲が覆う割合。「いぶき」に搭載された雲・エアロソルセンサにより得られます)の関係を調べました。その結果、推定誤差は巻雲シグナルの増加とともに1%程度(※7)、雲被覆率の増加とともに0.5%程度変化することが明らかになりました(図1の(1))。ある地域のメタン濃度の推定誤差が周辺の地域の推定誤差と0.5%異なるだけでも、その地域のメタンの吸収・排出量の推定に大きな誤差が生じると言われており、上記の1%や0.5%というのは無視できない誤差です。また、メタンの鉛直分布の特徴が異なる北半球と南半球でも推定誤差に大きな差がみられました。他にも同様に推定誤差と様々な変数の関係の分析結果を考慮し、地表面の反射率(※8)、大気の量(※9)、巻雲シグナル、大気下層と大気上層のメタン濃度の比の推定値(※10)を用いた推定誤差の補正式を作成しました。以前からフルフィジクス法の誤差の補正に用いられきた反射率や大気の量に加えて、巻雲シグナルと上下濃度比の推定値を新たに用いている点が特徴です。特に上下濃度比の推定値を取り入れることで、推定誤差の雲被覆率への依存性や、北半球と南半球の推定誤差の差が低減することが示されました(図1の(3))。

メタン・二酸化炭素比の推定誤差と巻雲シグナルの関係と推定誤差と雲被覆率の関係の図
図1. メタン・二酸化炭素比の推定誤差と巻雲シグナルの関係(上段)と推定誤差と雲被覆率の関係(下段)。(1)補正前、(2)2つの変数を用いて補正した結果、(3)3つの変数を用いて補正した結果。四角は推定誤差、縦線は観測スペクトルのノイズによるランダムな変動の範囲(標準偏差)を表す。時期や南北により特徴が異なるので色を分けている。

   補正後の結果を評価する前に、推定誤差やばらつきが小さい範囲と大きい範囲を分ける関数を設定することで、高品質な推定結果が得られる巻雲シグナルと雲被覆率の範囲を定めました(図2)。このような定量的な基準も今回新しく開発されたものです。この範囲内のデータについて補正結果と地上観測を比較することで補正手法の有効性を評価しました(※11)。補正前は大きな推定誤差や推定誤差の季節変動が見られましたが、補正後には推定誤差が平均的に小さく、その季節変動も小さくなることが確認されました(図3)。補正前後で、全ての地上観測地点を平均した推定誤差は0.43%から0.00%に、推定誤差の地上観測地点間のばらつきは0.20%から0.15%に、推定誤差の季節間のばらつきは0.18%から0.10%に減少しました(※12)。

巻雲シグナル、雲被覆率の推定誤差(「いぶき」と地上観測の差の平均)との関係、同様に「いぶき」と地上観測の差のばらつきとの関係の図
図2. 巻雲シグナル、雲被覆率の推定誤差(「いぶき」と地上観測の差の平均)との関係(左)、同様に「いぶき」と地上観測の差のばらつきとの関係(右)。補正後の結果を示している。巻雲シグナルや雲被覆率を一定間隔の区画に区切って、各区画の結果を色で表している。白線は基準値を表し、白線より下の範囲のデータを品質の良いデータとして採用した。
「いぶき」と地上観測の比較結果の図
図3. 「いぶき」と地上観測の比較結果。つくばと米国 オクラホマ州Lamontの地上観測点における結果を示している。赤が補正手法適用前、青が適用後の結果。横軸は時間を表しており、グラフ中の小さな丸が1回1回の観測、四角が月ごとの推定誤差を表す。

4.今後の展望

   大気中のメタン濃度は上昇し続けています。今回の補正後のデータは、近年のメタンの吸収・排出量の推定の不確実性を減らすことに貢献できると考えられます。さらに「いぶき」とその後継機の「いぶき2号」による継続的な高精度観測が期待されます。「いぶき2号」は2018年10月29日に打ち上げられ観測を続けており、フルフィジクス法によるメタン濃度に加えて、プロキシ法によるメタン濃度のプロダクトの一般提供を最近開始しました(※13)。「いぶき2号」はまだ観測期間が短いため、地上観測との比較だけでは、今回の研究のように詳細に品質を評価することは難しい面があります。今後地上観測との比較と合わせて補正済みの「いぶき」のデータとの比較を行うことで、「いぶき2号」でも高品質なデータを提供していきたいと考えています。

5.注釈

※1:系統誤差とは、データの値が真の値に比べて平均的にどれくらいずれているかを表します。例えば、ある地域のメタン濃度のデータに正(プラス)の系統誤差(つまりデータの値が真の値よりも大きい)があり、その系統誤差が周りの地域よりも大きいとします。そのようなデータを用いて吸収・排出量の推定を行うと、その地域の排出量が過大に見積もられる可能性があります。

※2:「いぶき」に搭載された温室効果ガス観測センサは地表面で反射した太陽光を観測しています。より具体的には、メタンが吸収する波長の光と吸収しない波長の光など細かく波長に分けて光の強さを観測しています。そのようなデータをスペクトルといいますが、「いぶき」では観測されたスペクトルからメタン濃度の推定を行います。なお「いぶき」が対象とするメタン濃度とは、地表面から大気上端部までの気柱中の平均濃度(気柱平均濃度)です。メタン濃度の推定には逆推定法と呼ばれる方法を用います。これはフォワードモデル(メタン濃度や大気・地表面のパラメータを入力して計算を行うことで観測スペクトルを再現する数値モデル)によるスペクトルと観測スペクトルの差が小さくなるようにフォワードモデル内のメタン濃度を調整していき、メタン濃度の推定値を得る方法です。フルフィジクス法とは、フォワードモデルにおいて雲やエアロゾル(気体中の微小な液体または固体の粒子)の影響を考慮してスペクトルを計算し逆推定を行う方法です。雲やエアロゾルの影響とは、例えば太陽からの光が地表面と雲やエアロゾルの間で反射を繰り返した後に衛星センサに届いたり、太陽からの光が雲やエアロゾルで反射され(地表面に到達せず)衛星センサに届いたりすることです。雲やエアロゾルの影響を正しく再現することは容易ではないため、「いぶき」の定常処理では、雲が存在せずエアロゾルが少ない場所を観測したデータを対象に推定処理を行っています。

※3:プロキシ法では、まず雲やエアロゾルがないと仮定してフォワードモデルの計算を行ってメタンと二酸化炭素の濃度を逆推定します(これらの濃度をXCH4,clr, XCO2,clrとします)。XCH4,clrとXCO2,clrに対する雲やエアロゾルの影響が同じで、さらに二酸化炭素の正しい濃度(これをXCO2,trueとします)が分かれば、以下の式により雲やエアロゾルの影響を除いたメタン濃度(XCH4)を推定できます。 XCH4 = XCH4,clr / XCO2,clr × XCO2,true もちろん二酸化炭素の正しい濃度は正確には分かりませんが、今回はXCO2,trueとして数値モデルによる二酸化炭素濃度を用いました。二酸化炭素濃度は、メタンに比べて時空間的変動が小さく、観測データに合わせて調整した数値モデルによってメタンよりも小さな不確実性で推定できます。プロキシ法は雲やエアロゾルを含むデータも扱うことができますが、XCH4,clrと XCO2,clrに含まれる雲やエアロゾルの影響が同じという仮定がどのような条件で成り立つかに注意する必要があります。この条件はこれまで十分に明らかになっていなかったので本研究で詳細に検討しました。

※4:※3内の式の XCH4,clr / XCO2,clr の部分のことです。本研究でこの部分に着目したのは、このメタン・二酸化炭素比がプロキシ法で推定したメタン濃度の主要な誤差要因と言われており、またこの比自体がメタンの吸収・排出源の推定に有効という研究結果もあるためです。メタン・二酸化炭素比は衛星観測から得られる値であり、この部分に着目することで、数値モデルに起因する誤差を考えずに衛星観測に起因する誤差を検討することができます。

※5:本研究におけるメタン濃度の推定処理にはGOSAT-2 研究用計算設備(RCF2)を使用しました。

※6:本研究の地上観測データとは、全球炭素カラム観測ネットワーク (Total Carbon Column Observing Network: TCCON)で取得されたデータです。このネットワークでは、世界中の複数の地点で、地上で太陽光を観測して二酸化炭素やメタンの気柱平均濃度を求めています。本研究では、Ny-Ålesund(ノルウェー領スヴァールバル諸島)、Sodankylä(フィンランド)、East Trout Lake(カナダ)、Bialystok(ポーランド)、Bremen、Karlsruhe、Garmisch(以上ドイツ)、Paris、Orléans(以上フランス)、Park Falls、Indianapolis、Four Corners、Lamont、Edwards Air Force Base、Jet Propulsion Laboratory、California Institute of Technology(以上米国)、陸別(北海道)、つくば、佐賀、Anmeyondo(韓国)、Hefei(中国)、Burgos(フィリピン)、Manaus(ブラジル)、Darwin、Wollongong(以上オーストラリア)、Lauder(ニュージーランド)の26地点のデータを使用しました。また本研究で用いたのは、一般に公開されているGGG2014バージョンのデータです(GGGとはTCCONで共通で用いられているデータ処理プログラムセットの総称で、その2014年版)。本研究では、「いぶき」の雲・エアロゾル未考慮のメタン・二酸化炭素比を地上観測のメタン・二酸化炭素比と比較しました。

※7:本研究では「いぶき」の推定誤差を、「いぶき」と地上観測の差の地上観測値に対する割合(百分率(%))の平均値で表しています。

※8:厳密には、メタンの観測波長帯の光に対する地表面の反射率と二酸化炭素の観測波長帯の光に対する地表面の反射率の差を用いました。地表面反射率はメタンや二酸化炭素の濃度とともに推定されます。

※9:太陽と観測点を結ぶ線と観測点と観測センサを結ぶ線が地球大気を通る距離の、大気の厚さに対する割合です。エアマスと呼ばれます。例えば太陽高度が下がるとエアマスは大きくなります。

※10:二酸化炭素やメタンの気柱平均濃度を推定する際には、大気をいくつかの層に分けて層ごとの濃度を求めてから、それらを足し合わせています。ここでは足し合わせる前のデータを使って大気下層と大気上層のメタン濃度の比を求めました。※3にあるようにこれは雲やエアロゾルの影響を考慮していませんので、実際の上下の比とは異なりますが、上下の比に関する情報や雲やエアロゾルの影響に関する情報など多くの情報を含んでいます。

※11:本研究では偶数年のデータを用いて補正式を作成し、それを奇数年のデータに適用した結果を地上観測と比較しました。そのため図3の横軸は奇数年となっています。また図3では、補正前の結果についても図2の基準を満たすデータを使用しています。

※12:地上観測地点間のばらつきとは、観測地点ごとに推定誤差を求めて、それらの標準偏差を計算したものです。同様に季節間のばらつきとは、季節ごと(3月~5月、6月~8月、9月~11月、12月~2月)に推定誤差を求めて、それらの標準偏差を計算したものです。

※13:「いぶき」のプロキシ法のデータはプロダクトとして一般公開はされていませんが、本研究のデータは問い合わせに応じて提供できるようにする予定です。

6.研究助成

本研究の一部は国立環境研究所「衛星観測に関する研究事業」の一環として行われました。

7.発表論文

【タイトル】
Bias correction of the ratio of total column CH4 to CO2 retrieved from GOSAT spectra
【著者】
Haruki Oshio, Yukio Yoshida, Tsuneo Matsunaga, Nicholas M. Deutscher, Manvendra Dubey, David W.T. Griffith, Frank Hase, Laura T. Iraci, Rigel Kivi, Cheng Liu, Isamu Morino, Justus Notholt, Young-Suk Oh, Hirofumi Ohyama, Christof Petri, David F. Pollard, Coleen Roehl, Kei Shiomi, Ralf Sussmann, Yao Té, Voltaire A. Velazco, Thorsten Warneke, and Debra Wunch
【雑誌】 Remote Sensing
【DOI】 10.3390/rs12193155
【URL】 https://www.mdpi.com/2072-4292/12/19/3155【外部サイトに接続します】

8.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球環境研究センター
衛星観測研究室 主任研究員 吉田幸生
yoshida.yukio(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2766

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308