ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2019年5月14日

共同発表機関のロゴ
気候安定化による飢餓リスク増加抑制のための費用を算定

(京都大学記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)

扱い:報道解禁 5月14日(火) 0:00(日本時間)
 

令和元年5月13日(月)
国立大学法人京都大学
 大学院工学研究科 都市環境工学専攻
  准教授    藤森 真一郎
立命館大学
 理工学部 環境都市工学科
  准教授    長谷川 知子
国立研究開発法人国立環境研究所
 社会環境システム研究センター
  室長     高橋 潔
国際応用システム分析研究所
  プログラムリーダー  Keywan Riahi
  副プログラムリーダー Volker Krey
 

ポイント

・ パリ協定で合意された今世紀中に地球の平均気温上昇を2℃以下に抑えるための温暖化対策は途上国において1億人以上の飢餓リスクを増大する可能性がある
・ 持続可能な開発目標(SDGs)の指標で取り上げられている目標の一つである飢餓リスク人口低減は、国際的な援助を温暖化対策と並行して進めることが必要
・ 飢餓リスク低減のために想定される援助規模は、適正な制度を活用することにより、再生可能エネルギー導入等を行った際のCO2排出削減費用よりも一桁小さい費用となる(GDP比0.18%)

   京都大学、立命館大学、国立環境研究所の参画する気候変動に関する研究グループが中心となり、将来の気候安定化目標と飢餓リスク低減を同時達成するための費用を明らかにし、その成果が、この度Nature Sustainability誌のArticleとして掲載されることになりました。
   全球平均気温の上昇を2℃以下に抑える、さらに1.5℃以下を追求するという気候安定化目標がパリ合意で掲げられ、人類社会の主要な目標の一つになっています。同時に、国連の持続可能な開発目標(SDGs)では飢餓撲滅も優先度の高い目標です。しかし、CO2排出量を減らす等の気候変動対策が意図せぬ形で食料価格上昇を招き飢餓リスクを増やしてしまう可能性が従来研究で指摘されてきました。本研究では、2℃以下に気候を安定化した場合で、2050年まで食料安全保障に対する配慮を欠いた気候変動対策を行った場合は1.6億人の飢餓リスク人口を増大させる可能性があることが確認されましたが、それに対してGDPの0.18%の費用でこの意図せぬ負の副次的影響を回避できる可能性を明らかにしました。これは今後の気候変動政策を検討する上で、土地利用や農業市場に対する配慮を合わせて行うことが必要であることを示唆しています。

1.背景

2015年に採択されたパリ協定は、産業革命前から今世紀末までの地球の平均気温の上昇を2℃より十分低く保つとともに、1.5℃以下に抑えるような努力をすることで合意しました。この気候変動の抑制に求められる温室効果ガス(GHG)排出の大幅な削減には、日本で馴染みのある風力や太陽光といった再生可能エネルギーの導入は必須ですが、エネルギーシステムだけでなく土地利用や農業に関連する活動も大きく変革が求められると言われています。例えば、バイオエネルギーが大量に必要になると、エネルギー用途の作物を大規模に植える必要があるということが提言されています。バイオエネルギーは有限な土地と水資源を利用するため、食料生産と競合し、食料価格上昇や飢餓リスク増大といった負の影響を及ぼすことがこれまでの研究で指摘されてきました。しかしながら、これらの負の影響をどのように抑制すればよいのかという解決策を示した研究はこれまでなく、負の側面をクローズアップし、温暖化対策自体を進められないものであるとの論調も見られました。本研究では、今世紀を対象に温室効果ガス排出削減策によってもたらされる食料安全保障への負の影響を回避するための具体策を提言し、途上国への必要な援助費用を算定しました。

2.手法

本研究では、欧州のHorizon2020プロジェクト(CDLINKS)に参画する、日本を含む世界の6つの研究機関のシミュレーションモデル(統合評価モデル)が提供する将来予測のデータを使用し、京都大学・立命館大学・国立環境研究所・株式会社E-konzalの産学連携研究チームが開発した飢餓リスク推計ツールを用いて解析を実施しました。日本からは京都大学・立命館大学・国立環境研究所の研究チームがAIM (Asia-Pacific Integrated Model:アジア太平洋統合評価モデル)と呼ばれるモデルを用いて参加しました。本モデル(AIM)は将来の人口とGDPを入力して、気候、エネルギー、経済システム、食料需給、土地利用、温室効果ガス排出量、温室効果ガス排出削減量などを出力(将来推計)するモデルです。モデル内では将来の世界全体の累積CO2排出量を所与とし、それを満たすための温室効果ガス排出削減を世界一律の炭素税を課すことで表します。炭素税は化石燃料の消費や森林伐採に対して罰金が科せられ、低炭素なエネルギー源の消費や植林などを経済合理的なメカニズムで促します。この炭素税は主として以下の3つの経路で食料安全保障に影響をもたらします。
   ① 農業由来の温室効果ガス排出削減のための費用により食料価格が上昇
   ② 農業由来の温室効果ガス排出への課税により食料価格が上昇
   ③ バイオエネルギーの需要が増加し、土地価格や食料価格が上昇
そして、将来分析には温室効果ガス排出削減の規模が異なる4シナリオ(図1参照)を検討しました。
さらに、温室効果ガス排出削減策によってもたらされる食料安全保障への負の影響を回避するための3つの具体策、①食料価格に対する補助金、②途上国に対する国際援助、③飢餓リスクに直面する人のみに対する援助、の費用算定を行いました。

3.結果

本研究では次のことが明らかになりました。

(1) 上の3つの具体策のうち中位の値となった、途上国への援助費用は世界全体のGDPあたり0.18%(約30兆円)に相当しました。これは温室効果ガス排出削減費用と比べると一桁小さいオーダーです。
(2) 将来推計の不確実性の要因の一つである異なるモデルによる結果の幅を示せたことも、本研究の新しい点です。2℃あるいは1.5℃目標の達成のために必要な炭素価格や費用が分かりましたが、その値はモデルによって大きく異なることがわかりました(図1a,b)。
(3) 上記の気候目標に準じた温室効果ガス排出削減策を実施する場合、排出削減策を取らないと仮定したベースラインと比べて、飢餓リスク人口は2050年で1.6憶人(1.2-2.8憶人:モデル不確実性)増加となりました(図1c)。また、食料消費量は年世界全体平均で5-10%程度の低下となりました。

結果の解釈の注意点と今後の展望

(1) 現状のODAの額と比較すると、ここで算定された数値はそれほど大きいものではありませんが、実際の費用の工面は政治的に簡単なものではなく、国際的な議論や協力が必要となります。
(2) 本研究では費用の概算の情報を提供しましたが、現実にここで想定した飢餓リスク対策を導入するにあたっては、現地の状況、市場や様々な政治制度などを考慮した対策が必要になるでしょう。
(3) 温室効果ガス排出削減策は、農業部門での悪影響を軽減するだけでなく、他の多くの部門での悪影響を同時に軽減します。そのため、本研究で評価対象とした食料安全保障の悪化のみを理由に温室効果ガス排出削減策の実施が否定されることはありません。 本研究の結果が示すのは、野心的な温室効果ガス排出削減策を取るべきではないということではなく、上記で述べた柔軟な政策の選択・実施による食料安全保障への負の副次的効果の回避の必要性です。
(4) 本研究ではすでに明らかにされた気候変化による影響は考慮されておらず、温室効果ガス排出削減に重点を置いて実施しました。気温や降水量の平均的な気候条件の変化だけでなく、例えば豪雨や熱波といった極端現象の頻度や規模の変化も引き起こした場合など、そういった極端現象を考慮に入れた分析は今後の研究課題として残っています。

謝辞

本研究は:(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費課題2-1702(パリ協定気候目標と持続可能開発目標の同時実現に向けた気候政策の統合分析)、科研費若手Bの支援を受けて実施されました。

問い合わせ先

京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻
大気熱環境工学分野 准教授 藤森真一郎
電話:075-383-3367
E-mail: sfujimori(末尾に@athehost.env.kyoto-u.ac.jpをつけてください)

世界のCO2排出量、削減に必要な炭素税、温暖化対策に伴う飢餓リスク人口、飢餓リスク人口増加を抑制するための費用について表した図
図1 a)世界のCO2排出量、b)削減に必要な炭素税、c)温暖化対策に伴う飢餓リスク人口。(Baseline: 温室効果ガス排出削減策を取らないシナリオ、NDC: パリ協定で各国が提出した2030年までの自主的な排出目標を満たし、その後同程度の排出削減努力を継続するシナリオ、2℃、1.5℃: 全球平均気温をそれぞれ2℃、1.5℃以下に抑制するシナリオ)。図中の幅は複数のモデルによる結果の幅を示します。d)は飢餓リスク人口増加を抑制するための費用で、1.5℃気候安定化時の2050年におけるモデル中位値をGDP比で表示(モデル中位値)。

関連新着情報

関連記事

関連研究者