インド・デリー周辺の冬小麦が都市排出を上回る二酸化炭素を吸収
~民間航空機観測(CONTRAIL)から明らかになった新たな炭素吸収~(お知らせ)
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、気象庁記者クラブ同時配付)
国立研究開発法人 国立環境研究所
地球環境研究センター
大気・海洋モニタリング推進室
特別研究員:梅澤 拓
室長:町田敏暢
気象庁気象研究所
海洋・地球化学研究部
第四研究室
室長:松枝秀和
主任研究官:澤 庸介
研究官:丹羽洋介
日本航空の航空機を利用した温室効果ガス観測プロジェクト(CONTRAILプロジェクト*1 )によってインド上空で観測された二酸化炭素濃度データを解析したところ、デリー周辺の大気中二酸化炭素濃度は特殊な季節変動をしており、冬季から初春にかけて非常に低い濃度となっていることがわかりました。 航空機で得られた濃度の鉛直分布から、この低濃度はインド北部で冬季に栽培される作物(主に冬小麦)によって大量の二酸化炭素が吸収されたことが原因であることがわかりました。この吸収量はこの時期にデリー周辺から排出される人為起源二酸化炭素の2倍ほどにもなると見積もられました。この事実は穀物による二酸化炭素の吸収が地球上の炭素循環を理解する上で無視できない量であることを示しています。 本研究の成果は、2016年11月19日に、米国地球物理学会発行のGeophysical Research Lettersに掲載されました。 |
1.背景
大気中の二酸化炭素濃度は現在でも年間約2ppm*2の割合で上昇を続けています。この増加は主に化石燃料の燃焼による人為的な放出が原因ですが、人為放出量の約半分は海洋と陸域生態系(の主に光合成活動)によって吸収されており、将来の排出量削減目標を作成するためには海洋や陸域生態系などの自然吸収を含めた二酸化炭素の循環(炭素循環)を理解することが不可欠です。陸上生態系の炭素吸収研究はこれまで主に森林を対象に知見が積み上げられて来ましたが、近年では農業生産による炭素吸収が無視できない量で存在すると言われるようになりました。
本研究ではこれまで大気中の二酸化炭素濃度の観測が不足しているインドにおいて民間航空機によって二酸化炭素濃度の鉛直分布を観測し、インド北部の穀物栽培によって大量の二酸化炭素が吸収されていることを見いだしたものです。
2.観測データ
国立環境研究所と気象庁気象研究所は、日本航空が運航する旅客機を利用した温室効果ガス観測プロジェクトCONTRAIL (Comprehensive Observation Network for Trace gases by Airliner)を2005年から展開しています。本研究では、旅客機に搭載された二酸化炭素濃度連続測定装置(CME)によって観測された世界各国の上空のデータのうち、インド北部のデリー空港上空の観測データを解析しました。デリー空港上空では、観測開始から2014年までに、計787回の離発着フライトで二酸化炭素濃度の鉛直分布データが取得されました。

3.研究成果
図2は日本の成田空港上空(上図)とインドのデリー空港上空(下図)で観測された二酸化炭素濃度鉛直分布の季節変化です。縦軸は高度を、横軸は月を表しており、年をまたがった季節変化がわかりやすいように2年分の変動を示しています。日本上空でもインド上空でも、二酸化炭素濃度は8月から9月にかけて陸上植物の光合成活動による吸収の影響を受けて非常に低い濃度を示し、さらに夏季は地表面が暖まりやすく大気の上下混合が盛んになるため、地表面から高度12km付近の上空までほぼ同時に濃度が下がっていることが確認できます。夏が終わると、人為的な排出に加えて、植物の呼吸活動が光合成の活動を上回るため、二酸化炭素濃度は地表面から上昇を始めます。この季節は夏ほど大気の混合が活発ではないので、二酸化炭素は地表面付近から蓄積していき、徐々に上空へと伝わっていく様子が日本上空のデータから明確にわかります(図2上図の赤矢印)。日本以外でも、北半球の多くの観測サイトでこれに類似した季節変化が観測されています。これに対してインド上空では、10月から12月にかけて濃度上昇が始まることは確認できますが、1月から3月までは地表面付近であっても非常に低い濃度が観測されています。北半球の他の観測サイトと同様に青い破線矢印のような二酸化炭素の濃度上昇を予想していましたが、これが起こっておらず、デリーの地表付近には1月から3月にかけて二酸化炭素を吸収するメカニズムが存在すると考えられます。

図3はデリー周辺の植生分布地図に、CONTRAILが12月に観測したデリーの上空高度1kmの空気の過去24時間の軌跡を重ねて描いたものです。高度1kmで観測された空気は、一部で赤い都市域の影響を受けつつも、ほとんどが水色や薄黄色で表される耕作地の影響を受けながら観測地点まで運ばれてきたことがわかります。これらの耕作地では主に米と小麦の二毛作が行われており、その中でも冬小麦は10月から12月までに種をまき、4月から5月にかけて収穫されています。

図4はデリー上空の二酸化炭素濃度の鉛直分布の例です。地表付近での濃度変化は、2012年1月15日のように地表面で二酸化炭素を吸収している場合(図4a)と、2011年12月16日のように地表面で放出している場合(図4b)とで違っています。このような二酸化炭素の鉛直分布を利用して、その日にデリー上空の大気混合層の中に蓄積(または除去)されていた二酸化炭素の量を計算することができます。

デリー上空の離着陸フライトで得られた多数の鉛直分布から見積もられた二酸化炭素蓄積量の12月から4月までの変動を示したものが図5です。12月には地表がほぼ二酸化炭素の放出源になっていますが、この放出は主に周辺都市部からの化石燃料の燃焼など人為起源のものであり、1年を通してこの規模の放出があるものと考えられます。1月になると蓄積量が負になる日が見られるようになり、このような観測例は2月から3月になるとさらに多くなることがわかります。この時期はまさに冬小麦の生育時期と一致しています。したがって、デリー周辺の冬小麦の栽培によって、図2で見られたように上空大気中の二酸化炭素濃度の特徴的な季節変動が作り出されていると考えられます。また、この時期には、図5の青の棒線で表される負の蓄積量の大きさは赤で表される正の蓄積量と同程度であることもわかります。負の蓄積量を観測した日でも人為的な二酸化炭素の放出はあったはずですから、この地域の陸上生態系が吸収した二酸化炭素の量は人為放出量の2倍近くに及ぶと推定することができます。

インド北部は世界でも重要な穀倉地帯ですが、これまでインドの農作物の栽培による二酸化炭素吸収量の研究は非常に限られていました。本研究は民間航空機観測というこれまでに例のない観測データから冬小麦等による二酸化炭素吸収を新たに見いだしたものであり、この結果によって南アジア域における炭素循環の理解が大きく進むものと期待できます。また、本研究は、航空機による二酸化炭素濃度の鉛直分布観測が地表面での放出・吸収量を推定する非常に強力な手段であることも示しています。CONTRAILは既存の地上観測ネットワークでカバーされていない広い地域を高頻度に観測しており、今後も民間航空機の活用をさらに推進することで炭素循環の解明に大きく貢献できると考えています。
4.研究資金
本研究は環境省の地球環境保全試験研究費及び環境研究総合推進費(2-1401)により実施したものです。
5.発表論文
Umezawa, T., Y. Niwa, Y. Sawa, T. Machida and H. Matsueda (2016), Winter crop CO2 uptake inferred from CONTRAIL measurements over Delhi, India, Geophys. Res. Lett. doi: 10.1002/2016GL070939.
6.研究に対する問い合わせ
国立環境研究所地球環境研究センター
特別研究員 梅澤 拓
電話:029-850-2525
Email:umezawa.taku(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
室長 町田敏暢
電話:029-850-2525
Email:tmachida(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
気象庁気象研究所企画室
広報担当
電話:029-853-8535
Email:ngmn11ts(末尾に@mri-jma.go.jpをつけてください)
*1、CONTRAILプロジェクト:日本航空が運航する旅客機に二酸化炭素濃度連続測定装置
(CME:Continuous CO2 measuring Equipment)と自動大気サンプリング装置(ASE:Automatic Air Sampling Equipment)を搭載して上空における温室効果ガスの分布や時間変動を高頻度・広範囲で観測するプロジェクト。完全自動化された連続測定装置を使った二酸化炭素濃度の観測は世界で唯一の取り組み。このプロジェクトは国立環境研究所、気象研究所、日本航空株式会社、株式会社ジャムコ、JAL財団が共同で実施している。
CONTRAILプロジェクトのホームページ(英語):
http://www.cger.nies.go.jp/contrail/
日本航空によるCONTRAILプロジェクトの紹介(日本語):
http://www.jal.com/ja/csr/environment/social/detail01.html
*2、ppm:濃度を表す単位で100万分の1の割合のこと。