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2025年6月19日

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21世紀後半までの極端降水量変化の
予測不確実性を大幅に低減
—画期的な予測不確実性低減手法を開発—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2025年6月19日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立大学法人東京大学大気海洋研究所
韓国科学技術院

 国立環境研究所、東京大学大気海洋研究所、韓国科学技術院の研究チーム(以下「当研究チーム」)は、21世紀後半までの年最大日降水量(年間で最も強い雨)の将来変化予測に関して、複数の気候モデル間のばらつき(不確実性)を低減する分析手法を開発しました。その結果、世界平均した年最大日降水量変化予測の分散(ばらつきの指標)を42%低減することができました。また、世界の約1/4の地域における年最大日降水量の分散を30%以上低減することができました。これにより、気候変動適応策に関わる政策決定者に、極端降水に関するより精度の高い情報を提供できるようになりました。また、本研究で開発した分析手法は、ほかの気候変数にも応用可能で、今後様々な不確実性低減研究で利用されることが期待されます。

 本研究の成果は、2025年6月19日付でシュプリンガーネイチャー社が発行するオンライン学術誌『Nature Communications』に掲載されます。

1. 研究の背景と目的

地球温暖化が進むことで、強い雨はより強くなり、水害が深刻化すると考えられています。そのような影響を抑えるための適応策を検討する際には、精度の高い気候変動予測が重要になります。しかしながら、極端降水の将来変化予測には気候モデル間で大きなばらつきがあり、政策決定の障害となっています。そこで、国立環境研究所、東京大学大気海洋研究所、韓国科学技術院の研究チームは、極端降水の予測不確実性を減らす新しい分析手法を開発し、これまでの研究よりも不確実性を大幅に低減することを目指しました。

2. 研究手法

当研究チームは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次報告書に貢献した気候モデル群(CMIP5)と第6次報告書に貢献した気候モデル群(CMIP6)のうち、56個の気候モデルによる1851-2100年の気候変動実験データを解析しました。ここでは、中程度の温室効果ガス濃度シナリオ(RCP4.5/SSP2-4.5)を分析した結果を紹介します。
図1aの縦軸は、将来の世界平均気温変化(△T, 1851-1900年と2051-2100年の差)を、横軸は1970-2022年の世界平均気温トレンドtrTを示します。△TはtrTと強い正相関(0.76)を持っていることがわかります。観測データと比較して複数の気候モデルがtrTを過大評価しています(気候モデルのtrTが観測データの範囲より右に外れています)が、そのようなモデルはtrTと相関する△Tも過大評価していると考えられます。trTの値が観測値から離れるほど△Tの信頼性が低くなると考えて統計的な方法で不確実性幅(青い箱ひげ図)を見積もると、元々の幅(黒い箱ひげ図)に比べて、主に上限値(97.5%値)を引き下げ、ばらつき(分散)を51%低減できました。このような将来予測と相関する観測可能な現在や過去の指標を見つけて、観測値と比較することで予測の不確実性幅を縮める手法をEmergent constraint(以下「EC」という。)と呼びます。現在・過去の指標が観測値を過大評価(過小評価)する気候モデルは、その指標と正相関を持つ将来変化に関しても過大評価(過小評価)すると考えられるため、そのような気候モデルの重み付けを小さくすることで、将来予測の不確実性を低減します。図1aのtrTによって△Tの不確実性を低減するECは、2020年ごろに開発されました参考1
当研究チームは、trTを使って△Tの不確実性を低減できるのなら、△Tに比例する変数の将来変化に関してもtrTを使って不確実性を低減できることに気づき、これまでに年平均降水量参考2、年最高日最高気温、年最大日降水量(Rx1day)参考3、気候変動による経済影響参考4などの予測不確実性の低減に成功してきました。これらは、△Tの不確実性低減が△Tに比例する変数の不確実性低減にどのように波及するかを調べていることに相当するため、ここでは「気温に関係するEC」と呼びます。図1bにRx1dayの「気温に関係するEC」の結果を示します参考3。Rx1dayの将来変化(△Rx1day)はtrTと有意な正相関(0.55)を持っており、主に上限を引き下げることで、分散を26%減らしています。
このように、これまで当研究チームは「気温に関係するEC」によって△Rx1dayの不確実性を減らしてきましたが、本研究では更に別の情報と組み合わせることで、より不確実性を低減する手法を開発しました。1℃温暖化当たりの△Rx1dayを「Rx1day感度」と呼ぶと、

△Rx1day = Rx1day感度 ✕ △T
と書くことができます。この式から、△Tだけでなく、Rx1day感度の不確実性も減らすことができれば、両者をかけ合わせた△Rx1dayの不確実性をより減らすことができると期待されます。そのため、当研究チームは、まずRx1day感度のECを開発し、△TのECと組み合わせることで、△Rx1dayの不確実性をこれまで以上に低減できるのかを調べました。

Rx1dayの「気温に関係するEC」の結果を示した図
図1 (a)縦軸は将来の世界平均気温変化(℃, 2051-2100年平均値と1851-1900年平均値の差)。横軸は1970-2022年の世界平均気温のトレンド(℃/10年)。バツとひし形はそれぞれCMIP5とCMIP6の気候モデル。破線は、線形回帰直線。横向きの青いバーは、観測データ(HadCRUT5)の不確実性と内部変動(気候の自然のゆらぎ)による不確実性を考慮した観測値の2.5-97.5%幅。縦向きの黒い箱ひげ図は、元々の平均値(50%値)および正規分布を仮定した17-83%幅と2.5-97.5%幅を示している。青い箱ひげ図は、観測値との一致度に基づく各モデルの信頼性評価を考慮した不確実性幅を示す。相関係数と分散減少率も示す。(b)図(a)と同じだが、縦軸は将来の世界平均Rx1day変化(mm/日)。(c)縦軸は世界平均Rx1dayの感度(mm/年/℃)で、横軸は1997-2019年平均した世界平均Rx1day (mm/日)を示す。横向きのオレンジ色のバーは、観測データ(GPCP, MSWEP2, GSWP3-W5E5)の不確実性と内部変動による不確実性を考慮した観測値の2.5-97.5%幅。縦向きの黒い箱ひげ図は元々の幅で、オレンジの箱ひげ図は観測値との一致度に基づく各モデルの信頼性評価を考慮した不確実性幅を示す。

3. 研究結果と考察

当研究チームは、Rx1day感度は現在のRx1dayの平均値と強い正相関(0.74)を持つことを発見しました(図1c)。つまり、現在のRx1dayが大きいモデルほど、1℃温暖化当たりのRx1dayの増加量は大きくなります。横軸は観測可能な量なので、観測値と比較することで、Rx1day感度の分散を36%減らすことができました。
元々の予測では、△Rx1day(mm/日)の平均値 [下限値(2.5%値), 上限値(97.5%値)]は、それぞれ5.49 [0.025, 10.9]です(図2)。「気温に関係するEC」では、5.15 [0.467, 9.83]と下限値より上限値の変化が大きく、分散は26%減りました。Rx1day感度の不確実性が減ることで、△Rx1dayの不確実性も減らすことができ(「感度に関係するEC」)、主に下限値が上がって不確実性幅は5.13 [1.36, 10.5]になり、分散は27%減りました。Rx1day感度のECと△TのECを統計的に「組み合わせたEC」では、上限、下限とも縮んで不確実性幅は5.02 [1.44, 9.84]になり、分散を42%低減できました。平均値はどのECでもほとんど変化しませんでした。

EC手法による世界平均Rx1day変化の不確実性幅の違いを示した図
図2 EC手法による世界平均Rx1day変化の不確実性幅の違い(mm/日, 2051-2100年平均値と1851-1900年平均値の差)。黒、青、オレンジ、紫色の箱ひげ図は、それぞれ元々の幅、気温に関係するECの幅、感度に関係するECの幅、組み合わせたECの幅。分散減少率を数値で示す。
元々のRx1day変化予測の(a)上限値(97.5%値)、(b)平均値(50%値)、(c)下限値(2.5%値)を示す図
図3 左端の図は元々のRx1day変化予測(mm/日, 2051-2100年平均値と1851-1900年平均値の差)の(a)上限値(97.5%値)、(b)平均値(50%値)、(c)下限値(2.5%値)を示す。(d-f)は気温に関係するECの上限値、平均値、下限値から元々の値を引いたもので、気温に関係するECの効果を示す(mm/日)。(g-i) 感度に関係するECの効果。(j-l)組み合わせたECの効果。

同様に世界の各地点におけるRx1day変化の不確実性を低減した結果が、図3です。「気温に関係するEC」は、太平洋やインド洋、中央アフリカなどで上限値を引き下げますが、平均値と下限値にはほとんど影響しません。一方、「感度に関するEC」は、広い地域で上限値、平均値、下限値ともに変化させます。例えば中国や東南アジアでは、下限値を引き上げ、平均値と上限値を引き下げます。「組み合わせたEC」では、平均値と下限値の変化は「感度に関するEC」とほぼ同じですが、上限値に関しては「感度に関するEC」の効果と「気温に関係するEC」の効果を足し合わせたようなパターンになっています。

(a)気温に関係するEC、(b)感度に関係するEC、(c)組み合わせたECの分散減少率(%)の図
図4 (a)気温に関係するEC、(b)感度に関係するEC、(c)組み合わせたECの分散減少率(%)。(d) 分散減少率が10-20%、20-30%、30-40%、40%以上になる地点が世界で占める面積の割合(%)。

図4a-cに各ECによる分散減少率のマップを示します。「気温に関係するEC」では、主に中緯度の海洋とその周辺で分散が20%以上減少しますが、熱帯域では東南アジアや中央アフリカなどを除いて10%以上は減少しません。一方、「感度に関係するEC」では、中緯度だけでなく熱帯域でも分散が30%以上減少する地点が多く見られます。「組み合わせたEC」では、両者の効果が重なることで、世界中の多くの地域で分散を減少することができます。
図4dは、分散減少率が10-20%、20-30%、30-40%、40%以上になる地点が世界で占める面積の割合を示します。「気温に関係するEC」では、分散減少率が10-20%と20-30%になる面積割合はそれぞれ29%と12%ですが、30%以上分散が減る地点はたったの2%です。一方、「組み合わせたEC」では、24%の地域で分散を30%以上減らすことができました。

4. 今後の展望

現在、「気温に関係するEC」が活発に研究されていますが、本研究では「感度に関係するEC」と組み合わせることで不確実性をより低減する手法を、世界で初めて提案しました。この手法の画期的な点は、ほかの気候変数の予測の不確実性低減にも応用可能なところです。どのような気候変数でも「1℃温暖化の感度に関するEC」を提案できれば、△TのECと組み合わせることで、不確実性をより低減できる可能性があります。本研究によって、極端降水の将来変化予測に関して、これまでよりも精度の良い情報を政策決定者に提供できるようになりました。今後は、様々な気候変数に対して開発したEC手法を適用することで、政策決定者と次期IPCC報告書に科学的な知見を提供していきたいと考えています。

5. 参考文献

1. Tokarska, K.B. et al. (2020) Past warming trend constrains future warming in CMIP6 models. Science Advances, 6, 12, eaaz9549. DOI:10.1126/sciadv.aaz9549
2. 21世紀後半までの降水量変化予測の不確実性を低減することに初めて成功しました
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20220222/20220222.html
3. 将来の様々な気候変化予測の不確実性を低減 -気候変動影響評価にとって重要な気候変数と極端現象の予測信頼性の向上へ-
https://www.nies.go.jp/kokkanken_view/deep/column-20240627-1.html#gsc.tab=0
4.気候変動による経済影響評価の不確実性を低減することに成功
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20221216/20221216.html

6. 研究助成

本研究は、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム」(JPMXD0722680395)、環境省・環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20242001)およびNational Research Foundation of Korea (NRF) grant (RS-2025-02312954 and RS-2021-NR055516) of the Korea Government (MSIT) の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】Combined emergent constraints on future extreme precipitation changes
【著者】
Hideo Shiogama, Michiya Hayashi, Nagio Hirota, Tomoo Ogura, Hyungjun Kim & Masahiro Watanabe

【掲載誌】Nature Communications
【URL】https://www.nature.com/articles/s41467-025-60385-1(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1038/s41467-025-60385-1(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。

国立環境研究所
地球システム領域 地球システムリスク解析研究室
 室長 塩竈秀夫
 主任研究員 林未知也
地球システム領域 気候モデリング・解析研究室
 室長 小倉知夫
主任研究員 廣田渚郎
東京大学
大気海洋研究所 気候システム研究系
 教授 渡部雅浩

Korea Advanced Institute of Science and Technology (韓国科学技術院)
Moon Soul Graduate School of Future Strategy
Department of Civil and Environmental Engineering
Graduate School of Green Growth and Sustainability
Graduate School of Data Science
 教授 Hyungjun Kim

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人 国立環境研究所 地球システム領域
地球システムリスク解析研究室 室長 塩竈秀夫

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

国立大学法人東京大学 大気海洋研究所
附属共同利用・共同研究推進センター 広報戦略室
kouhou(末尾に”@aori.u-tokyo.ac.jp”をつけてください)

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