ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2025年12月6日

国環研のロゴ
気候変動の抑制に向けて:将来の温暖化とこれから排出できる二酸化炭素量の予測信頼性を高める

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2025年12月6日(土)
国立研究開発法人国立環境研究所

 国立環境研究所の研究グループ(以下「当研究グループ」という)は、最先端の地球システムモデルによる長期予測を分析し、世界気平均の気温上昇を2℃あるいは1.5℃に抑えるために、これから排出できる二酸化炭素排出量の予測信頼性を高める研究を行いました。気候と炭素循環の間の相互作用を考慮することで、産業革命前からの気温上昇を2℃に抑えるために残された排出量は、約4600億トン(炭素換算)であると結論づけました。これは、モデル予測に基づく従来の推定値 (3520億トン)より大きな値になります。しかしながら、現在の全世界の人為起源二酸化炭素排出量が年110億トン程度であることを考えると、気温上昇を2℃に抑えるために残された二酸化炭素排出量は、非常に少ないことがわかります。これらの精緻化された数値は、政府、企業、そして地域社会に対し、排出削減目標の設定と効果的な気候変動対策の計画策定のための、より明確な指針となります。
 本研究の成果は、2025年12月6日1時(日本時間)付でCellから刊行される国際学術誌『One Earth』にオンライン掲載されました。

1. 研究の背景と目的

人間が排出する二酸化炭素によってどれだけの気温上昇が生じるかは、気候科学において非常に重要な問題の一つですが、その予測には不確実性があります。この不確実性は、政府、企業、そして地域社会が明確な排出削減目標を設定し、気候変動の影響に備える上で、大きな妨げとなっています。二酸化炭素排出がもたらす大気中二酸化炭素濃度と地表気温の変化は、陸、海洋、大気、生態系の間の複雑な相互作用によって形作られ、これらの相互作用は温暖化を増幅させることも緩和させることもあります。この不確実性を低減し、予測の精度を向上させることは、気温上昇を2℃に抑えるという国際目標の達成可能性について検討するために、必要不可欠です。

2. 研究手法

当研究グループは、気候モデルの予測と観測事実を組み合わせることで、予測精度を向上させる革新的なアプローチを開発しました。ここでは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)第5次および第6次評価報告書に貢献した、結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5およびCMIP6)に参加した20個の地球システムモデル(注1)の数値実験結果を用いて分析を行いました。

当研究グループは、1) 人間活動による二酸化炭素の排出が大気中の二酸化炭素濃度をどのように変えるか、2) 大気中の二酸化炭素濃度上昇に対してどのように気温上昇が生じるか、に関しての予測不確実性の低減を図りました。1) は、地球の炭素循環に依存するプロセスです。大気中に残る二酸化炭素量は、人間による二酸化炭素排出量と、森林・土壌・海洋に吸収される二酸化炭素量によって決まります。2)は、大気中の二酸化炭素濃度上昇に対して陸、海洋、大気がどのように応答するかによって決まります。

3. 研究結果と考察

当研究グループの今回の分析によって、多くの地球システムモデルが過去の二酸化炭素排出量に対する気温上昇を過大評価している可能性があることが明らかになりました。モデルによる推計結果と実際の観測データとの一致度を加味することで、将来の温暖化予測における不確実性を低減することができ、これにより温暖化を2℃に抑えるための「残余炭素予算」の予測精度を向上させました。ここで「残余炭素予算」とは、「温暖化をあるレベルに抑えるために残された排出可能な二酸化炭素の総量」を指します。これまでの研究から、地球の気温上昇は、人間活動によって排出された二酸化炭素量の総量に比例することが知られています。このため、気温上昇を一定のレベルに抑えるために人間が排出できる二酸化炭素の総量は自ずと決まります。「気温上昇を抑えるために排出できる二酸化炭素量」は限られており、私たちは限られた「予算」を計画的に使っていく必要がある、という意味で、「炭素予算」、あるいは「カーボンバジェット」と呼ばれます(参考1)。
気温上昇を2℃ 未満に抑えるための2020年時点での「残余炭素予算」の予測は、これまでの研究(観測との一致度を考慮しない)では、炭素換算で3520億トン(予測の幅は 20–7020 億トン:注2)と、大きな予測の幅=不確実性がありました。当研究グループの分析によって、地球システムモデルと観測との一致度を考慮することにより、2020年時点で残余炭素予算の推定値は 4590億トン(予測の幅は2510–6660億トン)と予測の幅が減り、予測精度を大きく向上させることができました(図1)。

図1:産業革命前からの気温上昇を2℃に抑えるために残された排出量
2℃目標達成のためには、人間活動によって排出できる二酸化炭素の総量が決まる。目標達成のために排出できる二酸化炭素の総量(残余炭素予算)を、左の図では砂時計に例えている。これまでの研究では、地球システムモデルによる予測には大きなばらつきがあり、2020年時点での残余炭素予算の予測は炭素換算で3520億トン(予測の幅は20–7020億トン、右図の黒の幅) であった。今回の研究で、観測との一致度を考慮することにより、 4590 億トン(予測の幅は 2510–6660 億トン、右図の緑の幅)のように、予測の幅を大きく減らし、予測精度を大幅に向上させることができた。

観測との一致度を考慮することにより、予測精度を向上させる方法を図2に示します。気候変動研究では、「予測の幅を減らす=予測不確実性を減らす」ことを目的とした分析が行われます(注3)。そのような分析では「過去の観測事実を再現するモデルは、より将来予測の信頼性が高い」と考えます。すなわち「過去の世界平均気温上昇トレンドを再現できるモデル(ピンクの幅の中に含まれるモデル)は、より将来予測の信頼性が高い」と考えるのです。この分析にもとづくと「緑色の幅(縦向きの棒)に含まれるモデルは、2℃までの残余炭素予算予測の信頼性が高い」となります。図2に示すように、過去の観測事実の情報を使わない場合の将来予測(黒色の幅)に比べて、過去の観測事実の情報を考慮した場合の将来予測(緑色の幅)の方が、予測の幅が小さくなりました。つまり、過去の観測の情報を使い、観測との一致度を考慮することによって「将来予測の幅を減らす=予測の不確実性を減らす)」ことに成功したのです。

図2. 全球気温変化と「2℃までの残余炭素予算」の予測幅を減らす方法
横軸は過去35年間(1980-2014年)世界平均気温上昇トレンド。縦軸は2020年時点での2℃までの残りの炭素予算(GtC) の予測。一つの点が一つのモデル結果を表し、色の違いは地球システムモデルの違いである。ピンク色の幅(横向きのバー)は、観測(HadCRUT5)によって得られた同時期の世界平均気温上昇トレンドを示す。黒色の幅(縦向きのバー)は、複数の地球システムモデルによる残余炭素予測の幅で、「観測との一致度を考慮しない予測幅」である。これに対して、観測(横軸、ピンクの幅)との一致度を考慮することにより、緑色の幅(縦向きのバー)を得ることができる。元の予測幅(黒の幅)と比べて、より精度の高い予測(緑色の幅)を得ることができた。Rは相関係数で、RRVは分散の減少率。

本研究の新しいところは、人間活動による二酸化炭素排出量に対する将来の温暖化予測に対して、予測精度の向上を行った点です。当研究グループが排出する二酸化炭素は、その全てが大気中に留まるわけではなく、その多くは森林、土壌、海洋に吸収されます。地球システムモデルは、人間活動によって排出される二酸化炭素が大気中に残る割合を、陸地と海洋での二酸化炭素吸収を求めることにより、予測することができます。多くの地球システムモデルは、過去の地球温暖化を観測データに示されるよりも急速に進め、陸地と海洋が吸収できる炭素量を過小評価していることがわかりました。当研究グループはこれらのプロセスを観測結果と比較することで、最も極端な温暖化予測のいくつかは起こりにくく、予測の幅が狭まることを示しました(図3)。これまでの研究では、地球システムモデルによる陸地と海洋での二酸化炭素吸収と気温変化の両方の予測精度を向上させることができていませんでした。この研究では、図2で示した方法を利用して、初めてこれらの予測精度を向上させることができました。

図3. 排出量による全球気温変化の予測
各モデルに、人間による二酸化炭素の総排出量 (10億トン, GtC:炭素に換算) に対してプロットした全球平均気温変化 (℃) 。青緑色の濃淡は観測との一致度を考慮した場合の予測幅で、黒色はその平均値。黒の破線は、1850~1899年の水準を基準とした2℃の気温上昇。

当研究グループの成果は、将来の温暖化と残余炭素予算の推定範囲を狭めることで、気候政策の科学的根拠を強化するものです。より信頼性の高い予測は、各国政府に排出削減目標設定のためのより明確な指針を与え、ネットゼロに向けた施策の信頼性を高め、地域社会が気候変動の影響に備えることに役立ちます。当研究グループが新たに開発した手法は、地球システムにおける他の要素にも適用することができ、次期IPCC報告書に向けた気候評価のための貴重なツールとなります。

今回の研究では、推計値が精緻化され、残余炭素予算がいくらか増加しましたが、現在の年間二酸化炭素排出量は約110億トン程度であり、年々増加しています。このままの排出量が続くと、気温上昇を2℃に抑えるための残余炭素予算を、わずか数十年で使い果たしてしまう計算になります。当研究グループの研究結果は、温室効果ガス排出削減の緊急的対応が不可欠であることを示しています。

4. 注釈

注1: 「地球システムモデル」:大気・海洋・陸域・生物圏の複雑な相互作用を統合的に再現するための高度なシミュレーションモデル。人間活動が地球環境に与える影響を理解し、過去の環境変化の復元や将来の気候変動の予測に不可欠なツールである。第5期および第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5およびCMIP6)において開発・使用された地球システムモデルは、IPCC第5次および第6次評価報告書において重要な役割を果たした。

注2:予測の幅は、ほとんどの地球システムモデルによる予測結果をカバーする範囲を示しています。具体的には、複数のモデルによって得られた予測のうち、下位5%から上位5%に相当する予測の幅を示しています。

注3:「将来予測の幅を減らす(将来予測不確実性を減らす)研究」:Emergent Constraint と呼ばれます。この方法で将来予測の幅を減らすためには、地球システムモデルによる過去の再現(横軸:観測可能な量)と将来の予測(縦軸:観測不可能な量)の間に、相関関係があることが重要となります。図2では、過去の世界平均気温上昇トレンドと、「2℃までの残余炭素予算の予測」に、有意な相関があることを示しています。また、図2では、過去の世界平均気温上昇トレンドにも不確実性(横軸:ピンクの幅)を考慮していますが、これは過去の気温に大きな自然変動があることや、気温の計測値にも誤差があることが原因です。

参考1:誰がどのように<炭素の負債>を返済すべきなのか?
https://www.nies.go.jp/social/navi/colum/bg14.html

5. 研究助成

本研究は、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム」(JPMXD0722681344)、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20242001)、JSPS科研費(JP24K20979)および国立環境研究所「気候変動適応研究プログラム」「脱炭素・持続社会研究プログラム」の支援を受けて行われました。

6. 発表論文

【タイトル】
Narrowed uncertainty in future global temperature and remaining carbon budget
【著者】
Melnikova I., Yokohata T. & Shiogama H.
【掲載誌】One Earth
【URL】https://doi.org/10.1016/j.oneear.2025.101526
【DOI】10.1016/j.oneear.2025.101526

7. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
 地球システム領域地球システムリスク解析研究室
  特別研究員 Irina Melnikova
  主幹研究員 横畠徳太
  室長    塩竈秀夫

8. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
地球システムリスク解析研究室 特別研究員 Irina Melnikova
地球システムリスク解析研究室 主幹研究員 横畠徳太

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

関連新着情報