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2023年12月11日

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カーボンニュートラル社会での材料供給は世界的に不足の可能性 〜資源効率性の向上が急務〜

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

2023年12月11日(月)
国立研究開発法人国立環境研究所
 

 国立環境研究所資源循環領域の渡卓磨研究員と英国ケンブリッジ大学の国際共同研究チームは、全世界における鉄鋼・セメント産業を対象に、カーボンニュートラル達成に向けた将来像を検討しました。その結果、気温上昇を1.5℃から2℃未満に抑制するためのCO2排出許容量内で供給可能な鉄鋼とセメントは、将来の世界的需要に対して不足する可能性が高いことが示されました。これは、私たちの社会基盤を支える材料が豊富で安価に手に入る時代の終わりを示唆するとともに、同じ量の材料でより多くのサービスを提供するための資源効率性向上の取り組みの必要性を強調するものです。必要な資源効率性のレベルは技術開発やインフラ整備の進展度合いによりますが、本研究は製造業で約40%、建設業で約60%の資源効率性向上を1.5℃目標と整合的なベンチマークとして世界で初めて提案しました。その実現に向けては、鉄鋼やセメントが安価に入手可能な材料ではなくなる可能性を社会全体で共有し、産業間連携や政策的支援、社会システムそのもののあり方を早急に議論することが必要です。
 本研究の成果は、2023年11月30日付で刊行される国際学術誌『Nature Communications』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

カーボンニュートラル社会の実現には、全CO2排出源の脱炭素化が必須です。特に社会基盤を支える鉄鋼とセメントは、その生産工程において世界的なCO2排出量のうち約15%相当を排出しており、早急な対策が望まれます。しかし、これら社会基盤材料の生産工程では、酸化鉄の還元や石灰石の脱炭酸といった化学反応によって大量のCO2が排出されるため、低炭素な燃料や電力を利用したとしても、相当量のCO2が排出されてしまいます。そのため、再生可能エネルギーや電気自動車等の既に商業規模で利用可能な脱炭素技術が存在する発電部門や運輸部門と比較して、鉄鋼・セメント部門の脱炭素化は困難であることが知られています。この課題に対して、国立環境研究所は鉄鋼・セメント部門のカーボンニュートラル達成方法を検討してきましたが、その対象は日本に限られていました注釈1,2。今回、国立環境研究所資源循環領域の渡卓磨研究員と英国ケンブリッジ大学の国際共同研究チーム(以下「当研究チーム」という)は、全世界における鉄鋼・セメント産業を対象としたシミュレーションモデルを構築し、世界的なカーボンニュートラル達成に向けた将来像を検討しました。これにより、社会基盤材料の脱炭素化に向けて必要な対策の方向性を提示することを目的としています。

2. 研究手法

まず当研究チームは、これまでに国際機関から発表された全ての報告書を調査し、鍵となる可能性の高い対策を整理しました。その結果、鉄鋼・セメント部門の脱炭素化は、主にCO2回収・利用・貯蔵(Carbon dioxide Capture, Utilization, and Storage, CCUS)注釈3とグリーン水素注釈4の利用に期待する一方、それらの利用は関連するインフラに依存すること、そしてそのインフラ整備の進展は不確実性が高いことがわかりました。例えば、CCUSの利用にはCO2輸送設備や貯蔵設備が必要ですが、これらの建設は計画通りに進んでいません。国際エネルギー機関による2010年の報告書では、2021年までに鉄鋼・セメント部門で約200 Mt-CO2のCCUSが想定されていましたが、実際の規模は1 Mt-CO2程度にとどまっています。
このような失敗の歴史を踏まえて、当研究チームは建設計画や報告書等の複数資料をもとに関連インフラ整備の不確実性を想定し、「炭素予算(カーボンバジェット)注釈5」内での鉄鋼・セメントの供給可能量を推定しました。すなわち、気温上昇を1.5℃〜2℃未満に抑制するためのCO2排出許容量内で、どの程度の鉄鋼・セメントを世界的に供給できるのかを推定したのです。
推定のためのコードとデータはGitHub(https://github.com/takumawatari/feasible-material-supply (外部サイトに接続します))で公開していますので、詳細はそちらをご覧ください。

3. 研究結果と考察

炭素予算内での基盤材料の供給は世界的に不足の可能性

推定の結果、炭素予算内での鉄鋼・セメントの供給可能量は世界的需要に対して不足する可能性が高いことが示されました(図1参照)。具体的には、1.5℃目標と整合的な炭素予算内での供給可能量は2050年の成り行き需要と比較して、鉄鋼で58%から65%(四分位範囲)、セメントで22%から56%(四分位範囲)のレベルに留まると推定されました。比較的低位な需要に対しても不足の傾向は同じであり、需要と供給は一致しません。なお、セメントの供給可能量は鉄鋼よりも不確実性の幅が大きく推定されていますが、これは使用済み製品からのリサイクルによって一定程度の鉄鋼供給が可能である一方、セメントはそれが困難であること、インフラ整備が不確実なCCUSへの依存度がセメントでより高いこと等を反映しています。
これらの結果は、社会基盤材料が豊富で安価に手に入る時代の終わりを示唆するとともに、CCUSやグリーン水素の利用のみに依存した脱炭素計画の危険性を強調するものです。鉄鋼・セメント部門の脱炭素化に向けては、関連インフラの整備を着実に進める一方、カーボンニュートラル社会と整合的な材料供給の世界的不足に社会全体で備える必要があります。

図1の画像
図1 気温上昇を1.5℃未満に抑制するための炭素予算内での鉄鋼・セメントの供給可能量(黒の実線は推定の中央値を、色付きの範囲は技術開発やインフラ整備に起因する不確実性を示す)

資源効率性を高めることで供給不足に対応可能

では具体的にどのような備えが必要なのでしょうか。当研究グループは、過去10年以上にわたって蓄積してきた研究成果を整理することで、同じ量の材料でより多くのサービス(移動や居住等)を提供することが可能であり、世界的な供給不足に対応できることを示しました。具体的には、建築物の過剰設計回避や、車体の小型化、モノの共有化や長期利用、製造ロス削減等の取り組みが鍵となります。すなわち、材料をより大切に、効率的に利用する資源効率性を高める取り組みが求められるのです。必要な資源効率性のレベルは技術開発やインフラ整備の進展度合いによりますが、当研究グループは推定結果の中央値を基に、製造業で約40%、建設業で約60%の資源効率性向上(すなわち40%〜60%少ない材料利用で同レベルのサービス提供)を1.5℃目標と整合的なベンチマークとして世界で初めて提案しました。

課題は総量の不足ではなく公平な分配

このような資源効率性を高める取り組みは、特に日本を含む高所得国に強く求められます。これは、高所得国では既に大量の社会基盤材料が製品やインフラとして社会に溜め込まれている一方、多くの低所得国では基本的ニーズを満たすために必要な量が依然として確保されていないためです。その具体的な規模を検証するため、当研究グループは全世界の基本的ニーズ(電気・水・衛生・シェルター・移動へのアクセス)を満たすための鉄鋼・セメントの必要量注釈6を、炭素予算内での供給可能量と比較しました。
その結果、供給可能量に対する必要量(共に2050年までの累積値)は、鉄鋼で15%程度、セメントで60%程度であることが確認されました(図2参照)。つまり、供給可能量の一部が「公平に分配」されれば、全世界の基本的ニーズを満たすことは可能であるということです。しかし、現在も高所得国では、自動車の大型化や短期的なモノの買い替え、別荘の所有等を通して高い水準の材料需要が維持されています。そのため、公平な分配を実現するためには、特に高所得国の資源効率性を高めることで、限られた資源の囲い込みや溜め込みを抑制する必要があります。

図2の画像
図2 炭素予算内での鉄鋼・セメントの供給可能量と基本的ニーズ充足のための必要量の比較(各データは2015年から2050年までの累積値)

4. 結果は何を示唆するのか

これら一連の結果は、関係主体にとって何を意味するのでしょうか。当研究グループは材料供給産業・材料需要産業・政府機関に対して以下の示唆をまとめました。

・材料供給産業:カーボンニュートラル材料の世界的な供給不足が予測される中で、生産工程の急速な脱炭素化が国際競争力の観点からますます重要になることが予想されます。これに伴い、安価な材料の大量生産から、高付加価値材料(高機能化や脱炭素化により高付加価値化された材料)の生産への移行の重要性が高まると考えられます。 ・材料需要産業:社会基盤材料が安価に入手可能ではなくなる可能性を認識し、資源効率性の向上に資するビジネスモデルへの転換(例えばモノの販売からサービス提供へ焦点を当てたサービス化)を進める必要があります。また、材料供給産業との長期調達契約やパートナーシップ締結等を通して、需要側から高付加価値材料の供給拡大へ明確なシグナルを発することも有効であると考えられます。 ・政府機関:CCUSやグリーン水素の利用に関連するインフラ整備を加速するとともに、資源効率性の向上を脱炭素計画の中心の一つに位置付けることが重要です。また、資源効率性の向上やカーボンニュートラル材料の供給拡大を支援するための政策調整(例えば省エネ基準に相当する資源効率性基準の設定や品質規格の改正)、公平な資源分配のための国際的枠組み、あるいは社会システムそのもののあり方を早急に議論する必要があります。

5. 注釈

注釈1:国立環境研究所「セメント・コンクリート部門のカーボンニュートラル達成方法を解明~供給側と需要側の一体的対策が必要~」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20220802-3/20220802-3.html
注釈2:国立環境研究所「カーボンニュートラル社会への移行は日本の鉄鋼生産・利用をどのように変えるのか」
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20230120/20230120.html
注釈3:工場等から排出されるCO2を回収し、地中に貯蔵する、あるいは他の用途に利用する技術 注釈4:再生可能エネルギー由来の電力で水を電気分解することで作られる水素 注釈5:現在の全CO2排出量に対する鉄鋼・セメント部門の寄与を基に世界全体の炭素予算を按分することで、鉄鋼・セメント部門の炭素予算を設定 注釈6:あくまで電気・水・衛生・シェルター・移動へアクセスするために最低限必要な量であることに留意

6. 研究助成

本研究は、科研費基盤研究(C)(21K12344)、科研費挑戦的研究(開拓)(22K18433)、環境研究総合推進費(JPMEERF20223001)、および英国工学・物理科学研究会議(EP/S019111/1)の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】Feasible supply of steel and cement within a carbon budget is likely to fall short of expected global demand 【著者】Takuma Watari, André Cabrera Serrenho, Lukas Gast, Jonathan Cullen, and Julian Allwood 【掲載誌】Nature Communications 【URL】https://www.nature.com/articles/s41467-023-43684-3(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1038/s41467-023-43684-3(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
資源循環領域 国際資源持続性研究室
 研究員 渡 卓磨

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 資源循環領域
国際資源持続性研究室 研究員 渡 卓磨

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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