
長期的な暑熱適応の効果を見込んでも
気候変動と超高齢社会により21世紀半ばに向けて熱中症死亡者数が増加する
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
その結果、熱中症死亡数は、暑熱適応を考慮したとしても、基準期間(1995年から2014年)と比べて21世紀半ば(2031年から2050年)に1.6倍に増加することを明らかにしました。気候変動や超高齢社会の進行により、熱中症死亡数は21世紀半ばに向けて増加すると予測され、さらなる熱中症対策の必要性が示唆されました。
本研究の成果は、2025年10月15日付けでエルゼビア社から刊行された国際学術誌『Environmental Research』に掲載されました。
1. 研究の背景と目的
気候変動による気温上昇に伴い、熱中症による健康影響がわが国で深刻となっています。夏期平均気温をみると、統計を開始した1898年以降、2023年と並び2024年においても1位タイを記録するとともに、熱中症死亡者数も過去最多の2,160人となりました。気候変動が今後も進行すれば、熱中症死亡者数のさらなる増加が懸念されます。
国は、熱中症による健康影響の軽減を目指して2023年に閣議決定された「熱中症対策実行計画」において、熱中症死亡者数を2030年までに現状注釈2から半減させる目標を掲げています。気候変動が進行し、また、超高齢社会を迎えているわが国において、将来の熱中症死亡者数を推定することは、今後追加的に必要となる熱中症対策を検討する上で重要となります。
気候変動が進行する中、生理学的および非生理学的な要因(行動変容、技術対策の導入、規制の導入など)により、今後、数十年という長期にわたって人々の暑熱適応が進むことも予想されます。その結果、同じ暑さでも、現在に比べて将来では熱中症リスクが低くなることも期待されます。このような効果を「長期的な暑熱適応」と呼びます。そこで、当研究チームは、気候変動および人口動態に加え、長期的な暑熱適応の効果も考慮した上で、熱中症死亡者数の将来予測に取り組みました。
2. 研究手法
本研究では以下の研究手法により、65歳未満および65歳以上の2つの世代を対象に熱中症死亡者数の将来予測に取り組みました。将来予測の方法について、日最高WBGT注釈3と熱中症死亡数の関係は指数関数で示すことができます(図1-①)。そこでまず、この指数関数を世代別に47都道府県ごとに作成の上、熱中症死亡率が増加し始める日最高WBGT(WBGT閾値)を算定しました。続いて、47都道府県ごとにその地域の暑さ(5月から9月の日最高WBGTの平均値)とWBGT閾値との関係を調べると、正の相関があることが明らかになりました(図1-②)。具体的には、暑い地域ほどWBGT閾値が高くなる傾向があり、この相関は暑熱適応レベルの地域差を示すと考えられます。気候変動により地域の暑さが増す際に、この相関を用いてWBGT閾値およびリスク関数を日最高WBGT側にシフトさせることで、暑熱適応を考慮しました(図1-③)注釈4。
上記手法に基づき暑熱適応を考慮の上、各予測期間における日々の日最高WBGTを入力することにより、47都道府県の将来の熱中症死亡率および死亡者数を世代別に予測しました。なお、予測期間は、基準期間(1995年から2014年)、21世紀半ば(2031年から2050年)、21世紀末(2081年から2100年)としました。入力する日最高WBGTは、3つの社会経済シナリオ(SSP)注釈5および代表的濃度経路シナリオ(RCP)注釈6の組み合わせと、5つの気候モデル注釈7をもとに設定しました。

3. 研究成果
熱中症死亡率
暑熱適応を考慮しない場合、熱中症死亡率(以下「死亡率」という。)は、いずれのSSP-RCPシナリオにおいても基準期間と比べて、21世紀半ばに65歳未満で1.8倍、65歳以上で1.7倍に増加すると予測されました(図2)。一方、考慮した場合、それぞれ1.3倍、1.2倍に増加すると予測されました注釈8。また、21世紀末には、暑熱適応を考慮しない場合、全SSP-RCPシナリオにおいて、65歳未満で1.8~6.9倍、65歳以上で1.7~5.8倍に、考慮した場合、それぞれ1.3~2.4倍、1.2~1.8倍に増加すると予測されました(図2)。
熱中症死亡者数
暑熱適応を考慮しない場合、熱中症死亡者数(以下「死亡者数」という。)注釈9は、いずれのSSP-RCPシナリオにおいても基準期間と比べて、21世紀半ばに65歳未満で1.3倍、65歳以上で2.5倍に増加すると予測されました(図3)。一方、考慮した場合、それぞれ0.97倍、1.8倍に変化すると予測されました。また、21世紀末には、暑熱適応を考慮しない場合、全SSP-RCPシナリオにおいて、65歳未満で0.91~3.7倍、65歳以上で1.8~6.6倍に、考慮した場合、それぞれ0.64~1.3倍、1.2~2.1倍に変化すると予測されました。
全世代の死亡者数でみると、暑熱適応を考慮しない場合、いずれのSSP-RCPシナリオにおいても基準期間と比べて21世紀半ばに2.2倍に、考慮した場合、1.6倍に増加すると予測されました。また、21世紀末には、暑熱適応を考慮しない場合、全SSP-RCPシナリオにおいて、1.5~5.8倍に、考慮した場合、1.1~1.9倍に増加すると予測されました。暑熱適応を考慮しても、現在よりも死亡者数の増加が予測され、さらなる熱中症対策の必要性が示唆されました。


4. 今後の展望
暑熱適応に寄与する生理学的および非生理学的な各要因が、熱中症死亡リスク低減にもたらす効果が十分に明らかになっていないこともあり、本研究では各要因の効果まで考慮出来ませんでした。今後は、各要因がもたらす効果、例えば、熱中症警戒アラートが熱中症死亡リスク低減にもたらす効果を明らかにし、その効果を考慮して熱中症死亡者数の将来予測に取り組む予定です。また、熱中症リスク低減を目指すべく、関連機関との連携のもと、熱中症対策の社会実装に向けた活動にも取り組む予定です。
5. 注釈
注釈1 生理学的および非生理学的な要因(行動変容、技術対策の導入、規制の導入など)により、今後、数十年という長期にわたって人々の暑熱に対する適応が高まる現象のこと。なお、本研究では、各要因が、熱中症死亡リスク低減にもたらす効果が十分に明らかになっていないこともあり、本研究ではそれらの効果まで考慮していないことに留意。
注釈2 「熱中症対策実行計画」では現状の死亡者数は1,295名(2022年までの5年移動平均死亡者数)と記載されている。
注釈3 WBGT:湿球黒球温度のこと。黒球温度、湿球温度、乾球温度の3つの指標から計算される。熱中症リスクを判断する数値として用いられる。
注釈4 図1-②の分析より、夏期平均日最高WBGTが1℃上昇すると、いずれの世代においてもWBGT閾値が0.5℃程度上昇することが分かった。本研究では、この関係にもとづき、今後の長期的な暑熱適応を考慮した。なお、将来の暑熱適応の進み具合によって、WBGT閾値の高温側へのシフトするタイミングが遅れたり、あるいはそのタイミングが早まったりするなどの不確実性も存在し、これに伴う熱中症死亡者数の予測にも不確実性があることに留意。
注釈5 社会経済シナリオ(SSP): 将来の社会経済の発展の傾向を仮定したシナリオ。社会経済の多様な発展の可能性を気候変動に対する緩和と適応の困難度に基づきSSP1からSSP5の5つに区分する。本研究では、SSPが提供する将来人口を熱中症死亡者数の計算に用いている。また、RCPと親和性のあるSSPの組み合わせを採用している(SSP1-RCP2.6、SSP2-RCP4.5、SSP5--RCP85)。
注釈6 代表的濃度経路シナリオ(RCP):人間活動に伴う温室効果ガス等の大気中の濃度が将来どう変化するかを想定したシナリオ。温室効果ガスの濃度変化には不確実性があるため、幾つかの濃度変化パターンが想定されている。代表的なものにRCP2.6、RCP4.5、RCP8.5があり、数字が大きいシナリオほど高い温室効果ガス濃度を想定している。
注釈7 気候モデル:将来の気候をシミュレーションするモデル。本研究ではACCESS-CM2, IPSL-CM6A-LR, MIROC6, MPI-ESM1-2-HR, MRI-ESM2-0の5つの気候モデルを採用した。
注釈8 65歳未満に比べて、65歳以上の方が暑さに脆弱であり、死亡率も高いものの、現状において65歳以上の死亡率が既に高いこと、また気温上昇に伴う死亡率の増加が65歳未満の方が大きい県が存在することも相まって、現状からの増加率でみると65歳以上の方が小さくなっている。
注釈9 死亡率に人口を掛けることで熱中症死亡数を算定。
6. 研究助成
本研究は(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費課題1-2307(極端高温等が暑熱健康に及ぼす影響と適応策に関する研究)およびS-24(気候変動適応の社会実装に向けた総合的研究)の支援を受けて実施されました。
7. 発表論文
【タイトル】
Future heatstroke mortality in Japan: Impacts of climate, demographic changes, and long-term heat adaptation (2025)
【著者】
Kazutaka Oka, Vera Ling Hui Phung, Jinyu He, Yasushi Honda, Masahiro Hashizume, Yasuaki Hijioka
【掲載誌】Environmental Research
【URL】https://doi.org/10.1016/j.envres.2025.123012(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1016/j.envres.2025.123012(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
室長 岡 和孝
特別研究員 HE Jinyu
研究協力者 本田 靖(筑波大学 体育系 名誉教授)
気候変動適応センター
センター長 肱岡 靖明
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
気候変動影響観測研究室 室長 岡 和孝
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)


