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2026年3月16日

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気候変動緩和策が将来の飢餓リスクに与える影響を包括的に評価
—化石燃料削減等による大気汚染軽減が作物収量を増加させる効果を考慮—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、大学記者会(東京大学)、文部科学記者会、科学記者会、京都大学記者会、草津市政記者クラブ同時配付)

2026年3月16日(月)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立大学法人東京大学
立命館大学
国立大学法人京都大学
株式会社イー・コンザル

 気候変動の緩和策には、将来の飢餓リスクを減少させる影響と増加させる影響の両方があります。従来、減少分としては、気候変動によって生じうる作物収量の低下を回避する効果が、増加分としては、バイオエネルギー作物や植林が土地利用の競合を通じて食料生産を抑制させる効果が、それぞれ取り上げられてきました。また、増加分が減少分を上回るため、緩和策によって飢餓リスクが正味で増加すると指摘されてきました。一方で、気候変動の緩和は大気汚染を軽減させ、結果として作物収量が増えることが期待されますが、このことによる飢餓リスクの「副次的な減少分」は十分に評価されてきませんでした。東京大学、立命館大学、京都大学、国立環境研究所、株式会社イー・コンザルらによる国際共同研究チームは、6つの世界農業経済モデルを用いて、緩和策に伴う大気汚染軽減効果を考慮し、2050年までの世界の飢餓リスクへの影響を推計しました。
 その結果、パリ協定の1.5℃目標の達成を目指して世界が緩和策を進めた場合、大気汚染を軽減することで作物収量が増える「副次的な減少分」によって、従来考えられていた2050年の世界の飢餓リスクの正味の増加を約15%(840万人)相殺させることが明らかになりました。
 この結果は、気候変動緩和がもたらす大気汚染軽減による副次的便益を示しており、食料供給への影響の評価における、気候・土地利用・大気汚染の変化を通じた複合的な影響をとらえる必要性を示しています。しかし、気候変動緩和策によるすべての影響を考慮してもなお、世界の飢餓リスクは増加することから、緩和策の設計においては食料供給への影響を十分に配慮する必要があると言えます。
 本研究の成果は、2026年3月16日付でSpringer Nature社から刊行される食料関連研究分野の学術誌『Nature Food』に掲載されました。

1. 研究の背景と目的

 気候変動は、作物収量の変化を通じて、食料システムの脆弱性を高めると懸念されています。長期的な食料供給を維持するには、温室効果ガス排出削減に向けた気候変動緩和策が不可欠ですが、その達成にはバイオエネルギー利用や大規模な植林が必要とされ、土地利用の競合を通じて食料価格の上昇を招くことにより、結果として飢餓リスクの増大につながる可能性が指摘されています1,2,3。一方で、化石燃料消費の削減や電化、省エネの推進などの緩和策は、メタン(CH4)、窒素酸化物(NOX)、揮発性有機化合物(VOCS)などの大気汚染物質の排出も同時に減少させます。これらは対流圏オゾンの前駆物質であり、対流圏オゾン濃度の上昇は作物収量の低下や経済損失、早期死亡の増加を引き起こすことが知られています。そのため、こうした汚染物質の排出削減に伴う対流圏オゾン濃度低下は、作物収量の増加を通じて食料生産の改善に寄与しうることが期待されています。しかし、これまでの統合評価モデルなどを用いた予測研究では、この対流圏オゾン濃度低下の効果が組み込まれておらず、世界の飢餓人口にどの程度影響するのかは、明らかではありませんでした。その結果、気候変動緩和策が食料供給に与える負の影響を過大に評価している可能性があります。
 そこで、東京大学、立命館大学、京都大学、国立環境研究所、株式会社イー・コンザルらによる国際共同研究チーム(以下「当研究チーム」という。)は、複数の世界農業経済モデルを用いて、気候変動緩和策に伴う対流圏オゾン濃度減少の効果を考慮して、2050年までの世界の農業市場、飢餓リスクへの影響を明らかにしました。本研究は、気候変動緩和策に関連する諸要因の複合的な作用が食料供給に与える影響を定量的に評価し、その知見を今後の気候変動対策の設計に生かすことを目的としています。

参考文献
1. Hasegawa, T. et al. Risk of increased food insecurity under stringent global climate change mitigation policy. Nat. Clim. Change 8, 699–703 (2018).
2. Fujimori, S. et al. A multi-model assessment of food security implications of climate change mitigation. Nat. Sustain. 2, 386–396 (2019).
3. Fujimori, S. et al. Land-based climate change mitigation measures can affect agricultural markets and food security. Nat. Food 3, 110–121 (2022).

2. 研究手法

 当研究チームは、京都大学、立命館大学、国立環境研究所などが開発した統合評価モデルAIM注釈1を含む6つの世界農業経済モデルを用いて、気候変動、気候変動緩和策、対流圏オゾン濃度低下が食料価格、食料供給および飢餓リスク人口に与える影響を比較・評価しました。
 まず、現状の気候で、気候変動もその緩和策もなしとしたベースラインシナリオ注釈2を設定しました。そして、それと比べる形で、気候変動のみが進行する場合、気候変動緩和策をとる場合、さらにその際に生じる対流圏オゾン濃度低下の効果を加味した場合など、複数の将来シナリオを設計しました。すべてのシナリオは、人口増加が中程度で、社会・経済・技術の動向が概ね過去の傾向に沿うSSP2(Shared Socioeconomic Pathway 2, 中庸的経路)に基づいています。
 次に、大気化学と物質輸送を扱う全球3次元モデル GEOS-Chem(Goddard Earth Observing System-Chemistry)注釈3に各シナリオにおける大気汚染物質の排出量を入力し、対流圏オゾン濃度の変化を予測しました。さらに、オゾン濃度と作物収量損失の関係式を用いて、オゾン濃度の変化に伴う作物収量の変化を推計しました。
 その後、作物モデル等による気候変動の影響と、オゾン濃度変化による作物収量の変化のデータを6つの農業経済モデルに入力し、各シナリオにおける食料価格や一人当たり食料供給量などの指標を推計しました。気候変動の影響は、国際的な農業モデル比較プロジェクト(AgMIP:Agricultural Model Intercomparison Project)注釈4に参加する作物モデルが作物収量の変化を推定した結果等を使用しました。
 最後に、これらの推計結果を用いて、京都大学・立命館大学・国立環境研究所らが開発した飢餓リスク推計ツールにより、2050年までの飢餓リスク人口を推計しました。この飢餓リスク人口に対して、気候変動、気候変動緩和策、対流圏オゾン濃度低下のそれぞれが及ぼす影響と、これら3要因の統合的な影響を定量的に評価しました。

3. 研究結果

主な結果を以下にまとめます(図 1, 2)。

図1 気候変動緩和策が飢餓リスク人口に与える影響(模式図)。

(1)本研究で用いた6つの世界農業経済モデルの中央値によると、ベースラインシナリオでは、利用可能な食料の増加により(図2b)、世界の飢餓リスク人口は2020年から2050年にかけて約3億9000万人減少し、2050年には約3億3000万人まで低下すると推計されました(図2a)。 (2)ベースラインシナリオと比べて、産業革命前比の気温上昇を今世紀末に1.5℃に抑えることを目標とする気候変動緩和策を実行するシナリオ(SSP2-2.6)では、炭素価格などの気候変動緩和策を実行しないシナリオ(SSP2-7.0)よりも生産コストや農産物価格が大きく上昇し(図2f)、その結果、利用可能な食料が減少しました(図2e)。この影響により、2050年の飢餓リスク人口は、ベースラインより約17%(5,600万人)(図2d:黄色バー+オレンジ色バー)増加すると推計されました。 (3)一方、同時に進む対流圏オゾン濃度の低下により作物収量が増加するため、気候緩和によって増加する飢餓リスク人口のうち、約15%(840万人)分が相殺されると推計されました。 (4)地域的にみると、対流圏オゾン濃度の低下による飢餓リスク低減効果の約56%が、現在最も飢餓が深刻な地域であるサブサハラアフリカおよびインドで生じることがわかりました。

 本研究では、気候変動、気候変動緩和策、対流圏オゾン濃度低下といった三つの要因を包括的に評価することで、気候変動緩和策に内在するトレードオフと副次的便益を、より正確に把握できることが示されました。また、従来の研究は、気候変動緩和策の負の影響をやや過大に評価していた可能性がある一方で、緩和策が飢餓リスク人口を高めうるという点では本研究と一致しています。将来の飢餓リスクの増加を抑えつつ気候変動対策を進めるには、排出量や炭素収支だけでなく、緩和策の設計段階から食料供給への影響を明示的に織り込む必要があることを示しています。

図2 ベースラインシナリオにおける世界の飢餓リスク人口(a)、世界平均食料供給量(b)、食料価格(c)および、2050年のベースライン推計値との差として表した、気候変動のみが進行する場合・気候変動緩和策をとる場合・その際に生じるオゾン低下の効果のそれぞれが、世界の飢餓リスク人口(d)、世界平均食料供給量(e)、食料価格(f)に与える影響。合計した効果は、これら3要因の効果を合算したものを示す。パネルa-cの帯の幅はモデル間の不確実性を表し、パネルd-fの棒グラフは6モデルの中央値を示す。マーカーは各モデルの結果を表す。

4. 今後の展望

 本研究は、気候変動とその緩和策に関連する諸要因を包括的に評価する必要性を明らかにしました。今後は、対流圏オゾン濃度の低下による作物収量の改善にとどまらず、大気浄化に伴う呼吸器系疾患の減少など、他の健康・経済面での便益も組み込んだ分析を進めることが重要です。

5. 注釈

注釈1 統合評価モデルAIM
経済と土地利用を統合的に扱い、気候変動緩和策が作物収量・土地利用・貿易・温室効果ガスの排出に与える影響を同時に評価することで、気候目標と食料安全保障のトレードオフや相乗効果を分析できるモデルである。

注釈2 ベースラインシナリオ
ベースラインシナリオは、将来に実現しうる政策選択肢を示すものではなく、比較の基準(参照条件)である。すなわち、2050年に向けた人口・経済・技術等の変化は織り込む一方で、気候変化および気候変動緩和策の影響を加えない。これは、(1)気候変動そのもの、(2)緩和策、(3)緩和策に伴う対流圏オゾン濃度低下の効果の影響をそれぞれ評価するためである。

注釈3 GEOS-Chem(Goddard Earth Observing System-Chemistry)
大気中のさまざまな気体やエアロゾルの輸送・反応を計算する全球3次元大気化学輸送モデルである。大気汚染物質や対流圏オゾン濃度の変化を予測する研究に広く用いられている。

注釈4 AgMIP(Agricultural Model Intercomparison Project)
農業分野の複数モデルを比較し、気候変動や政策が農業・食料安全保障に与える影響を評価する国際共同プロジェクト。

6. 研究助成

本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20241001及びJPMEERF20252002)の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】
Ozone pollution reduction partially offsets the negative impact of climate mitigation efforts on global hunger
【著者】
Shujuan Xia, Tomoko Hasegawa, Thanapat Jansakoo, Daniel Mason-D’Croz, Kazuaki Tsuchiya, Shinichiro Fujimori, Maksym Chepeliev, Marta Kozicka, Abhijeet Mishra, Willem-Jan van Zeist, Xin Zhao, Thijs de Lange, Thais Diniz Oliveira, Jonathan C. Doelman, Matthew Gibson, Petr Havlik, Mario Herrero, Ipsita Kumar, Yuki Ochi, Timothy B. Sulser, Marina Sundiang, Kiyoshi Takahashi, Jun’ya Takakura, Keith Wiebe
【掲載誌】
Nature Food
【URL】https://www.nature.com/articles/s43016-026-01322-3
    (外部サイトに接続します)
【DOI】10.1038/s43016-026-01322-3(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人国立環境研究所
社会システム領域 地球持続性統合評価研究室
 特別研究員 Shujuan Xia(夏 樹娟)(当時。現所属:東京大学大気海洋研究所 助教)
 主任研究員 土屋一彬
 主任研究員 高倉潤也
社会システム領域
 領域長 高橋潔

立命館大学
総合科学技術研究機構
 教授 長谷川知子

国立大学法人京都大学
大学院工学研究科
 教授 藤森真一郎

株式会社イー・コンザル
 主任研究員 越智雄輝

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
東京大学 大気海洋研究所
海洋生物資源部門 助教 夏樹娟

立命館大学
総合科学技術研究機構 教授 長谷川知子

京都大学大学院工学研究科 都市環境工学専攻
大気・熱環境工学分野 教授 藤森真一郎

国立環境研究所
社会システム領域 主任研究員 土屋一彬


【報道に関する問合せ】
国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に“@nies.go.jp”をつけてください)

東京大学大気海洋研究所
附属共同利用・共同研究推進センター 広報戦略室
E-mail:kouhou(末尾に“@aori.u-tokyo.ac.jp”をつけてください)

立命館大学 総合企画部広報課
E-mail:r-koho(末尾に“@st.ritsumei.ac.jp”をつけてください)

京都大学 総務部広報課国際広報室
E-mail:comms@(末尾に“@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp”をつけてください)

株式会社イー・コンザル
E-mail:info(末尾に“@e-konzal.co.jp”をつけてください)

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