ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2025年11月4日

国環研のロゴ
将来の日本では熱中症リスクの高い高齢人口が3千万人に
—全国の暑熱環境の高解像度予測に基づく分析—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学省記者会、科学記者会同時配付)

2025年11月4日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所

国立環境研究所と筑波大学の研究チームは、全国の詳細な暑熱環境の予測に基づき、将来の熱中症リスクと、エアコンを用いた対策の費用対便益を評価しました。その結果、熱中症の「リスク高齢人口」(高い暑熱下に存在する高齢人口)が、2060~2080年代には全国で3000万人以上(国内総人口の約3割)となり、多くの自治体で人口の4割以上を占めると予測されました。また、エアコンと電気代の支給でリスク高齢人口を支援する場合、年間約250億円の費用が必要となり、費用対便益は将来世代の健康にどの程度重きを置くかによって大きく異なりました。本研究で予測した熱中症リスクの分布を踏まえて、高齢者をはじめとする多くの方が暑さを避けられる環境を、将来に向けて戦略的に充実させていくことが重要と考えられます。
本研究の成果は、Elsevier社から刊行される国際学術誌『Environmental Research』に2025年10月5日付で掲載されました。

1. 研究の背景と目的

 日本は、世界平均を上回る速度の気温上昇(1.40℃/100年)と、世界最高クラスの高齢化の両方に直面しており、これらの要因が相まって国内の熱中症リスクが高まっています。近年の熱中症による死亡者数は年間1千~2千人に達し、その多くを高齢者が占めています。この数は、風水害等の自然災害による平均的な死亡者数(年間数百人)をも大きく上回ります。将来は、高齢者を中心に熱中症や健康被害のリスクがさらに高まることが、多くの研究で指摘されています。
熱中症による死亡の多くは屋内で発生し、また、高齢者の多くは移動能力が制限されるため、家庭用エアコン(以下、「エアコン」とする。)の適切な利用をはじめとする、居住空間における暑熱対策が重要です。一方、独居高齢者の増加や、高齢者の介護支援を担うケアワーカーの不足により、外部からのきめ細かい支援は困難な状況にあります。
 こうした背景から、暑熱環境と人口の予測に基づく熱中症リスクの詳細な分布と、必要な対策の規模を明らかにすることが、今後の日本の熱中症対策を検討する上で重要と考えられます。しかし、既往研究の多くは都道府県単位の分析に留まっていました。そこで、本研究では、将来の気候変動下における全国1km解像度の暑さ指数(WBGT)注釈1の予測に基づき、将来の熱中症リスクの分布を推計し、エアコンを用いた対策の費用対便益注釈2を評価しました。

2. 研究手法

全国の時間別WBGTの予測

 気候予測データの時間解像度は日別である場合が多く、時間ごとの暑熱環境の評価には課題がありました。そこで、本研究チームの先行研究の手法に基づき、過去の日別の気象データ(気温、湿度、風速、日射量)と、国内の延べ842地点で蓄積された時間別WBGTデータの関係を学習させ、日別の気象データから時間別のWBGTを推定するモデルを構築しました。約5,000万件の全データからランダムに選定した約4,000万件のデータを学習したモデルは、決定係数0.96、平均絶対誤差0.96°Cと、JIS規格における最高クラス(クラス1、±1℃以内)のWBGT測定機に相当する推定精度が確認されました。そこで、全データを学習したモデルを構築した上で、日本全域を対象に1km解像度で作成された気候予測データ(NIES2020)に適用して、全国の時間別WBGTを予測しました。

熱中症リスクの評価

 本研究では、65歳以上、かつ、高リスクWBGTに達するグリッドに存在する人口を「リスク高齢人口」と定義しました。リスク高齢人口は、上記手法で予測したWBGTデータと、人口予測データを統合して、1km解像度で推計しました。高リスクWBGTの判定には、①地域ごとの温暖期(5~9月)のWBGTから設定した閾値(Oka et al. 2023が提案)、②熱中症警戒アラートに用いられる33℃の2種類の基準を用いました。ここでは、地域ごとの暑熱馴化(じゅんか)注釈3を捉えられる①の結果に基づいて解説します。また、リスク高齢人口と高リスクWBGTの継続時間を乗じた値を「潜在的累積ばく露」として定義して、推計しました。リスク高齢人口は「人」単位の指標であるのに対し、潜在的累積ばく露は高リスクWBGTへのばく露時間まで考慮した「人・時」単位の指標で、地域ごとの熱中症リスクの違いをより正確に表現できると考えられます。

対策費用と費用対便益の推計

 これまでの熱中症関連死亡の多くは、エアコンが使用されていない(未設置を含む)室内で発生していること、また、高齢者は移動能力が制限されることを踏まえて、本研究ではエアコンを用いる対策の費用と費用対便益を推計しました。具体的には、①エアコン非保有世帯のリスク高齢人口にはエアコンの設置とエアコンによる冷房の電気代補助を、②エアコン保有世帯のリスク高齢人口には電気代補助のみを、それぞれ行うこととして費用を集計しました。割引率注釈4は、日本の公共事業で一般的に用いられる4%としました(基準年:2025年)。
 また、費用対便益の推計にあたっては、将来の高齢人口から想定される熱中症による死亡と、救急搬送に伴う経済損失をもとに便益を見積もり、費用と比較しました。便益を見積もる際に用いる割引率は、費用と同じ4%の場合と、倫理的な観点から将来世代の健康の価値をより高く見積もる0.1%とする場合の2通りで設定しました。

3. 研究結果と考察

国の時間別WBGTの予測

 予測した時間別WBGTから、2060~2080年代の8月における全国平均の時間別WBGTを示します(図1)。将来は、いずれの排出シナリオ注釈5でも過去(1980~2014年)よりWBGTが増加し、排出シナリオ間での顕著な差が見られました。

2060~2080年代の8月における全国平均の時間別WBGTの図
図1 2060~2080年代の8月における全国平均の時間別WBGT
(4つの排出シナリオ(SSP1-1.9/SSP1-2.6/SSP2-4.5/SSP5-8.5)に基づく予測値と、過去(1980-2014年平均)の値を示す。点は5つの気候モデルの平均値、エラーバーは5つの気候モデルによる予測の幅を表す。)

 次に、2060~2080年代の8月におけるWBGTの全国分布を示します(図2)。全体としては東京・名古屋・大阪・福岡といった大都市周辺や、南の地域でWBGTが高い傾向があるとともに、都道府県や市区町村の内部でも、標高や都市化といった要因による顕著な差があることがわかりました。

2060~2080年代の8月におけるWBGTの全国分布図
図2 2060~2080年代の8月におけるWBGTの全国分布
(月内90パーセンタイル値;月の上位3日に相当。2つの排出シナリオ(SSP1-1.9/SSP5-8.5)と
2つの時間帯(0時/12時)における、5つの気候モデルの平均値を示す。)

熱中症リスク

 2060~2080年代のリスク高齢人口と潜在的累積ばく露について、以下の予測結果が得られました。
・大都市圏を中心に、北海道を含めた全国のリスク高齢人口は3,000万人(SSP1-1.9:温室効果ガス排出を大幅に抑制するシナリオ)~3,230万人(SSP5-8.5:温室効果ガス排出を抑制しないシナリオ)でした(図3上段)。また、いずれのシナリオでも、リスク高齢人口は国内総人口の約34%に達し、北海道を含む全国の多くの市区町村で総人口の40%を超えました(図3下段)。 ・潜在的累積ばく露は、48億人・時(SSP1-1.9)~100億人・時(SSP5-8.5)でした。
 いずれのシナリオでも、リスク高齢人口が3,000万人に達し、全国の多くの市区町村で総人口の4割以上を占めることから、全国規模での熱中症対策の必要性が示唆されます。また、潜在的累積ばく露はシナリオによって約2倍の差があることから、気候変動の進行によって厳しい暑熱環境へのばく露時間は長くなると考えられます。

2060~2080年代のリスク高齢人口(AREP)の全国分布(上段、1km単位)と総人口に占める割合図
図3 2060~2080年代のリスク高齢人口(AREP)の全国分布(上段、1km単位)と総人口に占める割合(下段、市区町村単位)
(2つの排出シナリオ(SSP1-1.9/SSP5-8.5)における5つの気候モデルの平均値を示す。)

対策費用と費用対便益

 2060~2080年代の対策費用とその費用対便益について、以下の予測結果が得られました(図4)。
・対策費用は、246~266億円/年と推計されました。 ・全国に存在するクーリングシェルター約7,000件(2025年2月時点、著者らがデータを確認できたもののみ)に、同じ市区町村のリスク高齢人口が避難できると仮定した場合、対策費用は242~261億円/年となり、上記の対策費用より1~2%低くなりました。 ・費用対便益は、便益の割引率を費用と同じ4%にした場合は0.4を下回り、便益の割引率を0.1%にした場合は2.4程度となりました。

図4 2060~2080年代における対策の費用と便益
(4つの排出シナリオ(SSP1-1.9/SSP1-2.6/SSP2-4.5/SSP5-8.5)における5つの気候モデルの平均値を示す。)

 上記より、エアコンを用いた対策(リスク高齢人口世帯へのエアコンの設置、電気代の補助)の費用は年間で250億円規模に達しましたが、現存するクーリングシェルターを活用しても費用の削減効果は1~2%と限定的でした。また、費用対便益は、将来世代の健康の価値にどの程度の重きを置くかによって、4つのシナリオに共通して6倍以上の差がありました(図4内の2種類の便益の比較より)。ただし、本研究では、将来の死亡や救急搬送の発生率を近年と同じと仮定していますが、実際には、暑熱条件の悪化によって将来の発生率は高まると考えられ、本研究の推計よりも高い費用対便益が期待できます。

4. 今後の展望

 本研究では、全国規模の詳細な暑熱環境の予測に基づき、将来の熱中症リスクが高まる高齢人口と、高リスクWBGTへの潜在的なばく露状況、またエアコンを用いた対策(リスク高齢人口へのエアコンと電気代の支給)の費用と費用対便益を評価しました。その結果、2060~2080年代にはリスク高齢人口が全国で3,000万人以上(国内総人口の約3割)に達し、多くの自治体で人口の4割以上を占めると予測しました。対策には年間約250億円の費用が必要と見込まれ、その費用対便益は将来世代の健康にどの程度重きを置くかによって大きく異なりました。
 既に国内では多くの熱中症被害が発生しているため、本研究で予測した熱中症リスクの詳細な分布を踏まえて、高齢者をはじめとする多くの方が暑さを避けられる環境を戦略的に充実させていくことが重要と考えられます。
 また、クーリングシェルターの戦略的な配置や活用、エアコンより炭素排出の少ない対策の考慮、乳幼児・青少年・労働者といった他の対象への展開といった観点で、本研究には発展の余地があり、引き続き研究に取り組んでいく予定です。

5. 注釈

注釈1:人体の熱収支に影響を与える気温、湿度、風速、日射といった要素を考慮した指標で、湿球温度、乾球温度、黒球温度から計算される。国内外の熱中症対策で幅広く参照されている。単位は気温と同じ「℃」である。
注釈2:ある事業による便益を費用で割った値。この値が大きいほど、費用に対して効率よく便益が発生する事業と判断できる。
注釈3:暑さに体が慣れて、発汗量が増えるなどして体の外に熱を放散しやすい状態になること。
注釈4:将来受け取る金銭を、現在の価値に換算する際の割合を1年あたりの割合で示したもの。この割合が高い(低い)ほど将来の価値を低く(高く)見積もることとなる。
注釈5:温室効果ガス排出のシナリオで、本研究では4つのシナリオ:SSP1-1.9/SSP1-2.6/SSP2-4.5/SSP5-8.5を用いた。各シナリオ末尾の数字が温室効果ガス排出の程度(放射強制力)を表し、末尾の数字が大きいほど温室効果が強い。例えば、SSP1-1.9は温室効果ガス排出を大幅に抑制するシナリオ、SSP5-8.5は化石燃料に依存して排出を抑制しないシナリオに相当する。

6. 研究助成

 本研究は、(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF25S12430)の支援を受けて実施されました。

7. 発表論文

【タイトル】
Nationwide high-resolution heat risk projections and intervention cost analysis for the elderly in Japan under climate and demographic changes
【著者】
Takahiro Oyama, Jun’ya Takakura, Noriko N. Ishizaki, Kazutaka Oka, Yasushi Honda, Yoshifumi Masago, Yasuaki Hijioka
【掲載誌】Environmental Research 【URL】https://doi.org/10.1016/j.envres.2025.122949(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1016/j.envres.2025.122949(外部サイトに接続します)

8. データ

【タイトル】
日本における時別の湿球黒球温度(WBGT)、人口の暑熱曝露、および適応策コストの高解像度予測データ
【作成者】
大山 剛弘
【掲載レポジトリ】国立環境研究所機関リポジトリ
【URL】https://www.nies.go.jp/doi/10.17595/20250718.001.html(日本語版、外部サイトに接続します)
https://www.nies.go.jp/doi/10.17595/20250718.001-e.html(英語版、外部サイトに接続します)
【DOI】10.17595/20250718.001(外部サイトに接続します)

9. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。

国立環境研究所
気候変動適応センター気候変動適応戦略研究室
 研究員   大山剛弘
社会システム領域地球持続性統合評価研究室
 主任研究員 高倉潤也
気候変動適応センター気候変動影響評価研究室
 主任研究員 石崎紀子
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
 室長    岡和孝
気候変動適応センター気候変動適応戦略研究室
 室長    真砂佳史
気候変動適応センター
 センター長 肱岡靖明

10. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
気候変動適応戦略研究室 研究員 大山剛弘

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

関連新着情報