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2021年7月6日

共同発表機関のロゴマーク
水資源の制約が
世界規模でのバイオエネルギー生産にもたらす影響を推定

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、京都大学記者クラブ、草津市政記者クラブ、大阪科学・大学記者クラブ同時配布)

2021年7月5日(月)
国立研究開発法人国立環境研究所
気候変動適応センター気候変動影響評価研究室
 特別研究員 AI Zhipin
 室長   花崎 直太
立命館大学 理工学部 環境都市工学科
 准教授  長谷川 知子
国立大学法人京都大学 大学院工学研究科
 准教授  藤森 真一郎
 

   全球平均気温の上昇を2℃や1.5℃に抑えるには、21世紀後半に世界の温室効果ガスの排出量をマイナスにすることが必要です。その実現の方法として、二酸化炭素回収・貯留(CCS)付バイオエネルギー(BECCS)という技術がありますが、エネルギー作物を栽培するため広大な農地が新たに必要となります。このとき、農地を灌漑する(畑に水やりをする)ことによって収穫量を増やせば、必要な農地を減らすことができると考えられてきました。国立環境研究所、ポツダム気候影響研究所、立命館大学、京都大学の研究チームは、詳細なシミュレーションを実施し、食料生産、生物多様性の保全、他の用途での水利用、水源の持続可能性などを考慮すると、灌漑はBECCSの最大実施可能量(栽培可能面積を最大限利用してエネルギー作物を生産してエネルギー利用・二酸化炭素回収・貯留を行うことで大気中から除去できる二酸化炭素量)をわずか5-6%しか高められないことを明らかにしました。この研究は2021年7月5日付で環境学分野の国際学術誌「 Nature Sustainability」に掲載されます。
 

1.研究の背景

 全球平均気温の上昇を2℃や1.5℃に抑えるには21世紀後半に世界の温室効果ガスの正味の排出量をマイナスにすること(排出量の大幅削減と併せて大気中の二酸化炭素を吸収して減らすこと)が必要です。実現の方法の一つとして二酸化炭素回収・貯留(CCS)付バイオエネルギー(英語のBioenergy with carbon capture and storageの頭文字を取ってBECCS)という技術が注目されています。BECCSは、人類の活動に必要な電気や水素などのエネルギーを、バイオマス生産性の高い植物(以下、エネルギー作物)から作ったあと、発生した二酸化炭素を地中深くに注入する技術です。植物は光合成によって大気中の二酸化炭素を自身のバイオマスに変えるので、BECCSでエネルギーを作るたびに大気中の二酸化炭素濃度は下がっていくことになります。これまでの多くの研究において、2℃または1.5℃の気候目標を達成するためにBECCS の大規模な実施が織り込まれています。しかし、BECCSを大規模に行うと、エネルギー作物の生産のために水と土地などの資源が大量に使用され、食料生産や生態系保全と競合することが指摘されてきました。
 こうした中、灌漑はエネルギー作物の生育を促進するため、土地の必要量を減らしながらエネルギー作物の生産を増やす有望な方法と考えられてきました。しかし、エネルギー作物生産のための灌漑に追加的に水を使えば、農業、工業、生活など他の用途を含めた水利用の持続可能性に悪影響を与えてしまうかもしれません。また、河川水や地下水の過剰なくみ上げを行えば、水資源を枯渇させてしまいます。食料生産や生態系保全との競合を防ぎつつ、水資源も枯渇させない持続可能な範囲内において、灌漑は世界のBECCSの最大実施可能量(栽培可能面積を最大限利用してエネルギー作物を生産してエネルギー利用・二酸化炭素回収・貯留を行うことで大気中から除去できる二酸化炭素量)をどの程度高めることができるか、これまで推定を試みた研究がありませんでした。

2.研究の概要

 本研究では、国立環境研究所で開発された全球水資源モデルH08を利用し、コンピュータシミュレーション技術を駆使して実施しました。H08は、地球の水循環と人間の水利用を50km四方の解像度で、日単位でシミュレーションすることができます。まずH08に改良を加え、エネルギー作物の成長と灌漑が精度よく表現できるようにしました。次に、エネルギー作物が栽培可能な地域を特定しました。食料生産、生物多様性、土地劣化、砂漠化への悪影響を防ぐため、農地や自然保護区などを除外し、荒れ地などの残された土地だけでエネルギー作物が栽培されると想定しました。ここで、牧草地を保全するか(Pasture Protection、以下PP)、転換するか(Pasture Conversion、PC)については、両方とも検討することにしました。次に、持続可能な水利用の条件を、①現地および下流の農業・工業・生活・環境用途の水利用量を確保すること、②再生可能でない水源からの取水(注1)に依存しないこと、③水ストレス指標(注2)を高めないことと定義しました。最後に、a)灌漑しない(灌漑なし)、b)持続可能な水利用の条件に合うように灌漑する(持続可能な灌漑)、c)同条件を無視して必要なだけ灌漑する(完全な灌漑)、の3通りについてシミュレーションを行い、結果を分析しました。

3.研究の成果と展望

①世界のエネルギー作物の栽培可能面積

 エネルギー作物の栽培可能面積は世界で188 百万ha(PPシナリオ)と444 百万ha(PCシナリオ)と推定されました(図b)。このうち、持続可能な灌漑が可能なのは、それぞれ39百万ha、および64百万haでした。ちなみに、2000年時点の世界の農地面積は1500百万ha、灌漑農地面積は270百万haと報告されています。

②全球のBECCS最大実施可能量

 シミュレーションの結果、灌漑なしの場合、2090年のBECCSの最大実施可能量は0.82 Gt C yr-1(PPシナリオ)、1.99 Gt C yr-1 (PCシナリオ)でした(図a)。単位は1年間に地中等に封入される二酸化酸素が炭素換算で何十億トンかを表します。灌漑を行わないため、天候によっては生産性が十分に上がらないことがあります。完全な灌漑を行うと、それぞれ1.32 Gt C yr-1と3.42 Gt C yr-1まで引き上げられました(灌漑なしと比較してそれぞれ60%と71%増加)。ところが、持続可能な灌漑では、それぞれ0.88 Gt C yr-1と2.09 Gt C yr-1に留まりました(灌漑なしと比較して5%と6%増加)。ちなみに、Rogeljらによると1.5℃または2℃目標の達成のために必要なBECCSの実施量は1.6~4.1 Gt C yr-1とされています。

③エネルギー作物生産に伴う追加的な灌漑取水量

 持続可能な灌漑では、エネルギー作物生産に伴う世界の追加的な取水量は166〜298 km3 yr-1と推定されました(図c)。これは2010年の世界の農業用取水量2769 km3 yr-1の6〜11%程度であり、比較的小さいと言えます。これらの水のほとんどは河川などの再生可能な水源からくみ上げられました。対照的に、完全な灌漑では、世界の追加的な取水量は1392〜3929 km3 yr-1と推定されました。下限と上限はそれぞれ2010年の世界の工業用水と生活用水の総和(1232 km3 yr-1)と、世界の総取水量(4001 km3 yr-1)に匹敵し、巨大な量と言えます。さらに、これらの水は河川などの再生可能な水源で賄うことは到底できず、73-78%もの割合を再生可能でない水源からのくみ上げに頼らざるを得ないことが分かりました。

(a)BECCS最大実施可能量、(b)エネルギー作物用農地、(c) エネルギー作物生産に伴う追加的な灌漑取水量と水源の図
図(a)BECCS最大実施可能量(炭素換算10億t yr-1)、(b)エネルギー作物用農地(百万ha)、(c) エネルギー作物生産に伴う追加的な灌漑取水量と水源(km3 yr-1

 これまで、灌漑によってエネルギー作物の生産性を高められ、必要になる農地も抑えられるという楽観論がありましたが、地球水循環と人間水利用を時空間詳細に計算することのできる全球水資源モデルH08を使って、食料生産や生物多様性を考慮した土地利用シナリオの下で、下流域を含む水利用の持続可能性を考慮したシミュレーションの結果、持続可能な灌漑では、BECCSの最大実施可能量をわずかにしか増やすことができないことが明らかになりました。また、本研究による持続可能な灌漑によるBECCSの最大実施可能量(0.88~2.09 Gt C yr-1)は、1.5℃または2℃目標を達成するためのBECCSの必要量である1.6~4.1 Gt C yr-1の下限に近く、パリ協定の目標を達成する上で果たすであろうBECCSの役割について再検討する必要があることを示唆しています。本研究の技術や成果は、気候、水、土地利用などに関する複数の持続可能な開発目標(SDGs)を同時に達成するために多くの示唆を与えるものでもあります。

4.参考文献

Rogelj, J., D. Shindell, K. Jiang, S. Fifita, P. Forster, V. Ginzburg, C. Handa, H. Kheshgi, S. Kobayashi, E. Kriegler, L. Mundaca, R. Séférian, and M.V.Vilariño, 2018: Mitigation Pathways Compatible with 1.5°C in the Context of Sustainable Development. In: Global Warming of 1.5°C. An IPCC Special Report on the impacts of global warming of 1.5°C above pre-industrial levels and related global greenhouse gas emission pathways, in the context of strengthening the global response to the threat of climate change, sustainable development, and efforts to eradicate poverty [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, H.-O. Pörtner, D. Roberts, J. Skea, P.R. Shukla, A. Pirani, W. Moufouma-Okia, C. Péan, R. Pidcock, S. Connors, J.B.R. Matthews, Y. Chen, X. Zhou, M.I. Gomis, E. Lonnoy, T. Maycock, M. Tignor, and T. Waterfield (eds.)]. .
森田茂紀編著, 2018: エネルギー作物学, 180p, 朝倉書店.

5.研究助成

 本研究は環境再生保全機構 環境研究総合推進費(JPMEERF20202005, JPMEERF15S11418, and JPMEERF20211001) の助成を受けて実施されました。

6.発表論文

【タイトル】Global bioenergy with carbon capture and storage potential is largely constrained by sustainable irrigation
【著者】Zhipin Ai, Naota Hanasaki, Vera Heck, Tomoko Hasegawa, Shinichiro Fujimori
【雑誌】Nature Sustainability
【DOI】10.1038/s41893-021-00740-4

7.注釈

注1 再生可能でない水源からの取水:水源には地下水と表流水があります。地下水は地中に浸み込んだ雨水により涵養(補充)され、また重力によって川や海などに流出することで、バランスを保っています。涵養を上回る汲み上げを行うと地下水は枯渇してしまいます。こうした取水を再生可能でない地下水からの取水と呼んでいます。表流水の場合、川の水を全て汲み上げてしまうと、それ以上は取れなくなります。この場合、現実には遠隔地から新たな運河を作って導水したり、沿岸なら海水淡水化で造水したりして表流水の水源開発が行われますが、莫大な費用がかかります。特に、この研究で示されている数千km3 yr-1という規模の表流水の水源開発は実現可能性が極めて小さいと考えられます。本稿に示される再生可能でない表流水からの取水とは、「表流水を何らかの方法で開発できたら」と仮定したシミュレーションの結果を示しています。

注2 水ストレス指標:地域の水資源の逼迫を表す指標で、年間取水量を年間水資源量(河川流量)で割って求めます。これが20%を上回ると水逼迫地域と判定されます。

8.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
気候変動影響評価研究室 
特別研究員 Ai Zhipin
室長    花崎 直太

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)  / 029-850-2308

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