
地球温暖化が進むとアマゾン熱帯雨林の枯死が21世紀中に始まることを最先端モデルが高排出シナリオで予測
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、大学記者会(東京大学)同時配付)
本研究の成果は、2025年8月20日18時(日本時間)付でSpringer Natureから刊行される国際学術誌『Communications Earth & Environment』にオンライン掲載されます。
1. 研究の背景と目的
世界最大の熱帯雨林であるアマゾンは、多種多様な生態系を抱え、植物の中に膨大な炭素を貯蔵しています(図1)。そして、熱帯雨林に生育する植物は、光合成などを通じて、地球規模の気候状態を決める上で重要な役割を果たしています。一方で、このまま気候変動と森林破壊が進み、ある臨界点を超えてしまうと、多様な生物種を擁する熱帯雨林からサバンナのようなより乾燥した生態系へと移行する可能性があります。このように大きな変化を引き起こす臨界点を「ティッピングポイント」と呼びます(注1)。この研究では、最先端の地球システムモデル(注2)を用いて、アマゾン熱帯雨林のティッピングポイントなど大規模な変化を引き起こすメカニズムの解明を目的としました。

2. 研究手法
気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)第5次および第6次評価報告書に貢献した、結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5およびCMIP6)の地球システムモデルを用いて、アマゾン熱帯雨林の長期的な将来変化を評価しました(現在から西暦2300年まで:注2)。本研究では、アマゾン熱帯雨林の「枯死(dieback)(注3)」を、「過去再現実験において光合成量(GPP: 総一次生産)が非常に高かった領域において、光合成量が過去再現実験に比べて80%以上減少する現象」として定義しました(図2)。この定義に基づき、温室効果ガス排出が高いシナリオのもとで、アマゾン熱帯雨林の枯死が発生する気候条件や生態系条件について分析しました。

3. 研究結果と考察
当研究グループの今回の分析によって、地球システムモデルの多くが、長期の高排出シナリオにおいて、アマゾン熱帯雨林の枯死を予測することがわかりました。しかし、その発生時期や空間的な広がりには、モデル間でばらつきがあります(図2および図3)。多くのモデルは、将来の気温上昇の幅広い水準(1.5℃以上)において、アマゾン熱帯雨林の枯死が21世紀中に始まる可能性があることを示しています(図3)。このような変化は、将来の年平均の地表気温が大きく上昇し、年降水量が大きく低下する極端な気候条件によって引き起こされます。これに加えて、森林から農地への土地利用の変化によって、熱帯雨林の劣化が促進されます。ただし、現在の多くの地球システムモデルでは、熱帯雨林における火災の影響などの、重要な生態過程が十分に表現されていません。このため、ここで得られたアマゾンの将来像は楽観的すぎる評価だという可能性もあります。

さらにこのようなアマゾン熱帯雨林の枯死は、図4に示すようなメカニズムによって引き起こされることが、当研究グループによる地球システムモデルの分析によって明らかになりました。長期的な地球温暖化のために大西洋子午面循環(AMOC)(注4)が弱まることなどによって、熱帯の降雨帯(熱帯収束帯)が南に移動します。これによりアマゾン北部では気温が上昇し、乾燥化が進行します。さらに、大気中の二酸化炭素濃度の上昇は、樹木による水分の放出(蒸散)を抑制し、アマゾンの水循環を弱め、乾燥化が促進されます。また、長期の高排出シナリオに基づく予測では、エルニーニョ(注5)に類似した温暖化パターンの頻度が高まり、高温と干ばつの強度が高まります。こうした気候変化は、生態系の連鎖的な変化を引き起こします。つまり、気温上昇と乾燥化の進行によって光合成効率が低下し、植物の呼吸量が増加することによって、森林による正味の炭素吸収量が低下します。また降水量と土壌水分が減少することにより、水や栄養素の輸送が抑制され、樹木の生育や再生能力が損なわれます。その結果、熱帯雨林の生態系の生産性が低下し、脆弱性が増すことによって、やがては密な森林を維持できない臨界点を超えることになります。特に、南部アマゾンで顕著な土地利用の変化とも相まって、大規模な生態系崩壊、すなわち枯死へと向かいます。図4に示すような、将来の地球温暖化に伴う気温上昇パターンや海洋循環の変化、それによって生じる生態系の変化については、これまでの研究でも様々な分析がなされてきました。しかし本研究では初めて、複数の地球システムモデル予測においてアマゾン枯死が生じることを特定し、そのメカニズムを明らかにすることができました。

4. 今後の展望
本研究の結果は、温室効果ガス排出の抑制とアマゾン熱帯雨林の回復力(レジリエンス)の維持が喫緊の課題であることを示しています。地球温暖化の進行、土地利用の変化、生態系の劣化が続けば、アマゾン熱帯雨林は将来的に臨界点を超え、地球規模の気候に深刻な影響を及ぼす可能性があります。将来のリスクをより的確に予測するためには、地球システムモデルにおける生態学的プロセスの表現をさらに改善していく必要があります。そしてアマゾン熱帯雨林を守るためには、気候変動の緩和、持続可能な土地管理、生物多様性保全を統合した国際的かつ協調的な取り組みが不可欠です。
5. 注釈
注1:「ティッピングポイント」:地球環境を構成する要素(大気、海洋、陸域や海洋での生態系)の一部は、気候変動などの変化がある臨界点(しきい値)を超えたとき、自己持続的(自然に持続する)で、急激で不可逆な変化を引き起こすことがある。このような臨界点は、地球システムの「ティッピングポイント」と呼ばれる。Global Tipping Points Report 2023 (https://report-2023.global-tipping-points.org/) より。
注2:「地球システムモデル」:地球システムモデルとは、大気・海洋・陸域・生物圏の複雑な相互作用を統合的に再現するための高度なシミュレーションモデル。人間活動が地球環境に与える影響を理解し、過去の環境変化の復元や将来の気候変動の予測に不可欠なツールとなる。第5期および第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP5およびCMIP6)において開発・使用されたこれらのモデルは、IPCC第5次および第6次評価報告書において重要な役割を果たした。
注3:「アマゾン熱帯雨林の枯死(dieback)」の定義と本研究における気候シナリオ:
本研究では、光合成による生産量を総一次生産(GPP: Gross Primary Production)として扱い、19世紀(1851-1900年平均)と比較して23世紀末までにGPPが80%以上減少したモデル格子点を「枯死が生じた領域」と定義した。ただしこの評価は、過去再現実験におけるGPPが2 kgC m-2 年-1を超える、生産性の高い地域に限定した。また、CMIP5およびCMIP6で使用された「RCP8.5」および「SSP5-8.5」シナリオは、化石燃料への依存が続き、気候政策がほとんど実施されないという前提のもと、高濃度の温室効果ガス排出経路を表す。両シナリオともアマゾン流域周縁部において大規模な土地利用変化(森林から農地への転換)を伴う。
注4:「大西洋子午面循環(Atlantic Meridional Ocean Circulation)」は、熱帯で温められた海水を北大西洋へ運ぶ大きな海流のシステムで、地球の気候状態を決める上で重要な役割を果たす。
注5:「エルニーニョ現象」は、太平洋の東部の海面水温が数年おきに高くなる自然現象で、世界中の天候に影響を与える。
6. 研究助成
本研究は、文部科学省「気候変動予測先端研究プログラム」(JPMXD0722681344)、環境省・(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費(JPMEERF20242001)、JSPS科研費(JP24K20979)および国立環境研究所「気候変動適応研究プログラム」「脱炭素・持続社会研究プログラム」の支援を受けて行われました。
7. 発表論文
【タイトル】
Amazon dieback beyond the 21st century under high-emission scenarios by Earth System models
【著者】
Melnikova I., Hajima T., Shiogama H., Hayashi M., Ito A., Nishina K., Tachiiri K. & Yokohata T.
【掲載誌】Communications Earth & Environment
【DOI】10.1038/S43247-025-02606-5 (外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
地球システム領域地球システムリスク解析研究室
特別研究員 Irina Melnikova
室長 塩竈秀夫
主任研究員 林未知也
主幹研究員 横畠徳太
地球システム領域物質循環モデリング・解析研究室
主任研究員 仁科一哉
東京大学 大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻
教授 伊藤昭彦
海洋研究開発機構
地球環境部門 環境変動予測研究センター 地球システムモデル開発応用グループ
グループリーダー代理 羽島知洋
グループリーダー 立入郁
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
地球システムリスク解析研究室 特別研究員 Irina Melnikova
地球システムリスク解析研究室 主幹研究員 横畠徳太
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)