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2013年1月21日

民間航空機を利用した観測で上空の二酸化炭素濃度の短周期変動が明らかに(お知らせ)

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)

平成25年1月21日(月)
独立行政法人国立環境研究所
地球環境研究センター
地球環境データベース推進室
   主任研究員:  白井 知子(029-850-2265)
大気海洋モニタリング推進室
   室長:     町田 敏暢(029-850-2525)

 (独)国立環境研究所、気象庁気象研究所、カナダ・ヨーク大学の研究グループは、民間航空機による大気観測プロジェクトCONTRAIL(*1)により得られた二酸化炭素(CO2)濃度の高頻度観測値から、成田上空(地表付近から高度約10kmまで)におけるCO2濃度の総観規模の変動(*2)の季節ごとの特徴や高度変化を明らかにしました。これまで、同一地点の上空でCO2濃度の高頻度観測値を得ることは難しかったのですが、CONTRAILによってそれが可能となり、大気中のCO2濃度は上空においても総観規模の変動をしているということが初めて明確になりました。さらに、上空におけるCO2濃度の総観規模の変動は、高度や季節によって、日本や東アジアに由来する地上からのCO2放出やCO2吸収の影響を強く受けていることがわかりました。この結果は、CO2の放出・吸収源の分布や放出量・吸収量を見積もる際、大気中CO2濃度の総観規模の変動が一つの指標として役に立つことを示しています。

 この内容は、平成24年12月26日発行のTellus Series B誌から学術論文(Shirai et al., 2012)として発表されました。

研究の背景

  二酸化炭素(CO2)は人為的に排出されている温室効果ガスの中で地球温暖化に及ぼす影響がもっとも大きいとされています。人間活動に伴う化石燃料の消費、セメント生産、森林破壊などの土地利用の変化などにより、大気中のCO2濃度は増加しています。昨年、世界のCO2平均濃度は、産業革命以前の平均的な値とされる280ppmに比べて約40%も増加し、390ppmを超えました(ppmは体積比で100万分の一を表します)。CO2濃度は、春から夏に減少し、秋から翌春にかけて増加する季節変化を示します。CO2濃度の季節変化は主に陸域の植物活動によるもので、その振幅は、陸上の植物活動の影響を受けやすい北半球中高緯度では大きく、陸域の面積の少ない南半球では小さくなっています。

 このような経年変化・季節変化の他に、CO2濃度は高・低気圧や前線の通過など、気象現象の変化に伴って、数日~一週間程度の時間スケールで変動をしています。「総観規模の変動(*2)」と呼ばれる、このような短周期の変動は、主に観測地点近傍のCO2の放出・吸収源の分布や放出量・吸収量の情報を含んでおり、また、近年急速に進んでいる衛星観測等の時空間的な代表性を検証する上でも極めて重要です。

 このたび、(独)国立環境研究所、気象庁気象研究所、カナダ・ヨーク大学の研究グループでは、共同研究により、民間航空機で上空の二酸化炭素濃度を連続して観測する世界初のプロジェクト『CONTRAIL』で得られた上空の高頻度CO2濃度観測値から、成田上空の対流圏(雲を作る対流活動などが見られる、地表付近から高度約10kmまで)におけるCO2濃度の総観規模の変動の季節ごとの特徴や高度変化を明らかにしました。(CONTRAILでは、空港上空において離陸・着陸時に高度分布を観測することが可能です。)

データ解析の方法と観測結果の解釈

 対流圏は、地球表面の影響を強く受ける大気境界層(高度約2km以下)と、地表の影響を直接は受けないものの大気の長距離輸送には大きく関わっている自由対流圏とに分けられます。今回の解析では、複数年(2005年~2009年)にわたる成田上空(地表から高度10kmまで)のCO2濃度の観測値を用いました。まず、気象データを解析することによって、観測値を大気境界層に含まれるものと自由対流圏に含まれるものに分けました(高度10km以下でも、成層圏に属すると見なされるデータは除きました)。さらに自由対流圏のデータは2km高度幅で平均しました。得られた高度ごとのCO2濃度の時間変化から長周期の変動(経年変化・季節変化)を取り除くことにより、残った短周期の変動を総観規模の変動に相当するとみなし、その平均的な変動幅(標準偏差をその指標としました)を季節ごとに解析しました。

図1 (a)
図1 (b)
図1.成田上空におけるCO2濃度の総観規模の変動幅(季節・高度分布)(a) 観測値 (b) 計算値

 図1(a)に、2005年から2009年までの成田上空で観測されたCO2濃度の観測値から求めた季節・高度ごとの標準偏差(横棒で示すエラーバーは、年によるばらつき)を示します。なお、季節を、三ヶ月ごとにまとめ、冬(12月~2月)、春(3月~5月)、夏(6月~8月)、秋(9月~11月)として示しました。

 図1(a)に見られるように、成田上空におけるCO2濃度の総観規模の変動は、大気境界層内では、約3-7ppm、自由対流圏では約1-2ppmの幅を持っていること、夏季(濃紺線)には全高度において変動幅が大きくなること、春季(赤線)には上部対流圏(高度およそ8~10km)で下部(高度およそ2~8km)よりも変動幅が大きくなることがわかりました。これまで、同一地点の上空でCO2濃度の高頻度観測を行うことは極めて困難でしたが、CONTRAILによって、複数年にわたるCO2濃度の高頻度観測値が得られたことで、統計的に有意(信頼度水準で99%)な総観規模の変動の高度分布の季節変化を得ることができました。大気中CO2濃度が上空においても総観規模の変動をしていること、また、その変動は季節・高度により異なることを複数年にわたる高頻度観測値から明確に示したのは世界で初めてのことです。

大気輸送モデルを用いた発生源・吸収源の推定

 図1(b)は、全球大気輸送モデル(*3)を用いて算出したCO2濃度のデータから、CONTRAILによる観測データの解析と同様の方法で求めた総観規模の変動幅を表したグラフです。このグラフから、輸送モデルを用いた計算結果でも、CONTRAILによって観測により得られた季節・高度分布がよく再現できることがわかりました。そこで、この輸送モデルを用いて、タグ付きシミュレーション(*4)を行い、成田上空におけるCO2濃度の総観規模の変動に寄与している地域について調べました。具体的には、成田近傍の地域を日本(Jpn)、東アジア(CKT)、東南アジア(SEA)、ロシア東部(Eru)、ヒマラヤ(Him)、インド(Ind)の6つの領域に分け、それぞれの領域における化石燃料および陸域生態系(森林や土壌など)由来のCO2放出・吸収を区別して、それぞれに合計12個のタグを設定しました(図2および表1)。

図2
図2.タグを付けた6領域(Jpn, CKT, SEA, Eru, Him, Ind)と成田(NRT)の位置。
表1
表1.タグ付きシミュレーションの際、6領域(Jpn, CKT, SEA, Eru, Him, Ind)における化石燃料および陸域生態系由来のCO2放出・吸収源に付けた各タグの名称。
図3
図3.タグ付きシミュレーションにより計算された成田上空のCO2濃度の総観規模の変動幅。(成田上空の、全球の全ての放出・吸収源由来のCO2による変動幅(×)および、表1に示した各タグを付けた領域からの放出・吸収源由来のCO2のみによる変動幅を、2007年の季節ごとで表示している)。

 タグ付きシミュレーションの結果(図3:横軸は、対数で表現されていることに注意)から、成田上空のCO2濃度の総観規模の変動(ピンクの×)のうち、大気境界層内では日本のCO2放出・吸収(黒の●と■)の影響が大きいものの、自由対流圏では一年を通じて、東アジアに由来するCO2の放出や吸収(赤の)に最も影響を受けていることがわかりました。春季に上部対流圏(高度およそ8~10km)で見られた総観規模の変動幅の増加は、春季に卓越する東アジアからの汚染大気の吹き出し(アウトフロー)(*5)により上部対流圏に運ばれたCO2が偏西風に乗って日本上空を通過する様子を捉えたと考えられます。

 CO2濃度の総観規模の変動が高低気圧の通過と連動していることは、CO2濃度と地表面気圧の時間変化を見ても明らかです(図4)。図4で地表面気圧の低下と同期して大気中CO2濃度の上昇が見られた2007年6月13日~16日の高度約3 kmにおける大気中CO2濃度の輸送モデルによるシミュレーション結果を、天気図と共に図5に示します。CO2濃度の高い気塊が寒冷前線の背後に分布しており、低気圧が本州の南岸を東進するのに伴い、成田上空のCO2濃度の上昇をもたらしたことがわかります(*5)。

図4
図4.2007年6月に観測された成田上空のCO2濃度(左軸:高度2-4km、4-6km、6-8km、8-10km)と地表面気圧(右軸:)。
図5 (a)
図5
図5.2007年6月13日~16日の、(a)高度約3kmにおける大気中CO2濃度のモデル計算値および(b)地上天気図。((a)のCO2濃度は中央値を基準とした相対濃度(ppm)で表した。)

 この研究では、これまで断片的にしか観測値が得られなかったため不可能であった、上空におけるCO2濃度の総観規模の変動についての統計的に有意な総合的な解析を行うことができました。これらの結果は、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」等の衛星による観測の検証に役立つほか、インバージョン(大気観測からの逆推定)手法を用いてCO2の放出源・吸収源の分布や放出量・吸収量を見積もる際にも大気中CO2濃度の総観規模の変動が一つの指標として役に立つことを示しています。

 この内容をまとめた論文(発表論文)は、平成24年12月26日発行の「Tellus Series B」に (Shirai et al., 2012)として掲載されました。

 本研究は、国立環境研究所、気象庁気象研究所、カナダ・ヨーク大学の共同研究として実施されました。また本研究は、国立環境研究所が実施している地球温暖化研究プログラム、および環境省の地球環境保全試験研究費(地球一括計上)の補助を受けています。またCONTRAILプロジェクトは日本航空株式会社、株式会社ジャムコ、財団法人日航財団の全面的な協力の下に実施されています。

(*1) CONTRAIL
日本航空が運航する5機の航空機に二酸化炭素連続測定装置(CME)と自動大気サンプリング装置(ASE)を搭載して上空大気中の温室効果ガス等を観測するプロジェクト。CMEのような装置を使って継続的に上空のCO2濃度を観測するプロジェクトは世界で初めてであり、貴重なデータとして世界中の研究者に利用されている。

(*2) 総観規模の変動
高・低気圧や前線の通過など、気象現象の変化に伴う、数日~一週間程度の時間スケールの変動。
(*3) 全球大気輸送モデル
CO2などの大気微量成分の、大気中での輸送・拡散の様子を、気象データを用いて数値シミュレーションするための計算プログラムのこと。大気微量成分の空間分布と変動を再現することができる。本解析では、国立環境研究所の開発したNIES-TM version05 (水平解像度1.0°×1.0°、鉛直47σ層)を用いた。
(*4) タグ付きシミュレーション
輸送モデルでCO2を計算する際、入力する地表のCO2吸収源・排出源に、アジア域や日本域など、領域ごとのタグを付けることで、観測されたCO2がどの領域の吸収源・排出源に由来するかを見積もる計算法。
(*5) 春季に卓越する東アジアからの汚染大気の吹き出し(アウトフロー)
アジア大陸からの汚染大気の流出メカニズムはいくつか考えられているが、その一つとして、寒冷前線の東方への移動にともなって、前線背面の汚染大気が持ち上げられて輸送されることがわかっている(例えばBey et al.,(2001)、 Takigawa et al.,(2005))。
Bey, I., Jacob, D. J., Logan, J. A. and Yantosca, R. M. (2001), Asian chemical outflow to the Pacific in spring: Origins, pathways, and budgets. J. Geophys. Res., 106, 23097-23113. Takigawa, M., Sudo, K., Akimoto, H., Kita, K., Takegawa, N. and co-authors (2005), Estimation of the contribution of intercontinental transport during the PEACE campaign by using a global model. J. Geophys. Res., 110.

発表論文

 Tomoko Shirai, Toshinobu Machida, Hidekazu Matsueda, Yousuke Sawa, Yosuke Niwa, Shamil Maksyutov, and Kaz Higuchi (2012), Relative contribution of transport/surface flux to the seasonal vertical synoptic CO2 variability in the troposphere over Narita (成田上空対流圏における二酸化炭素の総観規模変動の季節・高度変化に対する大気輸送・地表フラックスの寄与), Tellus B, 64, 19138,

問い合わせ先

独立行政法人国立環境研究所

地球環境研究センター

地球環境データベース推進室 主任研究員 白井 知子 Tel: 029-850-2265
大気海洋モニタリング推進室 室長    町田 敏暢 Tel: 029-850-2525

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