
暑さへの「なれ」を考慮することにより
熱中症リスクの予測精度が向上する
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
本成果はElsevier社から刊行される国際学術誌『Environmental Research』に2024年9月26日付けでWEB公開されました。
1. 研究の背景と目的
わが国では毎年数万人を超える熱中症による救急搬送が生じており、また熱中症による死亡件数も1,000件を超えるなど、熱中症による健康被害が深刻となっています。熱中症による健康被害を軽減するためには、その発生リスクを事前に把握した上で、適切な熱中症対策に取り組むことが必要となります。
熱中症リスクと暑さを示す気候指標(気温や暑さ指数(WBGT))の間には相関があることが知られています。特にWBGTは、危険度の高い熱中症リスクを事前に周知する取組である熱中症(特別)警戒アラートの発表基準となるなど、その有効性が確認されています。このように気温やWBGTは、日々の熱中症リスクを把握する際に有効な気候指標となります。
その一方で、同じ気温値やWBGT値であっても、暑熱馴化の効果等によって、晩夏における熱中症発生率は、梅雨明けや初夏における熱中症発生率よりも低くなることが知られています。このため、熱中症リスクをより精度良く予測するためには、暑熱馴化を考慮するとともに、その有効性を定量的に評価することが望まれます。
2. 研究手法
本研究では、47都道府県別に、暑熱馴化を考慮することの有効性を定量的に評価しました。評価は熱中症救急搬送の傷病程度別注釈1および発生場所別注釈2に、以下の2ステップにより実施しました。
ステップ1として、暑熱馴化を考慮するための経験相対気温注釈3に加え、気温やWBGT等の気候指標およびこれらの遅延効果注釈4や積算効果注釈5も対象に、どの気候指標が熱中症リスクに対して重要度が高いかを機械学習の一種である「ランダムフォレスト」を用いて評価しました。この評価結果に基づき、一つ以上の都道府県で最も重要度が高いと評価された気候指標を抽出しました。
ステップ2として、ステップ1で抽出された各気候指標を熱中症予測モデルの説明変数として用いることにより、熱中症リスクの予測精度を評価しました。この評価結果により、各気候指標がいくつの都道府県で最も高い予測精度を示したかをカウントしました。
3. 研究結果
ステップ2の評価の結果を図1および図2に示します。図1では傷病程度別の結果を示し、傷病程度1は死亡、重症および中等症(全熱中症救急搬送数の約35%を占める)を、傷病程度2は軽症(全熱中症救急搬送数の約64%を占める)を示します。全数は全熱中症救急搬送数を示します。ステップ2の評価の結果、傷病程度1では39の都道府県で、傷病程度2では37の都道府県で、全数では37の都道府県で経験相対気温が最も多くカウントされ、いずれの傷病程度においても、暑熱馴化を考慮することの有効性が確認されました。
次に、図2では発生場所別の結果を示し、ステップ2の評価の結果、住居(全熱中症救急搬送数の約40%を占める)では36の都道府県で、道路(全熱中症救急搬送数の約17%を占める)では31の都道府県で経験相対気温が最も多くカウントされ、その他の発生場所に関しても、経験相対気温が最も多くカウントされました。このことから、発生場所別についても暑熱馴化を考慮することの有効性が確認されました。

図1 各気候指標がいくつの都道府県で最も高い予測精度を示したかをカウントした結果
(傷病程度別)

図2 各気候指標がいくつの都道府県で最も高い予測精度を示したかをカウントした結果
(発生場所別)
4. 今後の展望
経験相対気温は、日平均気温から容易に算出できる気候指標です。経験相対気温を活用することにより、地域における熱中症リスク評価の精度向上が期待されます。また、熱中症(特別)警戒アラートで活用されているWBGTに加え、暑熱馴化を考慮する観点から経験相対気温の補完的な活用方法の検討も期待されます。
5. 注釈
注釈1 本研究では総務省消防庁が提供する熱中症救急搬送数データを利用。当該データにもとづくと、傷病程度は死亡、重症、中等症、軽症およびその他の5つに分類される。本研究ではその他は評価対象外とした。 注釈2 住居、仕事場①(道路工事現場、工場、作業所等)、仕事場②(田畑、森林、海、川等 ※農・畜・水産作業を行っている場合のみ)、教育機関(幼稚園、保育園、小学校、中学校、高等学校、専門学校、大学等)、公衆(屋内)、公衆(屋外)、道路およびその他の8つに分類される。本研究ではその他は評価対象外とした。 注釈3 Oka and Hijioka (2021)(DOI 10.1088/2515-7620/ac3d21)において開発された気候指標。5月1日から熱中症発生リスクを評価したい日までの日平均気温の平均(①)と熱中症発生リスクを評価したい日の日平均気温(②)を用いて得られる気候指標であり、具体的には(②/①)に②を乗じることにより計算される。初夏において経験相対気温は②よりも概ね大きな値を示し、季節が進むにつれて②の値に近づくことにより、暑熱馴化が進むことを表現する。本研究では経験相対気温に加え、同様の定義で経験相対WBGTも採用した。 注釈4 熱中症がその日ではなく翌日以降に遅れて発生する状況のこと。日最高・日最低・日平均気温、日降水量、日射量、日平均風速、日平均相対湿度、日最高・日平均WBGTを対象に、これらの気候指標の遅延効果を評価するために熱中症発生日の各前日から3日前までの値を採用した。 注釈5 日平均気温、日平均WBGTについてはこれらの積算効果を評価するために各1日~3日前から当日までの平均値も採用した。
6. 研究助成
本研究は(独)環境再生保全機構環境研究総合推進費課題1-2307(極端高温等が暑熱健康に及ぼす影響と適応策に関する研究)の支援を受けて実施されました。
7. 発表論文
【タイトル】Random forest analysis of the relative importance of meteorological indicators for heatstroke cases in Japan based on the degree of severity and place of occurrence 【著者】Kazutaka Oka, He Jinyu, Yasushi Honda, Yasuaki Hijioka 【掲載誌】Environmental Research 【URL】https://doi.org/10.1016/j.envres.2024.120066(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1016/j.envres.2024.120066(外部サイトに接続します)
8. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
室長 岡 和孝
客員研究員 本田 靖
気候変動適応センター
センター長 肱岡 靖明
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
気候変動影響観測研究室 室長 岡 和孝
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)