運動部活動における状況に応じた熱中症対策の重要性
ー暑さ指数(WBGT)、部活動の種類、時期、地域、活動場所を考慮してー
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
本研究の成果は、2024年10月28日付でシュプリンガー・ネイチャー社から刊行された生気象学(気象・気候が生物に及ぼす影響を研究する学問)分野の国際学術誌『International Journal of Biometeorology』に掲載されました。
1. 研究の背景と目的
青少年期における身体活動には、短期的には身体・精神面の健康、長期的には健康的なライフスタイルの促進や慢性疾患リスクの低減に効果があり、国内で数百万人の学生が参加する運動部活動は多くの人々の心身に良い影響を与えてきたと考えられます。一方で、運動中は安静時と比べて体内で多くの熱が発生するため、熱中症が起こりやすく、国内の運動部活動では毎年数千件の熱中症が発生しています。「運動部活動」と一口に言っても、部活動の種類、時期、地域、活動場所、学校種別といった状況によって、気温などはもちろん、運動の特性、暑さへのなれ(暑熱 馴化注釈1)といった条件が異なりますが、このような状況に応じた熱中症の発生リスクの違いに着目した研究はほとんど行われていませんでした。そこで、本研究では、運動部活動中の熱中症発生のオッズ比注釈2が、暑さ指数(WBGT)注釈3や活動状況に応じてどのように異なるのかを定量的に分析し、より効果的な熱中症予防のための知見を得ることを目的としました。
2. 研究手法
本研究では、2010~2019年に全国の中学校・高校で運動部活動中に発生した熱中症事例のデータと、各事例に紐づく環境条件および活動条件に関する12の変数注釈4に基づいて、熱中症発生の有無を予測する、条件付きロジスティック回帰モデル(以下「全体モデル」という。)を構築しました。その全体モデルを用いて、どの条件が熱中症発生に寄与しているのかを分析しました。
また、データを変数によって層化注釈5した上でモデル(以下「層化モデル」という。)を構築し、様々な条件下での熱中症発生のオッズ比と、それらオッズ比が他の条件下とどの程度異なるのかを詳細に分析しました。さらに、ある条件下でオッズ比が有意に高い場合、どの程度WBGTを低くすれば熱中症リスクが低減できるのかも分析しました。これによって、運動部活動の実施を判断するために参照される暑熱基準注釈6について、熱中症対策の観点から、運動部活動がおかれる様々な状況に応じて調整する根拠となる情報を得ることを目指しました。
3. 研究結果と考察
全体モデルを用いた分析から、熱中症発生時点のWBGT、前日の平均WBGT、前々日の平均WBGT(以下、それぞれ「WBGT-0」、「WBGT-1」、「WBGT-2」という。)が有意に熱中症の発生と関係していることが確認されました。WBGT-0とWBGT-1は高まるほど熱中症が発生しやすい傾向がありました(図1)。大都市や報道事例に着目した既往研究では、当日のWBGTが高いほど熱中症が発生しやすいという関係が指摘されていましたが、この結果は、その関係が全国規模でも成立し、さらに前日のWBGTにも当てはまることを示しています。一方、WBGT-2は高まるほど熱中症が発生しにくい傾向がありました。この結果は、ある日のWBGTが高いと、その少し後の日に積極的な熱中症対策が講じられるといった行動変容によるものである可能性があります。
次に、層化モデルを用いた分析で、部活動の種類、地域、場所、年、月、夏季平均WBGTといった変数で層化すると、WBGT-0が28℃超かつ31℃以下(「激しい運動は中止」とされる暑熱基準に相当)の場合、WBGT-0が31℃超(「運動は原則中止」とされる暑熱基準に相当)の場合に、オッズ比に有意差が認められました(表1)。具体的には、表1の中央列に示す層では、右列に示す層よりも熱中症発生リスクが高いと考えられます。また、熱中症発生リスクが高い層について、WBGT-0が3℃下がると、いずれの層でも有意差が無くなり、熱中症リスクを低減できることを確認しました(なお、いずれの層でも、ほとんど熱中症が発生していないWBGT-0が21℃以下の場合のオッズ比は1としています)。このことから、熱中症が発生しやすい状況下では、暑熱基準を引き下げることが熱中症対策として有効と考えられます。例えば、4~6月のまだ暑熱馴化が進んでいない時期には、7月、8月よりも3℃低い暑熱基準を参照する(活動時のWBGTが25℃超かつ28℃以下であれば「激しい運動は中止」、28℃超であれば「運動は原則中止」の目安とする)ことが推奨されます。
層化に用いた変数 |
熱中症発生リスクが高い層 |
左欄の層より熱中症発生リスクが低い層 |
部活動 |
弓道 | バドミントン、野球、バスケットボール、サッカー、ハンドボール、剣道、ラグビー、水泳、卓球、テニス、陸上、バレーボール、その他 |
サッカー・フットサル | バレーボール | |
ソフトボール | バドミントン、バスケットボール、サッカー、剣道、卓球、バレーボール、その他 | |
野球 | バスケットボール、卓球、バレーボール | |
テニス | バスケットボール、卓球、バレーボール | |
陸上 | バスケットボール、バレーボール | |
夏季平均WBGT(℃) | WBGT≦18 | 18<WBGT≦20、20<WBGT≦22、22<WBGT≦24 |
月 | 4~5月 | 7月、8月 |
6月 | 8月 | |
地域 | 北海道 | 関東甲信、近畿、中国、四国、北九州、南九州・奄美 |
東北 | 北九州 | |
北陸 | 近畿、北九州、南九州・奄美 | |
場所 | 運動場・校庭 | 体育館・屋内運動場、学校外体育館、その他 |
学校外運動場・競技場 | 体育館・屋内運動場、学校外体育館、その他 | |
道路 | 体育館・屋内運動場、学校外体育館、その他 | |
年 | 2019 | 2017 |
4. 今後の展望
本研究を通じて、WBGTに加えて、部活動の種類、時期、地域、活動場所といった状況に応じて、運動部活動中の熱中症発生リスクが異なることがわかりました。具体的には、『(1)熱中症が発生しやすい部活動(野球、ソフトボール、サッカー・フットサル、テニス、陸上競技、弓道、その他持続的運動や厚手のユニフォームを着用するもの)』『(2)4月から6月までの期間』『(3)比較的涼しい地域(北海道、東北、北陸、または夏季平均WBGTが18℃以下の地域)』『(4)屋外活動』『(5)涼しい時期から急に暑くなり暑熱馴化が不十分な場合』に熱中症が発生しやすくなると考えられます。同時に、上記に挙げた状況においても、活動の是非を判断するための暑熱基準を引き下げる熱中症対策が有効であることが明らかになりました。
この知見は、毎年数千件の熱中症が発生する運動部活動をはじめとした、身体活動中の熱中症に対する、より効果的な予防につながることが期待されます。必ずしも、暑熱基準を引き下げて対応できない場合(例:大会が迫っており、練習を積み重ねなければいけない時期)も想定されますが、その様な場合には、活動前(例:冷水・アイススラリーの摂取)・中(例:水掛け、アイスベストの着用)・後(例:冷水浴)といった身体冷却、屋外練習から屋内練習への切り替え、比較的涼しい日への練習の集約、暑熱馴化期間の導入といった対策の組合せを積極的に講じるべきと考えられます。
今後は、本研究の対象より低学年の児童や運動部活動以外の活動の評価、2020年以降(COVID-19発生後)の状況との比較、環境条件のデータの改良とともに、将来の気候変動下における身体活動中の熱中症リスクについて研究を実施する予定です。
5. 注釈
注釈1 暑さに体が慣れて、発汗量が増えるなどして体の外に熱を放散しやすい状態になること。 注釈2 ある事象が起きる確率をp、その事象が起きない確率を(1 − p)としたときに、p/(1-p)で表される比のこと。ある事象のオッズ比が大きいほど、その事象は起きやすいと言える。 注釈3 人体の熱収支に影響の大きい湿度、輻射熱、気温の3つを考慮した指標。国内外の熱中症対策で幅広く参照されている。単位は気温と同じ「℃」である。 注釈4 本研究では、4種類のWBGT(発生時点、前日の平均、前々日の平均、夏季(5-10月)平均)と8種類の活動条件(学校種別、部活動種別、地域、場所、月、年、曜日、時間)からなる12の説明変数を採用した。 注釈5 母集団の特性(例:地域、月、曜日)に応じて、複数の部分集団(=層)に分離すること。 注釈6 暑さの基準のこと。活動主体や内容によって国内外で様々な基準が提示されている。本研究では、日本スポーツ協会の「熱中症予防運動指針」を主に参照した。
6. 発表論文
【タイトル】Proposing adjustments to heat safety thresholds for junior high and high school sports clubs in Japan 【著者】Takahiro Oyama, Yasushi Honda, Minoru Fujii, Kenichi Nakajima, Yasuaki Hijioka 【掲載誌】International Journal of Biometeorology 【URL】https://link.springer.com/article/10.1007/s00484-024-02812-4(外部サイトに接続します) 【DOI】10.1007/s00484-024-02812-4(外部サイトに接続します)
7. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所
気候変動適応センター気候変動適応戦略研究室
研究員 大山剛弘
気候変動適応センター気候変動影響観測研究室
客員研究員 本田靖
社会システム領域システムイノベーション研究室
室長 藤井実
資源循環領域国際資源持続性研究室
上級主幹研究員 中島謙一
気候変動適応センター
センター長 肱岡靖明
8. 謝辞
本研究では、独立行政法人日本スポーツ振興センターより、学校活動における熱中症発生状況のデータを提供いただきました。また、早稲田大学スポーツ科学学術院の細川由梨准教授、国立環境研究所気候変動適応センターの岡和孝室長と真砂佳史室長に助言をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
9. 問合せ先
【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター
気候変動適応戦略研究室 研究員 大山剛弘
【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)