気候モデルによる将来の気候変動予測には、モデル間でばらつき(不確実性)があります。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第6次報告書では、全球平均気温上昇が極端に大きいモデル(ホットモデル)による気温変化予測は信頼性が低いと評価され、データから除外、または重みづけを下げるなどの対応をすることで、不確実性が低減されました。一方、気候変動の影響評価では、気温だけでなく様々な気候変数や極端現象指標を用いますが、ホットモデルがどの気候変数・指標の予測に関する信頼性が低いのか、わかっていませんでした。本研究で我々は、ホットモデルは平均気温だけでなく、年最高日最高気温、年最大日降水量、比湿、長波放射などの様々な変数の将来変化予測の信頼性が低いことを示し、不確実性低減に結びつけました。この結果は、これらの変数が重要な影響評価研究においては、入力データからホットモデルによる予測データを除く必要があることを示唆しています。
研究の背景と目的
気候変動の将来予測には気候モデル間でばらつき(不確実性)があり、それが気候変動の影響評価にも不確実性をもたらします。そのため、過去の観測データと気候モデルシミュレーション結果の比較に基づいて、将来予測の不確実性を低減する研究が、過去15年間ほどの間に活発に行われてきました。
「第6期結合モデル相互比較プロジェクト(CMIP6)」に参加した最新の気候モデル群では、将来の全球平均気温上昇が非常に大きいホットモデルが多数含まれています。これまでの研究によって、ホットモデルは過去の気温変化を過大評価していて、将来の世界平均気温変化予測の信頼性も低いことが分かっています。そのため、IPCCの第6次報告書ではCMIP6モデル群のばらつきをそのまま使うのではなく、ホットモデルを除外したり重みづけを小さくしたりすることで予測不確実性の幅を狭め、特に上限値は元々のモデル群のものより顕著に低い値を採用しました。
一方、気候変動の影響評価では、気温だけでなく、様々な気候変数や極端現象指標を用いますが、ホットモデルがどの気候変数・指標の予測に関して信頼性が低いのかは明らかになっていません(塩竈ほか2022*1)。そのため、本研究では、全球平均気温の不確実性の低減が、影響評価に用いられる様々な気候変数や極端現象指標の予測不確実性の低減につながるかどうかを調べました。
研究手法
40個の気候モデルによる過去再現実験データと将来予測実験データを分析し、様々な気候変数・極端現象指標に関して、全球平均気温変化と相関があるかどうかを調べ、相関があるのであれば、過去の全球平均気温トレンドの再現性評価に基づいて不確実性低減が可能かどうかを調べました。
研究結果と考察
図1に各地点における各変数の将来変化と全球平均気温変化とのモデル間相関係数と、不確実性低減手法によってモデル間の予測のばらつき(分散)が何%削減できるかを示しました。相関係数が統計的に有意な正の値を示す場所・変数では、ホットモデルは正の将来変化を過大評価しています(例えば気温が上昇しすぎる)。逆に、相関係数が負の場所・変数では、ホットモデルは負の将来変化を過大評価しています(例えば降水量が減少しすぎる)。相関係数が有意ではない場所では、不確実性を低減できません。
ホットモデルは、世界中のほとんどの場所で気温、年最高日最高気温、比湿の増加を過大評価しており(相関係数が正に有意)、データから除外、または重みづけを下げるなどの対応をすることで分散を減らすことができます。降水量は高緯度や熱帯では正の相関を、アマゾン周辺などでは負の相関を示しており、相関係数が有意な場所では分散を低減できます。年最大日降水量は、年平均降水量よりも広い範囲で正の相関を示すので、それらの地域で分散を低減することができます。

図1 (a)将来の全球平均気温変化(2051–2100年平均と1851-1900年平均の差)と各グリッドでの年平均気温変化の相関係数。斜線は±10%水準で有意な場所。(b)年平均気温変化予測の分散減少率(%)。元々のモデル分布がガウス分布になっていない場所は、不確実性低減手法が適用できないので、灰色で塗りつぶしている。(c)~(j)のパネルは(a、b)と同様だが、それぞれ(c、d)年最高日最高気温、(e、f)年平均降水量、(g、h)年最大日降水量と(i、j)年平均比湿の将来変化に関するもの。
図2に日本周辺での分散減少率を示します。不確実性低減手法によって、日本の気温、年最高日最高気温、年最大日降水量、比湿、下向き長波放射、下向き短波放射の不確実性を減らすことができ、特に年最高日最高気温に関しては分散を40%以上低減することができます。また、九州や東日本の太平洋沿岸では、地上風速の不確実性を5%程度低減することができます。
図2 日本付近での分散減少率
影響評価研究への示唆
本研究で、ホットモデルは様々な変数の将来変化予測の信頼性が低いことを示し、それらを除外したり重みづけを小さくしたりすることで、予測不確実性を低減できることを明らかにしました。この結果は、影響評価研究にとって大きな意味を持ちます。国立環境研究所では、日本の影響評価モデルの入力データとなる共通気候シナリオ「NIES2020(Ishizaki et al. 2022
*2)」を作成しましたが、その際にCMIP6からホットモデルを除外したうえで、5つの代表モデルを選択しました(Shiogama et al. 2021
*3)。NIES2020は日本の影響評価研究において幅広く使われていますが、ホットモデルを除外したことで、不確実性を過大評価する可能性は小さくなっています。一方、世界を対象とした影響評価研究プロジェクトISIMIP3bでは、ホットモデルを含めた5つの代表的な気候モデルを用いて影響評価が行われています。ISIMIP3bの影響評価結果がどの程度過大評価であるかを調べることは、アジア太平洋地域での適応策支援のためにも重要です。
引用文献
*1 塩竈秀夫, 渡部雅浩, Hyungjun Kim, 廣田渚郎 (2022) 「21世紀後半までの降水量変化予測の不確実性を低減することに初めて成功しました」. 国立環境研究所報道発表,
https://www.nies.go.jp/whatsnew/20220222/20220222.html
*2 Ishizaki, N. N., Shiogama, H., Hanasaki, N., and Takahashi, K. (2022). Development of CMIP6-based climate scenarios for Japan using statistical method and their applicability to heat-related impact studies. Earth and Space Science, 9, e2022EA002451.
https://doi.org/10.1029/2022EA002451
*3 Shiogama H., et al. (2021) Selecting CMIP6-based future climate scenarios for impact and adaptation studies. SOLA, 17, 57-62.
https://doi.org/10.2151/sola.2021-009
論文情報
Shiogama, H., M. Hayashi, N. Hirota & T. Ogura (2024) Emergent constraints on future changes in several climate variables and extreme indices from global to regional scales. SOLA, 20, 122-129.
https://doi.org/10.2151/sola.2024-017