温暖化による生物の分布拡大が在来種に及ぼす影響を評価
トンボをモデルに温度上昇で在来種の採餌量が減少することを解明
(大阪科学・大学記者クラブ、農政クラブ、農林記者会、文部科学記者会、科学記者会、環境記者会、環境問題研究会、東大阪市政記者クラブ、奈良県政・経済記者クラブ、奈良県文化教育記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、弘前記者会同時配付)
本件に関する論文が、令和5年(2023年)11月22日(水)に、英国王立協会が発行する科学誌“Royal Society Open Science(ロイヤル ソサエティ オープン サイエンス)”にオンライン掲載されました。
1.本件のポイント
-
トンボをモデルとして用い、分布拡大種が在来種に及ぼす影響が、温暖化に起因する温度上昇でどのように変化するかを世界で初めて評価
-
温度が上昇するにつれて分布拡大種による影響が大きくなり、在来種の採餌量は減少
-
本研究成果をもとに、野外環境や他の生物でも同様の検証を行うことで、温暖化で分布拡大種がもたらす脅威のプロセスやメカニズムの解明につながる
2.本件の背景
近年の温暖化進行に伴い、低緯度の暖かい地域から高緯度の冷涼・寒冷な地域に生息地を拡大させる生物の存在が、「分布拡大種」として多数報告されています。温暖化による分布拡大種の例として、サンゴや蚊、トンボなどが挙げられます。
一般的に、生物は生息地の気候に適応しているため、温暖化により気温が上昇するだけでも生態に何らかの悪影響が及ぶうえ、在来種は分布拡大種との間で食料獲得の争い(資源競争)だけでなく、直接的に攻撃されるといった脅威にもさらされます。その結果、分布拡大種による在来種の排除が生じ、生態系の構成種が置換(競争的置換)されることで、生態系の質が大きく変化してしまう可能性があります。そのため、分布拡大種の生態影響を迅速かつ正確に評価する必要があります。しかし、分布拡大種が在来種に及ぼす影響が、温度上昇によってどのように変化するかを調査した研究は、これまで国内外問わずありませんでした。
3.本件の内容
研究グループは、分布拡大種のうち北半球側に生息する種を「分布北上種」として着目し、生態系への影響を評価しました。具体的には、台湾から日本に侵入して以降、急速に分布を拡大させている「ベニトンボ」を分布北上種のモデルとして、また、ベニトンボの生息環境や餌資源の重複が示唆される「シオカラトンボ」を在来種のモデルとして、それぞれ選びました。餌資源をめぐる両種の関係性を評価するため、トンボの幼虫であるヤゴを用いて、計3温度帯(27度、29度、31度)で各種が単独で存在する場合の採餌量を基に、両種が対峙した場合の採餌量の変化や、敵対的な行動の有無などについて、実験室内で評価しました。その結果、同一環境下にベニトンボがいたとしても、シオカラトンボの採餌量は基準温度である27度が維持される限り変化せず、温度が上昇するにしたがって、シオカラトンボの採餌量は明確に減少していきました。一方で、ベニトンボの採餌量は、いずれの条件でも温度上昇に伴い増加し、シオカラトンボから受ける負の影響がないということが分かりました。ここから、さらなる温暖化の進行は、分布北上種から在来種に対する負の影響を強め、結果的に生態系の改変をもたらす可能性が示唆されました。
今後、野外環境や、他の生物でも同様の検証を行い、結果の共通性や相違性を明らかにすることで、温暖化で分布拡大する生物がもたらす生態学的脅威の法則やメカニズムの真相究明につながることが期待されます。
4.論文掲載
掲載誌:Royal Society Open Science(インパクトファクター:3.5@2022) 論文名:Global warming intensifies the interference competition by a poleward-expanding invader on a native dragonfly species (地球温暖化は極方向に分布を拡大させる侵入生物による在来トンボ種への干渉型競争を激化させる) 著者:長野光希1*、平岩将良2*、石若直人1、瀬古祐吾1,3、橋本洸哉3,4、内田泰三5、Francisco Sánchez-Bayo6、早坂大亮2※ *筆頭著者 ※責任著者 所属:1 近畿大学大学院農学研究科、2 近畿大学農学部、3 国立環境研究所、4 弘前大学農学生命科学部、5 九州産業大学建築都市工学部、6 シドニー大学 論文掲載:https://doi.org/10.1098/rsos.230449(外部サイトに接続します) DOI:10.1098/rsos.230449
5.本件の詳細
研究グループは、「分布北上種が在来種に及ぼす負の影響が、温暖化に起因する温度上昇に伴って深刻化する」という仮説を立て、ベニトンボとシオカラトンボの幼虫であるヤゴをモデルに、温度上昇に対する採餌量の変化を指標として両種の関係性を評価する実験を行いました。
まず、両種の雌成虫から卵を採取し、孵化後約2カ月のヤゴを試験に用いました。なお、ベニトンボ侵入による影響を侵入初期から評価するために、ベニトンボが侵入したばかりの地域である奈良県北部からシオカラトンボを採集しました。一方、奈良県ではベニトンボの定着が確認されていないため、ベニトンボは定着最北端地域である四国南東部より採集しました。採餌実験は、①単独条件(各種の本来の採餌量が温度上昇によってどう変化するかを調べるため、個別の容器に単独で入れる)と、②対峙条件(両種が同じ環境に存在する場合、両種の採餌量が温度上昇に伴ってどう変化するか調べるため、同じ容器内に対峙させる)の2条件で行い、採餌量を比較しました。温度は、シオカラトンボの採集地である奈良県の直近数年間の最暖月平均気温(27度)を基準に、2100年までに予想される全球規模の温暖化予測(IPCC※1による温暖化シナリオ)から、+2度(現実シナリオ)、+4度(最悪シナリオ)上昇させた、計3種類に設定しました。
シオカラトンボの採餌量を比較した結果、①単独条件下のシオカラトンボは、どの温度でも一定の採餌量であったのに対して、②対峙条件下では、現在の気温の場合においては採餌量に差がないものの、高温になるほど単独条件に比べて対峙条件で採餌量が減少しました。この結果から、ベニトンボが存在しない環境下では、シオカラトンボは温度上昇による影響は受けず、ベニトンボの侵入と温暖化の進行が重なると、採餌量が明確に減少(負の影響)するという実態が明らかになりました。これは、ベニトンボからシオカラトンボへの攻撃回数が温度上昇に伴い上昇し、高温下においてシオカラトンボがベニトンボから一方的に攻撃されたことが原因で起こったと考えられました。一方で、ベニトンボの採餌量は単独、対峙の条件を問わず、温度が上昇するにしたがって増加することが分かりました。つまり、ベニトンボに対するシオカラトンボからの負の影響はないと考えられました。
以上の結果より、現在の環境下では、在来種にとって分布拡大種による影響は軽微であるのに対し、地球温暖化に起因する温度上昇の進行は、これらの種による在来種への負の影響を強め、在来種の適応度※2の低下をもたらす可能性があると考えられます。
6.今後の展望
本研究は、これまで懸念されてきた「温暖化に起因して分布拡大する生物がもたらす在来生態系への影響の温度上昇による変化」の科学的実態を初めて実証したものとなります。今回用いたベニトンボ以外にも、低緯度地域から高緯度地域への生物侵入が多数報告されています。本成果を契機に、さまざまな分布拡大種を用いて温暖化の影響予測が実施されることが期待されます。
7.研究代表者プロフィール
早坂 大亮(はやさか だいすけ)
所属:近畿大学農学部 環境管理学科
近畿大学大学院農学研究科
職位:准教授
学位:博士(学術)
専門分野:生態学、生態リスク学、生態系管理
主な研究テーマ:生物多様性第3(人が持ち込んだもの)および第4(気候変動・地球温暖化)の危機への対応を主眼に、環境攪乱、ストレス、汚染に対する生物・生態系の応答について、分類群を問わず幅広く評価
8.用語解説
※1 IPCC(気候変動に関する政府間パネル):WMO(世界気象機関)とUNEP(国連環境計画)により昭和63年(1988年)に設立された、気候変動に関する科学的な評価を行うための国際的な機関。最新の第6次報告書(AR6)によると、2100年までに世界の平均気温が、ワーストシナリオで4度程度上昇することが予測されている。 ※2 適応度:生物一個体がどれだけ多くの子孫を次世代に残せるかの尺度。
【本件に関するお問合せ先】
学校法人近畿大学 奈良キャンパス学生センター
担当:本藤、松本
nou_koho(末尾に”@ml.kindai.ac.jp”をつけてください)
国立環境研究所企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)
弘前大学農学生命科学部総務グループ(総務担当)
担当:須田
jm3748(末尾に”@hirosaki-u.ac.jp”をつけてください)
九州産業大学総合企画部広報課
担当:建
kohoka(末尾に”@ml.kyusan-u.ac.jp”をつけてください)