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2023年2月28日

グローバル・ストックテイクに向けた広域観測の必要性

特集 温室効果ガスを「見る」ための科学

伊藤 昭彦

 2015年に合意されたパリ協定によって、国際社会は温室効果ガス(GHG: greenhouse gas)の大幅削減へと舵を切りました。産業革命以降の温度上昇を1.5℃以内に抑えるため、2050年までに排出量を実質ゼロにすることを目標に、脱炭素社会の実現に向けて対策が進められています。特に、各国が決定した排出削減への貢献(NDC: Nationally Determined Contribution)が確実に達成されることは、パリ協定を成功に導く上で鍵となります。そのため、5年に一度のペースで現状を確認し、必要に応じて目標の見直しを行うグローバル・ストックテイク(Global Stocktake)を実施することが定められています。その第1回は2023年に実施され、そこにGHGの収支について「最良の科学」に基づいた情報を提供することは、私たちの分野の研究者にとって大きな課題となっています。

 グローバル・ストックテイクでは、国別の排出量を確認するだけでなく、世界全体で大気中のGHG濃度を抑制し、1.5℃の温度目標が達成できるかどうかも重要な論点となります。そのため化石燃料消費などの人為起源だけでなく、森林や海洋など自然起源の吸収・放出量も包括的に考慮する必要があります。国立環境研究所の気候変動・大気質研究プログラムでは、GHGに関する統合的研究を進めております(40巻4号参照)。中でもプロジェクト1(PJ1)「地球規模における自然起源及び人為起源GHG吸収・排出量の定量的評価」は、広域のGHG収支を把握してデータを提供することが期待されています。

 今回の特集『温室効果ガスを「見る」ための科学』では、気候変動・大気質研究プログラムPJ1で実施している、国・地域から全球スケールでのGHG観測についてご紹介します;広大な西シベリア低地での観測は、二酸化炭素(CO2)に加えて強力なGHGとして注目されているメタン(CH4)の濃度を長期的にモニタリングしています(研究プログラム 「シベリアでのタワーを使用したGHGモニタリング」)。全量炭素カラム観測ネットワーク(TCCON)は、世界各地でGHGの気柱(カラム)平均濃度を観測し、さらにGOSATなど衛星観測に検証データを提供しています(研究ノート 「全量炭素カラム観測ネットワーク(TCCON)による温室効果ガスの気柱平均濃度の観測について」)。またGOSATなどに搭載された分光放射計による観測は、CO2の吸収源として注目される植生の光合成に関する新しいデータと推定法をもたらそうとしています(環境問題基礎知識「人工衛星が観測するクロロフィル蛍光を利用した陸域植生CO2吸収量推定」)。PJ1では、その他にも航空機や船舶での濃度観測、森林でのフラックス観測など、様々な手法でGHGを広域的に把握するための研究を行っています。

 今回の特集では収録しきれませんでしたが、観測データを活用したモデル研究を盛んに行っていることもPJ1の特色の1つです。大気中でのGHGの輸送過程を扱うモデルを用いることで、精密に観測された大気中濃度情報から、逆解析と呼ばれる手法により地表での収支とその起源を推定することができます。また陸域や海洋における炭素の動きをシミュレートするモデルによるGHGの放出・吸収のメカニズム解明、さらには地球の気候を扱うモデルに繋げることで予測との連携を進めています。このようなPJ1の観測・モデル研究は、欧米に比べて観測基盤が弱いアジア・太平洋地域において、GHG収支に関する貴重なデータを提供しています。また、グローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)によるGHGの統合解析、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)評価報告書など、国際研究活動にも重要な貢献を果たしています。2023年以降も5年毎に実施されるグローバル・ストックテイクに情報を提供し、より効果的な温暖化対策に貢献するためにも、観測データを拡充し、収支推定の精度を高めるための研究を続けていくことが求められています。

(いとう あきひこ、地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室 室長)

執筆者プロフィール:

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つくば生活も通算で、はや22年になりました。生業とするモデル研究はデスクワーク中心なのに加え、在宅勤務により運動不足が募りましたが、霞ヶ浦でのサイクリング大会に3年ぶりに参加して多少解消された、かな?

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