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2023年2月28日

全量炭素カラム観測ネットワーク(TCCON)による温室効果ガスの気柱平均濃度の観測について

特集 温室効果ガスを「見る」ための科学
【研究ノート】

森野 勇

1.はじめに

 地球大気中の微量ガスを直接採取し濃度と変動を測定することは、世界各地で地上に機器を設置し地上近くの空気を採取する方式、航空機、タワー、船舶に機器を搭載し空気を採取する方式など様々なプラットフォームを用いて、幅広く行われています。リモートセンシング(遠隔計測)と呼ばれている方法は、特定の波長の光を吸収する特性がある微量ガスの原理を用いて、遠方であっても直接採取することなく濃度や変動を知ることができます。リモートセンシングも、様々なプラットフォームで観測が行われていますが、衛星に機器を搭載する方式と地上に機器を設置する方式が最も盛んに行われています。

 国立環境研究所では、地球の温暖化の原因となる温室効果ガスの濃度や変動を把握するリモートセンシングとして、フーリエ変換分光計を搭載した温室効果ガス観測技術衛星、その後継機(前者を「いぶき」(GOSAT)、後者を「いぶき2号」(GOSAT-2))、更に二次元の回折格子型の分光計を搭載した温室効果ガス・水循環観測技術衛星(Global Observing SATellite for Greenhouse gases and Water cycle: GOSAT-GW)(3つの衛星を合わせてGOSATシリーズ)のプロジェクトを環境省、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同で推進しています。また、地上における高精度観測を継続して行うため、さらに、GOSATシリーズなどの衛星観測温室効果ガス濃度の確度と精度を検証するため、地上設置のフーリエ変換分光計による温室効果ガス観測ネットワークに参加しています。本稿では、全量炭素カラム観測ネットワーク(Total Carbon Column Observing Network、TCCON)による温室効果ガスの地上から空の上まで全部合わせた気柱に対する平均濃度の観測について、国環研の取り組みを紹介したいと思います。

2.観測ネットワークの概要と国環研における取り組み

 太陽光が地球大気の層を通過するときに、光が微量ガスによる吸収を受けます。この吸収量をフーリエ変換分光計により測定します。温室効果ガスに特化したフーリエ変換分光計を用いた全球の観測ネットワークはTCCONと呼ばれています。2004年に、米国ウィスコンシン州Park Falls、ニュージーランド オタゴ地域Lauder、ノルウェー領スヴァールバル諸島Ny-Ålesundで観測が開始されました。現在27地点まで拡大しています(図1)。

図1 TCCONの観測地点
図1 TCCONの観測地点(出典:https://tccondata.org)。
●(赤丸)は運用中の地点、■(水色四角)は設置準備を行っている地点、▲(灰色三角)は運用が終了した地点です。

 観測地点は、北米・ヨーロッパ・アジア・オセアニア・大西洋及びインド洋の島嶼が運用中で、中南米が設置の準備を行っていますが、アフリカ・シベリアが現在も空白地点となっています。各観測地点は各国の大学や研究機関が自主的に運用しており、これらの空白地点を埋めることが出来るような設置が期待されています。国環研では、GOSATシリーズプロジェクトの検証活動の一環として、2009年に国環研(茨城県つくば市)でアジア初のTCCON観測地点として運用を開始し、その後陸別(北海道)で運用を開始しました。さらに、東南アジア最初のTCCON観測地点として、フィリピン ルソン島北部のBurgosに、オーストラリアのWollongong大学、フィリピンの地熱・風力・太陽光発電会社と協力して、2017年3月から観測を開始しました。なお、JAXAと佐賀大学は協力して佐賀で運用しています。日本で陸別・つくば・佐賀・Burgosの4地点、国環研で陸別・つくば・Burgosの3地点のTCCON観測地点の運用を行っており、他国と比較して大きな貢献をしています。図2に、国環研の地球温暖化研究棟に設置しているTCCON観測地点の観測機器の様子を示します。

図2
図2 TCCON観測地点の様子(国環研の地球温暖化研究棟)
左:3階の観測室で太陽光を観測するフーリエ変換分光計。右:太陽光を観測室に導くための太陽追尾装置が設置されたドーム。
図2 右

 TCCONの特徴は、共通の観測装置(大型のフーリエ変換分光計と太陽追尾装置)と観測条件で観測を行い、共通の解析手法を用いて温室効果ガスの気柱平均濃度を推定し、航空機による直接測定や気球で採取した空気の分析により得た高度分布を用いて較正、観測運用者以外のものがデータの質を評価及び不適切データを除外し、高精度なデータが公開されていることです(https://tccondata.org)。

3.観測結果の概要

 図3にTCCONで取得された二酸化炭素、一酸化炭素、メタンの気柱平均濃度を示します。縦軸は緯度、横軸は観測年、色がついているところがそれぞれの緯度と年に観測が行われた地点です。TCCONによる観測でも、地上近くの空気を採取・分析する地上測定と同じように、緯度毎の気柱濃度の変動を把握することが出来ます。上図の二酸化炭素気柱平均濃度は、北半球は明確な季節変動を示し、南半球は季節変動がほとんど見られないですが、確実に年々増加していることが分かります。中図の北半球の一酸化炭素気柱平均濃度は南半球より高く、季節変動がハッキリしています。下図のメタン気柱平均濃度は赤道域や北半球の濃度が高く季節変動しながら増加していることが分かります。

図3 TCCONで取得されたCO2、CH4、COの気柱平均濃度。
図3 TCCONで取得された二酸化炭素、一酸化炭素、メタンの気柱平均濃度。
縦軸は緯度、横軸は観測年、色がついているところがそれぞれの緯度と年に観測が行われた地点です。右の色はそれぞれのカラム気柱濃度です。単位は二酸化炭素とメタンはppm(100万分の1)、一酸化炭素はppb(10億分の1)です。(出典:https://tccon-wiki.caltech.edu

 これらのTCCONによる気柱平均濃度はGOSATシリーズプロジェクトの検証だけでなく、米国のOCO-2(Orbiting Carbon Observationy-2)、欧州のTROPOMI、中国のTanSat等の温室効果ガスの気柱平均濃度を観測する衛星の検証に盛んに使われています。図4に、2018年に打ち上げられ現在も運用中の「いぶき2号」による二酸化炭素とメタンの気柱量平均濃度を、TCCONによる気柱平均濃度で検証した結果を示します。

図4 「いぶき2号」のTCCONデータを用いた検証結果の例。
図4 「いぶき2号」のTCCONデータを用いた検証結果の例。
左:縦軸「いぶき2号」による二酸化炭素気柱平均濃度(XCO2)、横軸TCCONによる二酸化炭素気柱平均濃度(XCO2)、右:縦軸「いぶき2号」によるメタン気柱平均濃度(XCH4)、横軸TCCONによるメタン気柱平均濃度(XCH4)。「いぶき2号」データはバージョン2(V02.00)で、各TCCON地点を中心に緯度経度±2度の正方形内のいぶき-2号データと一致したデータを使用しました。比較の期間は2019年8月~2020年7月です。緑色が陸域、青色が海域の観測による気柱平均濃度です。黒線が「いぶき2号」とTCCONデータが一対一を示しています。(引用:GOSAT-2 TANSO-FTS-2 SWIR L2カラム平均気体濃度プロダクト(Ver.02.00)の検証概要)

 二酸化炭素は、陸域と海域共にTCCONデータより2ppm程度高くなっておりTCCONデータからの一致度を示す確度は、現在は初号機の「いぶき」より少し劣りますが今後改善する予定で、データのバラツキの小ささを示す精度は約2ppmで「いぶき」と同じ程度となっています。メタンは、「いぶき」と同じ程度の確度と精度であることが分かります。衛星観測による温室効果ガスの気柱平均濃度は、この様に検証が行われデータの質が確認できて初めて科学研究に利用することができるのです。このため、TCCONによる気柱平均濃度は、衛星観測による温室効果ガスの気柱平均濃度の検証では、なくてはならない検証標準となっています。

 TCCONによる気柱平均濃度は、上記のような衛星観測による気柱平均濃度の検証だけでなく季節変動や経年変動を算出して、各地の温室効果ガス気柱量の変動に関する研究も行われています。また、つくばは風向きによって都市域の影響を受けた大気の観測が可能で、つくばのTCCONデータと近くの気球に機器を搭載して上空の気象要素を測定する、気象ゾンデで取得した風向風速データを用いて、東京都市圏の二酸化炭素排出量の推定が行われました。更に、モデル計算値の評価や大気輸送モデルのインバージョン解析において、排出量を推定するときの観測データとしても使用されています。

4.今後について

 TCCONによる温室効果ガスの気柱平均濃度の観測は20年弱のデータが蓄積され、衛星観測の検証だけでなく、温室効果ガスの動態を研究するために非常に有効なツールとなってきています。しかし、観測地点の空白地点が存在しこれを埋めるように努力が行われていますが、容易ではありません。また、今後の衛星観測による温室効果ガスの気柱平均濃度の精度がますます向上し、今後打ち上げ予定のGOSAT-GWは都市域での観測も積極的に行われるため、TCCONの観測地点だけでは衛星観測の検証は不十分となってきています。現在、TCCONで用いられている大型で高価なフーリエ変換分光計に代わり、机に載る可搬型フーリエ変換分光計を用いた観測ネットワーク(COCCON、COllaborative Carbon Column Observing Network)の構築が進んでいます。可搬性が優れているため、大都市、鉱山域、牧畜域、野外火災、船舶搭載などの集中観測に盛んに利用されています。COCCON観測地点は、TCCONの空白域であるアフリカ、今後重要な都市域においても観測機器が設置されています。COCCONは、機器がコンパクトであるために取得する微量ガスの種類を増やすことが容易ではない弱点があり、TCCONはそのような拡張性に優れています。しばらくは、TCCONとCOCCONは共存していくことになるでしょう。国環研では、つくばをCOCCONの観測地点として登録し、観測を行いデータの提供を行っています。今後は、TCCONやCOCCONによる温室効果ガスの気柱平均濃度の観測を継続し、GOSATシリーズプロジェクトや衛星観測データの検証への活用だけでなく、TCCONやCOCCONによる温室効果ガスの気柱平均濃度を用いた研究も、国内外の研究者と協力して積極的に展開していきたいと考えています。

(もりの いさむ、地球システム領域 衛星観測研究室/衛星観測センター 主幹研究員)

執筆者プロフィール:

筆者の森野勇の写真

日本一の大きな琵琶湖の近くで生まれ育ちました。温室効果ガスの観測に関する研究をするために、つくば市に来て過ごした時間が、人生の半分となりました。つくば市近郊は、霞ヶ浦も近くにあり、自然も豊かで、食べ物も美味しく、とても気に入っています。

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