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2021年4月22日

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我が国における金属由来の粒子酸化能の大気中濃度について、初めて予測に成功し、発生源別の寄与率を評価しました—健康影響の低減に効果的な大気汚染物質の削減に向けて—

(筑波研究学園都市記者会、気象庁記者クラブ、自動車産業記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、京都大学記者クラブ同時配布)

2021年4月22日(木)
気象研究所
日本自動車研究所
国立環境研究所
計量計画研究所
聖路加国際大学
慶應義塾大学
京都大学
 

   大気中の粒子酸化能は、生体に酸化ストレスを与える原因となる粒子の酸化能力のことで、呼吸器・循環器系の急性疾患に強い関連を示すことが指摘され、国内外で注目されています。
   今般、我が国における金属由来の粒子酸化能の大気中濃度について、試薬実験と野外観測の結果を元にした数値シミュレーションで初めて予測に成功し、その発生源別の寄与率を評価しました。
 

 大気中の微小粒子状物質(PM2.5)の質量濃度は、慢性・急性の呼吸器・循環器疾患や早期死亡に関連があることが従前から指摘されています。近年、肺に取り込まれた粒子状物質(PM)が生体に与える酸化ストレスを試験管系1で評価する手法として、粒子の酸化能(Oxidative Potential; OP)を用いた研究が盛んに行われています。OPは、PM中の遷移金属と有機物が主要因とされ2、海外においては呼吸器・循環器系への急性疾患と強い関連性を持つことが分かって来ましたが、数値シミュレーションを活用したOPの大気中濃度の予測研究はこれまでほとんど行われてきませんでした。
 そこで、気象庁気象研究所、日本自動車研究所、国立環境研究所、計量計画研究所、聖路加国際大学、慶應義塾大学及び、京都大学の研究グループはまず、OPが高いと言われている遷移金属のうち、発生量も比較的多い、銅(Cu)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、バナジウム(V)に着目し、各金属の単位質量濃度あたりの酸化能の試薬実験結果を掛け合わせて合計することで得られる金属由来のOP(transition metal based cumulative oxidative potential; OPtm*)を数値シミュレーションと西日本における野外観測から算出し、両者の比較からその予測可能性と発生源寄与率を我が国において初めて評価しました(図)。
 その結果、両者の値やその変化傾向がよく一致したことから、OPtm*の分布がある程度精度よく予測できることが示されました。また、春先は人為起源の影響が小さくなる傾向(黄砂の寄与が増加)や、寒候期に国内寄与率が小さくなる傾向(越境汚染の寄与の増加)があることも分かりました。さらに、我が国の人為起源排出量においては、主にブレーキ粉塵や鉄鋼業、次いで発電所、排気ガス、鉄道などからの寄与が示されました。
 本研究では、有機物のOPを考慮していませんので、今後、数値シミュレーション技術のさらなる改良とともに、大気科学、分析化学、毒性学、疫学の連携研究が求められます。
 本研究成果は、2021年3⽉22⽇付けで、Springer Natureが発行する「Scientific Reports」誌に掲載されています。

1 細胞を使わずに化学的に分析・定量する手法。
2 酸化能のうち遷移金属の寄与率が80%とする研究もある(Charrier and Anastasio et al., 2012;【外部サイトに接続します】 Fujitani et al., 2017【外部サイトに接続します】)一方、40-60%しか説明できないとする研究もある(Nishita-Hara et al., 2019【外部サイトに接続します】

鳥取県米子市における全粒径(微小+粗大)OPtm*の観測値と予測値の図
図:(左)鳥取県米子市における全粒径(微小+粗大)OPtm*の観測値(青)と予測値(赤)。期間は2013年3月から12月、時間分解能は1日。(右)予測値における発生源寄与率(赤:人為起源の割合、緑:微小粒子の割合、青:国内寄与率)。見やすさのため10日平均値を表示。

<発表論文>

掲載誌 :Scientific Reports
タイトル:Simulation of the transition metal-based cumulative oxidative potential in East Asia and its emission sources in Japan
著者名 :Mizuo Kajino, Hiroyuki Hagino, Yuji Fujitani, Tazuko Morikawa, Tetsuo Fukui, Kazunari Onishi, Tomoaki Okuda, Yasuhito Igarashi
所属  :梶野瑞王(気象庁気象研究所)、萩野浩之(日本自動車研究所)、藤谷雄二(国立環境研究所)、森川多津子(日本自動車研究所)、福井哲央(計量計画研究所)、大西一成(聖路加国際大学)、奥田知明(慶應義塾大学)、五十嵐康人(京都大学)
掲載場所:https://www.nature.com/articles/s41598-021-85894-z【外部サイトに接続します】

<関連情報>
本研究は(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20165005)の助成を受けました。また一部、同推進費(JPMEERF20165051)、科研費(JP19K19468、JP25870447、 JP20H00636)、鳥取大学乾燥地研究センター共同研究(No.27C2001, 28D2005, 30D2003, 02C2010)の助成を受けました。

問合せ先:気象研究所 全球大気海洋研究部 主任研究官 梶野瑞王
(広報担当)
気象研究所 企画室 広報担当 TEL:029-853-8535

一般財団法人日本自動車研究所 企画・管理部
広報グループ
TEL:03-5733-7921
E-mail:sogomado(末尾に@jari.or.jpをつけてください)

国立研究開発法人 国立環境研究所 企画部広報室
TEL:029-850-2308
E-mail:kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

一般財団法人 計量計画研究所 総務部
TEL:03-3268-9911(代表) FAX: 03-3268-9919
E-Mail: webmaster(末尾に@ibs.or.jpをつけてください)

聖路加国際大学 法人事務局 広報課
TEL:03-6226-6366 FAX:03-6226-6376
E-mail:pr(末尾に@luke.ac.jpをつけてください)

慶應義塾大学 広報室
TEL:03-5427-1541  FAX : 03-5441-7640
E-mail: m-pr(末尾に@adst.keio.ac.jpをつけてください)

京都大学 総務部広報課国際広報室
TEL:075-753-5729  FAX:075-753-2094
E-mail:comms(末尾に@mail2.adm.kyoto-u.ac.jpをつけてください)
 

1.背景

 微小粒子の質量濃度(PM2.5)は、慢性・急性の呼吸器・循環器疾患や早期死亡に関連があるとされ、研究が進められて来ました。
 近年、肺に取り込まれた粒子状物質(PM)が生体に与える酸化ストレスを試験管系で評価する手法として、粒子の酸化能(Oxidative Potential; OP)を用いた研究が盛んになっています。OPは、還元剤がPMによって単位時間あたりに酸化する量(消費量)で定量・評価します。本研究ではOP測定に広く使われる手法の一つである、還元剤Dithiothreitol(DTT)を用いたDTTアッセイ3を採用しています。Batesらの研究4では、DTTを用いたOP(OPDTT)測定値が、PM2.5に比べて喘息や喘鳴、うっ血性心不全による救急搬送とより高い関連があるという結果を示し、またAbramsら5は、OPDTTは特に虚血性心疾患による救急搬送の3日移動平均値と高い関連を持つことを示しました。このように海外においては、OPが呼吸器・循環器系への特に急性疾患と強い関連を示すことが分かって来ましたが、我が国においてはOPの健康への影響はまだ明らかにされていません。また発生源寄与率の推定や発生源対策の効果を評価するためには、OPの大気中濃度の時間変化や空間分布を予測することが有用ですが、大気の数値シミュレーションを用いてこれらを予測する研究はこれまでほとんど行われて来ませんでした。令和3年3月現在でもヨーロッパにおける研究が一例あるのみです6
 OPには主に遷移金属と有機物による関与が指摘されていますが、以上の背景から本研究ではまず、OPが高いと言われる遷移金属のうち、発生量も比較的多い、銅(Cu)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、ニッケル(Ni)、バナジウム(V)に着目し、アジア域および東アジア域における遷移金属の排出インベントリの構築(日本自動車研究所、計量計画研究所)、気象庁領域気象化学モデルNHM-Chemにおける遷移金属の輸送・沈着過程の実装(気象庁気象研究所)、遷移金属の単位質量濃度あたりのOPに関する試薬実験(国立環境研究所)、鳥取県米子市における遷移金属の大気濃度観測(聖路加国際大学、慶應義塾大学)を用いて、試薬実験結果から積み上げた金属由来のOP(Transition metal based cumulative oxidative potential; OPtm*)を数値シミュレーションと野外観測から算出して両者を比較することで、OPtm*の予測可能性と発生源寄与率を我が国において初めて評価することを目的としました。OPtm*の算出方法を下式に示します。

算出方法の式

ここで、iは5種類の金属、rは試薬実験から得られた単位質量あたりの酸化能、χは水溶性割合、Tは大気濃度(観測結果もしくはシミュレーション結果)、fはシミュレーションの補正項(環境省によるPM2.5の全国調査結果7(本研究で用いた観測とは異なるもの)から算出、観測の場合は1)を示します。


3 Kumagai et al. (2002)【外部サイトに接続します】。OPの単位はmol-DTT/min/m3となる。
4 Bates et al. (2015)【外部サイトに接続します】。米国ジョージア州アトランタでの疫学研究。
5 Abrams et al. (2017)【外部サイトに接続します】。アトランタでの集団レベルの疫学研究。
6 Daellenbach et al. (2020)【外部サイトに接続します】が昨年ヨーロッパにおいて初めて実現。
7 https://www.env.go.jp/air/osen/pm/monitoring.html【外部サイトに接続します】

2.解析の結果

 OPtm*を数値シミュレーションと西日本における野外観測から算出し、両者の比較からその予測可能性と発生源寄与率を明らかにしました(図1)。その結果、観測とシミュレーション予測のOPtm*の値やその変化傾向がよく一致したことから、OPtm*の分布がある程度精度よく予測できることが示されました。また春先は人為起源の影響が小さくなる傾向(黄砂の寄与が増加)や、寒候期に国内寄与率が小さくなる傾向(越境汚染の寄与の増加)が示されました。図2に示す、東アジアにおけるOPtm*の季節平均値、また図3に示す、図2の結果を境界条件として九州から関東にかけての日本域を詳細に計算した結果からも、図1の発生源寄与率変動が見て取れます。図4に、我が国の人為起源排出量における発生セクター別の寄与率を示します。OPtm*への寄与については主にブレーキ粉塵や鉄鋼、次いで発電所、排気ガス、鉄道などからの寄与が示されました。

3.考察と展望

 本研究はまだ発展途上であり、様々な適用限界があります。各種遷移金属の水溶性については場所や季節によらず先行研究8から一定と仮定しています。キノン類などの有機物も高いOPを示しますが9、それを考慮していません。また遷移金属と有機物は互いに相互作用をすると考えられていますが10、それも考慮していません。発生源の粒径分布情報については、微小粒子と全粒径を大別するだけで、細かい粒径分布情報は得られていません。さらに我が国では疫学研究からOPの有用性が評価されていません。また粒子毒性にはOPだけでなく、発がん性物質や内分泌かく乱物質なども関係します。従って今後、大気科学、分析化学、毒性学、疫学など関連分野を密接に連携させた研究のさらなる展開が必要と考えています。
 一方、現段階でも言えることはあります。PM2.5には無害な成分もあるため、発生源対策としては、有害物質のみを効果的に減らすことが求められます。たとえば、アンモニアの排出規制がPM2.5の大気濃度を効果的に減らすとする研究がありますが、PM2.5は減ってもOPをはじめとする粒子毒性は減らないと考えられるため、あまり効果的な対策にはならないという見方もあり得ます。
 今後もPMの健康影響低減に真に有効な発生源対策の立案に役立つ基盤技術の確立を目指して、我々のグループは研究開発を進めてまいります。


8 Okuda et al. (2007)【外部サイトに接続します】。東京における観測データの年平均値を利用。
9 Verma et al. (2015)【外部サイトに接続します】。ジョージア州アトランタにおける観測研究。
10 Yu et al. (2018)【外部サイトに接続します】。ジョージア州アトランタにおける観測研究。

鳥取県米子市における全粒径の観測値と予測値
図1:(左)鳥取県米子市における全粒径(微小+粗大)OPtm*の観測値(青)と予測値(赤)。期間は2013年3月から12月、時間分解能は1日。(右)予測値における発生源寄与率(赤:人為起源の割合、緑:微小粒子の割合、青:国内寄与率)。見やすさのため10日平均値を表示。

東アジア域に関する計算結果の図
図2:東アジア域に関する計算結果。(左)人為起源の微小粒子中、(中央)人為起源の粗大粒子中、(右)鉱物粒子(黄砂)起源の金属由来のOPtm*地上濃度の季節平均計算値。上から春(3-5月)、夏(6-8月)、秋(9-11月)、冬(1, 2, 12月)。背景に標高と風ベクトルを示す。

九州から関東にかけての日本域の詳細計算の図
図3:九州から関東にかけての日本域の詳細計算。(左)微小粒子中の金属由来の粒子酸化能(PM2.5-OPtm*)の地上濃度と、(右)その国内からの発生源寄与率の季節平均計算値。上から春(3-5月)、夏(6-8月)、秋(9-11月)、冬(1, 2, 12月)。背景に標高と風ベクトルを示す。

我が国のOPtm*の人為起源排出量における発生セクターの地域別寄与率
図4:我が国のOPtm*の人為起源排出量における発生セクターの地域別寄与率。上は微小粒子(PM2.5)、下は全粒径(Total Suspended Particles; TSP)。左から全日本域、九州沖縄、中国四国、関西、中部、関東、北海道東北。発生セクターは上から順に、野焼き(Field burning)、鉄道(Railway)、ブレーキ粉塵(Road (brake))、排気ガス(Road (exhaust))、発電所(Power)、焼却施設(Incineration)、その他(Others)、船舶(Navigation)、鉄鋼業以外の金属工業(Industry (metals))、鉄鋼業(Industry (iron steel))、金属以外の工業(Industry (others))、家庭(Domestic)、航空機(Aviation)を示す。ただし、鉄道からの排出は関東エリアしか考慮されていない。

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