大気中微小粒子状物質(PM2.5)・ディーゼル排気粒子(DEP)等の大気中粒子状物質の動態解明と影響評価プロジェクト(終了報告)
平成13〜17年度
国立環境研究所特別研究報告 SR-74-2006
1 研究の背景と目的
本研究プロジェクトでは、都市大気中のPM2.5やDEPなどの粒子状物質による大気汚染の動態解明と健康影響の評価のため、ディーゼル自動車をはじめとする発生源の実態解明,測定方法,微小粒子の物理・化学的性状の測定方法の開発,環境大気中での挙動の解明,動物曝露実験による量-反応関係の検討などを行い、フィールド調査を重視した測定方法の高度化を進め、発生から人への曝露までを総合した評価モデルを構築し、発生源対策シナリオごとに健康影響低減効果の定量的予測手法を構築することを目的とした。具体的な研究手法としては、室内実験(低公害車実験施設、風洞実験施設、動物曝露実験施設などを利用)、フィールド観測、モデル研究、データ解析研究等を基に、発生源から影響評価に至る一連の研究を総合的・分野横断的に実施した。研究成果として示した5つの研究課題についても、担当研究者が相互に連携しながら実施したものである。
2 報告書の要旨
(1) 排出実態と環境動態の解明
シャシーダイナモ及び車載計測装置による実験により,粒子及びガス状大気汚染物質の実使用条件下における排出特性やナノ粒子と呼ばれる微小粒子の排出特性を把握した。さらに,沿道及び都市大気中における微小粒子の長期間モニタリングや粒径別組成分析を行い,沿道及び一般大気中における微小粒子の粒径分布や個数濃度などの動態,粒径別の物理化学特性を明らかにした。(図1)
(2) 大気汚染モデル等による環境動態の解明
風洞実験,航空機観測,モデル解析,データ解析をもとに,沿道スケールから地域スケールにおける粒子状物質の動態を総合的に把握し,対策評価手法を開発した。
風洞実験では、道路沿道の大気汚染高濃度地区における大気汚染対策手法を提案・評価した。航空機観測を含む野外観測では、都市域における粒子状物質の動態を立体的に把握し、その汚染機構を解明した。また、全国で観測されたSPM濃度データを用いて、全国分布や経年変化を解析し、SPM環境基準の達成/非達成には,春季の黄砂による影響が大きいことを明らかにした。
一方、粒子状物質の発生源と環境大気中濃度の定量的関係を把握するために,対象スケールの異なる複数の大気質モデル(風洞実験に基づく沿道大気汚染モデル,越境汚染影響を考慮した都市大気汚染モデル)を開発した。さらに、開発した都市大気汚染モデルをもとに、地方環境研究所との共同により,都市大気汚染予報システムを構築した(図2)。
(3) 計測法の検討
各種の測定方法に基づくPM2.5モニタリング装置の並行試験を行った。各装置とも濃度の変動は一致したが,ピーク時の濃度,ベースラインの変動の幅は異なった。また,米国環境保護庁(U.S.EPA)認証のFRM式ローボリウムサンプラとの比較を行った(図3)。冬季はいずれもFRMと概ね一致したが,夏季はβ線吸収式においてFRMより高い傾向を示した.これらの装置は試料空気の除湿を行っていないことから,高湿度となる夏季に影響を受けることが示唆された。
PM2.5モニタリング装置の種類 | ||
装置 | 粒子検出法 | 試料空気の除湿 |
TEOM | フィルター素子振動法 | あり |
BAM-1 | β線吸収式 | なし |
BAM-2 | β線吸収式 | なし |
BAM-3 | β線吸収式 | なし |
BAM-4 | β線吸収式 | なし |
Hybrid | β線吸収式+光散乱 | あり |
その他、ブラックカーボン(BC)モニタリング装置の並行試験を行い,装置間の測定濃度の差異を把握した。さらに、熱分離法および熱分離・光学補正法による炭素分析法の比較検討を行った。有機炭素の熱分解の影響およびそれを補正する2つの光学補正法の違いによって,元素状炭素および有機炭素の値は異なった。また,有機炭素の熱分解について適切に光学補正を施せる採取方法・条件を明らかにした。
(4) 実験研究による毒性評価
循環系への影響を検討し,全排気と除粒子排気曝露で異常心電図や心拍変動が生じること,作用はガス状成分またはフィルタで除去されない粒子成分にある可能性,DEP中の成分の一つであるニトロフェノール類が影響の一因になる可能性があることなどを明らかにした。また、老齢ラットの方が影響を受けやすいことが示唆された(図4)。また、DEPの血管平滑筋細胞と血管内皮細胞への影響を解析し,肺高血圧等の循環器系への負担を増加させる要因になる可能性を明らかにした。
呼吸・免疫系への影響に関する検討では,感染性肺傷害では粒子成分,アレルギー性気道炎症では有機成分が病態を増悪すること(図5)、およびその要因としてDEP有機成分の抗原提示機能増幅作用があることを見いだした。呼吸・免疫系に影響を及ぼす成分は病態によって異なる可能性と成分の共存により影響が増幅される可能性を明らかにした。
(5) 曝露量に基づく対策評価
PM2.5・DEPをはじめとする都市大気汚染の曝露量低減のための交通・物流システムに係る対策の効果を評価する手法を開発した。開発したモデルでは自動車交通量から大気汚染物質の排出量の推計を介して濃度分布を推計し、さらに人の行動を加味した曝露評価モデルを用いることによって、対策による交通量や排出係数の変化が曝露量に与える影響を推計するシステムの開発を目指した。
この曝露評価モデルを用いてディーゼル車規制及びロードプライシングを例として南関東地域での対策評価を試行した。東京都区部に居住する個人の平均曝露濃度の分布を、対策シナリオ毎に整理した結果を図6に示す。曝露濃度10μg/m3を超える人口で見ると、ディーゼル車規制による効果が非常に大きく、その上、ロードプライシングを追加することにより、曝露濃度10μg/m3程度の人口をさらに減少させる効果があることが分かった。OD(起終点)交通量の減少を仮定した場合とOD交通量の固定を仮定した場合の差はあるが、大きくはなかった。