福島県避難指示区域内外における飛翔性昆虫の分布調査結果について
~益虫の減少や害虫の大発生は現時点では見られず~
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、福島県政記者クラブ同時配付)
国立研究開発法人国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター/福島支部準備室
研究員 吉岡明良
准特別研究員 三島啓雄
研究員 深澤圭太
避難指示区域の生態系は耕作の停止等に伴う環境変化によって今後大きく変化していくことが予想されますが、少なくとも2014年時点では、送粉昆虫の極端な減少や衛生害虫の大発生など飛翔性昆虫類の大きな変化は生じていないことが示されました。
1.背景
東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故により、福島県の一部の地域では避難指示区域(帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域)が設定され、耕作等の営みが停止しています。このような人間活動の停止は環境の変化を招き、将来的には生態系を大きく変化させる可能性があります。特に、福島県のように農地や森林が多く、人と自然が共生してきた歴史を持つ里地里山的な地域では、今後の復興と住民の帰還に備えて、生態系の変化を正確に把握しておく必要があります。
昆虫類は植物の花粉媒介(送粉)をはじめ、生態系において重要な役割を担っている生物の一つです。同時に、益虫や害虫などとも呼ばれるように、人の生活にも密に関わっています。避難指示区域内の放射線量では、昆虫個体群への直接的な影響は大きくないと推測されますが(文献1,2)、耕作や庭の管理の停止によって特定の植物種のみが繁茂することで、多様な花粉を利用する送粉昆虫が減少することや、鳥獣が増加することで、それらに寄生する衛生害虫が増加する可能性も考えられます。
国立環境研究所では、避難指示区域内の生態系の変化を把握するための基礎的な知見を得ることを目的として、避難指示より3年以上経過し、無居住化による生態系の変化が生じ始めていると考えられる福島県の避難指示区域とその周辺で調査を行い、様々な益虫・害虫を含む飛翔性昆虫類の個体数が避難指示区域内外で異なるかを検討しました。
2.方法
調査
飛翔性昆虫類の調査は9市町村内の52の小中学校(休廃校含む)の校庭にて、各市町村の許可を得て行いました(図1)。各小中学校には、2014年5月中旬から7月中旬にかけて、マレーズトラップ(写真1)と呼ばれる昆虫採集装置を設置しました。その結果、47地点で分析可能な昆虫サンプルを取得することができました。
採集されたサンプル(昆虫類、クモ類)に関して、体長約4mm以上(アリ類はより小さいもの含む)のハチ目、ハエ目、コウチュウ目、カメムシ目、チョウ目、クモ目を分類・計数しました。さらに送粉昆虫や衛生害虫を多く含むハチ目、ハエ目はより詳しく分類・計数し、ミツバチ科に関してはなるべく種レベルまで同定しました(表1-1, 1-2)。
統計解析
避難指示の段階(帰還困難区域・居住制限区域・避難指示解除準備区域・避難指示区域外)に沿って、住民の避難による生態系の変化の程度は異なってくると考えられます。そのため、ベイズ統計モデルと呼ばれる統計モデルを構築して、震災前の環境(土地利用、人口等)を考慮しつつ、この4段階の区域が各昆虫分類群の個体数にどの程度影響しているかを解析しました。
3.主な成果
統計解析の結果、解析対象となった分類群では、キムネクマバチのみが避難指示区域内において個体数が顕著に少ないことが示されました(図2, 表1-2)。一方、他の分類群は避難指示区域内外で個体数に統計的に顕著な差が見られないか、またはキオビツヤハナバチ、キマダラハナバチ属などでは区域内で増えている傾向が示されました(図2, 表1-2)。キムネクマバチが避難指示区域で採集されなかったのは、避難による園芸植物の減少等が関係しているかもしれません。一部の分類群において避難指示区域内で個体数の増加が見られたのは、耕作停止によって繁茂した植物類がむしろ餌資源や生息場所を提供したためと考えられます。
4.今後の展望
本研究の結果から、解析対象となった飛翔性昆虫に関して、2014年の時点ではキムネクマバチを除いて避難指示区域内で顕著な減少は確認されず、多様性の著しい喪失は生じていないことが示唆されました。益虫・害虫という観点でみると、津波直後に見られたようなアブ・ハエ類などの大発生は起きてないことが分かりました。また、ハナアブ、ハチ類等の送粉昆虫に関しても、キムネクマバチを除いて避難指示区域内で顕著な減少は見られませんでした。
ただし、本研究の結果は一回の調査に基づいているため、解釈には注意が必要です。さらに避難指示が長引くことで、昆虫群集に新たな変化が見られる可能性があります。また、マレーズトラップによる採集が難しい分類群についてはまだ評価がなされていません。そのため、他の昆虫調査手法を取り入れながら、モニタリング調査を継続していくことが重要だと考えられます。また、国立環境研究所では同時に耕作停止等の土地利用変化の調査も行っており、それらと昆虫類の関係についても解析を進める予定です。
5.謝辞
本研究を進めるにあたって、福島県飯舘村、いわき市、伊達市、相馬市、田村市、浪江町、楢葉町、二本松市、南相馬市の関係者各位には大変お世話になりました。ここに記し、感謝の意を表します。
6.研究助成
本研究は、国立環境研究所環境回復研究プログラムPJ2「生物・生態系影響の解明」の一環として実施いたしました。
7.問い合わせ先
国立研究開発法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター/福島支部準備室
研究員 吉岡 明良(よしおか あきら)
Tel: 029-850-2190
E-mail: yoshioka.akira(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
8.発表論文
Akira Yoshioka, Yoshio Mishima, Keita Fukasawa (2015) Pollinators and Other Flying Insects Inside and Outside the Fukushima Evacuation Zone. PLOS ONE
DOI: 10.1371/journal.pone.0140957
リンク:http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0140957
9.参考文献
reconstruction signals ecological consequences. Environ Sci Technol. 2011; 45:
5077-5078.
2.Garnier-Laplace J, Geras’kin S, Della-Vedova C, Beaugelin-Seiller K, Hinton TG,
Real A et al. Are radiosensitivity data derived from natural field conditions
consistent with data from controlled exposures? A case study of Chernobyl
wildlife chronically exposed to low dose rates. J Environ Radioactiv. 2013;121:
12-21.