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2020年11月10日

共同発表機関のロゴマーク
霞ヶ浦の多面的な経済価値を算出
~多様な恵みを提供する湖、水質の改善と生物の保全が重要~

(筑波研究学園都市記者会、茨城県庁記者クラブ、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)

令和2年11月10日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
 生物・生態系環境研究センター
茨城県霞ケ浦環境科学センター
いであ株式会社
 

   国立環境研究所生物・生態系環境研究センター、茨城県霞ケ浦環境科学センター、いであ株式会社の共同研究チームは、複数の経済学的な評価手法を用いて、霞ヶ浦から得られる自然の恵み(生態系サービス)の価値を多面的に評価しました。その結果、市場価格等を用いた評価方法から、霞ヶ浦の生態系サービスの経済的価値は、少なくとも年間1217億円にも及ぶこと、単位面積当たりの試算では、世界の湖沼・河川の平均的な経済的価値の約4倍高いことが明らかになりました。また、アンケートを用いた評価方法から、良好な水質、水質の浄化機能、生物の生息は、他のサービスに比べて、特に経済的価値(支払意思額※1)が高いことが明らかになりました。
   本研究は、自治体レベルで個別の湖沼を対象に、多様な生態系サービスの価値評価を統合的に行った国内初の研究事例であり、これらの成果は、霞ヶ浦の水循環・生物多様性・生態系の保全・管理に関する環境行政、多様なステークホルダーとの地域づくりや対話に活用されることが期待されます。
   本研究の成果は、令和2年9月20日付で生態学と工学の境界分野の学術誌「応用生態工学会誌」の特集号として掲載されました。
 

1.背景と目的

   湖沼は、飲料水や農業用水、漁獲物、洪水調整、水質浄化、生き物の生息場所、遊びの場やリフレッシュできる空間など、多様な恵み(生態系サービスと呼びます)を私たちにもたらしてくれます。しかし近年、湖は、富栄養化、湖岸改変、外来種の侵入、気候変動など、様々な影響を強く受け、生態系サービスの劣化が急速に進んでいます。同時に、都市化やグローバル化が進む現代社会の暮らしでは、湖沼の恵みを体感しにくくなっています。そのため湖沼では、価値が十分に認識されないまま失われつつある生態系サービスもあります。湖が提供する多様な生態系サービスを持続的に活用・保全するためには、生態系サービスの価値を誰もが理解しやすい貨幣単位という一元化された尺度で、その価値を可視化することが第一歩です。
   2018年10月に茨城県つくば市で開催された第17回世界湖沼会議をきっかけとして、霞ヶ浦(西浦・北浦・常陸利根川を含むが、流域は含めない)が有する多様な生態系サービスの価値について試算することを目指しました。飲料水や漁獲高のように市場価格が存在する場合は、その価値を市場価格に置き換えて生態系サービスの貨幣価値を求めることが可能ですが、希少生物や絶滅危惧種のように市場価値を持たないものはアンケート調査等で人々に価値を直接尋ねることで価値を求める必要があります。つまり、人々が享受している生態系サービスの価値を網羅的に把握するためには複数のアプローチを組み合わせて評価する必要があります。そこで、本研究では、複数の経済評価手法を相補的に用いて、可能な限りより多くの生態系サービスを網羅し、霞ヶ浦から生み出される生態系サービスの価値を算出しました。

2.研究結果

   霞ヶ浦の生態系サービスを供給・調整・文化的・基盤の4つに分類※2し,計25項目及びその指標を整理しました(表1)。生態系サービスの指標の推移(享受量の変化)の特徴として、魚種や植物などの生物多様性や人々が霞ヶ浦と触れ合うような項目の指標が減少したことが明らかとなりました。減少した項目の多くは自然資本※3から直接得られるサービスだった一方、増加した項目の多く(特に利水や治水)が、人工資本※3を介すことによって得られるサービスであったことも分かりました。市場価格等の情報が得られた14項目について、代替法を用いて経済価値評価を行った結果、霞ヶ浦は年間1217億円の生態系サービスを生み出していることが明らかになりました(表1)。

霞ヶ浦の生態系サービスの指標の推移と経済価値の表の画像
表1:霞ヶ浦の生態系サービスの指標の推移と経済価値。1945 年から 2018 年までの各指標の推移は、主に農産物や取水、洪水調節、環境学習、観光帆引き船など人間活動を豊かにする項目で増加したが、漁獲や養殖、水辺遊び、魚種や植物など生物多様性や人々が霞ヶ浦と触れ合うような項目では減少していた。経済的な価値で最も高かったのは洪水調節であったが、堤防整備や常陸川水門の設置等の人工資本の投入によってサービスが強化された結果。

   代替法では市場価格がない生物多様性などの生態系サービスは評価することができません。そのため、本研究では全国及び霞ヶ浦流域の市民を対象に選択型実験(コンジョイント分析)を組み込んだWEBアンケート調査を実施し、水浴等レクリエーションとしての水質(文化的サービス)、希少魚類の生息(基盤サービス)、漁獲量(供給サービス)、湖岸植生帯(調整サービス)という4つの生態系サービスに対する貨幣評価を行いました。分析の結果、市場価格がなく、代替法では評価が困難であった文化的サービスおよび基盤サービスに対しても、全国及び流域の人々が一定の支払意思額を有することをが示されました。具体的には水質を現在の状態からややよい状態に改善することに対して全国の人々は5829円、流域の人々は5616円支払意思を示しました(図1)。また、生息する希少魚類を3種から6種に改善することに対して、それぞれ3457円、2767円の支払意思額を示しました。またこれらの水質浄化や生物の生息に関する生態系サービスは今回の研究で実施した別のアンケート調査(ベスト・ワースト・スケーリング法による調査;西ほか 2020)においても、全国及び流域の人々から相対的に高く評価されており、人々にとって市場価格で評価できない霞ヶ浦の生態系サービスが重要な役割を有していることは確かな結果であることがわかりました。

左はアンケート調査のシナリオに用いた現在の状態および改善した状態を示す各生態系サービスの値と単位、右はアンケート調査から算出した各生態系サービスの改善に対する支払意思額の図
図1:(A)アンケート調査のシナリオに用いた現在の状態および改善した状態を示す各生態系サービスの値と単位。(B)アンケート調査から算出した各生態系サービスの改善に対する支払意思額。アンケート調査は流域および全国の人々を対象にそれぞれ実施している

3.まとめと展望

   複数の経済評価手法を用いることにより、霞ヶ浦は、1年当たり供給サービス463億円、調整サービス751億円、基盤サービス166億円、文化的サービス3億円と、多様な生態系サービスを提供していることが明らかになりました(図2)。一概には言えませんが、既存研究(Constanza et al. 2014※4)によると、世界の湖沼・河川の平均的な経済価値は147万円/ha/年(著者ら換算)と見積もられています。代替法による評価額だけでも、霞ヶ浦の生態系サービスの価値は、その約4倍高い結果となりました。霞ヶ浦から得られる全ての生態系サービス価値を、今回評価できたわけではありません。今後、経済価値が難しいサービスについても、研究上の課題を克服することで、霞ヶ浦は、本研究の試算以上の経済価値を生み出していることが明らかになると考えられます。

生態系サービスのカテゴリーごとに集計された霞ヶ浦の経済価値の図
図2:生態系サービスのカテゴリーごとに集計された霞ヶ浦の経済価値。a: 代替法の結果。b: 選択型実験(コンジョイント分析)の結果、希少魚類の回復に対する支払意思額をもとに算出。

   霞ヶ浦の多様な価値を、改めて認識し、生態系サービスの活用と保全を両輪で推進していく施策が必要です。また、アンケート調査の結果から、水質の改善と生物の保全に関する支払意思額や意識が特に高かったことから、それらに答えるような施策の検討が必要です。
   本研究のスキームが、様々な自治体で広く展開され、湖沼が生み出す生態系サービスの価値が主流化されることが望まれます。今後、気候変動や自然災害によって、生態系サービスが大きく変化することが予想されます。気候変動への適応や防災・減災を踏まえた湖沼管理に向けて、本研究を礎にさらに発展させていく必要があります。

4.研究助成

   本研究は、国立環境研究所と地方環境研究所等との共同研究(Ⅰ型)、国立環境研究所の自然共生研究プログラム(プロジェクト5 生態系機能・サービスの評価と持続的利用)ならびに環境経済評価連携研究グループの研究成果です。一連の研究は、「霞ヶ浦の生態系サービスに関する経済評価・評価検討委員会(座長:中村太士教授(北海道大学大学院農学研究院))」を設置し、有識者から助言を頂きながら実施しました。

5.発表論文

特集号には、序文、3報の事例研究、意見論文の計5報が掲載されました。

松崎慎一郎・北村立実・西浩司・松本俊一・久保雄広・山野博哉・幸福智・菊地心・吉村奈緒子・福島武彦(2020)複数のアプローチを用いた霞ヶ浦の生態系サービス経済評価の試み:特集を企画するにあたって.応用生態工学会誌23(1): 213-215

北村立実・松崎慎一郎・西浩司・松本俊一・久保雄広・山野博哉・幸福智・菊地心・吉村奈緒子・福島武彦(2020)霞ヶ浦の生態系サービスの享受量の変遷及び代替法による経済評価.応用生態工学会誌23(1): 217-234

幸福智・久保雄広・北村立実・松崎慎一郎・松本俊一・山野博哉・西浩司・菊地心・吉村奈緒子・福島武彦(2020)選択型実験を用いた霞ヶ浦の生態系サービスの経済価値評価.応用生態工学会誌23(1): 235-243

西浩司・久保雄広・北村立実・松崎慎一郎・松本俊一・山野博哉・幸福智・菊地心・吉村奈緒子・福島武彦(2020)ベスト・ワースト・スケーリングによる霞ヶ浦の生態系サービスの重要度評価.応用生態工学会誌23(1): 245-256

山野博哉・久保雄広・松崎慎一郎(2020)霞ヶ浦生態系サービスの経済評価の意義、課題、そして活用.応用生態工学会誌23(1): 257-259

6.研究メンバー

国立研究開発法人国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター
   センター長 山野博哉
   生物多様性資源保全研究推進室 主任研究員 松崎慎一郎
   生物多様性保全計画研究室 主任研究員 久保雄広

茨城県霞ケ浦環境科学センター
   センター長 福島武彦
   湖沼環境研究室 室長 松本俊一(現所属:茨城県県西県民センター)
   湖沼環境研究室 主任研究員 北村立実

いであ株式会社 国土環境研究所
   環境技術部 技師長 西 浩司
   環境技術部 主査研究員 幸福 智
   環境技術部 主査研究員 菊地 心
   環境技術部 主査研究員 吉村奈緒子

7.用語説明および引用文献

※1:人々が財やサービスに対して支払ってもよいと考える最大金額。特に1単位あたりの支払意思額は限界支払意思額と呼びます。

※2:生態系サービスの分類:国連が生態系サービスについてまとめた「ミレニアム生態系評価」では、生態系サービスを「供給サービス」「調整サービス」「文化的サービス」「基盤サービス」の4つに分類しています。供給サービスは、食料、水産資源、森林資源や水資源などを供給するサービスであり、調節サービスには、生態系による水や大気の浄化、気候の緩和、洪水の調整、花粉の媒介、害虫の制御などに関するサービスが含まれます。文化的サービスは、信仰、教育、景観、伝統行事、レクリエーションの機能などの文化的・精神的な便益です。基盤サービスは、これらのサービスを支える基本的な生態系の機能(例えば、水や物質の循環)を指します。

※3:自然資本と人工資本:自然資本は、水産物、水資源、森林資源、土壌、水分等の資源を指します。人工資本は設備、機械、道路などの建造物や構造物を介して得られる価値を指します。一般的に、生態系サービスの評価では、自然資本を主な評価対象としていますが、本研究ではインフラを介した得られた人工資本ついても評価の対象としました。

※4:Costanza R., De Groot R., Sutton P., Van der Ploeg S., Anderson S. J., Kubiszewski I., Farber S., & Turner R. K. (2014) Changes in the global value of ecosystem services. Global environmental change, 26, 152-158.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0959378014000685【外部サイトに接続します】

8.問い合わせ先

【本研究の詳細に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター
生物多様性資源保全研究推進室 主任研究員 松崎慎一郎

生物多様性保全計画研究室 主任研究員 久保雄広

茨城県霞ケ浦環境科学センター
湖沼環境研究室 主任研究員 北村立実

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
TEL:029-850-2308