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2025年9月25日

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熱帯雨林の光環境と生物起源ガスの関係
—森林火災が気候に影響する「ホットスポット」を生む可能性—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、宮城県政記者会、文部科学記者会、科学記者会、東北電力記者クラブ同時配付)

2025年9月25日(木)
国立研究開発法人国立環境研究所
国立大学法人東北大学

 国立環境研究所、東北大学などの研究チームは、東南アジア熱帯雨林の樹木10種を調査し、かく乱を受けた林縁部に生育する植物が、気候に影響するガス「イソプレン」を放出することを明らかにしました。さらに、森林火災がこうした植物に適した「明るい」環境を作り出すことで、焼け跡から森林が回復する過程でイソプレンが増加する可能性を示しました。
 一方、「暗い」林内で優占する代表的な樹種からは、イソプレンの放出はほとんど見られませんでした。この結果は、東南アジア熱帯雨林のイソプレン放出量がなぜアマゾンなど他の熱帯雨林より低いのか、という謎を解く手がかりとなります。
 本研究の成果は、2025年9月10日付でカリフォルニア大学出版の学術誌『Elementa: Science of the Anthropocene』に掲載されました。

1. 研究の背景

植物が放出する「イソプレン」は、大気中の化学反応を通じて、大気汚染の発生に関与する一方、地球温暖化を促進する温室効果ガスや、逆に地球温暖化を抑制する雲の形成にも関わるなど、大気環境や気候に複雑な影響*1を与えています。一方、植物はイソプレンを放出することで高温ストレスに対して強くなると考えられており、この機能が、一年中暑い熱帯雨林がイソプレンの世界最大の発生源であることの理由の一つとなっています。
しかし、東南アジアの熱帯雨林は、アマゾンなど他の地域と比較してイソプレン放出量が低いことが報告されています(Saito et al. 2008など)。その原因が未解明な一方で、この地域の熱帯雨林は伐採や火災などによってその姿を大きく変えつつあります。こうした熱帯雨林が大気や気候に与える影響を評価するには、この地域に特徴的な植物のイソプレン放出特性を種類ごとに調べることが不可欠ですが、そうした研究例はこれまでにありませんでした。
そこで本研究では、東南アジア熱帯雨林の樹木を対象に、どの種が、どれだけイソプレンを放出するのか、そして、その違いがそれぞれの植物の特性や生育場所の環境とどのように関連しているのかを調べました。

2. 研究内容

研究チームは、マレーシア熱帯雨林の林内から林縁部、そして林外にいたる、多様な光環境に生育する主要な熱帯樹木10種の稚樹によるイソプレン放出量を調査しました。
その結果、かく乱を受けた林縁部に生育する植物がイソプレンを大量に放出する一方、林内で優占する、この地域を代表するフタバガキ科などからはイソプレンの放出がほとんど見られないことを初めて明らかにしました(図1)。この結果は、東南アジア熱帯雨林のイソプレン放出量がアマゾンなどと比べてなぜ低いのかを説明する、重要な手がかりとなります。

熱帯樹木のイソプレン放出量(白丸)と耐陰性の関係図
図1 熱帯樹木のイソプレン放出量(白丸)と耐陰性*2の関係。横軸は、10種の樹木を耐陰性が高い順に左から並べたものです。なお、全ての調査は同じ光・温度条件下で行いました。

今回見つかったイソプレン放出種(図1のMacaranga hypoleucaとMacaranga gigantea)は、いずれもトウダイグサ科マカランガ属でした。一方、同じマカランガ属でもイソプレンをほとんど放出していない2種も見つかりました。そこで、これらマカランガ属4種に着目し、それらの生育環境を比較しました。その結果、イソプレン放出種が生育する林縁部は、イソプレンをほとんど放出しない種の生育場所と比べて、サンフレック(木漏れ日)が頻繁に当たる、光の強さが激しく変動する環境であることが明らかになりました(図2)。サンフレックによって、強い光が予測できないタイミングで照射されると、植物は急激な高温ストレスにさらされます。今回の結果は、イソプレンが一時的な高温ストレスから身を守る役割を担っているとする先行研究の仮説と整合的です。

熱帯雨林の光環境とサンフレック(木漏れ日)の図
図2 熱帯雨林の光環境とサンフレック(木漏れ日)。
(左)調査地のマレーシア熱帯雨林に差すサンフレックの様子。
(右)サンフレックの解析例。葉の直上で撮影された全天写真と太陽軌道(黄線)を重ね、樹冠の隙間から光が差すタイミング(赤点)の回数や時間を計算しました。

この「イソプレン放出種と光環境」の関係は、光環境の変化、特に大規模な火災や伐採に伴う劇的な変化が、地域のイソプレン放出量に影響しうることを示唆しています。そこで研究チームは、このメカニズムが森林生態系スケールのイソプレン放出量に与える影響を評価するため、過去の植生データを利用した事例解析を行いました。解析の対象としたのは、1982-83年のエルニーニョに起因する大規模な森林火災に見舞われた、インドネシア・東カリマンタンの観測サイトです。火災前、この場所はフタバガキ科の樹木が優占する成熟した森林だったため、イソプレンの放出量は低かったと考えられます。しかし、大規模火災によってその原生林はほぼ焼失し、その焼け跡では、本研究でイソプレンを大量放出すると同定された、光を好むマカランガ属の樹木が優占する森へと姿を変えていたことが記録されています。この植生データに基づき、イソプレン放出量を定量した結果、火災から約15年後には、元のフタバガキ林と比較して、森林生態系スケールの放出量が約3倍に達する「ホットスポット」に変化していたと推定されました(図3)。その後、この地域は、再度エルニーニョに起因する大規模な森林火災に見舞われ、翌年の1998年にマカランガ属が焼失したため、イソプレンの放出量もほぼゼロになったと推定されました。

森林火災後の植生変化によるイソプレン放出ホットスポットの形成メカニズムの図
図3 森林火災後の植生変化によるイソプレン放出ホットスポットの形成メカニズム
(左)東南アジアの熱帯雨林(フタバガキ林)ではイソプレン放出は限定的です。(中央)しかし、森林火災によって木々が消失すると、(右)この明るい環境を好むイソプレン放出植物(マカランガ属)が優占するため、火災跡地が放出のホットスポットになりうることを示しています。

3. 本研究の意義と今後の展望

本研究は、東南アジア熱帯雨林で初めてとなる植物種ごとの調査から、イソプレン放出における光環境の重要性を明らかにしました。特に、光を好む種の一部がイソプレンを放出する一方、この地域を代表するフタバガキ科樹木はほとんど放出しないことを突き止めました。この新しい知見は、東南アジア熱帯雨林の放出量がアマゾンなどと比べて少ない原因を解明する手がかりとなります。
さらに本研究は、森林火災による光環境の劇的な変化が地域のイソプレン放出量を一時的に増加させうることを示しました。これまで、森林火災の影響は、火災そのものによる化学物質の排出という文脈で主に語られてきました。しかし本研究は、火災から森林が回復していくプロセスも、大気中に放出される化学物質の量を変えうるという、新たな視点を提示しました。
近年、森林火災は世界各地で頻発化、大規模化しています。今後は、こうした森林火災が、植生の変化を介して、イソプレンをはじめとする揮発性有機化合物の放出量に与える影響を定量的に評価することが期待されます。

4. 参考文献

Saito, T., Yokouchi, Y., Kosugi, Y., Tani, M., Philip, E., and Okuda, T.: Methyl chloride and isoprene emissions from tropical rain forest in Southeast Asia, Geophys. Res. Lett. , 35, 6, https://doi.org/10.1029/2008gl035241, 2008.

5. 注釈

注釈1:
イソプレンの環境影響:イソプレンは、主に陸上植物によって放出される揮発性有機化合物(VOC)の一種で、全VOCの中で大気への放出量が最も大きい成分です。大気中でイソプレンが酸化される過程において、大気の酸化剤を大量に消費するため、同じ酸化剤で分解される温室効果ガス(メタンや代替フロン)の長寿命化、すなわち地球温暖化の加速を引き起こします。また、大気環境によって、温室効果ガスや大気汚染物質として働く対流圏オゾンの生成や、温暖化の抑制につながる雲の形成に関わります。
注釈2:
耐陰性:植物が暗い場所で生育できる能力。耐陰性は、暗い条件下での呼吸速度(暗呼吸)と、1000 μmol m-2 s-1の強い光を照射した条件下での光合成速度を基に評価しました。

6. 研究助成

本研究は、JSPS科研費(19K22914, 22H03738, 25K03256)および学術変革領域(23H04969)の支援を受けて実施しました。

7. 発表論文

【タイトル】
Inter-specific variation of isoprene emissions in a Southeast Asian tropical rainforest: Links to light environments and atmospheric implications
【著者】
Takuya Saito, Hajime Tomimatsu, Yixin Ma, Huixing Kang, Yanhong Tang, Stephen J. Andrews, and Azian Mohti
【掲載誌】Elementa: Science of the Anthropocene
【URL】https://doi.org/10.1525/elementa.2025.000041(外部サイトに接続します) 【DOI】https://doi.org/10.1525/elementa.2025.000041(外部サイトに接続します)

8. 発表者

本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立環境研究所 地球システム領域
 上級主幹研究員 斉藤拓也

東北大学 大学院生命科学研究科
 助教 冨松元

9. 問合せ先

【研究に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 地球システム領域
 上級主幹研究員 斉藤拓也

【報道に関する問合せ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

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