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2025年9月30日

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妊娠期の有機リン系殺虫剤へのばく露と妊娠結果との関連:エコチル調査

(大阪科学・大学記者クラブ、文部科学記者会、科学記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会同時配付)

2025年9月30日(火)
国立大学法人大阪大学
エコチル調査大阪ユニットセンター
 センター長 川崎 良

国立研究開発法人国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
 センター長 山崎 新
    次長 中山 祥嗣

 大阪大学大学院医学系研究科の川崎良 教授(公衆衛生学教授/エコチル調査・大阪ユニットセンター ユニットセンター長)らの研究チームは、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の対象者のうち4,444人の妊婦を対象として、尿中の有機リン系殺虫剤の代謝物であるジアルキルリン酸(DAP)濃度と妊娠の結果との関連について検討しました。
 その結果、尿中DAPの一種である尿中ジメチルリン酸(DMP)および尿中ジメチルチオリン酸(DMTP)濃度が高いほど早産リスクが低くなり、尿中DMPおよび尿中ジエチルリン酸(DEP)濃度が高いほど在胎週数が長くなるという関連がみられました。また、尿中DMP濃度が高いほど低出生体重児リスクが低下するという関連がみられました。しかしながら、これらの傾向はボンフェローニ補正を行うと消失しました。各尿中DAP代謝物濃度と在胎週数における層別解析において、男児出産、高学歴、高世帯収入、高果物摂取の妊婦では関連が認められました。
 本研究の成果は、令和7(2025)年8月5日に学術誌『Science of the Total Environment』に掲載されました。
 ※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。
 ※本研究に関する補足説明資料を作成しました。以下のURLも併せて確認ください。
https://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/pbhel/images/info/QandA.pdf

1. 発表のポイント

・妊娠期の有機リン系殺虫剤※1へのばく露※2の指標となる尿中代謝物のDAPを測定し、妊娠の結果との関連を検討しました。 ・尿中DAPのうち、2種類について濃度が高いほど早産のリスクが減り、在胎週数も長くなる傾向が見られました。 ・尿中DAPのうち、1種類について濃度が高いほど低出生体重児となるリスクが減る傾向が見られました。 ・しかしながら、これらの傾向は、統計学的な補正を行うと消失し、関連は認められませんでした。

2. 研究の背景

 エコチル調査は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、環境省が平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査※3です。さい帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関連を明らかにしています。
 エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを設置しています。また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
 有機リン系殺虫剤は、日本の農地や住宅地などで広く使われており、神経毒性があることが知られていて、神経系疾患や心血管系疾患などの発症リスクに関連することが報告されています。海外からは、尿中有機リン系代謝物である尿中DAP濃度が高いと在胎週数が短縮するという報告がなされていますが、関連がないという報告もあり、一定の結論には至っていません。研究対象者の人数が少ないことが、一定した結果になっていない一つの要因と考えられています。
 そこで、本研究では、大規模な出生コホートであるエコチル調査で、妊娠期の有機リン系殺虫剤のばく露の指標となる尿中DAP濃度を測定し、早産・低出生体重児・在胎不当体重児(SGA)出産との関連や在胎週数・出生体重との関連を検討しました。

3. 研究内容と成果

 本研究では、エコチル調査の対象者のうち、妊娠中の尿中DAP濃度のデータがあり、かつ、研究に必要な妊娠中および出産時のデータがそろっている4,444人を対象としました(多胎妊娠は除きました)。
 DAPには6種類あり(DMP、DEP、DMTP、DETP、DMDTP、DEDTP)、その内75%以上の妊婦で報告限界値※4を超えるレベルで検出された3種類のDAP(DMP、DEP、DMTP)とΣ DM(DMPとDMTPの和)、Σ DAP(DMPとDMTPとDEPの和)の5種類を解析対象としました。
 これらの尿中DAP濃度と、早産・低出生体重児出産・SGA児出産リスクとの関連を検討するために、多変量ロジスティック回帰分析※5を用い、それぞれオッズ比(OR)※6および95%信頼区間(CI)※7を推定しました。また、尿中DAP濃度と在胎週数・出生体重の関連を検討するために多変量線形回帰分析を行い、回帰係数※8と95%CIを推定しました。交絡因子※9として母親の年齢、子どもの性別、妊娠前のBMI、妊娠前の喫煙習慣、母親の教育歴、世帯収入、果物摂取、調査地域を調整しました。
 対象者4,444人の妊娠の結果は、3.8%が早産、7.0%が低出生体重児出産、5.2%がSGA児出産でした。
 尿中DAP濃度を低い濃度から高い濃度まで順に並べて人数が均等になるように4つのグループ(一番低い群から順に、グループ1、2、3、4)に分け、グループごとに妊娠の結果との関連を解析しました。尿中DMP濃度のグループ2と尿中DMTP濃度のグループ3では、グループ1と比較した場合に早産のリスクが減る傾向を認めました(それぞれOR(95% CI)は0.62(0.39–0.97)と0.60(0.38–0.95))。また、尿中DMP濃度および尿中DEP濃度が10倍増加すると、在胎週数がそれぞれ0.13週(95%CI:0.02-0.23)と0.14週(95%CI:0.03-0.25)増加し(参考図)、尿中DMP濃度が高くなるほど低体重児出産のリスクが減る関連を認めました。ただし、ボンフェローニ補正※10を行うとこれらは消失し、尿中DAP濃度との関連はみられませんでした。尿中DMP濃度及び尿中DEP濃度と在胎週数の層別解析において男児を出産、高学歴、高世帯収入、高果物摂取量の妊婦で関連が認められました。

4. 今後の展開

 本研究の結果では、妊婦の尿中DAP濃度は、一部、妊娠結果と関連しました。以上の関連はボンフェローニ補正を行うと関連が消失することが示されました。また、層別解析では男児
を出産、高学歴、高世帯収入、高果物摂取量の妊婦で尿中DAP濃度高値と妊娠結果との関連を認めました。
 有機リン系殺虫剤へのばく露が在胎週数の短縮リスクを上昇させるという海外からの報告と本研究が異なる結果となった理由は明らかではありません。尿中DAPは有機リン系殺虫剤の代謝物でもありますが、それ以外の物質由来の場合もあり、必ずしも有機リン系殺虫剤へのばく露量を正しく反映しているわけではありません。また、有機リン系殺虫剤の体内からの排泄は比較的短時間で起こり、本研究のように一時点のみの尿中DAP濃度測定では、正しくばく露を評価できない可能性もあります。エコチル調査で、さらに多くの参加者の試料を測定することで、より確実な検討をすることが可能になると考えられ、今後、生体試料の測定数を増やしたうえで、再度検討することを想定しています。

5. 参考図

在胎週数に対するDAPs濃度の影響の図

6. 用語解説

※1 有機リン系殺虫剤:化学構造中にリンを含む殺虫剤の総称で、世界で広く使用されている殺虫剤の種類の一つです。多くの農作物に使用されています。 ※2 ばく露:化学物質などの環境要因にさらされることをいいます。 ※3 出生コホート調査: 子どもが生まれる前から成長する期間を追跡して調査する疫学手法です。 胎児期や小児期の環境因子が、子どもの成長と健康にどのように影響しているかを調査します。大人になるまで追跡する場合もあります。 ※4 報告限界値:ある分析手法を用いて測定を行った結果、得られた値が一定の信頼性を持ち、検出や測定が確実に行われているといえる値の範囲の最小値を指します。 ※5 ロジスティック回帰分析: 特定の事象がどの程度起こりやすいかを検討するための統計手法です。 ※6 オッズ比(Odds Ratio: OR);2つのグループ間で事象が発生する確率を比較する統計学的な尺度です。1を超えるとより起こりやすい、1を下回るとより起こりにくいことを示します。 ※7 95%信頼区間(CI):調査の精度を表す指標です。精度が高ければ狭い範囲に、低ければ広い範囲となります。 ※8 回帰係数:回帰分析というモデルにおける直線の傾きを示します。 ※9 交絡因子:ばく露要因や結果の両方に影響を与える可能性のある、他の変数や要因のことをいいます。 ※10 ボンフェローニ補正:複数の統計検定を同時に行う際に、偶然によって関連が見つかる可能性を調整するため有意水準を厳しく調整する補正法です。

7. 発表論文

題名(英語)
Association between antenatal organophosphate pesticide exposure and pregnancy outcomes: The Japan Environment and Children’s Study (JECS)

著者名(英語)
Sachiko Baba1,2 Kanami Tanigawa1,3 Shoji F Nakayama4 Yukiko Nishihama4,5 Katsuya Hirata6 Satoyo Ikehara3,7 Junji Miyazaki3 Ryo Kawasaki3 Hiroyasu Iso3,8

1.大阪母子医療センター母子保健情報センター
2.大阪大学大学院医学系研究科医学科国際交流センター
3.大阪大学大学院医学系研究科社会医学
4.国立環境研究所エコチル調査コアセンター
5.筑波大学医学医療系生命医科学域小児環境医学
6.大阪母子医療センター新生児科
7.琉球大学医学部保健学科疫学・行動科学
8.国立健康危機管理研究機構 グローバルヘルス政策研究センター

【掲載誌】Science of the Total Environment
【DOI】https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2025.180117(外部サイトに接続します)

8. 問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
大阪大学 大学院医学系研究科 社会医学講座 
エコチル調査大阪ユニットセンター
氏名 川崎 良
rkawasaki(末尾に”@pbhel.med.osaka-u.ac.jp”をつけてください)

【エコチル調査全般に関する問い合わせ】
国立環境研究所エコチル調査コアセンター
氏名 中山 祥嗣

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所
企画部広報室
kouhou0(末尾に”@nies.go.jp”をつけてください)

大阪大学 大学院医学系研究科 広報室
medpr(末尾に“@office.med.osaka-u.ac.jp”をつけてください)

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