妊婦の血中元素濃度と新生児の出生時の体格について:
子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)
(環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会、筑波研究学園都市記者会、千葉県政記者クラブ同時配布)
令和4年7月15日(金) エコチル調査千葉ユニットセンター 千葉大学医学部附属病院小児科 助教 高谷 具純 千葉大学予防医学センター センター長 森 千里 国立研究開発法人国立環境研究所 エコチル調査コアセンター コアセンター長 山崎 新 次長 中山 祥嗣 |
エコチル調査千葉ユニットセンター、千葉大学予防医学センター 高谷具純助教らの研究チームは、国立研究開発法人国立環境研究所(以下「国立環境研究所」という。)と共同で、エコチル調査の約94,000人の妊婦の血液と医療記録による調査データを用いて、妊婦の血中元素(鉛、カドミウム、水銀、マンガン、セレン)濃度と新生児の出生時の体格との関連について解析を行いました。その結果、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲のいずれについても、鉛は成長を抑制する方向の関連が最も強く、マンガンは成長を促進する方向の関連が見られました。 本研究の成果は、令和4年5月31日付でElsevierから刊行される環境保健分野の学術誌 『Environment International』 に掲載されました。 |
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。
1.発表のポイント
2.研究の背景
子どもの健康と環境に関する全国調査(以下「エコチル調査」という。)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
本研究では、金属や半金属に分類される元素のうち、体内に入る量が多すぎると有害となる鉛、カドミウム、水銀と、人体に必須でありながら体内に入る量が多すぎると有害となるマンガン、セレンに注目しました。これらの元素は、成人が少量を体内に取り込んでも、明らかな有害事象が現れることはありません。妊婦が日常生活で体内に取り込むわずかな量の元素が、胎児の成長にどのような影響があるかということについては、研究が少なく、はっきりしたことはわかっていません。
小さく生まれた赤ちゃんは、生後の疾患や成長後の慢性疾患のリスクが高くなることが指摘されています。これまでの海外の研究により、妊婦の血液中の鉛、カドミウム、水銀などの有害金属の濃度が高いと、胎児の発達遅延などのリスクが高まることが報告されています。しかし、さまざまな種類の元素が複合的に妊婦の体内に取り込まれることによって、胎児にどのような影響があるかについては、あまり研究が進んでいません。
3.研究内容と成果
本研究ではエコチル調査のデータのうち、解析に必要なデータがあり、双子以上の出産を除いた約94,000組の母子のデータを使用して、妊婦の血中の元素濃度と新生児の出生時の体重、身長、頭囲、胸囲との関連について解析を行いました。
1)妊婦の血中元素濃度
鉛の血中濃度の75パーセンタイル値※1は7.34 ng/gで、米国産科婦人科学会が示した妊婦の望ましい血中濃度の上限(換算値47.59 ng/g)と比べてかなり低い値でした。他の元素の75パーセンタイル値は、カドミウム0.91 ng/g、水銀 5.19 ng/g、マンガン 18.70 ng/g、セレン 182.00 ng/gで、過去の研究報告と比べて特に高い値ではありませんでした。
2)妊婦の血中元素濃度と児の出生時体格との関係
それぞれの元素について解析を行った場合、鉛、セレンの血中濃度が高いほど、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲が減少するという関連が示されました。また、カドミウムは体重、身長、胸囲の減少、水銀は頭囲の減少との関連が示されました。逆に、マンガンは血中濃度が高いほど、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲が増加するという関連が示されました。 これらの元素類の複合的な影響を考慮した解析を行った場合、鉛、カドミウム、セレンは、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲を減少させる方向の関連が示され、特に鉛の影響が最も強く見られました(参考図)。マンガンは成長を促進する方向の関連が見られました。最も胎児の成長抑制の影響が強く見られた鉛の場合、血中濃度が2倍に増えたときの出生体重の減少量は39.8 gと推定され、個人の健康上問題があるような強い影響ではありませんでした。
3)妊婦の血中元素濃度とSGA児出生リスクとの関連
SGAはSmall-for-Gestational-Ageの略で、新生児の出生体重が、在胎週数に見合う標準的な出生体重に比べて小さく、国内で作成された標準曲線の小さいほうから10%以内に入る場合にSGAとみなされます。
元素の複合的な影響を考慮した解析を行った場合、鉛はSGA児が生まれるリスク増加との関連が最も強く、マンガンはSGA児が生まれるリスク減少との関連が見られました。
4)元素の複合的な影響
これらの元素が同時に体内に存在することによって、各元素が胎児の成長に及ぼす影響が変わる可能性について検討しました。その結果、出生時の体重、身長、頭囲、胸囲のいずれも、これらの元素の影響は相加的(それぞれの影響を足し合わせた程度)であり、相乗的(それぞれの影響を足し合わせたよりもさらに強い影響)ではないことが示されました。
4.今後の展開
本研究では、妊婦の血中の元素濃度は、妊婦に個人の健康上の問題を引き起こすような値ではありませんでした。しかし、母体に影響はないような血中濃度であっても、鉛、セレン、カドミウムは、濃度が高くなると出生児の体重が少なくなり、これらの元素が体内に同時に存在すると、それぞれの影響が足し合わされることが示されました。妊婦の血液中の元素が胎児の発育を抑制するメカニズムは明らかではありませんが、細胞の障害を引き起こす活性酸素などが増えることによって胎児の発育を抑制する可能性が考えられます。本研究で測定された元素の血中濃度の範囲では、児の出生時の体格がそれほど小さくなることはありませんが、その後の健康や発達とどのように関連するかについては、今後さらに研究が必要です。
今後の調査で、子どもの発達や健康に影響を与える化学物質等の環境要因がさらに明らかになることが期待されます。
5.参考図
6.用語解説
※1 75パーセンタイル値:75%の人がそれ以下となり、残りの25%の人がそれ以上になる値です。
7.発表論文
題名(英語):Individual and mixed metal maternal blood concentrations in relation to birth size: An analysis of the Japan Environment and Children’s Study (JECS)
著者名(英語):Tomozumi Takatani1,2, Akifumi Eguchi1, Midori Yamamoto1, Kenichi Sakurai1, Rieko Takatani1, Yu Taniguchi3, Shoji F Nakayama3, Chisato Mori1,4, Michihiro Kamijima5, and the Japan Environment and Children’s Study Group6
1 高谷具純、江口哲史、山本緑、櫻井健一、高谷里依子、森千里:千葉大学予防医学センター
2 高谷具純:千葉大学大学院医学研究院小児病態学
3 谷口優、中山祥嗣:国立環境研究所
4 森千里:千葉大学大学院医学研究院環境生命医学
5 上島通浩:名古屋市立大学大学院医学研究科環境労働衛生学
6 JECSグループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成
掲載誌:Environment International
DOI:10.1016/j.envint.2022.107318
8.問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
千葉大学大学院医学研究院小児病態学 助教 高谷具純
E-mail:t-takatani(末尾に@chiba-u.jpをつけてください)
Tel:043-226-2144
【報道に関する問い合わせ】
千葉大学企画部渉外企画課広報室
E-mail:koho-press(末尾に@chiba-u.jpをつけてください)
Tel:043-290-2018