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2024年12月13日

共同発表機関ロゴマーク
胎児期の水銀ばく露と子どもの精神神経発達および
けいれん発症の関連について:
子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)

(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会、文部科学記者会・科学記者会、熊本県内報道機関同時配信)

2024年12月13日(金)
エコチル調査南九州・沖縄ユニットセンター
倉岡 将平 センター長 加藤 貴彦
国立研究開発法人国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
センター長    山崎 新 次長 中山 祥嗣

 南九州・沖縄ユニットセンター(熊本大学)の小田政子、倉岡将平の研究チームは、エコチル調査の3,083人のデータからさい帯血※1中のメチル水銀および無機水銀の濃度と子どもの精神神経の発達の関連について解析しました。その結果、メチル水銀、無機水銀共に2歳時および4歳時の発達との明らかな関連は認められませんでした。また、けいれんと熱性けいれんについても明らかな関連は認められませんでした。今回の結果は胎児期の水銀ばく露※2の影響を考える上で大変重要です。今後、妊娠中の適切な水銀ばく露の指標を提言する際に本研究の成果が役立てられることが期待されます。
 なお、今回の調査では4歳時までの発達指数を評価したものであり、胎児期の水銀ばく露による長期的な影響に関しては評価できていません。そのため、水銀ばく露と子どもの精神神経発達の関連を明らかにするためには更なる研究が必要です。
 本研究の成果は、令和6年11月13日付で環境科学分野の学術誌「Science of The Total Environment」に掲載されました。
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。

1.発表のポイント

  • さい帯血からメチル水銀および無機水銀をそれぞれ測定した。
  • 2歳時、4歳時に新版K式発達検査2001※3を実施し、発達指数を算出した。
  • 4歳時の質問票にてけいれん、熱性けいれんの既往について調査した。
  • さい帯血メチル水銀および無機水銀と発達指数との間に関連は認められなかった。
  • さい帯血メチル水銀および無機水銀とけいれんとの間に関連は認められなかった。

2.研究の背景

 子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査※4です。さい帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。
 エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。

 環境中に存在する様々な化学物質が、子どもの神経発達に影響を及ぼすことが知られています。なかでも、1950年代に日本で水俣病の原因となったメチル水銀は、主要な神経毒性物質のひとつです。現在では、メチル水銀の環境中への排出は厳しく規制され、日本における高濃度のメチル水銀汚染は解消されたと考えられています。偶発的な水銀ばく露を除くと、日本におけるメチル水銀ばく露の主な経路は魚介類の摂取ですが、通常は人の体内に存在するメチル水銀は微量であるため健康に影響が出ることはないと考えられていました。しかし、東南アジアでの金採掘・精錬時に使用される無機水銀による汚染は依然として世界的に大きな問題となっています。近年、低用量の水銀ばく露による健康被害への懸念も高まっています。しかし、低用量の水銀ばく露では、子どもの神経発達に及ぼす影響については依然として議論中です。胎児期の水銀ばく露が子どもの健康に及ぼす中・長期的な影響を明らかにすることは、適切な水銀ばく露の指標を設定する上で極めて重要です。

 今回の研究では、胎児期の水銀ばく露と子どもの神経発達との関連を検討するため、さい帯血中の水銀濃度と2歳時および4歳時の発達指数との関連を解析しました。さらに、胎児期の水銀ばく露と子どものけいれん発作との関連も併せて検討しました。

3.研究内容と成果

 本研究では、3,822組の母児を対象とし、さい帯血中のメチル水銀と無機水銀を測定しました。メチル水銀と無機水銀の中央値はそれぞれ7.39 ng/mL、0.25 ng/mLであり、さい帯血中に存在する水銀のほとんどはメチル水銀でした(図1)。次に、妊娠中の食事内容に関する質問票から得られた情報を基に、魚介類の摂取とさい帯血中のメチル水銀および無機水銀の関連を解析しました。結果として、いずれの水銀においても、カツオやマグロといった大型魚の摂取量と最も高い相関を示していることが分かりました。

 エコチル調査では、子どもの神経発達を評価するため、2歳時および4歳時に新版K式発達検査2001を実施しました。この検査では、姿勢・運動、認知・適応、言語・社会という3つの領域で発達指数を評価し、その上で総合的な発達指数を算出します。さい帯血水銀濃度の測定と、この発達検査を実施した3,083人の子どもを対象として、その関連を解析しました。解析では姿勢・運動、認知・適応、言語・社会の3領域に加えて、総合的な発達指数との関連をそれぞれ検討しましたが、メチル水銀および無機水銀において明らかな関連は認められませんでした。
 続いて、さい帯血メチル水銀濃度で参加者を4つのグループ(第1グループが最も低く、第4グループが最も高い)に分けて解析を行いました(表1)。それぞれのグループにおける発達指数には明らかな差は認められませんでした(図2)。今回実施した新版K式発達検査においては、発達指数が70未満であれば年齢に比べて発達が遅れていると推測します。そこで、メチル水銀濃度が最も低い第1グループを基準として、それぞれのグループで発達指数が70未満となるリスクも比較しましたが、明らかな関連は認められませんでした。さらに、けいれんや熱性けいれんに関しても、明らかな関連は認められませんでした。

 本研究では、さい帯血中のメチル水銀および無機水銀と子どもの神経発達の関連を解析し、明らかな関連が認められないということを明らかにしました。しかし、子どもの神経発達は非常に多くの要因によって影響されるものであり、今回の研究だけでは結論を出すことはできません。長期的な影響を検討するためにも、今後更なる研究の積み重ねが必要です。

4.今後の展開

 胎児期の水銀ばく露が子どもの健康にどのように影響するのか引き続き調査を継続していきます。魚介類の摂取だけでなく、どのような環境や生活習慣がそれぞれの水銀ばく露につながるのかを明らかにすることで、妊娠中の過ごし方に関する適切な提言につながると考えられます。
 本調査の継続により、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因が明らかとなることが期待されます。

5.用語解説

  • ※1 さい帯血:赤ちゃんがお母さんのお腹にいる間、へその緒と胎盤を流れている血液のことです。本研究では赤ちゃんが生まれるときにへその緒から採取しています。
  • ※2 ばく露:食べたり、触れたり、吸い込むことで化学物質が体内に取り込まれることを言います。本研究の場合は、胎児がさい帯血を通じて母体から化学物質を体内に取り込むことを指します。
  • ※3 新版K式発達検査2001:子どもの発達の様子を調べるためのテストで、「姿勢・運動」「認知・適応」「言語・社会」の3つの領域に分けて発達を評価します。「姿勢・運動」では体の動きやバランス、細かい動作がどれくらいできるかを見ます。「認知・適応」では周りの状況を理解する力や、物事にうまく対応する力を調べます。「言語・社会」では言葉の使い方や、他の人との関わり方を見ます。この3つの領域における発達指数を踏まえて、総合的な発達指数も算出されます。
  • ※4 出生コホート調査:母親の妊娠届時から親子を追跡調査し、さまざまな要因の妊娠や子どもへの影響を調べる研究です。

6.参考図

さい帯血水銀の分布(ヒストグラム)の図
図1:さい帯血水銀の分布(ヒストグラム)。
さい帯血メチル水銀濃度によって参加者を4つのグループ(Quartile)に分類し、メチル水銀値が最も低いグループをQuartile 1(Q1)、最も高いグループをQuartile 4(Q4)とした。各グループのメチル水銀濃度と無機水銀濃度の平均を示した表
表1:さい帯血メチル水銀濃度によって参加者を4つのグループ(Quartile)に分類し、メチル水銀値が最も低いグループをQuartile 1(Q1)、最も高いグループをQuartile 4(Q4)とした。各グループのメチル水銀濃度と無機水銀濃度の平均を示している。
メチル水銀によって分けた4グループそれぞれの発達指数の図
図2:メチル水銀によって分けた4グループそれぞれの発達指数。Q1(メチル水銀が最も低いグループ)と比較しても、Q2~4の発達指数の明らかな低下は認められない。出生時の情報や両親の最終学歴、世帯年収などを調整したロジスティック回帰分析においても結果は同様であった。エラーバー:95%信頼区間、P-M:姿勢・運動の発達指数、C-A:認知・適応の発達指数、L-S:言語・社会の発達指数、Overall:総合的な発達指数

7.発表論文

題名(英語):Association between prenatal mercury exposure and pediatric neurodevelopment: the Japan Environment and Children’s Study 著者名(英語):Shohei Kuraoka1,2, Masako Oda1, Takashi Ohba1,3, Hiroshi Mitsubuchi1,4, Miyuki Iwai-Shimada5, Nozomi Tatsuta5, Michihiro Kamijima6, Kimitoshi Nakamura1,2, Takahiko Katoh1,7, and The Japan Environment and Children’s Study (JECS) Group8 1 倉岡将平、小田政子、大場隆、三渕浩、中村公俊、加藤貴彦:熊本大学大学院生命科学研究部附属 エコチル調査南九州・沖縄ユニットセンター 2 倉岡将平、中村公俊:熊本大学大学院生命科学研究部 小児科学講座 3 大場隆:熊本大学大学院生命科学研究部 産婦人科学講座 4 三渕浩:福田病院 5 岩井美幸、龍田希:国立研究開発法人 国立環境研究所 6 上島通浩:名古屋市立大学 医学研究科環境労働衛生学分野 7 加藤貴彦:熊本大学大学院生命科学研究部 公衆衛生学 8 グループ:コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンター長
掲載誌:Science of the Total Environment
DOI:10.1016/j.scitotenv.2024.177489(外部サイトに接続します)

8.問い合わせ先

【研究・報道に関する問い合わせ】
エコチル調査南九州・沖縄ユニットセンター
倉岡将平
skuraoka (末尾に@kuh.kumamoto-u.ac.jpをつけてください)

国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

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