
妊婦の血中重金属元素(鉛、カドミウム、水銀)濃度と妊娠高血圧症候群の関連について:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)
(環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会同時配付)
本研究の成果は、2025年9月19日付でアメリカ心臓協会が発行する学術誌『Journal of the American Heart Association(JAHA)』に掲載されました。
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省および国立環境研究所の見解ではありません。
※本研究に関する補足説明資料を作成しました。以下のURLも併せて確認ください。
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2025/ua88o2000016soem-att/ua88o2000016xv7n.pdf
1. 発表のポイント
・これまでの研究で、妊娠高血圧症候群の発症は将来心血管疾患のリスクを高める可能性があると指摘されています。
・エコチル調査にご協力いただいた妊婦88,670名の血液中の重金属元素(鉛、カドミウム、水銀)濃度を妊娠中期~後期に測定し、妊娠高血圧症候群発症との関連性を調べました。
・血液中の鉛、カドミウム、水銀の濃度が高い女性は、濃度が低い女性と比べ妊娠高血圧症候群の発症リスクが高いことが示されました。
・重金属のばく露を減らすことが、妊娠高血圧症候群および将来の心血管疾患のリスク軽減につながるかについて今後の研究が必要です。
2. 研究の背景
心血管疾患は重要な健康問題で、全世界において死因の第一位を占めています。女性において、妊娠高血圧症候群は心血管疾患のリスクを高める要因として注目されています。妊娠高血圧症候群のリスクを高める要因として、肥満、高血圧症の既往、腎臓病の既往、乱れた食生活等があります。
これまでの研究では血液中の重金属濃度と妊娠高血圧症候群との関連について報告がありますが、結果は一定しておらず、診療ガイドライン※5には重金属に関する記載はありません。結果のばらつきの要因として、対象者の数が少なかったことや、国によって重金属へのばく露量や血中重金属濃度が異なることなどが考えられました。そこで本研究では、重金属へのばく露が比較的少ない日本の妊婦の血中重金属元素濃度と妊娠高血圧症候群の関連性を検証しました。
3. 研究内容と成果
本研究では、エコチル調査に参加した約10万組の親子のうち、高血圧および腎疾患の既往歴がなく、妊娠中期~後期の血液中重金属元素(鉛、カドミウム、水銀)濃度が測定されている88,670名の妊婦のデータを使用しました。
対象者の内、2,703人(3.1%)が妊娠高血圧症候群を発症しました。解析では、血液中の鉛、カドミウム、水銀のそれぞれの濃度が低い妊婦から順にならべ、全体を四等分し4つのグループに分けました。血液中の鉛濃度が一番高いグループの女性は、濃度が一番低いグループの女性と比べ、妊娠高血圧症候群の発症リスクが58%高くなりました(図①)。血液中のカドミウム濃度が一番高いグループは、濃度が一番低いグループと比べ、発症リスクが30%高くなりました(図②)。血液中の水銀に関しては、濃度が一番高いグループは濃度が一番低いグループと比べ、発症リスクが15%高くなりました(図③)。
世界の中でも比較的重金属へのばく露量が少ない日本の妊婦において、重金属へのばく露は妊娠高血圧症候群のリスクを高める可能性が示されました。本研究は過去の研究よりも対象者の数が大幅に多く、信頼度は高いと考えられます。しかし本研究では重金属元素の測定時点と妊娠高血圧症候群発症の時期が重なっていることから、因果関係が逆転している可能性があります。つまり、妊娠高血圧症候群発症が重金属元素の血中濃度が高くなる原因になっている可能性があります。この研究の結果を踏まえ、重金属のばく露を減らすことによって、妊娠高血圧症候群および将来の心血管疾患リスクを下げることができるかについて今後更なる研究が必要です。
4. 図



5. 補足
子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。さい帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関連を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された 15 の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
6. 用語解説
※1 重金属元素:鉛、カドミウム、水銀など、比重が大きい金属元素(一般的には比重4以上のもの)を指します。血液中の重金属元素の濃度が高いほど、重金属にさらされている量が多いと考えられています。重金属には体に必要なもの(鉄や銅など)と、体にとって有害と考えられるもの(鉛や水銀など)があります。
※2 妊娠高血圧症候群:妊娠中に血圧が高くなったり、尿にたんぱくが出たりする病気を指します。以前は「妊娠中毒症」と呼ばれていました。妊娠高血圧症候群は、母体や胎児の合併症リスクを高め、生命の危険をもたらす可能性があり、予防や治療が重要です。本研究では、主に妊娠20週以降に新たに高血圧(血圧が140/90 mmHg以上)を発症した場合に妊娠高血圧症候群と診断されました。
※3 因果関係:原因と結果の関係を指します。
※4 ばく露:食べたり、吸い込んだり、触ったり、あるものにさらされることを指します。
※5 診療ガイドライン:それぞれの病気について、病気の原因やリスクを高める要因、最も良いと考えられる検査や治療方法をまとめたもの。書かれている内容は、これまでの科学的な研究や専門家の意見に基づいています。
7. 発表論文
題名(英語):Associations between blood heavy metal concentrations and hypertensive disorders of pregnancy in the Japan Environment and Children’s Study
著者名(英語):Nobuhisa Morimoto1, Hitomi Okubo1,2, Shoji F. Nakayama1,3 and the Japan Environment and Children’s Study Group4
1森本靖久、大久保公美、中山祥嗣:国立環境研究所エコチル調査コアセンター
2大久保公美:東京大学大学院医学系研究科栄養疫学・行動栄養学
3中山祥嗣:聖路加国際大学公衆衛生大学院
4グループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成
掲載誌:Journal of the American Heart Association (JAHA)
DOI:10.1161/JAHA.125.042183(外部サイトに接続します)
8. 問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所
エコチル調査コアセンター
次長 中山祥嗣
【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所
企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jp をつけてください)


