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2020年11月24日

湖水と魚類の放射性セシウム濃度は季節変動しながらゆっくり減少—底層の溶存酸素濃度の低下による底泥からの放射性セシウムの溶出を示唆—

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ同時配布)

令和2年11月24日(火)
国立研究開発法人国立環境研究所
 生物・生態系環境研究センター 主任研究員 松崎慎一郎
                主任研究員 上野隆平
                高度技能専門員 中川惠
                シニアスタッフ 野原精一
                シニアスタッフ 佐竹潔
                特別研究員 鈴木健大※
 計測環境研究センター     室長 田中敦
 地域環境研究センター     室長 高津文人
                主任研究員 小松一弘
                主任研究員 篠原隆一郎
 福島支部           グループ長 林誠二
 ※現所属は理化学研究所バイオリソース研究センター
 

   国立環境研究所の4センターからなる共同研究チームは、福島原発事後から5年間にわたり、霞ヶ浦(西浦)において湖水中(溶存態)の放射性セシウム濃度の観測を行いました。その結果、湖水中及び魚類に含まれる放射性セシウム濃度は、季節変動しながらゆっくり減少していることがわかりました。他の季節と比べると、夏に湖水中の放射性セシウム濃度がわずかに高くなることが明らかになるとともに、魚類に含まれる放射性セシウム濃度もわずかに高くなる傾向が認められました(ただし飲料水や水産物中の放射性物質の基準値を大きく下回っている)。霞ヶ浦のような浅い富栄養湖では、夏季に一時的・断続的に、湖底付近の溶存酸素濃度が著しく低下することから、底泥に吸着している放射性セシウムが再び水中に溶出し、湖水や魚類中の放射性セシウム濃度の季節変動が生じている可能性が示唆されました。霞ヶ浦を含む原発事故の被災地における淡水類の長期的な低濃度汚染の要因解明につながることが期待されます。本研究の成果は、令和2年11月24日に環境科学分野の学術誌「Science of the Total Environment」に掲載されました。
 

研究成果のイメージ画像

1.背景

   湖沼生態系では、原発事故等により放射性物質(ここでは放射性セシウムを対象とする)に汚染された後、1年~数年以内に、湖外に流出したり、湖底へ沈降・吸着することで、湖水中や魚類中に含まれる放射性セシウム濃度は速やかに下がっていきます。しかし、その後は、減少速度が小さくなり、低濃度のまま長期間推移することが知られています。
   その一つの要因として、湖底の泥に吸着した放射性セシウムが水中に再び溶出することが考えられます。深い湖では、成層※1する夏の間、湖底付近の溶存酸素が少なくなる状況(貧酸素※2あるいは無酸素※2状態)が続くため、底泥にアンモニウムイオンが蓄積されます。アンモニウムイオンと底泥に吸着していた放射性セシウムがイオン交換※3することで、水中に放射性セシウムが溶出することが先行研究によって報告されています。一方、浅い湖では、風によって表層と底層が容易に混合し、貧酸素状態が続かないことから、放射性セシウムの溶出の影響についてあまり注目されてきませんでした。しかし、霞ヶ浦のような浅い富栄養湖でも、底層において、一時的・断続的な貧酸素状態が夏に確認されます。
   そこで本研究では、霞ヶ浦を対象として、湖水中と魚類中に含まれる放射性セシウム137濃度(137Cs濃度、以下、放射性セシウム濃度とする)が季節的に変動しているか、それらの季節的変化は夏の底層溶存酸素濃度の低下と関連しているか、5年間のモニタリング調査と数理的データ解析から明らかにすることを目的としました。

2.研究の内容と成果

   2011年から2016年にかけて、霞ヶ浦の3箇所(湖心・高浜入・土浦入)において、毎月の水温や溶存酸素量等の環境測定に加えて、季節ごとに表層水(0-2mの水柱)の採水を行い、湖水中に含まれる溶存態の放射性セシウム濃度を測定しました。調査の結果、いずれの地点でも、夏に、表層水温の上昇、底層(底から10㎝前後)の溶存酸素濃度の低下が確認されました(図1a, b)。一部の期間のみの調査ですが、夏に底層のアンモニウムイオン濃度の増加も確認されたことから、底泥中や底泥の直上は無酸素状態であったと考えられます。湖水中の放射性セシウム濃度は、福島原発事故後から1~2年で大きく減少し、その後、夏にわずかに高くなるような季節変動をしながらゆっくり減少していることが分かりました(図1c)。

霞ヶ浦3地点における毎月の表層水温、毎月の底層の溶存酸素濃度の変化、季節ごとの湖水中の溶存態放射性セシウム137(137Cs)濃度の変化を表した図
図1.霞ヶ浦3地点における(a)毎月の表層水温、(b)毎月の底層の溶存酸素濃度の変化、(c)季節ごとの湖水中の溶存態放射性セシウム137(137Cs)濃度の変化。薄い赤色の縦帯は、夏(6~8月)を示す。表層水温と溶存酸素濃度のデータは、毎月の定期調査のデータ。湖水中の放射性セシウム濃度は、調査開始から1年以内に大きく減少したため、自然対数変換を行って表示している。表示方法を変えただけで、数値の大小には違いはなく、グラフの上端は約0.22Bq/L、下端は約0.002Bq/Lに相当。

   湖水中の放射性セシウム濃度の変動について要因解析を行ったところ、底層の溶存酸素濃度と湖水中の放射性セシウム濃度との間に有意な負の相関が認められました(図2)。さらに因果関係分析により、底層の溶存酸素濃度の変化が湖水中の放射性セシウム濃度に影響を与えていることが確かめられました。風による巻き上げ、河川からの流入も湖水中の放射性セシウム濃度に影響する要因として考えられますが、風速と底層の溶存酸素濃度、風速と湖水中の放射性セシウム濃度、主要河川流量と湖水中の放射性セシウム濃度の間には有意な相関関係は認められませんでした。以上の結果から、霞ヶ浦では、夏に底層の溶存酸素濃度の著しい低下が起きた際に、底泥から放射性セシウムの溶出が起こっていることが示唆されました。ただし、底泥からの溶出によって放射性セシウム濃度が上昇しても、飲料水の基準値である10Bq/Lを大きく下回っている等、日常の水利用(飲料水用や灌漑水用等)に全く問題ない状況にあります。

霞ヶ浦3地点における湖水中の溶存態放射性セシウム137(137Cs)濃度と底層の溶存酸素濃度の関係を表した図
図2.霞ヶ浦3地点における湖水中の溶存態放射性セシウム137(137Cs)濃度と底層の溶存酸素濃度の関係。ここでは、湖水中の放射性セシウムと調査年で線形回帰した後の残差を示しており、年効果を取り除いたい湖水中の放射性セシウムの増減を示している。

   次に、底泥からの溶出によって上昇した湖水中の放射性セシウム濃度が、魚類の放射性セシウム濃度にも影響を与えているか調べるため、水産庁が実施している水産物の放射性物質調査結果(https://www.jfa.maff.go.jp/j/housyanou/kekka.html【外部サイトに接続します】)のデータを分析しました。霞ヶ浦において、放射性セシウム濃度の測定結果が豊富にあるワカサギとフナ類について解析を行いました(ここでは、ワカサギの結果のみを示します)。ワカサギの放射性セシウム濃度は、福島原発事故直後から出荷規制値を上回ることなく、事故後から1年~1年半は急激に減少し、その後はゆっくりと減少していることが分かりました(図3a)。年々減少していく効果を統計的に取り除くと、夏に放射性放射性セシウム濃度がわずかに高くなる季節変動を示すことがわかりました(図3b)。また、季節ごとの平均値を比較すると、湖水中の放射性セシウム濃度とワカサギの放射性セシウム濃度との間に有意な正の相関関係が認められました(図3c)。同様のパターンがフナ類でも見られました。以上のことから、底泥から溶出した放射性セシウムが、食物網を通じて魚類に取り込まれ、魚類の放射性セシウム濃度に季節的な変化が生じている可能性が示唆されました。

図3の画像
図3.(a)霞ヶ浦で採集されたワカサギに含まれる放射性セシウム137(137Cs)濃度の時間的変化、(b)ワカサギの放射性セシウム137(137Cs)濃度の季節ごとの違い、(c)湖水中の放射性セシウム137(137Cs)濃度とワカサギの放射性セシウム137(137Cs)濃度の関係。ワカサギの放射性セシウムデータは、水産庁の放射性物質調査結果の公開データを利用。

   霞ヶ浦のような浅い富栄養湖では、表層水温が上昇する夏の間、一時的な成層が生じ、底層は貧酸素状態になります。しかし、一旦強風が吹いたり、表層水温の変化によって、成層がくずれ、再び表層と底層が混合します。深い湖と異なり、成層と混合が頻繁に起こることによって、放射性セシウムの水中に溶出、溶出した放射性セシウムの表層へ移動が繰り返し起こっていると推察されます。

3.今後の課題と展望

   本研究では、浅い湖沼においても放射性セシウムの溶出が起きうること、溶出した放射性セシウムが湖水中および魚類中の放射性セシウム濃度の季節変動に影響を与える可能性を指摘しました。これらの成果は、魚類の長期的な低濃度放射能汚染の要因解明につながることに加え、放射性セシウム動態予測の精度の向上にもつながると予想されます。魚類などの水産物が出荷制限となっている場合、今回明らかになったような季節変動を考慮することで、より確度の高い出荷制限解除の予測などが可能になると考えられます。浅い湖沼では、底層の酸素環境は短い時間スケールでダイナミックに変動することから、今後、時間単位や日単位で、底層の溶存酸素濃度、湖水中の放射性セシウム濃度や関連するその他の項目を高頻度で観測することで、詳細なプロセスやメカニズムを解き明かすことができると考えられます。

4.発表論文と研究メンバー

<タイトル>
Seasonal dynamics of the activities of dissolved 137Cs and the 137Cs of fish in a shallow, hypereutrophic lake: links to bottom-water oxygen concentrations.

<著者名>
Shin-ichiro S. Matsuzaki, Atsushi Tanaka, Ayato Kohzu, Kenta Suzuki, Kazuhiro Komatsu, Ryuichiro Shinohara, Megumi Nakagawa, Seiichi Nohara, Ryuhei Ueno, Kiyoshi Satake, Seiji Hayashi

<雑誌>
Science of the Total Environment.

<DOI>
10.1016/j.scitotenv.2020.143257

<URL>
https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2020.143257【外部サイトに接続します】

5.用語説明および引用文献

※1水温や塩分等によって、表水層と深水層に密度の違いが生じ、混じり合わなくなる現象。水温の場合、密度の小さい温かい水は表層に、密度の大きい冷たい水が底層に分布し、表水層と深水層が混合しにくくなる。

※2水温差で湖が成層※1すると、表水層から深水層への酸素供給がなくなり、底層および底泥での酸素消費によって、溶存酸素量が低下する。これを貧酸素化と呼ぶ。貧酸素の定義は明確ではないが、溶存酸素濃度が2~3mg/L以下とされていることが多い。溶存酸素濃度が0mg/Lになることを無酸素化と呼ぶ。

※3土壌粒子を構成する鉱物の中には、イオンを物理的・化学的に吸着する場所(サイト)を持っているものがある。セシウムイオンとアンモニウムイオンは、サイトに対する競合関係にあるため、一方を追い出して、他方が吸着することがある。これをイオン交換と呼ぶ。

6.問い合わせ先

【本研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター
生物多様性資源保全研究推進室 主任研究員 松崎慎一郎

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
E-mail:kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
TEL:029-850-2308

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