野生タラノメの放射性セシウム濃度はその株の根元の空間線量率に比例する
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、福島県政クラブ、郡山記者クラブ同時配付)
1. 研究背景
野生山菜の採集や調理は、古くから人々の生活に季節の楽しみを提供する重要な生態系サービス※1です。しかし、2011年の福島第一原子力発電所の事故により環境中に放出された放射性セシウムが里山や道端に自生している野生山菜の汚染を招き、未だに11種類の出荷が制限されている地域が存在します。一方、事故から13年が経過した今、いくつかの野生山菜では出荷制限の基準値(100 Bq/kg)※2を下回るものも福島県内から多数報告されています。例えば、「山菜の王様」とも称される野生タラノメの放射性セシウム濃度は、個体によるばらつきが大きいものの、基準値を下回ることも少なくないことが報告されています。そのため、野生タラノメの放射性セシウム濃度が高くなるような場所を簡便な手法で特定できれば、そのような場所での採集を回避することにより、より安全な野生タラノメ採集に寄与できます。そこで、本研究では、どのような場所に生えている野生タラノメの放射性セシウム濃度が高くなるのかを特定する簡便な手法について調査しました。
※1 生態系サービス:生物や生態系が生み出す人間の利益となるものを指し、大きく4つに分類され、食料や水資源などをもたらす「供給サービス」、気候調整や水質浄化などを担う「調整サービス」、生き物の棲み家をもたらす「生息・生育地サービス」、文化やレクリエーションの場をもたらす「文化的サービス」があります。文中では、供給サービスと文化的サービスを特に意図しています。
※2 出荷制限の基準値(100 Bq/kg):この基準値に基づき、すべての食品目で生産・流通・消費の各段階で放射性物質の検査が実施され、安全性が確認された食品のみが現在市場に出荷されています。
2. 研究結果と考察
2022年と2023年に福島県内の里山や道端などに自生している38地点のタラノキから、計40個の野生タラノメを採集して分析した結果、Cs-137濃度は生の重量で1 Bq/kgから6300 Bq/kgと幅広いことが分かりました。出荷制限の基準値(100 Bq/kg)を超える野生タラノメと下回る野生タラノメはそれぞれ20個で、既存の報告と同様、野生タラノメの放射性セシウム濃度は大きくばらつくことが示されました。測定した生育環境項目(タラノキの根元の空間線量率※3、腐葉土の厚さ、斜度)と野生タラノメの放射性セシウム濃度との関係性を線形混合モデルにより解析すると、根元の空間線量率のみが統計的に有意に野生タラノメの放射性セシウム濃度に影響していることがわかりました(図1)。すなわち、根元の空間線量率が高いほど、野生タラノメの放射性セシウム濃度は高くなるということです。空間線量率、腐葉土の厚さ、斜度はそれぞれ空間線量計、定規、スマートフォン等で測定できる簡便な環境変数であり、中でも根元の空間線量率は、放射性セシウム濃度が高い野生タラノメの採集を避けるために有効な環境変数であることが明らかになりました。
※3 空間線量率:ある場所の時間当たりの放射線量を指します。文中では、野生のタラノキの根元の空間線量率をそこに蓄積している放射性セシウム量の指標として用いています。
3. 今後の展望
本研究により、里山などにおいて高い放射性セシウム濃度を示す野生タラノメの採集を避けるためには、根元の空間線量率を測定することが有効であることが示されました。今後は、土壌とタラノキの間で生じている放射性セシウムの移動についてより詳細な調査が求められます。高い放射性セシウム濃度を示す野生山菜の採集・摂取を避けるためには、本研究が示した採集時の対策に加え、調理による放射性セシウム濃度の低下に関する知見に基づく対策も重要です。我々は、こうした調理時の対策についても現在研究を進めています(参考: 食品中の放射性セシウムは調理すると減るの?)。伝統的な山菜文化の復興へ向けて、採集・調理の両方から適切な対策方法を今後も示していきたいと考えています。
(参考情報) FRECC+(フレックプラス): https://www.nies.go.jp/fukushima/magazine/index.html
4. 研究助成
本研究の一部は、福島国際研究教育機構(F-REI)の委託研究事業(JPFR23050301)により実施されました。
5. 発表論文
【タイトル】
Exploring simple ways to avoid collecting highly 137Cs-contaminated Aralia elata buds for the revival of local wild vegetable cultures
【著者】
Masaru Sakai, Mirai Watanabe, Masami Kanao Koshikawa, Asuka Tanaka, Akiko Takahashi, Seiichi Takechi, Mai Takagi, Takashi Tsuji, Hideki Tsuji, Toshimasa Takeda, Jaeick Jo, Masanori Tamaoki, Seiji Hayashi
【掲載誌】PLOS ONE
【URL】https://doi.org/10.1371/journal.pone.0292206(外部サイトに接続します)
【DOI】10.1371/journal.pone.0292206(外部サイトに接続します)
6. 発表者
本報道発表の発表者は以下のとおりです。
国立研究開発法人国立環境研究所
福島地域協働研究拠点
境 優、辻 岳史、辻 英樹、竹田 稔真、JO Jaeick、林 誠二
地域環境保全領域
渡邊 未来、越川 昌美
環境リスク・健康領域
高木 麻衣
生物多様性領域
玉置 雅紀
7. 問合せ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 福島地域協働研究拠点
環境影響評価研究室 主任研究員 境 優
【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)