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2019年9月30日

河川水中に溶けている放射性セシウムの濃度はどのようなところで高いのか
~新しい環境モニタリングのあり方の提案に向けて~

(福島県政記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)

令和元年9月30日(月)
国立研究開発法人国立環境研究所
福島支部
 主任研究員 辻 英樹
 研究グループ長 林 誠二
 

   国立研究開発法人 国立環境研究所(以下「国立環境研究所」という。)は、国立大学法人 筑波大学、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構、国立研究開発法人 産業技術総合研究所、国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構、福島県環境創造センターの研究者らとともに、東日本の66地点の河川水を対象に、水中に溶けている(以下「溶存態※1」という。)セシウム137(137Cs)濃度の実態を調査しました。
   その結果、河川水中の溶存態137Cs濃度は、「流域※2面積あたりの137Cs蓄積量」に加えて「流域内で建物が建っている土地(建物用地)の面積の割合」に強い正の相関を持つことがわかり、これら2つのデータを用いることで、ある程度溶存態137Cs濃度の予測が可能であることがわかりました。
   本成果は、令和元年8月26日に環境科学の国際専門誌である「Science of The Total Environment」に論文掲載されました。
   本研究グループでは、今回の研究にて得られた知見をもとに、さらに研究を進め、現在環境省が実施している、放射性セシウムを対象とした水環境モニタリング計画の今後のあり方について研究面から提言することを目指していきたいと考えています。

1.研究の背景

   2011年に発生した東京電力福島第一原子力発電所(以下「原発」という。)の事故以後、環境省は、東日本の602地点を対象として、川・湖・沿岸の水中に含まれる放射性セシウム濃度を測定してきました。この報告によると、放射性セシウム(セシウム134とセシウム137)の濃度は、現在ほとんどの地点で、国が定めた飲料水基準「1 Lあたり10ベクレル未満」の10分の1にあたる「1 Lあたり1ベクレル」を下回り、「検出下限値※3未満」と報告されています。したがって、現在は川や湖の水を生活に直接利用した場合の放射線被ばくによる健康影響はほとんどない環境にあると言えます。
   しかし魚の放射能汚染という点では、福島県の原発付近などのいくつかの川や湖で、出荷制限の基準値である「1 kgあたり100ベクレル」を超える魚がいまだに見つかっています。特に水に溶けた状態、すなわち「溶存態」の放射性セシウムは生物へ移行しやすいと言われています。そのため、今後も川や湖の環境が出荷規制値を超える魚を生み出す状態にあるかどうかを判断するためには、少なくとも「1 Lあたり0.1ベクレル」レベルの溶存態放射性セシウムを測定することが必要です。
   また、原発から離れたいくつかの地域では、水中の放射性セシウム濃度が原発事故の前とほぼ同じレベルに戻りつつあることがわかっています。今後、水中の放射性セシウム濃度は徐々に下がっていくと見込まれることと、放射性セシウム濃度測定をより効率的に行う必要が出てくると予想されることから、調査する地点数や回数を減らすことを見越した計画の見直しが必要と考えます。
   そこで我々は、環境省による水中放射性セシウムのモニタリング計画が、より社会ニーズに合ったものとなるよう、研究面からの提案を目指すことにしました。そのためには、特に①1 Lあたり0.1ベクレルより低い濃度の溶存態の放射性セシウムを測定すること、②今後も溶存態の放射性セシウム濃度が十分低いと予測され、調査対象から除外できる地点を選び出すこと、の2つが重要だと考えています。ここで②の除外候補となる地点を示すためには、実測データにもとづく科学的な根拠を用意する必要があります。そこで我々は、環境省のモニタリング地点のいくつかで川の水に含まれる溶存態放射性セシウム濃度を実測し、その濃度がどのような特徴を持ち、何によって決められているのかを探ることにしました。

2.研究の方法

   2017年の8~9月、我々は5つの班・総勢約20名の調査体制を組み、環境モニタリング対象地点のうちの66ヶ所で河川水を採取しました(写真-1)。1ヶ所につき20-100 Lの河川水を現地で汲み上げ、その直後にろ過を行って水中の粒子を取り除きました。さらに、産業技術総合研究所らが開発した溶存態セシウム吸着フィルタ(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2016/pr20160205/pr20160205.html【外部サイトへ接続します】)にろ液を通すことで溶存態の放射性セシウムをフィルタ内に吸着させ、このフィルタに含まれる放射性セシウム濃度を測定しました。また、別途採取した水を使ってpH値・電気伝導度といった一般的な水質項目や、137Cs以外の物質の濃度を測定し、これらのデータと溶存態放射性セシウム濃度の関係を分析しました(図1)。なお、今回はセシウム134(134Cs)とセシウム137(137Cs)の測定を試みましたが、ほとんどの地点で134Csは検出できないほど低い濃度であったため、以後は137Cs濃度の結果について述べます。

現地での河川水処理の様子を撮った写真
写真1 現地での河川水処理の様子。
河川水をポンプやバケツを用いてくみ上げ(左上・右上)、水を機器設置地点まで運び(左下)、その後すぐにろ過および溶存態137Cs濃度の回収作業を行いました(右下)。

本調査の手順を示した図
図1 本調査の手順

3.主な結果と考察

   調査地点での河川水中の溶存態137Cs濃度は、1 Lあたり0.0006ベクレルから0.12ベクレルの範囲にありました。特に原発付近の地域で溶存態137Cs濃度が高い傾向が見られたことから、河川の流域に蓄積した137Cs量との関係を調べたところ、まず溶存態137Cs濃度は流域単位面積あたりの137Cs蓄積量との間に強い正の相関があることがわかりました。またそれ以外に溶存態137Cs濃度に影響を与える因子がないかを探るために、溶存態137Cs濃度を流域単位面積あたりの137Cs蓄積量で割って基準化※4した値を目的変数とし、土地利用・土壌の組成などの地理情報データや、水質項目・137Cs以外の物質の濃度データを説明変数とした重回帰分析※5を行いました。その結果、最も重要な変数は「流域内で建物用地が占めている割合」であり(図2)、水質の影響は大きくなかったことがわかりました。言い換えれば、都市を流れる河川は森林・農地を流れる河川に比べて溶存態137Cs濃度が高い傾向にある、ということです。土地利用によって溶存態137Cs濃度に違いが見られたのは、河川へ流れ込む粒子の質の違いなどが原因ではないかと考えていますが、実際には水質や水温など、さまざまな要因が複雑に影響していると予想されますので、その具体的なメカニズムの解明が今後の研究課題となっています。

基準化した溶存態137Cs濃度の、流域に占める建物用地面積の割合に対して強い正の相関を表した図
図2 基準化した溶存態137Cs濃度は、流域に占める建物用地面積の割合に対して強い正の相関を持つことがわかりました。

4.今後の展望

   今回得られた結果から、インターネット上に公開されている137Cs蓄積量マップ(原子力規制委員会 航空機モニタリング結果 https://radioactivity.nsr.go.jp/ja/list/191/list-1.html【外部サイトへ接続します】など)、および建物用地の分布を入力データとすることで、任意の地点における河川水中の溶存態137Cs濃度がある程度予測可能になることがわかりました。今後はさらに溶存態137Cs濃度の季節変動や中長期的な濃度の下がり方に関する知見と組み合わせることによって、任意の地点・任意の時点での河川水中溶存態137Cs濃度の予測が可能になることが期待されます。これらの知見をもとに、将来的な水環境モニタリング計画の提言へとつなげていきたいと考えています。

   本研究は、科研費基盤A「バックキャスト法による放射性物質汚染に対するモニタリング・対策の戦略研究」 (平成28~30年度、代表:林 誠二) の補助により実施されました。
   以上に示した見解は著者ら自らのものであり、環境省の見解ではありません。

5.用語解説

※1 溶存態:水に溶けた状態のことで、一般的には孔径0.45マイクロメートルのフィルタを通過した成分を「溶存態」、フィルタを通過しない成分(粒子に付着した状態)を「懸濁態」と区別しています。
※2 流域:「ある河川観測地点の流域」とは、その領域の中に降った雨が全てその観測地点に集まることを意味しています。
※3 検出下限値:ある分析方法において、対象とする物質の定量が可能な最小量のことです。
※4 基準化:複数のデータを比較する時に、明らかにそのデータに大きく影響する原因がわかっている場合、その原因の影響をあらかじめ取り除く計算処理を行います。ここでは、溶存態137Cs濃度を137Cs蓄積量の流域平均で割ることを「基準化」と表現しています。
※5 重回帰分析:ある目的変数(基準化した溶存態137Cs濃度)がどのような説明変数(地理情報データ・水質データ)と関係が大きいかを明らかにするための統計解析方法の一つです。

6.発表論文

題名:Factors controlling dissolved137Cs concentrations in east Japanese Rivers
著者名(英語):Hideki Tsuji1, Yumiko Ishii2, Moono Shin3, Keisuke Taniguchi4, Hirotsugu Arai5, Momo Kurihara6, Tetsuo Yasutaka7, Takayuki Kuramoto8, Takahiro Nakanishi9, Sangyoon Lee10, Takuro Shinano11, Yuichi Onda12, Seiji Hayashi13

1辻 英樹:国立環境研究所
2石井 弓美子:国立環境研究所
3申 文浩:福島大学
4谷口 圭輔:福島県環境創造センター
5新井 宏受:福島県環境創造センター
6栗原 モモ:量子科学技術研究開発機構
7保高 徹生:産業技術総合研究所
8倉元 隆之:東海大学
9中西 貴宏:日本原子力研究開発機構
10李 相潤:農業・食品産業技術総合研究機構
11信濃 卓郎:北海道大学
12恩田 裕一:筑波大学
13林 誠二:国立環境研究所

掲載誌:Science of The Total Environment
DOI: 10.1016/j.scitotenv.2019.134093

7.問い合わせ先

国立研究開発法人 国立環境研究所 福島支部
主任研究員  辻 英樹
963-7700 福島県田村郡三春町深作10-2
電話:0247-61-6561
Email:fukushima-po(末尾に@nies.go.jpをつけてください)