放射性セシウムが魚に蓄積しやすくなる要因は
湖と川で大きく異なることが判明
(福島県政記者クラブ、郡山記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配付)
令和2年2月28日(金) 国立研究開発法人 国立環境研究所 福島支部 環境影響評価研究室 主任研究員 石井弓美子 生物・生態系環境研究センター 兼務 福島支部 主任研究員 松崎慎一郎 福島支部 研究グループ長 林誠二 |
国立環境研究所の研究グループは、ヤマメやイワナなどの「淡水魚」30種について福島県内の湖、河川で調査し、放射性セシウムの魚への蓄積しやすさに影響する重要な要因が、湖と川で大きく異なることを明らかにしました。湖では、魚が何を食べるか(食性)が、川では、食性よりも水質が、魚への放射性セシウム蓄積に大きく関係していることが分かりました。この研究成果により、海水魚に比べ汚染が長期化している淡水魚の放射性セシウム濃度が今後どのように減少していくか、正確な予測につながることが期待されます。本成果は、令和2年1月24日付けで、放射能研究の国際誌であるJournal of Environmental Radioactivity誌に掲載されました。 |
1.背景・目的
東日本大震災に伴う福島第一原発の事故後、淡水魚では海水魚に比べ放射性セシウムによる汚染が長期化しており、現在でも一部地域で出荷制限の基準値である100Bq/kgを超過するものが見られます。淡水魚の放射性セシウム濃度は、魚種によって大きく異なり、同じ魚種のなかでも地域間、個体間で非常にばらつきが大きく「安定的に基準値を下回る」と判断することが難しいことが、出荷制限の解除が遅れる原因の一つになっています。
魚のセシウム濃度を、生息環境の水のセシウム濃度で割ったものを、移行係数といいます(図1)。移行係数は、放射線被ばくリスクの評価などに広く用いられてきた重要な指標です。魚は、水から放射性セシウムを直接取り込むのではなく、餌から取り込むのですが、水の放射性セシウム濃度を環境の汚染の程度と考えて標準化することで、水の放射性セシウム濃度から、魚の放射性セシウム濃度を予測する際の指標とすることができます。また、様々な汚染の程度の魚について、標準化した移行係数を比べることで、どのような魚に放射性セシウムが蓄積しやすいのかを調べることができます。移行係数が大きいほどセシウムを蓄積しやすいと考えます。
チェルノブイリ事故後の多くの研究により、魚の移行係数の値は大きくばらつくことが分かっています。この魚の移行係数の値のばらつきは、水質や魚の生態的特性などの様々な要因が、移行係数に影響を与えるために生じることも報告されてきました。
しかし、福島第一原発事故後、日本で淡水魚への移行係数を評価した研究はありませんでした。
そこで、本研究では、福島県内の淡水魚の放射性セシウムモニタリングデータを用いて、これまでの研究で報告された移行係数に影響を与える要因のうち、福島県内の淡水魚の移行係数のばらつきについて、どの要因がどの程度影響しているか、相対的な重要性を調べました。また、同じ淡水であっても、湖と川という全く違った生息環境では、生息場所の水質も魚が食べるエサも異なります。そこで、湖と川という異なった生態系において、移行係数に影響を与える要因がどのように違うかを比較しました。
なお、本研究では、生態系の違いが移行係数に与える影響を、世界で初めて調べました。
2.方法
本研究では、福島県の3つの湖沼(はやま湖、猪苗代湖、秋元湖)と5つの河川(宇多川、真野川、新田川、太田川、阿武隈川)で行われている環境省の水生生物モニタリングの2013~2017年のデータを用いました。本モニタリングデータは、魚の濃度に加えて、魚採取時の水の放射性セシウム濃度と水質の報告がある貴重なデータで、このデータを用いて移行係数を算出し、水質や魚の生態的特性との関係を解析しました(図2)。
水質は、魚を採取した地点で同時に測定された懸濁物質濃度(SS)、全有機炭素濃度(TOC)、塩分濃度、pH、水温を用いました。魚の生態的特性として、魚のサイズ(平均重量)、魚の食性(アユは藻類食、ワカサギはプランクトン食、ヤマメ、イワナ、オオクチバス、コクチバス、ナマズ、アメリカナマズ、ウナギは魚食魚、その他の魚はすべて雑食魚に分類)、魚の生息場所(遊泳魚、底生遊泳魚、底生魚に分類)を用いました。移行係数を目的変数とし、魚の生態的特性と水質を説明変数として、川と湖でこれらの要因の相対的な重要性を統計解析によって分析しました。
3.結果と考察
福島県内の淡水魚の放射性セシウム移行係数は、30~25,000 の範囲にありました。これは、これまでにチェルノブイリ事故後の研究などで報告されている移行係数と、ほぼ同程度でした。また、福島においても淡水魚の移行係数は、海水魚で報告されている100以下程度の移行係数と比べ、大幅に高いことが確認されました。
生態系間で比較すると、移行係数に影響を与える要因は、湖と川で大きく異なっていました(図3)。
まず、湖と川のどちらにおいても、大きい魚ほど放射性セシウム濃度が高くなる「サイズ効果」が起こっていると推測されました。
一方で、魚が何を食べているかという食性による影響は、湖だけで検出されました。魚の移行係数を食性間で比べると、湖にいるヤマメ・イワナ・コクチバスといった他の魚を食べることのある魚食魚の移行係数が高くなっています。(図4)。このような魚食傾向の強い魚は、他の魚を食べることで、生物濃縮が起こり、セシウム濃度が高くなっている可能性があります。
また、水質の影響は川だけで確認され、川で懸濁物質濃度(SS)や全有機炭素濃度(TOC)が高いほど、淡水魚へ放射性セシウムが移行しづらいことが分かりました。懸濁物質濃度や全有機炭素濃度が川に比べ比較的低い湖では、水質の影響は検出されなかったと考えられます。懸濁物質濃度や全有機炭素濃度は、水の中の細かな無機物や有機物などの量を反映している指標です。これらは、放射性セシウムを強く吸着するため、魚への放射性セシウムの移行を阻害すると考えられていますが、詳しいメカニズムはまだ十分に解明されていません。
魚の生息場所(遊泳魚、底生遊泳魚、底生魚に分類)が移行係数に与える影響は、湖でも川でも検出されませんでした。海水魚では、底生魚で比較的高い放射性セシウム濃度が報告されましたが、淡水魚ではその傾向はないと考えられます。
4.今後の展開
本研究で、福島での淡水魚の放射性セシウム移行係数に影響を与える要因は、チェルノブイリ事故後の研究等で報告された要因と矛盾しないことが明らかになりました。福島においてもこれらの要因を考慮することで、魚の放射性セシウム濃度をより精度を高く予測できると考えられます。
一方、本研究で、湖と川という異なった生息環境では、移行係数のばらつきに影響を与える要因が異なっていることを初めて明らかにしました。このことから、移行係数による淡水魚の放射性セシウム濃度の予測を行う際には、湖と川で異なった予測モデルを準備することで、より正確な予測を行うことができると期待されます。
今後もモニタリングを継続し、湖と川において、放射性セシウムが淡水魚へどのように取り込まれるのか、その違いを理解することが、淡水魚の放射性セシウム濃度の減少の将来予測において重要であると考えられます。
5.発表論文
6.問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 福島支部
環境影響評価研究室 主任研究員 石井弓美子
〒963-7700 福島県田村郡三春町深作10-2
メール:fukushima-po(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
電話:0247-61-6561
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国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
メール:kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
電話:029-850-2308